第68話 ライ、サンダカン帝国への道3

 イザヤスラ第2王子の言葉に、ミーライ皇子は真面目な顔で言う。

「なるほど、未だ貴国にとって、ラママール王国は敵という訳ですな。ということは、ラママール王国と深い交友関係を結ぼうとしているわがジルコニア帝国も同様という訳ですか?」


 そして、ラメラーズ王国の主席者を見回す。

「い、いや、そのようなことは決っして。わが王国もラママール王国には使者を送って、国交を開こうと協議していたところです」


 出席していたラメラーズ王国側のクジライ外務卿が慌てて言い。王の顔をみる。

「う、うむ。その通りだ。近くラママール王国には使者を送る予定にしている。友好関係にある国は多いに越したことはないからの」


 国王は外務卿の話に合わせ、第2王子に向きなおり叱りつける。

「イザヤスラ!お前はどういうつもりだ。国の方針は知っているだろうに。ジルコニア帝国の皇子殿下に何ということを言うのだ」


 若造の王子と違い、王は流石に帝国との力関係を正確に理解している。

「し、しかし、父上!あの遠征で、350人のわが兵も帰ってきませんでした」


「あれは、ヒマラヤ王国の口車に乗って、我が国も一方的にラママール王国に攻め入ろうとしたものだ。我が国からかの国を責める筋合いのものではない」


 国王は、第2王子に言い聞かせ、頭こそ下げなかったがミーライ皇子に詫びの言葉を言う。

「ミーライ殿下、御無礼いたした。聞いての通り、我が王国ももはやラママール王国と敵対することはない。その意味では、何かと話題のライ・マス・ジュブラン卿とお会い出来たのは有難いことだ」


 王は続けてライの方を向いてそのように言うが、結局は強奪することが無理だとわかったので、今度は取り入って、ラママール王国が豊かになった秘密を手に入れようという訳だ。


「はい、そのように言って頂ければ有難い限りです。この度、私どもがミーライ皇子殿下とこちらに伺ったのは、サンダカン王国、今は帝国と名乗っていますが、その危険性と脅威をお伝えするためです」

 語りかけられたライは、その機会をとらえて王と王太子に向かって語りかける。


「何だと、サンダカン帝国の危険性だと、言うに事欠いて何をほざくか!サンダカン帝国は我が国の友好国だ」第2王子が再度わめく。


「だまれ、イザヤスラ!サンダカン帝国とはまだ友好国ではない。お前のジルコニア帝国皇子殿下とそのお連れに対する態度は無礼極まりない。黙って聞くのだ!」


 そう腹違いの弟を窘めたのは、第1王子のミーランスだ。まだ、ラメラーズ王国では王太子を決めていないが、第1王子は思慮深く物静かな細身の18歳の少年で、国民の信頼と人気も厚く、宰相を始め実務畑の貴族の信も深い。


 それに対して、第2王子は脳筋気味の考えなしで、人は悪くはないが考えが足りたいところがある。実はこの点は父の国王に似ており、国王も考え無しの点をうっとうしく思い、一方で可愛くも思っている。


 第1王子が18歳にもなれば、当然立太子を行うべきであるが、国王が実際のところしばしば議論に負ける第1王子を少々煙たく思っており、立太子を引き延ばしている。この点は、王国の貴族も察しており、第2王子は似たような脳筋の連中の支持を集める結果になっている。


 なお、ラメラーズ王国では、国王に選定する際にはあまり長幼を問題にせず、優れたものを選ぶということになっている。この点の優れた点とは結局武勇であるが、むろん戦略家としての能力ももちろんその中に入るものの、後者はなかなか見極めがたい点がある。


 なお、このように兄弟で跡目争いをして国内が治まるのかと思えるが、根が単純なこの王国の貴族はあまり陰険な争いは好まず、実際に過去を見ても深刻な争いは起きていない。


 この場合はしかし、国王も第2王子に継承の資格があるとは思ってはいない。ただ、しばしば論戦で自分を負かす『生意気な』息子の少々の嫌みのつもりである模様である。


 ともあれ、兄の言葉を素直に聞くような第2王子ではなく、「なにを……」と言い返しかけたが、「イザヤスラ!」底響きのする父王の言葉と怒りの表情を見て、流石に後の言葉を引っ込めた。


