第72話 ライ、キーカルク王国へ2

 ミガラスの町は人家2千戸、人口1万人程であるとされているが、門を入ったところからまっすぐの大通りがあって両側に建物が立ち並んでいる。その20軒ほどは店であり、他には数軒の官庁らしき建物さらに民家が立ち並んでいる。


 基本的に壁は石またはレンガ作りで屋根は木造であるが、ガラスが行き渡っていないこの地方では、商店は道路側を開いて商品を並べ、民家は木製の窓や戸を開いているものが多い。いずれの建物も装飾らしきものは殆ど見えず、質素で実用本位なものである。


 道路には子供を含めて多くの人が行きかっており、子供は殆ど裸足でぼろを着て走り回っているし、人々の服も染色の技術が未熟のこの地方らしく、地味な色で繕った跡が多く見える貧しい服装である

 このように貧しい見かけの町ではあるが、子供も大人も表情はまだ高い日の青空の下で明るい。


 この町で一番の宿では、20人全員の部屋は取れなかったが皇子にはそれなりの個室が取れ、もう一つの宿に8人が泊まるという分宿になった。この種の宿は、玄関で靴を脱いで板の間を裸足で歩くようになっており、上等な客間の客にはスリッパのようなものを貸すようになっている。


 部屋にはベッドとクローゼットに、部屋によっては小さな机と椅子があるが、皇子はベッドが2つの部屋に1人で止まるようになった。ライは同じ作りの部屋でアスラと同室である。皇子の泊まった宿には風呂もあり、貴賓用の最大4人程は入れるものと10人以上が入れる大風呂がある。


 分宿した宿には風呂はないが、同行の兵士は野宿に慣れており、数日風呂に入れない程度は問題ない。ちなみに、今回の一行は空間収納持ちが加わっているので野宿でも殆ど問題ない。

 水は殆どのものが自分で使える程度の量は十分出せるし、食料も豊富に持っており、テントに折り畳み式のベッドも人数分持っている。


 野宿が長期になると、川など水のある付近にバスタブを土魔法でつくり風呂に入ることだってそれほど手間をかけずにできる。ただ、情報収集の意味もあって街に入れ、宿に泊まれる場合には泊まることを原則にしている。


 ライはミーライ皇子と一緒に風呂に入っている。ジルコニア帝国は皇子・皇女といえども、基本的には自分の身の回りの事は自分でするというルールになっており、男女とも12歳以上になると軍の演習に参加しなければならない。


