第70話 ライ、サンダカン帝国への道5
ミーランス第1王子が王宮に帰ってきたのは、すでにカメランの命が尽きた後であった。王宮の庭に連れてこられたのは、それぞれに兵がその腕を掴んでいる5人の後ろ手に手錠を付けられた面々であった。
「あ、兄上、これらは?」
イザヤスラ第2王子が引っ立てられている者達を見て弱々しく言う。
「ああ、館のもの達に聞いて、様子がおかしくなった者達を引っ立ててきた。いずれも反抗的であり、サンダカン帝国の悪口は言えないようだな。さて、イザヤスラ。この者達はお前の館の者で間違いないな?」
第1王子の言葉に、第2王子はその数人について顔をじっくり見て自信なさげに答える。
「うむ、3人はよく解るが、2人はよく見かけるので多分そうだろう」
「おまえは、わずか30人足らずの自分の館の使用人もはっきり判らんのか!」
第1王子が怒って声を荒げるが、ライがサンダカン人の死体を指して宥める。
「ミーランス殿下、おそらくこのサンダカン人が、イザヤスラ様にも影響を与えていたのだと思います。それだけ、サンダカン人は身近に近づけると危険なのです」
「ふむ、確かにそれはありうるな。どうなのだ。このカメランというサンダカン人が死んだ今は、どう感じている」
第1王子が弟に聞くと、本人は首をかしげながら答える。
「うーん、確かに、このカメランは少し前までは非常に大事な部下だった。考えれば、何でもカメランに相談していた。その前は、そこにいるカザルーイに殆どのことを相談していたのに。確かに、カザルーイは変わった、殆ど私に話しかけなくなった」
それから、若く細身のカザルーイという若者に声をかける。
「おい、カザルーイ。悪かったな、長くお前に声をかけていない」
しかし、若者の視線はサンダカン人の仰向けの死体に釘付けで目もうつろで、返事もしない。
「うむ、なるほど、ライ卿の言われるようにサンダカン人の影響は明らかなようだな。して、ライ卿。そのカザルーイとその他の4人については操り人形にされているのだろうか?」
第1王子の言葉にライが頷いて答える。
「はい。全員が操り人形ですね。では、魔道具を取り除きますので、それで正常に戻るはずです。では、取り除きます。よろしいですね?」
そう言ってラメラーズ王国の面々を見回すと、第1王子が答える。
「もちろん、よろしくお願いする。どうやって取り除くかよく見せて頂きたい」
「はい、それでは、そのカザルーイさんからいきましょう。よく見て下さい。魔道具が埋まっているのはここです」
ライがそう言って、その青年の盆の窪のほぼ中心を指すと、寄ってきた第1王子と第2王子がしげしげと見て、第1王子がその部分に指をあてて言う。
「なにも跡はないな。しかし、確かになにかの異物を感じる」
「では、魔法の念動力で抜きますよ。魔法で抜かないと、この部分を切り裂いて抜くしかないのです。いきます!」
ライは言って、その魔道具を鉛直に持ち上げる。皮膚が尖った形に持ち上げられたところで、ライは懐から取り出した長さ10㎝ほどもある細いメスをその飛び出した頂点にあてて、皮膚を小さく切り裂く。
すると血がにじみ出るとともに白い針の頭がぴょんと飛び出す。ライはメスを仕舞って、さらに取り出した灰色の小さな布に、その針を念動力で引っ張り出してそこに横たえる。その針には少し血が付き、取り出した穴にはぷっくりと血の玉が浮かび上がる。
それを抜いた瞬間、その若者はうつろであった目を見開いてビクンと痙攣して倒れようとしたが、その体を支えていたアスラによって立った状態を保った。
その傷跡の始末は、アスラがガーゼのような布で血を拭き取りながら念動力でその極小の穴を繕ったのちに、小さな粘着性のパッチを当てる。
この手当方法は、何人かの魔道具を抜くうちに取り決めたもので、必要な小さなメスなど道具を工夫したのだ。
「さて、これが人を操り人形にする魔道具です。詳しい働きはまだよく解っていませんが、これには相当な魔力が込められています」
第1王子がその布を受け取って、その上に置かれている長さ3cm、太さ2㎜ほどの白い針をじっくりと見た後、それを見たそうに待っている父国王に渡す。