「では、話を続けさせて頂きます」

 ミーライ皇子は、何もなかったかのように話を続ける。


「実のところ、サンダカン帝国の危険性を最初に我が国に説いたのは、このライ卿であり、それを聞いたのはラママール王国を訪問していた私と妹の含めた何人かなのです。それは、サンダカン王国が次々に周辺諸国を征服して、将来はこの大陸全体の支配を狙っているということです。

 力が強いものが弱いものを征服するのはありがちなことで、わが帝国も2百年ほど前にはそのようなことで大きくなっていったのです。ただ、問題はサンダカン王国が帝国になり、多くの他国民を従える時、自分たちを貴族として、他国の貴族を平民、他の大部分を奴隷とする方針としているようなのです。


 そして、逆らう者は簡単に殺し、それもその者のみでなくその家族一族を皆殺しにするという、極めて悪辣なものだと言います。また、なぜ彼らがすでに周辺の国々を征服し、さらにその征服する国々を広げつつあるのか、それは彼らの国民が極めて高い魔力を持っており、それを使うのに長けているからというのです。

 まあ、こういうことをライ卿から聞いたわけですが、実際のところ私も半信半疑でした。というのは、わがジルコニア帝国は別に更にその版図を広げようとは思っていませんが、安全保障上の観点から、殆どの国に大使館か又は出先を置いて情報の収集に努めております。


 その情報に、サンダカン帝国の危険性というものは殆どなかったのです。しかし、私はライ卿に対してはうかつなことを言う人で無いと信じていましたので、帰国後帝国情報部に再調査を依頼しました。その結果、多くの不自然な点が出て来たのです」


 そこまで皇子がしゃべったところで、「待ってください。それは言いがかりです」遮る者がいる。


 見ると、イザヤスラ第2王子の側近の扱いで出席している、カメラン・ダル・ジスコーニュである。それを第1王子が怒鳴りつける。


「ジルコニア皇子殿下の話を遮るとはどういうことだ!イザヤスラ!どういうことだ。この者をお前は良く連れて来ているが、こやつは何だ?」


「あ、兄上、そのように頭ごなしに言うものではない。これはカメラン・ダル・ジスコーニュ、サンダカン帝国出身の者だ。祖国を悪く言われて思わず口を出したのだ」 

しどろもどろに第2王子が言うが、今度はクジライ外務卿が驚いて叫ぶ。


「なんと、サンダカンの者をこの席に!」

「衛兵!こやつを捕らえよ!」


 その声に応じて、国王が室内にいる3人の衛兵に命じる。サンダカン人は一瞬抵抗しようと身構えたが、第2王子を見て力を抜いた。

 ここで抵抗して逃げ出したら、今までの工作が水の泡になる。それにいざとなれば牢に入れられても、魔法を使えばいかように逃げだせる。


「イザヤスラ!お前はこやつがサンダカン人とは言わなかったな?確か西方とは言っていたようだが。いずれにせよ、この場に置くのはまずい。とりあえず牢に閉じ込めておき、今からの皇子殿下の話次第でどうするか決めよう」


 国王が言い、「手かせと足かせをかけて連れて行け。魔法を使えるので、1人は槍を構えて見張り、逃げようとすれば突け」そう付け加える。


「父上!そ、それは余りに!」

 第2王子の懇願にも冷たい顔で、国王は言い返す。

「このような重要な席に、そのような胡乱な者を連れて来たおぬしが悪い」


 サンダカン人は、衛兵がすぐに持ってきた鉄製の手かせと足かせ(鎖で結ばれ、歩くくらいの鎖の長さはある)を嵌められて連れ出された。

 ライはそれを見ていて、『国王は判断力と決断力はあるな。それにしてもあの手かせ、足かせでは念動力で外すのは簡単だな』そう思ったので、手かせと足かせの鉄の触れ合っている部分の原子を弄って結合してやった。