 だから今回の遠征に際しても、護衛の部隊はつけても身の回りを世話する召使は連れてきていないが、護衛兵の若手のものが順に召使いを勤めているが同室ではない。

『この辺りは大帝国なのにジルコニアは違うな』

 そう思うライであった。


 ラママール王国の王子、王女はそこまでは徹底しておらず、基本的にはどこに行くにも召使いを連れている。

「ミーライ殿下、空中の旅はいかがですか?」


 一緒に風呂に浸かっているライの問いに、ミーライは少し考えて答える。

「うん、出来るだけ自分で飛ぼうとはしたが、半分が限度だな。やはり魔力が続かないが、少しづつ距離が伸びている」


「アスラが感心していましたよ。飛行魔法も慣れと要領なのですよ。殿下はどんどん風を掴むのがうまくなっているとね。

 それと、殿下の魔力そのものはアスラと同じくらいはありますので、多分あと数日飛べばアスラに頼らなくても十分飛べるようになります」


 ミーライ皇子は飛行能力に余裕のあるアスラがアシストしているのだが、そのアスラも皇子の進歩に満足しているようなのだ。


 彼らは風呂から上がって各々の部屋に帰る。皇子もライを誘うだけのことはあって、自分で体を拭いて服もちゃんと着ることができている。

 部屋にはアスラが書き物をしていたので、ライが声をかける。


「アスラさん、風呂をどうぞ。疲れが取れますよ」

 立場的には部下だが、相手が大幅に年上のために敬語で話すライの言葉にアスラが答える。


「はい、もう少し目途がついたら……」

 その時、遠慮がちなノックの音が聞こえる。


「はい?」

 立っていたライがドアを開いて応じると、そこには宿のメイドが立っており顔を出したライに言う。


「あの……、ラママール王国の方にということでお客様ですが」

「客?ラママール王国の者にと、どのような?」


「はい、この町の領主様のお嬢様と執事の方ですが」

 ライは少し考えたが、門でのやり取りからそれほど無茶な話はないと思った。それに、ラママール王国と言っている点が気になった。


「よろしい、お会いしましょう。その方は、どこに?」

 答えるライに若いメイドは答える。

「はい、受付けに来られています。ご案内します」


 先導するメイドにアスラを伴って続く。2階から階段を下りて受付へといくと、そこには、執事を絵に描いたような中年の男性と、10代後半の茶髪の少女と、それより少し年下に見える少年が腰かけていた椅子から立ち上がってライたちを迎える。


 案内のメイドは彼らの前に来た時、「こちらの方々です」そう言って手で彼らを指して横のドアを開けて去っていく。口火を切ったのは執事風の男であった。


「始めまして、お疲れのところをまことに失礼いたします。私はこのミガラスの町を管轄するミースラス子爵家の執事を務めますカモラン・サリ・ジダラスと申します。 

 こちらは、ミースラス家の3女のシャーラ様、こちらはオベリス騎士爵家のダーラスル君です。

 本日はシャーラ様が、どうしてもラママール王国の魔法を使う方にお会いしたいということで、わたくしがご案内しました」


 そういってジダラスは恭しく頭を下げるが、続けて少女が口を開く。

「ジダラスが紹介しましたように、私はシャーラ・ダリ・ミースラスです。始めまして、どうぞよろしくお願い致します。多分あなたはラママール王国のライ男爵だと思いますが、違いますか?」


 ライは破顔した。少女はラママール王国にも余りいない魔力の持ち主であり、相当に魔力を練っている。つまり相当に魔法の練習もしていて使えるはずだ。そして、少年はそれ以上の魔力で同様に魔法が使えるはずだ。加えて、どちらの魔力と思考によどみはなく明るく快い。


『これは同志だ、生まれついての心の同志だ』

 ライはアスラを振り向き互いに笑い返す。


「はい、僕は言われる通り、ライ・マス・ジュブランです。シャーラさん、いらっしゃい。歓迎するよ。魔法が使え、そしてあなたたちのような真っすぐで明るい人は大歓迎だ」


 ライとアスラは執事のジダラスに導かれて、夕闇が迫る中で宿の玄関わきの広い庭にある東屋に落ち着いて語りあい始める。


「私の父が、この町とその周辺の領主ですのでその館はこの町にあります。実は、皆さんがこの町に来たのは、このダーラスルが知らせてきたのです」

 シャーラが互いの紹介の後に話し始めたが、この言葉を引きついで、ダーラスル少年が話し始める。


「はい、20人もの皆さんが魔力を大量に使って飛行してくれば、魔力に敏感な者には分かりますよ。もっとも、子爵閣下の屋敷にも知らせは当然きましたが」


「ほう、君も飛行魔法を?」

 ライが聞き返すと、今度はシャーラが答える。

「私の祖母がアスカーヌ共和国でも最高と言われた魔法使いだったのです。私もその血を受けついで、幼いころから身体強化と魔法を使えました。

 このダーラスルは私の従兄弟に当り、18歳の私より2歳若いのですが、同じく祖母の血を継いでおり、私より明らかに魔力は上です。

 数年前から、魔法を盛んに使っているラママール王国の話は聞いて、2人でお互いに身体強化と魔法を磨きあってきたのです」


「ほお!じゃあ君らは処方を自分でできたのだね?」

 ライの問いにシャーラが答える。


「ええ、私はお祖母様から教えて頂きました。ダーラスルには私が……。でもお祖母様は人には秘密にしておくようにと……。でもラママール王国で国民皆に処方を教えて、さらに他国迄教えているのを知りました。

