第67話 ライ、サンダカン帝国への道2
一行がラメラーズ王国の王都ラーララ近郊に達したのは、まだ日も高い時刻であった。地上からの誘導に従って降りていくと、街路沿いの広場には立派な木製の馬車1台と、幌馬車が3台待っている。
ラーララから1㎞ほどの距離の場所であり、ジルコニア帝国の大使館が手配したものだ。そこは、人口20万のラメラーズ王国一の大都市である王都への幹線通りだ。
だから、多くの徒歩、騎馬または馬車の交通があって、空中から舞い降りてくる19人は当然人目を引いた。多くの者が見あげて指さして叫んでいるが、待ち構えている大使館の者は気にしていない。
これらの馬車には、ジリコニア帝国の鷲シンボルの旗が翻っているので、その馬車に向けて降りてくる一行を見て遠巻きに騒いではいても、咎めるとか話しかけるものはいない。これは、ジルコニア帝国外務省から、大使館あてに念話の魔法具によって連絡が行って、この準備をするように命じられたのだ。
立派な鷲の彫刻のある馬車のそばに降り立ったライとミーライ皇子に、ひと際立派な服の中年の女性が歩み寄り、皇子に向けて深々と頭を下げた後に頭を上げて言う。
「これは、ミーライ殿下。大使のアリョーナ・ダイム・ミジリガク子爵でございます。殿下自ら来られると聞いて耳を疑いましたが、本当に来らるとは」
「ああ、アリョーナ子爵。お役目ご苦労だな。これほどの帝国の大事に、皇室に一員である私が来るのも当然だ。
まあ、人数は少ないが、ラママール王国の精鋭と共に我が国の魔法による飛行部隊に守られれているから、危険なことはないよ。私は大伯母上のいるキーカルク王国までしか行かないからな」
「はあ、まあ。いずれにせよ。王都に入りましょう。あと、殿下こちらは?」
アリョーナ大使はライと並んでいるアスラを向いて、皇子に紹介を促す。普通であれば、どう見ても少年であるライがラママール王国の責任者とは思わないだろう。
「いや、こちらが、ラママール王国の調査隊の隊長のライ卿だ。隣の彼は副隊長で、王国情報部第2部長のアスラ氏だ」
皇子の言葉に大使はライの方に向き直って、目を見開いて言う。
「おお、あなたがあの有名なライ・マス・ジュブラン男爵ですか。そう言えば少年と言われていましたね。私は、駐ラメラーズ王国大使のアリョーナでございます」
そう言って他を差し出した手をライは軽く握って言葉を返す。
「ライ・マス・ジュブランです。この度のサンダカン帝国調査隊の隊長を務めています。まあ、実質はこのアスラさんが隊長ですがね」
こうして、互いの紹介などをした後に一行は王都に向けて出発する。このように、大使館から一行に対する迎えに来たのは、ラメラーズ王国に要人にもヒアリングを行う都合上、正当にラーララに入ったという証が必要だからだ。
大使館の向かい合わせの3人掛けの座席のある大型馬車に、大使と皇子にその護衛隊長のリンザイ少佐にラママール側からライとアスラが一緒に乗り、幌馬車に他の隊員がそれぞれ乗っている。
流石に、ジルコニア帝国大使が先頭を切って入ってきた馬車隊に向けて、ぐずぐず言う門の衛兵はいない。大使館に入り、早速大使以下と協議に入る。大使館の会議室で、大使館側が大使以下5人に対し、ジルコニアから来た今回の一行の19人全員が出席している。
まずは、皇都ジコーニュでの出来ごとについて、リンザイ少佐から説明があった。
「そういうことで、ジコーニュでは結局サンダカン帝国の密偵合計5名入り込んで、20人以上を操り人形にしていたようです。ですから、よりサンダカン帝国に近いにラメラーズ王国には、間違いなくある程度は入り込んでいると思っております」
少佐に続いて、ミーライ皇子が大使に聞く。
「本国から調べるように訓令があったと思うが、ラメラーズ王国へのサンダカン帝国の浸透ぶりはどうかな?」
「はい、ここ数カ月は相当なもので、帝国と違って表に出ています。すでにかの国の大使館も大々的に拡張しており、王族から貴族への働きかけも激しいものです。その結果もでており、特に王族では第2王子がサンダカンのシンパになっています。
このため、第2王子を押している貴族がサンダカン寄りで、支持者はどんどん増えている状態です」
大使の答えに王子が応じる。
