第66話 ライ、サンダカン帝国への道

 ライたちの一行が、キーカルク王国の王都であるキーシルまで出発する前日、ライと副隊長のアスラはジースラム皇太子の招待の形で、気軽な(というが……)夕食に招かれている。この席にはミーライ皇子とアミューラ皇女も同席している。


「いや今回は、貴殿らのお陰で我が帝国もサンダカン帝国の脅威を受けていることが認識できた。その点は大いに感謝している。まだサンダカンの密偵は1人見つかってはおらんが、相手の手口が判った以上大きな脅威にはならん。

 明日からはあちこち寄りながらではあるが、最終的にキーカルク王国の王都のキーシルまで行かれることになる。弟であるミーライも同行ということで足手まといにはなると思うが、よろしくお願いしたい。


 なんにせよ、我が国の中枢近くまで入り込んできたサンダカン帝国は、明らかに我が国にとっても脅威ではあるので、その実態を知りたい。この点の解明は是非とも必要であるし、そのためには相手に入り込まないと勝負にならんのは解る。


 それも、魔法に長けたものでないとまず無理であることも確かだ。私も貴王国がよくライ卿を含む国の魔法での最強の戦力、つまりは王国にとって最も貴重な戦力をこれほど危険な任務につけるのに驚いたが、今ではやむを得ないことであると納得もしている。

 いずれにせよ、危険なようであれば、すぐに脱出して帰ってくる程度に慎重であるように希望したい」


 最初の乾杯の後に、改まってジースラム皇太子からあった話にミーライ皇子が口を挟む。

「まあ、たしかに足手まといではあるが、私も概ね飛行中は自分を浮かせる程度の魔法は使える。それに、わが帝国も同行できる人員を8人準備できた。皆それなりに戦闘はできるし、魔法も一通りを使える者達だ。さらに、貴調査隊により短期間ではあったが、集中的な訓練を受けてとりわけ魔法の面では大いに実力が伸びた」


 皇子の言葉に、訓練を主として担当したアスラが頷いて言う。

「ええ、皇子ご自身も、多分いまであれば御自分で最初の200㎞程度は飛べると思います。今回選抜された方々も飛行も面は大丈夫だと思いますよ。元々魔力は十分でしたが、ライ卿から魔力の効率の良い使い方を教わった効果が大きかったですね。

 戦闘の方も、長く訓練を続けてきた我が隊の者には及びませんが、短期の訓練の結果としては素晴らしい結果です。なにより、アーマドラ嬢が空間魔法を使えるのは大きいですね」


 アスラが言うように、選ばれた一人である、マニーヌ・ミニ・アーマドラはとりわけ魔力が大きいうえに魔力の操作能力も高い。それで、ライがひょっとしたらということで、空間魔法を教えたら空間収納を使えるようになったのだ。


 空間魔法には知られている限り、空間転移であるジャンプと空間収納があるが、ジャンプについてはライが視覚の及ぶ範囲で可能であるだけで、他には可能な者は知られていない。


 一方で空間収納はそれなりにできる者はおり、現状ではラママール王国ではライとアスラの他に56名が可能である。とは言え、収納能力には魔力による制限があって、ライで100トン前後、アスラで5トン位であるが、マニ-ヌは2トン程度だから、平均的には多い方だ。


「うむ、わが帝国からミーライの護衛ができる者が行けるということで私も助かった。最初は護衛なしでも良いと思っていたが、宰相から大反対されてな。それこそ、もしものことがあれば、護衛無しに送り出した私の陰謀と言う者が出てくるというわけだ」


 皇太子がそう言うと、ミーライ皇子が笑って言う。

「ははは、我々の感覚はそうではないのにな。私は正直皇帝などまっぴらと思っているし、兄上はできれば代わってほしいと思っているのに。

 まあ、それはそれとして、私も正直にラママールの方々に守ってもらうのみというのは少し問題かとは思っていたのですよ。

 それに、今回の遠征は我が国の今後の魔法を使う面での戦いのみならず、運用を学ぶための願ってもない機会と思っています。私も大いに期待しています。

 また、私自身はいくらなんでもサンダカンの勢力下には入らないつもりですが、一緒に行くもの達で足手まといにならないと認められる者は、連れて行ってもらおうと思っています」


 その言葉に、ライはアスラと顔を見合わせて頷いて応じる。

「そうですね、確かに今選抜され方々は相当な実力があります。ミーライ殿下の護衛に半分ほども残すとして、何人かはご一緒していただければ助かります」


 彼らはそのような話をしているが、彼らはまずラメラーズ王国の王都ラーララを皮切りに、アスカーヌ共和国の首都アスカー、さらにキラメキ王国の王都キランに寄って、最終的にキーカルク王国の王都のキーシルに行く予定にしている。


 ジルコニア帝国の皇都ジコーニュから、当面の最終目的地のキーシルまで直線で飛べば5千㎞であるが、先述の首都3つを経由すると5400kmになる。最初の目的地のラーララまでは1160kmであるが、当初少し無理をして1日で飛ぶ予定を2日にしている。


