第71話 ライ、キーカルク王国へ

 ライ一行は、ラメラーズ王国を発って、アスカーヌ共和国の首都アスラーに向かっている。

 結局、国王によるサンダカン帝国への絶縁宣言及び直ちに国軍による大使館の封鎖により、大使館に雇用されていたラメラーズ王国人は解雇され、30人を超えるサンダカン人は急ぎ出国した。


 これは、スダイラ大使が、ラメラーズ王国内にいるサンダカン人で最も能力が高いと見ていたカメランが、簡単に投獄されさらに殺されたのを知り、自国人に早急な出国を促したのだ。大使は、大使館を去る時には大使館を警備していた将兵に対して、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「野蛮人共が!我が国の者を捕らえ無残にも殺して只で済むと思うな。これで、お前らの田舎者の運命は決まったぞ。兵と貴族以上の者どもは皆殺しだ。平民は、皆奴隷にしてくれる!」


 兵を率いていた若い将校は、大使の面罵に全く動揺することなく言い返す。

「我々が野蛮人だったら、お前のその言葉で捕らえて殺すところだ。しかしながら、大使ともあろうものがその程度とはな。今の言葉でサンダカン帝国なるもの、またサンダカン人なるもの達がどの程度のものかよく判った。

 サンダカン帝国の敵になるのは、我が国だけではないぞ。ジルコニア帝国とその友好国、さらにラママール王国、まだまだ増えるぞ」


 その言葉に言い返そうとした大使を書記官のダメラが引き留める。

「大使閣下、そのくらいにしてください。急がないと」


 その後、ライと調査隊及びミーライ皇子一行は、3日を費やしてサンダカン帝国の者が滞在していた貴族家などで、様子の変わったものを調べて、24人の操り人形にされていた者達を見つけだしてその魔道具を取り除いたのだ。


 しかし、サンダカン帝国は間違いなくある程度の人員は残してはいるだろうが、すでに彼らの手の内が判った以上は深刻なことにはならないという判断で、ライたちの一行は出発することになった。


 それにしても、今回の騒動を通じて、ミーライ皇子を伴ったことが大いに有用であることを、ライ始めラママール王国の調査隊は痛感した。


「それにしても、サンダカンの手が貴帝国の隣国であるラメラーズ王国にこれほどまで伸びているとは、大伯母上がおられるキーカルク王国は彼らの勢力圏に隣接しています。どういうことになっているか心配になりますね」


 ライがミーライ皇子に話しかけると、皇子も応じる。

「キーカルク王国の王都キーライには大使館もある。そこからの報告では、やはりサンダカンの影響力は強いようだが、当然王国も強く警戒しており、今直ちにどうこうなるというものではないようだ。

 その大使館には当然念話の出来る魔法具もあるので最新の報告だ。

 それに、我々の移動は通常で言えば急いでも100日以上を要する旅程を、ある程度途中で時間を費やしても20日以内に着けるのだから問題はないぞ。いずれにしても、次はアスラーに行こう」


 そのような話の元に、今は距離約2千㎞のアスラーに向かって飛んでいる。メンバーはラママール王国11名に、ジルコニア帝国の9名で20名である。飛行によりほぼ直線で行く以上は、街路の上を飛ぶことは少なく殆どが原野の上である。


 次に訪問するアスカーヌ共和国は、例の4ヶ国連合軍の一国であって、面積が220万㎢にもなる大国であるにもかかわらず人口は1千万人に満たない。ちなみにラメラーズ王国の面積が99万㎢の面積に8百万の人口だから、どちらも人口は希薄であると言えよう。


 どちらの国も豊かな降雨量に支えられて、森林に2/3以上覆われ緑豊かな国土である。その森林を縫って細い道が所々にあり、小さな集落が散らばり、数百軒もあるような街を見ることは非常にまれである。


 この世界は、魔物はいないが危険な野獣は多い。草原の多いラママールやジルコニアにはそれほど危険な野獣はいないが、眼下の森林には多くのそれらの野獣が生息している。だから、集落は全て丈夫な柵に囲まれており、住んでいる人々も野獣にも負けない逞しい人々が多い。