「ふむ、しかし、サンダカンが周辺諸国を侵略して属国化しているのは、この国の者も承知だろう?それが、なんで自分の国に関係ないと考えるのか、よく解らんな」
「それは、根本的には我が帝国への反感があるのです。どちらかと言えば、このラメラーズ王国は武骨な武人を良しとするところがあり、隣国だけに過去にはわが帝国とも何度も争っています。
古い時代のわが帝国の領土拡張期には、わが方から何度か攻め込みました。我が国が拡張政策をやめてからは、100年ほど前が最後ですが何度かはこのラメラーズ王国から帝国へ攻め込んでいます。
彼らから言わせれば、旧領を回復する戦いです。これは、当然わが方が退けたのですが、通常の帝国民や貴族からすれば、ラメラーズ王国は野蛮人の集まりである訳で、どうしても態度に出てしまいます。
ですから、とりわけこの王国の貴族には我が帝国を嫌うものも多いのです。サンダカンはそれに付け込んでいるのですよ。それに、サンダカンが帝国を称しはじめ、周辺国を属国化した過程はあまり情報が入ってこないのです。
ですから、かれらの好きなように言っているわけですが、わが帝国も彼らの支配体制が相当にひどいということはここ1月位で解ってきたことですから」
大使の言葉に皇子が言う。
「ああ、そのサンダカンの様子は、ラママール王国のまさにこのライ卿から、私自身が警告されて調べた結果どうもおかしいということで、再度調べてようやくわかってきたからな。ラメラーズ王国が掴んでいないのも無理はないな。
うむ、状況は概ね解った。それで、頼んでいた国王陛下への会見はどうなったかな?」
「はい、明日午前10時に会見の約束がされています。第2王子を始め反対もあったようですが、流石にわがジルコニア帝国のミーライ殿下の会見要請は断れないでしょう」
大使が答え、皇子が応じる。ちなみに、時計は今ではラママールから大陸全土に広がり、ラママールの時制がこの国でも採用されている。
「おお、ありがとう。どう言っても国王と会見しておかないとな。して、大使は最近、ジラスムズ国王に会っているか?」
大使が、その質問に顔をしかめて答える。
「いえ、以前は3ヶ月毎くらいには会見していたのですが、最後にお会いしてからもはや1年を超えます。王室から何かと言い訳をして断ってくるのです。流石に、外務卿とは1月に1回程度は会っていますが、あの外務卿も何を考えているか判らない者ですから、あまり実のある話は聞けません」
「ふむ、解った。いずれにせよ明日だな」
皇子の言葉でその会は終わり、その後、大使館内での夕食になったが、気を緩めるような状況ではなく、全員がそそくさと夕食を摂り、早々に寝入った。流石に飛行魔法は精神が疲れるのだ。大使館はいざとなれば、要塞にもなる施設だから、20人以下の人数の一行くらいは楽々収容できるのだ。
その朝、ラメラーズ王国第2王子のイザヤスラは、王宮に行く前に側近の者を集めて協議をしていた。
「それでは、ミーライ皇子一行は空を飛んできたというのは事実か?」
イザヤスラが最も頼りにしている側近を見て聞くとカメランが答える。
「ええ、事実でしょう。例のラママール王国と、ラメラーズ王国も加わった5か国連合軍との戦いで多くの飛行魔法兵が使われたことは事実です。実際にこの国にも魔法で飛べるものなら100人ほどもいますし、彼らの半分ほどは連合軍の飛行兵に加わっていました」
「しかし、何日で来たかは知らんが、帝国の首都のジコーニュから飛んで来たとすると、相当な能力だな。我が国の兵ではそのような長旅は無理だ」
第2王子が言い、カメランが応じる。
「いや、いや、この国も今後魔法を使えるものが増えていけば、そのような者も増えていきますよ。それで殿下、ミーライ皇子の訪問の目的な何なのでしょうか?」
「いや、旅の途中の訪問ということで、実際のところは判らん。私は父陛下に会見は不要と申したのだが、ジルコニア帝国の皇子が来て、会見の申し込みがあったら応じないわけにはいかないと、あの外務卿ですら言うからな。
嫌でも会わない訳にいかない。まあ、私が立ち会うことは承知した貰ったが」
