第73話 ライ、アスカーヌ共和国にて1

 翌朝、ライたち一行はミガラスの町を発ちカーミラヌン市に向かう。カーミラヌン市は、この国の重要な交易路沿いにあり、人口10万程度のアスカーヌ共和国の第3の都市であるという。

 大きな穀倉地帯と林業の中心になっており、豊かな街であるが、ミガラスと同様に首都のアスラーに比べると田舎町であることに違いはない。


 今日は概ね800kmの道中であるので、3回は地上に降りて休止することにしている。それは、1回目の休止後に跳んでいたときのことであった。一行は、ちょうど草原を通る大きめ街道の上空を通過している時、地上を馬車が疾駆しているのに気が付いた。


 その周りには、3騎の騎馬がついており、それを10匹以上の大きな犬のような獣が追っている。追っている獣は、狼の一種であるシャーウルフである。

 大きさが馬の半分ほどもあって、1匹に対して身体強化のできる3人の優秀な兵で退治できるレベルの相手であり、明らかに3騎の護衛では相手にならないだろう。アスラは直ぐにライと念話で相談して直ちに部下に念話で命じた。


「ザーイル!4名を率いて迎撃に当れ。馬車を守れ!」

 ザーイル・ミランはアスラのその命令を聞いて、すぐに反応した。


「は!了解しました、リナーラ、ミズラ、カジマイ、オリガイ、このザーイル・ミランが指揮を執る。追っている獣たちの正面に出るぞ、手榴弾を準備しろ!」


 「「「「は!了解しました!」」」」

 ザーイルの命令に4人は応答して、腰に吊るした手榴弾を外しながら、加速して馬車を追い抜く。


 30mほど離れて走ってくる獣の群れに相対するが、尚も進行方向と速度は馬車と同じである。つまり彼らは後ろを向いて飛んでいることになる。獣たちも走りながらも、馬車と自分たちの間に割こんで、自分たちの方向を向いて浮いた状態で同じ速度で飛んでいる5人の人間を気にし始めている。


「いいか、リナーラ、俺と一緒に投げろ」

 ザーイルは部下に声をかけて、自分も手榴弾を構えて「3、2、1、投げろ、手榴弾瞬発!」と叫びそれを投げる。


 そして魔力によって、すぐさま手榴弾のなかの信管に着火する。手榴弾は通常の使い方はピンを抜いて投げると5秒で爆発するが、魔法遣いは魔力でその中の信管を発火させることで、即時爆発が可能になる。


 2発の手榴弾は、大きな獣の群れの真ん中で地面に落ちると同時のタイミングで爆発した。それは直近にいた獣を爆風で押し倒し、多量の破片を撃ち当てると共に、破片でそれぞれ数頭を傷つけた。


 獣の群れの内の3頭は、走ってきた勢いのままで滑りながら倒れ、他の9頭の獣も自らブレーキをかけて止まった。1頭は傷つきながらも立ち上がったが、2頭は横たわって動かなかった。


 そして、その獣たちは自分たちに相対して、地上5mほどの空中で同じく止まったラママール王国の兵達を凶悪な顔で歯をむき出して睨みつける。見ると、四つ足で立っている獣の半数程度は怪我をして血を流しているが、それほどのダメージはないようだ。


「お、おい、ライ君。彼らはたった5人で大丈夫なのかい?」

 並んで浮いているミーライ皇子の問いにライは苦笑して答える。


「まあ、大丈夫ですよ。ラママール王国ではなかなかあれほどの大物に出会わないので、アスラも訓練のつもりでしょう。一人2頭位だったら余裕のはずです」


 徹底的に鍛えらてきた中から、えりすぐられてきた今回の調査隊であれば、まともに地上で戦っても問題はないはずだ。それに、彼らは必要なら敵が対応できない空中からの攻撃ができるのだ。


 足止めして、追われている馬車の安全を確保するために手榴弾を使ったが、これからは刀剣で戦うはずだ。そうでないと、訓練にならない。

 獣たちを見やりながら指揮を任されたザーイルは、収納から剣と槍を取り出して、ミズラ、カジマイ、オリガイにそれを浮かして彼らの前に送りそれぞれに取らせる。


 女性兵士のリーナラは自分の収納からそれらを取り出す。残念ながら空間収納の魔法は、魔力と適性の問題から使えるものは魔法を使えるものの中でも精々2〜3%である。ラママール王国の調査隊のライを含めて11名の中でも、ライやアスラを含めて5人ができるだけだ。