 彼ら一行は、アスラー迄の2千㎞を3日で飛ぶ予定にしているので、途中で2泊ということになる。大体工程は2百㎞ずつ地上におりて小休止・大休止し、夕刻に宿泊地に着く予定だ。それはアスカーヌ共和国の中規模都市ミガラスと同国第3位の都市カーミラヌである。


 問題は、途中の休止が基本的に大森林の中であるためその時の安全確保である。だから、基本的に全ての兵が銃剣付きのライフル銃を持っている他に、2発ずつの手榴弾も所持している。


 さらに、基本的な着陸の手続きは、出来るだけ開けた場所を探して、その周囲について最も探査魔法の範囲が広いライが危険な野獣がいないことを確認する。ライがO.Kを出した場所に、まず若手の兵の8人が着陸して、魔法で10m四方程度を切り開いたところに全員が着陸する。


 現在は、季節は秋であり大体快適な気温であるので、あとは単純に土魔法で簡単に椅子とテーブルを作り上げて場所のしつらえは終わる。さらに、収納魔法から出したヤカンの中に魔法で湯を沸かして、茶出しを使ってカップにお茶を注ぐ。


 小休止時にはこれに簡単なお菓子が付くが、大休止の昼食時はスープと、煮込みまたは焼き物が調理されることになる。その間、探知の使えるものは周囲の警戒を怠ることはないので、兵が立哨などをする必要はない。


 1泊目の町ミガラスは人家2千戸、人口1万人程であったが、御多分にもれず町の周辺は、高さ4mほどの石作りの塀で囲まれていた。その塀で囲まれた町は、ほぼ500m×400mほどの長方形である。


 その脇を幅50mほどの大きな河が流れており、農場がその川を挟んで広がっている。水路がその農場を巡っているので、河の上流に堰を作って水を導いているのだろう。この町は、キーカルク王国とアスカーヌ共和国を結ぶ街道沿いに発達しており、両国を隔てる峠を下って数日歩いたところにある。


 一行は無論直接街に降りるようなことはせずに、街の正門から見通せない木の茂った場所に降りる。旅人はぽつぽつと人や馬車が通っているが、別にこの町に害をなそうとする気はないので、あまりそのような通行する者には注意は払っていない。


 一行が街道脇の広場に降り立って、ミーライ皇子を守るように隊列を整えていると、通りかかった馬車から声がかかる。

「おーい、あんたら。凄いな。空を飛んでくるとは」


 御者と並んで座っていた商人らしき男がと話しかけたが、一行を見て貴人が混ざっていると判断して言葉を改める。馬車は3台で、それぞれに幌がついて多くの荷物を積んでおり、周囲を護衛らしい武装した騎馬の6騎が取り巻いて、同じく一行を見つめている。


「いや、これは失礼。私は商人のイサンガと申すもの、キーカルク王国のオマランから仕入れをして、カーミラヌまで帰ろうとしているところです。皆さんは?」


「我々は、キーカルク王国のキーシルを目指しています。ここは、一夜の宿を取りたいと思いましてね。イサンガ殿はこのミガラスで良い宿をご存知ですかな?」

 アスラが如才なく応じる。


「おお、むろん、このミサンガには、5軒ほどの宿がありますが、そう貴族の方でも泊まれるような宿といえば、深山館でしょう。人数が大分多いようですが、深山館はたぶん皆さんを収容できるでしょう。

 私も実はその深山館に泊まります」


 そう言う商人の商隊の馬車の車輪機構は、ラママール王国で開発して売っているものだ。ゴムタイヤとボールベアリングを使った馬車の車輪機構は、暫くはラママール王国の独占販売であった。


 ゴムについては魔法で合成するが、最初は松のような樹脂の豊富な木材から樹脂を取り出して合成していたが、その後には石油の精製や石炭のコークス乾留によりできる大量の樹脂によって合成している。


 木材を加工して作るゴムの製造は今ではいろんな国でできるようになっている。しかし、コストが圧倒的に安い石油精製とコークスの乾留については、今のところラママール王国しかやっていない。