「殿下、今回のミーライ皇子の訪問はサンダカン帝国からみの話で、それも対抗するような話である可能性が高いと思います。私の祖国のサンダカン帝国は、貴族が皆強力な魔法が使え、豊かな国を率いています。このラメラーズ王国もサンダカン帝国と同盟を組めば、その国を豊かにする魔法の力を伝えられ………」
そう、この男カメラン・ダル・ジスコーニュはサンダカン人であり、貴族家のもので兄と折り合いが悪く出奔したという。カメランは第2王子が宮殿を抜け出して、娼館から帰る途中で襲われているところを鮮やかに助けて、気に入られて側近になっている。
むろん、襲った連中はカメランが金で雇った連中で、第2王子は入りこんだ後に魔法も使って手なづけている。今はすっかりカメランを重用しており、操り人形にする必要もない。
ちなみに、サンダカン帝国としてはラママール王国から大陸中の国々へ魔法の処方が広がっているのは誤算であった。彼らの強みである魔力が強く魔法が使えるという長所が、絶対的なものではないということになるからだ。
事実、ジルコニア帝国に潜っていた者達の念話による警報では、帝都ジコーニュの連中は全滅の危機にあるという。だから、ミーライ皇子一行がこの国に来るという情報も、大使館から王宮に連絡があって始めて、知ったという状況だ。
皇子の王会見の目的は、対サンダカン帝国の呼びかけである可能性は高い。だから、是非ともこの馬鹿王子を焚きつけて、ジルコニアへの敵意を漲らせ、反対させる必要がある。
また、皇子に会う席に自分も同席して王を魔法で反ジルコニアに導く必要がある。
しかし、心配な点は多分ミーライ皇子にはラママール王国のものが付き添っている可能性があり、その者の魔法のレベルが、自分の人への意思の押し付けを見破れるレベルかどうかである。
しかし、この馬鹿王子を王太子にしようという、味方が多数になるここまで持ってきた努力が実るかどうかのこの時に引っ込むわけにはいかない。他国の王室のものを謁見の間でもてなすことはできない。
だから、王と第1王子、第2王子、宰相に加えて外務卿他の付き人は、王宮の迎賓室でジルコニア帝国ミーライ皇子一行を待ち構える。カメランは第2王子の付き人として待っている一人に加わっている。
彼は、王の精神を柔らかく包んでいる。完全に支配したいところだが、延髄に刺し込む魔道具がないと完全な支配は無理だから、自分の思う方向に心を向ける程度が限界なのだ。
むろん、出来れば第1王子、宰相位も同じように影響を及ぼしたいところだが、王だけに人並外れた強靭な精神を自分の思う方向に向けるだけでカメランとして精いっぱいである。
それに、王に権力が集中している、ここラメラーズ王国では王の意向が絶対なのだら、王の意向さえ操ることができれば、大きな問題は起きない。
やがて、巨大なドアの外でリンリンとなる鈴の音がして、それが少し開き、先導の外務官が呼ばわる。
「ジルコニア帝国、ミーライ・ジサルク・ジルコニア皇子殿下、アリョーナ・ダイム・ミジリガク駐ラメラーズ王国大使閣下他御一行御入室!」
白を基調の正装(軍服に近い)に身を包んだ少年を先頭に、やはり正装を着た大使、さらに同じく正装のリンザイ少佐が続き、ライとアスラは最後尾だ。
巨大なテーブルの後ろに並んだ迎える側の一行に向かってに入ってきた5人は、机の手前で立ち止まり、大使が口を開く。
「イガラーナ・ジザラ・ラメラーズ陛下、御無沙汰を致しております。こちらが、わが帝国皇室の第2皇子、ミーライ・ジサルク・ジルコニア皇子殿下……」
と、王を含めた相手方にライにアスラを含めて紹介する。
ライと、アスラがラママール王国の者というところで、部屋の皆からはっきりした反応があった。
次に、ラメラーズ王国側の外務卿、シシドレ・ミン・クジライから王国側の出席者の紹介があり、王が口を開いた。
「ミーライ殿下、よく来られた。なかなか急な知らせであったが、よほどの事情があったかと思う。それにしても、ごく最近、刃を交わしたラママール王国の者を連れてくるとは、極めて意外であった。この方も事情をお聞きしたい」
王の言葉が終わるのを待っていたイザヤスラ第2王子が叫ぶ。
「なんということか!敵国のラママール王国人を連れてくるとは、ジルコニア帝国は我が王国を舐めているのか?」
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