 だから、秘密にしておくのは良くないというか、国のためには不利益と考えて、1年程前から積極的に領民と近隣の領民に教えています」


「なるほど、それで門にいた衛兵が身体強化を使えるなと思ったのだな」

 アスラが口を挟む。


「ところで、飛行魔法で飛んで来た我々を探知したというのは、君らも飛行魔法を?」


「ええ、我が国もラママール王国に攻め込もうとして撃退されたわけですが、飛行魔法はその時点では我が国も使っていますから、私達は当然できます」

 ライの問いにダーラスルが答え、さらに続ける。


「ところで、飛行魔法でここまで来られて、さらに遠くまで行かれるようですね。しかも、ジルコニア帝国皇子殿下まで一緒に行かれるということはサンダカン帝国の件で?」


「ああ、その通り、君らもサンダカン帝国の件は知っているかな?」

 ライがその話が出て来たのに驚いて問いかえす。それにしても、遠く離れたこのアスカーヌ共和国において、ラママール王国の事を知り、さらにサンダカン帝国のことを話題にするとは意外である。


「ええ、サンダカン帝国について、数年前から話題になっていました。妙に味方する者もおりますし、警戒すべきという者もいて、まだ共和国内で共通する意見はありませんが、私どもは警戒すべきと思っています。ただ辺境の田舎町にいる私たちが何を言おうとも、共和国の意見には関係ありませんが」


 これはシャーラの答えであるが、それに対してアスラがジルコニア帝国の皇都ジルコーニュとラメラーズ王国のラーララの出来事を教える。その話を聞いて興奮している2人に対してライが、さらに続けて言う。


「実のところ、我が国はだいぶ前からサンダカン帝国こそ、この大陸を征服して人々をその奴隷にしようとする、悪の存在であると規定している。しかし、とりわけ人を操る術に長けているなど、とりわけその魔法に関する能力を脅威でした。


 一方、それに対抗するために我が王国は着々と国力を蓄え、人々を鍛えてきました。その結果と、ジルコニア帝国という心強い味方ができたことから、サンダカン帝国を調査して、その膨張を抑えるために今度はかれらの国に潜り込むことまで考えてここまで来ています」


「なるほど、私にはあなたが嘘を言っていないのは信じられます。一方で父に会うために来たサンダカン帝国の者は、会っても全くその感情を覗かせませんでしたが、よからぬことを考えていたのは感じ取れました。

 だから、父には感じた通りのことを説明しました。そのために、私を信じた父も、その父と親しい有力者もサンダカン帝国には大いに警戒しています」


 その後、ライとアスラは執事のジダラスの提案で、領主であるミースラス子爵邸に招かれた。この場合は、当然ジルコニア帝国のミーライ皇子が名乗って乗り込んでいるため、主賓としてライが皇子に話をした上で略式ということで晩餐をすることになったのだ。


 できるだけ、反サンダカン帝国の味方を作るためには、このように相手から持ち掛けられた場合には応じるべきであるということだ。

 その晩は、カリビク・ダリ・ミースラス子爵とその妻でシャーラの母アリョーナが招待主となって、ミーライ皇子に護衛隊長のリンザイ少佐とライ、アスラはなかなか豪華な夕食にありついたことになる。


  この晩餐で、ミーライ皇子とライは、サンダカン帝国の危険性とすでに彼らが起こしている侵略の前段階を子爵に十分説明して、その役割を果たすことができた。さらに、その晩餐に加わっていたシャーラとダーラスルがその父母に願い出て、一行に同行し首都アスラー迄行くということになった。


子 爵がそのような許可を出したことはライには意外であったが、この2人は魔法使いとして共和国内でそれなりに有名であるということで、アスラー程度には飛行魔法で何度か行ったことがあるらしい。


 加えて、子爵が大国ジルコニア帝国の皇子一行に同行するというのは貴族にとっては、政治的に大きな意味があると考えたのであろう。

 シャーラとダーラスルの意図は、なにより知る限り最高の魔法使いであり、様々な知識を持つライから様々なことを教わりたいということであった。

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