「よし、降りて戦うぞ」

 指揮を執るザーイルは念話でも伝え声にも出して、率先して獣に相対して地上に降りる。サリーヌ・ジス・ブライランは、それを30mほど離れて止まった馬車の中で見ていて息を吞んだ。


 馬車は車軸が壊れて走らなくなりやむを得ず止まったのだが、護衛の領兵達も馬車のそばで控えているものの、すっかり空中に浮かんでいる者達と追ってきた獣たちに気を取られている。


 空中の人々は、5人が獣たちに相対して、残りの数えると17人はこちらに降りてきている。サリーヌも、空中から近づいてくる人々と、獣に相対して剣や槍を構えている兵らしき者達に注意を分散されて忙しい。


「あ!」

 彼女は思わず叫んだ。馬の半分ほどもある犬のような獣の一匹が兵に飛び掛かったのだ。


 そのシャーウルフは彼女たちにとっては恐怖の的であり、徒歩のベテランの兵なら従来は10人でようやく退治できるほどで、身体強化ができる兵が増えている現在でも、その3名はいないと拮抗できないと言われる。


 父が付けてくれた3名の領兵は身体強化ができるが、10頭を超えるシャーウルフにはまず無力である。領兵達は馬に乗っているが、実際のところ騎乗の兵はシャーウルフにはむしろ弱い。


 これは、シャーウルフの丈夫な皮と毛には、槍も刀もよほどうまく急所を突かないと十分な傷はつけられない。増してや、安定の悪い馬上からの攻撃は殆ど相手を効果的に傷つけることはできない。


 だから彼女は、遠くの森からシャーウルフの群れが追って来たのに気づき、護衛隊長のジスラが「お嬢様、シャーウルフです。出来るだけ逃げてみます」そのように叫んだ時、その多くの群れを見て『これは助からないわ』と絶望した。


 時々であるが、シャーウルフに襲われた馬車の乗員や旅人が無残な姿で見つかることがある。ただ、そのように被害に会うのは夕刻暗くなったか暗くなり始めの時刻であって、このように太陽が中天高い時刻ではない。


 だから、隣の領まで行くという近さもあって、護衛を3騎しかつけなかったのだ。それに、父が出戻ったサリーヌを少し疎ましく思っていることも影響したのだろう。

護衛のジスラにしてみると、自分たちが留まって足止めすることも考えたが、3人で10頭以上のシャーウルフを足止めは無理だ。


 それよりも、追いつかれるまで随行して、追いつかれた段階でできるだけ主人の娘を守って死ぬしかないということで一緒に逃げたのだ。彼らは、すっかり獣の群れに気を取られていたので、空中を近づく一行に気が付かなかった。


 ようやく気づいたのは、5人が獣の群れに向かって降下してきた時であった。そして、そのうちの2人が何かを投げてそれが爆発するのを唖然として見ていた。とは言え、それでシャーウルフの群れは止まった。


 一方で、馬車の御者はその爆音に驚いて手綱さばきが狂って、石に乗り上げて車軸を壊してしまった。その馬車の中で、ブライラン男爵令嬢のサリーヌは、その巨大な獣が兵に飛び掛かるのを凍り付いたように見ていた。


 そして、無残に引き裂かれると思った兵は、抜き放った刀を握って自分から斜めに突っ込み、獣の「ぐわあ!」という唸りに負けない「えい!」という気合を上げてすれ違いながら、その白く光って見える刃物を下から上に向けて振るう。


 そして、獣が倒れ込み、血が飛び散って獣の頭がその体から離れて転がる。

「馬鹿な!」

 サリーヌの座っている馬車のそばの馬上でそれを見ていたジスラは、信じられない思いでその言葉を吐いた。


 あのシャーウルフの頭が一撃で落とされるとは!あり得ない。シャーウルフの体は極めて丈夫で、身体強化をしていても、腰を入れて全力で切り込んでも致命傷は与えられないという。