 だから、ゴム製造のコストはラママール王国が大幅に低い。ボールベアリングはドワーフの鍛冶屋で魔法を使えるものはできるようになるので、これも大陸に広がり始めている。


 しかし、この商人イサンガの使っている馬車の車輪機構はラママール王国の工場のマークが刻まれている。彼は輸入品を使っているわけであるので相当に豊かであるようだ。また、そうでなければ、貴族も泊まるような宿には泊まれない。


「なるほど、ではその深山館に行ってみましょう。ではどうぞ出発してください。我々はすこし遅れていきますが、また宿でご一緒できるでしょう」

 アスラが言うのに商人は「そうですな。それでは後刻」と応じて、御者に合図をして荷を満載した馬車を動かす。


「ところで、この森林地帯は野獣で危険なところと聞きますが、あの程度の護衛で大丈夫なのかな?」

 ライが不審に思ってアスラに聞くが、アスラも答えられないところに、皇子の護衛隊長のリンザイ少佐が、馬車に吊り下げた袋を指して答える。


「かれらは、そのように馬車に臭い袋を下げていますが、あの臭いを野獣が嫌うのですよ。まあ、野獣が興奮するとあまり効果はないようですが、普通はよほどのことがないと近づいてこないはずです。

 だから、あれらの護衛はむしろ盗賊への警戒だと思いますよ。人数は少ないようですが、火縄ですが銃も持っていて、腕も相当にたちますね」


「ほお、臭いで追い払えるのですか。ところで、門を通るときは予定通り、ミーライ皇子一行ということで通るわけですね」

 ライが聞くのに少佐が答える。


「ええ、そのために、皆さんにも我が国の制服に似た服に代えてもらっています」

 彼らが歩いて門のところに行くと、そこは騎馬の門と徒歩の門に分かれていて、徒歩の門は地元民らしき粗末な服の者が何やら木札をかざして簡単に通過している。


 ライたちの一行が徒歩の門に近づくと、丁度旅人を通したあとで、門衛は一行が制服の大人数なのを見て目を見張る。


「我々は、ジルコニア帝国ミーライ皇子殿下とその護衛の一行だ。徒歩であるのは飛行魔法で来たためである。今晩はこの町で宿泊をしたいために立ち寄った。これが、ジルコニア帝国の皇族方の護衛であるという証だ」


 リンザイ少佐が門衛につかつかと近寄り、立派な金属製の札をかざす。

「は、はい、少々お待ちください」

 答えた門衛はもう一人に、何やら言い置いて慌てて、門の中に走っていく。そして、数分後に将校らしき服装の兵を連れてくる。


「あ、あのジルコニア帝国の皇子殿下ですと?」

 将校は慌てた風でへっぴり腰で聞く。


「そうだ、この町には一夜の宿をとるために立ちよったものだ。あの方が、わが帝国のミーライ皇子殿下である。そして、これは我々がその護衛であるという証だ」

 リンザイ少佐は恭しく、皇子を指しさらに再度札をかざす。そして、その時点では一行は銃を収納に仕舞って、剣を腰に下げていた。


 その下級将校は、相手を見て不審に思うことがいろいろあった。まず、徒歩であること。飛行魔法?そういうことができるというのは、ラママール王国との戦いに敗れて帰ってきた兵から聞いているが。


 それに、いかにも軽装だ。剣は下げてはいるが、荷物は何も持っていない。しかし、この程度の武装であれば、仮にかれらが暴れ始めても250人の自軍の兵がいれば問題はないだろう。


 それに、見せられた札は本物らしいし、皇子という少年はそれらしい。彼は面倒なことは嫌いだった。

「解りました。明日お発ちでですね?」


「ええ、あす早朝に発ちます」

「では、どうぞお入りください。町のなかでは、かの大帝国ジルコニアの皆さんとしての品位を保っていただけることを信じております」


「もちろんです。我々はジルコニア帝国の一員であることを誇りに思っております」 

 少佐は言い、皇子を恭しく促して、一行は胸を張って街に入った。


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