「フーム、小さなものだ。このようなもので人が操れるとは」
そう言う国王のそばでは、第2王子が魔道具を抜いたカザルーイを正面から見ている。青年はゆっくりと目を開けて、正面の第2王子を見て叫ぶ。
「イザヤスラ殿下!こ、これは。わ、私はいままで?」
そして、輝きの戻った眼ではあるが、自分の頭の中を探るように下を向いて考え込んでいる。イザヤスラが、青年の肩に手をやると、青年は顔をあげる。
「カルザーイ、今までのことは覚えているか?」
第2王子がその眼を見ながら尋ねるのに、主人の目を見返して考えながら青年は答える。
「は、はい。自分が自分でないままで暮らしていたような。その時は殿下のことも自分の主人では無いと思っていました。自分の主人はそこにいるカメランと思っていました。おかしい、私はどうしていたのでしょうか?」
「ああ、そこで死んでいるカメランに魔法の術をかけられていたのだ。これを、お前の首の後ろに埋めこまれてな」
第2王子は、その時カルザーイに見せようと魔道具を持ってきた兄の手にある布に乗せられた針を指して言う。
「魔道具?」
不思議そうにそれを見て、自分の首筋の裏側を触ってそこに張られたパッチを確認する。
「ああ、しかし、正常に戻ったようだな。よかった。まず他の者も同じように回復させよう」
第2王子の振る舞いと言っていることを聞くと、王子も十分まともな人間のようだ。ライは良かったと思いながら、第2王子に声をかける。
「イザヤスラ殿下、では残りの方も魔道具を取り去りましょう。よろしいですか」
「おお、ライ卿。ぜひお願いしたい」
第2王子のその声に、ラママールの調査隊とミーライ皇子の護衛隊からそれぞれ2人を選んで、練習のために同じ要領で、他の4人も首の後ろから順次魔道具を取り去る。カルザーイもそうだが、かけている手錠は正常に戻ったのを確認して外していったのだ。
そのように、とりあえず第2王子の館のサンダカンによる操り人形という汚染は取り除いたが、この国にはサンダカンの大使館もあって、貴族家などに相当な人員が入り込んでいるはずだ。
そのようなことで、王宮がごたごたしている時に、これらのごたごたに立ち会っている外務卿、シシドレ・ミン・クジライに警備兵から連絡が来る。
「なに、サンダカン大使が王宮に尋ねてきているとな?」
外務卿の大きな声に皆が注目する。
「はい、サンダカン大使、カルクラン・コン・スダイラ子爵閣下が王宮の正門に来られており、外務卿に是非直ちにお会いしたいとのことです」
正門の詰め所から駆けつけたその将校は、自分が小声で伝えたのに声を大きく返した外務卿に調子を合わせて、立ち会った皆に伝わるように報告する。
「ふむ。サンダカン大使とは。何らかの形でこのサンダカン人の事が伝わったかな?」
第1王子が言い、外務卿が応じる。
「このサンダカン人は様々な魔法を使えたようですから、念話というものものも使えるでしょう。ですから、多分大使館にはその『念話』で報告しているでしょう。
サンダカン大使は、いままで散々大国面で高慢な態度を見せていましたから、多分抗議をしてくるのでしょうな」
そう言って、国王の顔を見る外務卿に国王は重々しく言う。
「うむ、我が国の民を密かに操り人形にするような国とは、正常な国交は持てない。とりわけ、我が国と友好関係にあるジルコニア帝国にも、同じような真似をしてそれを暴かれている。
我が国はジルコニア帝国との長年の友誼に基づいて、サンダカン帝国とははっきり距離を取りたい」
そう言ってミーライ皇子とアリョーナ大使を見る。その国王の言葉に、自帝国内部での動きを受けて訪問しているミーライ皇子が応じる。
「はい、ジルコニア帝国とっては、わが皇都での怪しげなサンダカン帝国の工作から、現時点ではかの国は歴然とした仮想敵国となっています。だから、長年の友誼を結んできた貴ラメラーズ王国においても、わが帝国と同様な活動が確認されてことから、貴王国とは共同して当たりたいと思っています」
「おお、我が国も対サンダカン帝国に対してはジルコニア帝国と共同歩調を取りたいと思う。クジライ外務卿、大使は謁見の間に呼ぼう。よろしければ、ミーライ皇子以下の方々もご一緒願えればありがたいが。より我が国の姿勢がはっきりすると思われますので」
