第69話 ライ、サンダカン帝国への道4
ラメラーズ王国の国王を始めとする面々が驚いた顔をするのも当然であり、彼らはサンダカン帝国とは特に警戒なく付き合ってきたので、ミーライ皇子の言うことが事実なら極めて危ないことになる。
そして、ミーライ皇子が偽りを言う理由もないことは明らかである。そもそもジルコニア帝国がその気になれば、人口800万人で貧しい山国のラメラーズ王国を滅ぼすか征服することに訳はないことは彼らも自覚している。
帝国が征服などしようとしないのは単にメリットがないからだとは、内心では判っている。そして、このようにわざわざ皇子が訪れて警告するのは、サンダカン帝国という油断のならない相手に対するものであろう。
国王イガラーナは、チラッとジルコニア帝国さえもが警戒する相手と組む可能性について考えたがすぐに消えた。魔道具で人を操るようなことをする国とは組むことはできない。
彼は、外務卿がミーライ皇子に尋ねているのを聞きながら善後策を考えている。
「皇子殿下、操り人形と言われましたが、そのような状態になった時に何か人が変わったような様子を示すということはありませんか?」
「ええ、変わるようですね。まず、口数が少なくなるようですし、外出をしなくなるようです。人に会った場合には、相手が誰かはわかっているようですが、自分からは殆ど話しかけるということはせず、相手の話を聞くばかりのようです」
その皇子の言葉に第1王子が反応する。
「うむ、私はそのような者に心当たりがある。イザヤスラ、お前の従者にカザルーイという若者がおるだろう?」
兄から聞かれた第2王子は戸惑いながら答える。
「ああ、カザルーイ、確かに私の従者だ」
「あやつは、お前の従者の中でもとりわけ気の利いた者であったが、先日お前の館を訪ねた時の様子がおかしかった。まさに皇子殿下の言われるようであった」
そう言う兄の言葉に、首を捻りながら第2王子が答える。
「カザルーイがとりわけ気が利いておる?大体あやつは口数も少なく、最近も大して変ってはおらんと思うが」
「フーム、お前の人を見る目にとやかく言う気はないが、いずれにせよ私はカザルーイが明らかに変わったと思う」
第1王子はそう言って父王の顔を見る。
「よい。ミーランス。サンダカン人の居るイザヤスラの館の使用人が、その操り人形にされている可能性は際めて高い。お前が指揮をとれ。疑わしそうなものを隣の謁見の間に連れてこい」
国王がそのように命を下し、ミーライ皇子に向かって軽く頭を下げて言う。
「貴重な情報を感謝します。聞いての通りですので、しばしお待ち下され」
その後に外務卿が言葉を続けて、ジルコニアの一行に向けて頼む。
「皇子殿下、できればジルコニアにおけるサンダカンの者達の振る舞いについてもう詳しい情報を頂きたい。我が国においてもジルコニアの者またその『操り人形』にされた者の調査が必要です」
「ああ、その件であれば、ここにある程度詳しくまとめた報告書があります。また、このリンザイ少佐がある程度詳しいことは知っていますので、彼に概略を説明させましょう」
皇子が、持っていた手提げカバンから書類を取り出してテーブルに置き、テーブルから下がった席にかけていた護衛隊の隊長を招く。暫くの間は、リンザイ少佐からサンダカン人の自殺、彼らによる操り人形の発見、そして摘発などの経緯の説明があった。
なお、この大陸は古代に一つの帝国によって支配されていたという伝説があって、言語は基本的に共通であるが、距離的に大きいために相当に訛って全く違う言葉に聞こえる国もある。
しかし、ジルコニアに隣接するラメラーズ王国では、全く同一の言葉と言って良く、文字もほぼ全く同一である。
一通りの説明が終わると、国王が第2王子の方を向いて厳しく言う。
「イザヤスラ、我が国の情報収集が甘かったのもあるが、お前の側近にしていたサンダカン人には尋問をせねばならん」
ここまでの話を聞くと第2王子も、抗いようはなく、力なく「はい、父上」そのように答える。
さらに外務卿が聞く。
「しかし、今の話ではサンダカン人は歯に毒を仕込んでいると言うので、尋問も難しいように思います。その点の話はなかったようですが、貴帝国ではどの様にされたのであろうか?」
「はい、その点は私がお答えします。実のところは余り気持ちのいいものではありません」
苦笑いしながらライが答える。
「要は、まず毒を仕込んだ歯を抜いて、その毒では自決できないようにして、さらに口に布を噛ませ、縛り上げて2〜3日転がしておきます。そうして、十分に弱らせた状態にして、魔法で威圧をかければ術者に従うようになります。それから、聞きたいことを聞けばよいのです」
文明国のジルコニア帝国ではこの方法には結構引く人がいたが、武に重きをおくラメラーズ王国の人々は別に違和感はないようだ。
「ふむ。なるほど、では尋問することはできるな。とは言え、我が国はまだまだ魔法の処方が行き渡っていない状態で、身体強化はできる者はどんどん生まれているが、魔法を使えるものはおらんの」
国王がライに向かって期待するように言う。
「はい、我々の調査隊はラママール王国でも最高の魔法遣いを揃えていますから、尋問はできますし、もちろん協力しますよ」
ライが答えた時、慌ただしくドアを叩くものがおり、室内の衛兵がドアを開けると、やはり衛兵が、「大変です。牢に閉じ込めた者が逃げました」そう叫ぶ。
「なに!カメランが、し、しかしあの牢からどうやって?」
第2王子が叫び、疑問を呈する。
たしかにラメラーズ王国の常識では手枷足枷をつけてかつ鉄格子の牢に閉じ込められて逃げられるとは信じられない。