 しかし、あの刀身は光っていた。あれは話に聞く神剣というやつか。しかし、あの兵はとても神剣を与えられるような身分のものには見えない。それに、一頭を見事に退治したと言っても、獣はまだ10頭ほども残っている。一斉に飛びかかったら対応できないだろう。


 ジスラが見守るなかで、まだ9頭残っているシャーウルフは飛び掛かるべく身構えるが、シャーウルフの頭を斬った兵以外の4人は、すでに手槍を構えており、それを獣たちに向けて全力で投げる。


 2頭は威嚇するように牙を剥きだした口中を、その2mの槍に長さの2/3ほども貫かれ、1頭は頭を貫通して1m以上槍を埋め込まれ、もう1頭は顔の下の胴体に同様に1m以上槍を埋め込まれた。このように4本の槍は見事にシャーウルフに命中ししてそれらを殺戮した。


 その瞬間、残った5頭は半ば恐怖から一斉にそれぞれの敵に飛び掛かった。獣の頭を切り落とした兵ミズラは、すでに体勢を整えていたので、再度飛び掛かってくる獣を斜めに躱しながら刀を切り上げる。彼の刀は切り味を重視した日本刀に近い反ったもので、ライの指導で作られたものである。


 この刀は良質の鋼鉄であるが、日本刀のように鉄を折り畳みむなどして、手間暇をかけて作られたものではないが、ラママール国軍の基本的な訓練として、刃に魔力を乗せて使うようにしている。


 本来の刀そのものは、先ほどのようにシャーウルフの頭部を切断しようとすれば切れる前に折れるが、魔力を乗せた結果恐ろしく切れ味が増して、径30cm程度の硬木の丸太でも簡単に切断する。


 だから、刀は良質ではあるものの普通のものではある。だがラママール国軍の半分程度の兵は、魔力を乗せて神剣に見まがうほどの切れ味を発揮できるのである。だから、ミズラが切り上げたシャーウルフの頭部は先ほどと同じように切断された。


 しかし、他の4人は槍を投擲したばかりで、飛び掛かってくる獣に対応する姿勢にはなかった。しかし、彼らはそれを想定していたので、刀術が得意な2名は地面に突きさしていた刀をとって、飛び掛かってくる獣から体を逃がしながら、その前足を払う。


 さらに槍術が得意な2人は地面においていた槍を取り上げて、同様に体を飛び掛かって来る獣に斜めに躱すように突っ込み、その槍を獣の首筋に打ち込む。

 前足を切断された獣は「ぎゃん」と悲鳴をあげ、その切れた足で地面について、更に傷の痛みに「ぎゃん」と鳴く。そこに横から十分な姿勢で踏み込んだ剣士たちはその頭部を「えい!」と切り落とす。


 槍で首筋を突かれた獣は、突いた者が十分でない姿勢であったために、致命傷ではなかったが、それが引き抜かれ、横面に再度叩き込まれることで即死した。

 それは、ものの1分にも満たない戦いであったが、サリーヌは茫然としてそれを見ていた。彼女は、女性と言えども武術を学ばされるアスカーヌ共和国の貴族の子女として、10歳のころからある程度本格的に刀術と槍術を学んでいた。


 それらの刀術などは、過去5年程の魔法の処方による身体強化の広がりのために、大幅に体系が変わっては来ていたが、彼女も魔法という概念のある状態での戦いについては基本的な知識はあった。しかし、彼女の知識の範囲では、今闘った5人のような戦いはできないはずだ。


 多分、自分の領兵の3人では同じ数のシャーウルフにも勝てないだろう。動きそのものにはそれほど遜色はないだろうが、あの刀や槍のような機能を持つ武器がない。 

 あれは、明らかに刃物に魔力を纏わせてその切れ味と貫通力を大幅に上げているのだろう。


 それに、自分の国にも飛行魔法をを使えるものはいるが、集団で空を飛んで移動するという概念はないし、飛んで闘うという概念もない。それに考えたら、かれらは最初爆発物を使って2頭?のシャーウルフを殺している。


 だから、それを使えば、あのように地上に降りて危険を冒さなくとも退治できたはずだ。さらに言えば、地上に降りる必要もなく、獣が届かない空中から攻撃することも出来たはずだ。

 馬車の中で座って、そのように考えている彼女の馬車に、地上に降りた人々が寄ってくる。




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