国王はミーライ皇子に応じて、このように言ってジルコニア側の意向を聞く。それに対してミーライ皇子が応じる。
「はい、そうですね。私もサンダカンの大使がどのような態度を示すか興味深い。お許し願えるならば私も立ち会いますが、ライ卿も一緒にということでよろしいかな?」
「おお、無論その方がはっきりして良いだろう。そのように願いましょう」
国王の言葉に外務卿が連絡に来た将校に指示する。
「そういうことで、謁見の間に案内せよ」
「は!承知しました」
将校は了承して去っていく。
サンダカン帝国の駐ラメラーズ王国大使、スダイラ子爵は王宮の正門前の馬車で待っている。
「ええい、まだか。田舎者たちが!わが帝国の大使を待たせるとは!」
太った彼は、膨らんだ頬を震わせて怒鳴る。それに対して、隣に座っている秘書官のダメラ・メラ・キガスミは、そのこらえ性のなさに内心舌打ちをする。
しかし、ようやく正門の担当将校が軽鎧姿で馬車のところにやってくる。30歳前後の逞しい体で、日に焼けた精悍な顔で鋭い目つきである。
「お待たせいたしました、急な御来訪でありましたが、外務卿と共に国王陛下がお会いするそうです」
「うむ、良いのか?私は外務卿に面会を申し込んだのだが」スダイラ大使は少し怪訝そうに言う。とはいえ、抗議をするなら外務卿より国王の方が良い。しかし、いくら何でも一国の国王に大使がその日訪問して会見を求めることはできない。
将校が、御者台の横に乗って正門をくぐり宮殿の中を進む道筋で、秘書官ダメラがスダイラに言う。
「大使閣下、これは油断ができませんよ。普通であれば、このような会見が叶う訳はありませんから。行方を断ったカメランの件は、相当にまずいことになっているかも知れません」
彼らがこうやって、宮殿まで来たのは、自国の工作員で第2王子に取り入っていたカメランから、ジルコニア帝国の皇子がラママール王国の者を連れて来訪した結果捕らえられたとの念話での連絡があたのだ。
そして、その後牢から脱出して、ジルコニア皇子を攻撃しようと連絡があった後に、連絡が取れなくなった。
「ふん、ラメラーズ王国ずれに何ができる。いままで、こちらが脅しても、なにも言い返さなかったではないか」
大使が言うが、ダメラが反論する。
「あれは、一つにはカメランがうまく第2王子を抑えていたからです。ラメラーズ王国の者をあまり甘く見るのは禁物ですよ。彼らは『武の国』と言われるだけのことはあって誇り高いですから。それに、今やジルコニア帝国は後ろ盾になった可能性があります」
「ふん、とは言え、我が国のカメランの件の抗議はしなければならん。それに、カメランの件がばれたとすると、もはや修復は不可能だろう」
そのような話をするうちに宮殿の玄関にはすぐに着き、すぐに大使と秘書官は案内されるが、その際には各々に剣を佩いた兵がそれぞれに着き、兵は剣の柄に手を掛けている。
「お二人に警告しておきます。サンダカン帝国の方々は魔法が達者であることは知っております。今から入る謁見の間では魔法を使うのは避けて頂きたい。もしそのような兆候が見えたら、直ちに措置を取らせていただく」
先導する将校の言葉に、秘書官のダメラが抗議するが相手にされない。
やがて、謁見の間に入ると、玉座に座る国王と同じ段に年若い青年が立っており、外務卿はその一段下に、これも見知らぬ少年と共に立っている。
そこで、外務卿より迎えの言葉と青年がジルコニア帝国の皇子であること、外務卿と並んでいる少年が、あの有名はラママール王国のライ卿であることが紹介された。
「スダイラ大使、貴殿にラメラーズ王国、国王として貴サンダカン帝国との国交断絶の宣言をする。貴帝国のすべての臣民は、直ちに我が王国の国土から立ち去れ。3日の後に我が国土におるサンダカン抵抗人は捕らえ処刑する。無論大使館は閉鎖せよ。以上だ」
玉座からの国王の言葉であり、大使も反論の術はなかった。
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