 溶接より丈夫なその接合を外すのは生やさしいことではないので、このサンダカン人がよほどの術者でないと外せないないだろう。サンダカン人はそれに気が付いたらしく、ライを睨んだが何も言わない。


 出て言った衛兵に代わり、新たな衛兵が配置されたところで話は続く。

「不自然な点とは、現地に問い合わせたものの、サンダカン王国とその周辺についての情報が、サンダカン帝国の周辺諸国の大きな変動にも拘わらず、非常に少ない情報量だったのです。

 例えば、隣接するリスナー王国、ムズス公国、キキラス王国、イカルーク王国はすでにサンダカン王国の支配下に入ってサンダカン帝国の一部になっている。


 これは、相当な重大事であるが、その割にキーカルク王国の大使館にあるわが情報部も動きが鈍く、どうやってその統合がされたのかもよく解らない。

 ただ、征服した諸国に対しては相当な圧政であることは、後で調べた間接的な証拠から掴めてきたところです。そこで、もっと詳しく調べようというところで、このライ卿が隊長である、ラママールのサンダカン帝国への調査隊が入ってきたのです。

 そして、わが帝国の皇都ジコーニュで彼ら調査隊の歓迎の小宴を催したところ、そこで大変なことが判りました」


 一旦言葉を切った皇子を、室内のものが目で問う。これには、ふくれっ面の第2王子も流石に好奇心に満ちて同じ目をしている。


「それは、その会にサンダカンのスパイとその操り人形にされたの者がいたのです。つまり、そのサンダカン人は人の心に働きかけて言いなりにする能力があり、ある魔法具をここに刺すと人をその意に反して操れるのです」


 皇子は盆の窪を指さして、さらにポケットから持ってきた針状の魔法具を見せる。

「その魔法具とはこれです。このように小さいものですが、相手を支配する術をかけてこれを刺すと、自分の意思がなくなり、言い聞かせたことをそのまま信じ実行するようになります。

 ただ、10日に一度くらいは、術者が術を掛け直す必要があるようですが。

 そのサンダカンの者は女でしたが、ラママールの調査隊員に操る術をかけようとして捕まり、歯に仕込んだ毒を仰いで自殺しましたが、その会には3人の操り人形にされた者が出席しており、彼らを拘束してその魔法具を除去したのです」


 そこで、第1王子が口を挟む。

「失礼、口を挟みますが、その魔法具を除去すればその者は元の通りになるのでしょうか?」


「ええ、ほぼすぐに全快します。ですから、傷つけないように拘束することが必要です。抜くのはできれば魔法の念動力で抜くの方が綺麗に抜けます。その他の方法だと、その位置を指で探って調べて、頭が出るまで刃物で抉って引き抜くしかないですね。この方法は跡が残って、とりわけ女性にはお勧めできません」


 これは、ライから答えたが、王太子は再度聞くのに続けて答える。

「ライ卿はお出来になるのかな?」


「ええ、もちろん。でも、我が調査隊は全員ができます。我が国でのえり抜きのメンバーですから」


「なるほど。とは言え、皇子殿下申し訳ありません。話の腰を折りました、お続け下さい」

 第1王子が詫びて話を促すのに皇子は応じる。


「いえ有用な質問でした。話を戻しますが、その場では3人の操り人形にされていたのは、全て貴族のものでした。サンダカンのスパイはは貴族や有力者の家に入り込んで、その家の者を支配しました。

 なお、サンダカンのスパイは人を魔道具で操ることから人形使いと呼んでいます。

我が国はすぐさま、皇都の門を閉じて、その人形使いが脱出するのを防いだ結果、現状では2人を捕らえ、3人が毒で自殺し、1人は我々が出発の時点で皇都に潜伏しています。


 捕虜にしたものの尋問から、サンダカン帝国は大陸全ての支配を狙っており、わが帝国についてはその下工作でできるだけ操つり人形を増やそうとしていました。従って、貴国についてもサンダカン人がいた以上は、同様のことをやっていることは間違いないかと思います」

 皇子のこの言葉に国王を始めとするラメラーズ王国側は目を見開いている。


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 新しい連載を始めました。良かったら読んでください。

「地球の未来を変える!少年が生み出す発明の数々が人類を変える」


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