しかし、ライにしてみれば、あのサンダカン人は相当な術者であるように見えた。だから、自分で手枷足枷のカギに近い部分の鉄の部品を分子溶着したが、多分焼き切るか何らかの方法で外したのだろう。
まあ、溶着した部分の面積は、構造上わずかだったから、それを切るのはそれほど大変ではなかったかもしれない。そうは言っても、それをできる者にとっては、鉄格子位は何ということはないだろう。
『やはり魔法使いを監禁するのは難しいな』と思うライであったが、探査を働かせながら言う。
「ええ、確かにその者は地下から地上にすでに上がっていますね。こちらに近づいています。よほど自分の力に自信があるのだろうな。大した自信だ」
ライは一度会った人は、その魔力のパターンによって探査追うことができる。先ほど、カメランが引っ立てられていたときは、ライは牢に閉じ込められるまで追っていた。自分がやった手枷足枷の工作が十分であったか確認したかったのだ。
結局不十分ではあっても、かなりの時間をあれらを外すために費やしたということになる。なかなかの術者で油断はできないが、逃げないで向かってくるのが信じられない。
ライは、近くの控室にいる調査隊のザーイルに念話で迎撃するように命じる。彼は、班長格の先任の一人で、ライの念話を受けながら自分の部下のカレーニとシンジル、それに同格の2人の班長に声をかける。
「カレーニとシンジル、サンダカン人だ。迎え撃つが、手強い。手加減する余裕はない、全力で攻撃するぞ!ジッカル、ジューナリ、殿下の護衛隊と共同でライ様たちの部屋を守ってくれ」
部下の2人はザーイルの顔を見て無言で頷き、2人の班長は短く「「おお!」」と低く叫ぶ。
ザーイルには、ライの探査の相手の魔力の動きが念話に乗せて伝わってくるので、部下を率いてそれに向かって部屋を出る。その魔力はゆっくり近づいてくるが、多分物陰を辿っているのだろう。
その魔力は大きく、ライほどではないが明らかに自分を凌いでおり、さらに厳しく鍛えられているのも伝わってくる。あと200mほどかと距離を測って、ザーイルは部下たちに言う。
「やはり手強い。単独では俺たちでは敵わん。火魔法や風間法ではまず駄目だな。これは速さが勝負だ、よし狙撃だ。まず、認識障害の魔法を全力でかけて身を隠し、その状態から狙撃する。最も的の大きい胴体を狙え。できれば即死させるのは避けたい」
さらに近くの木陰に行き、空間収納からライフル銃を出して言う。
「よし、ここだ。伏せてここで狙う。俺が合図したら撃て」
サンダカン人のカメランは王宮の庭で物陰を辿りながら、先ほど自分が捕らえられた場所を目指していた。あの小僧のかけた、魔法による手枷足枷の鉄の溶着を外すのには苦労した。
熱をかけてじりじりと外したが、足枷はまだよかったが、手枷は皮膚に近くもうすこし接着面が広ければ熱で大やけどをするところだった。あの小僧だけにはやり返したいが、まともに当たればやばそうな感じがする。
しかし、王国を混乱させるには、そのまま逃げたのは駄目だ。幸い自分は空間魔法を使え、収納の中に爆弾をもっている。これは、サンダカン帝国しか持たない強力なもので、先ほどのあの部屋に投げ込めば、部屋にいるものは全滅間違いない。
彼は、冷静さを保っているつもりではあったが、彼我の力の差を掴み切れていなかった。魔力の大きいのは感知しても、どうしても相手が少年の姿であるのに侮ってしまったのだ。もう少しだ。彼は今から取る攻撃手段を頭の中でおさらいをした。
『まず、あの戸口から中に突入して、あの部屋のドアを風魔法で引き裂く。さらに、空間収納から爆弾を取り出して、全力で部屋の中に叩き込んで直ちに着火する。簡単だ』
そう思った時、少し離れたところの広く枝を広げた巨木の陰から“ドン!”と大きな音が重なって聞こえたと思うと、腹や胸に何かがぶち当たり、強烈なショックと痛みにたちまち何もわからなくなった。
「やったあ!当たったぞ!」若
いシンジルが叫んで、ライフルをもって飛び上がる。
それを、ザーイルがにらみつけて叱る。
「黙れ!ここは王宮だ。はしたなく騒ぐな」
「だって、銃の音の方が大きいよ」
シンジルが膨れ面で言い返すが、ザーイルはそれどころではない。
探査で、弾の衝撃で後ろに吹き飛んで倒れた男の体を探りながら、念動力で大きな裂け目を塞ぎ、傷から流れ出す血を止めようとするが、そこにライが駆けつけてくる。
「ライ様、申しわけありません。結局銃で打ち倒しました」
駆けてくる彼に謝るザーイルに、ライは頷いて倒れた男を見下ろしながら言う。
「謝ることはない。こちらには被害なくよくやった。もうしばらく血を押さえておいてくれ」
ライは収納からガラス瓶を取り出して、背を付けて横たわっているカメランの鼻先に そのビンをあて、栓を抜く。そのアンモニアの刺激臭に、男は弱々しくせき込みうっすらと目を開ける。
強力な魔法を使えても、すでにもうろうとしたカメランは、ライの威圧に抗する術はなく、それから約30分、その命が尽きるまで、ライの質問に答えるのだった。
その周囲をラメラーズ王国の要人に囲まれた状態で、彼らからの質問にも答えながらである。
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新しい連載を始めました。良かったら読んでください。
「地球の未来を変える!少年が生み出す発明の数々が人類を変える」
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