 大体飛行速度は、時速100kmで2時間飛び休止して再度飛ぶということを繰り返す。飛ぶことのメリットは、その速度もあるが何といっても直線で飛ぶことだ。ラーララまでの飛行距離1160㎞も、陸路をいけば1400kmを超える。

 翌朝、太陽はすでに高く昇っているが、この日の飛行回数は4回で宿泊地は帝国領内の、中西部領の領都であるカーズラという人口20万の街である。


 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


 その日の出発は、聊か風変わりなものになった。出来るだけ目立たないようにということであったが、ミーライ皇子が出発するということで、皇太子にアミューラ皇女に加え、他の皇子、皇女も来ておいる。


 そうなるとそのお付きの者さらには国の保安関係者、軍のものなども来て100人余に見送られることになる。時速100kmで飛ぶとなると、生身の人間には息をするのも辛いので、基本的には術者は力のバリヤーを纏って飛ぶ。


 また、戦闘の必要があるときなど、場合によっては解除する必要があるので、上下丈夫な皮の服を着て、頭は皮のヘルメットと目にはゴーグルをしている。保温もされているので、今の季節には聊か暑い服だが、朝なので助かっている。


 さらに基本的は戦闘を考慮して、皆と剣と小銃を背負っている。ただ、幸いにして大容量の空間収納持ちが3人いるので、個人の持ち物は小さなバッグを腰につけているのみである。

 ヘルメットと今は頭に跳ね上げてはいるがゴーグル、さらに茶色の皮の上下に背負った小銃と刀と帝国の常識からは異様な姿に、見送る人々は囁きあう。

 出発はあっさりしたものであった。見送る者達に声をかけたのは、まずラママール側を代表してライからあった。


「これまでのジルコニア帝国の方々の我々への協力に感謝します。皆さんに必要な情報をお伝えできるように全力を尽くします。またミーライ皇子をかならず無事にお返しします」


 次に軍から加わっている、ミーライ皇子の護衛隊の隊長のリンザイ少佐が言う。

「ただいまより、出発致します。ミーライ殿下を我々の命に代えてもお守りします」


「では、皆に守られる足手まといのミーライは行ってきます。必ずや必要な情報を手に入れて帰って来たいと思っています」


 見送られる側の最後の言葉としてミーライ皇子が笑いながら言うと、皇太子がひと言返す。

「無事に帰ってこい。言いたいのはそれだけだ」


 一拍後、全体指揮の役をもっているアスラが叫ぶ。

「では、全員、出発!さらばだ!」

 その声に綺麗に揃ってとはいかなかったが、19人が一斉に舞い上がり西方に向かって斜めに飛んでいく。概ね高度3千mで飛んでいくのだが、この高度は空気抵抗、空気の密度と温度を考えて魔力の消費が最小になるものとして、ラママール王国で決められたものだ。


 その高度に至るまでは角度30度で上昇することになるが、急激に薄くなる空気には風魔法によって圧力の低下が急激にならないように調整している。また、進行方向に風魔法で風防を付けることで空的抵抗を減らしている。


 さらに、高空の低温に対しては、これも魔法で気密性の良い飛行服の中を軽く温めている。このように飛行のみでなく様々に魔法を使って、できるだけ快適に飛べるように工夫しているが、無論こうしたことはジルコニア帝国の皇子護衛隊は、ラママール王国の調査隊から教えられ訓練を受けている。


 護衛隊で唯一空間収納魔法を使えるマニーヌ・ミニ・アーマドラは、上空に向けてグングン舞い上がりながら、前面に広がる皇都の町並みを見下ろし、またもや鳥になった爽快な気分を味わっていた。

 彼女は南部辺境にある小さな男爵家の3女であり、やんちゃで終日外で遊びまわって、日に焼けて真っ黒になるような子であった。


 彼女は彼女の家で行っている初等・中等教育においては、特段勉強もしないのに最優秀であったのだが、彼女が中等教育を終える15歳の時に魔法の処方がもたらされたのである。


 ちなみに、ジルコニア帝国においては、初等教育は領主の責任において全領民に施すことになっており、それぞれに学校を作って8歳から領民の子供を文字の読み書き、算数や様々な常識を教えていた。


 アーマドラ男爵領は4つの村を含むが、男爵家のある村では屋敷の離れで男爵夫人が子供を教え、他の村には粗末な学校を作って雇った教師に教えさせていた。初等学校の成績上位の2割は、中等教育を受けさせることもこれまた義務つけられていたので、これは男爵家の離れで男爵夫人とその姉が教えていた。


 このような教育システムによって、中等教育においても抜群の成績のものは、国に申請すれば奨学金を得て、皇都かまたは国に12個ある地方領の領都にある高等学校に入ることが出来た。


 また、無論家に経済力のあるものも、高等学校の入学試験を突破できれば入学が可能である。ジルコニア帝国の人材は、このようなシステムで維持補給されている。

 このなかで、無論ある程度の情実や不正はあるが、少なくともごく少数のごく優秀なものを見逃すことはないようになっていた。

 とは言え、それなりに優秀なものが貴族になっている訳であるので、貴族がごく優秀なものである確率が高いのもこれはやむを得ないことである。


 さて、男爵家の3女であるマニーヌ嬢は、魔法の処方で高い魔力の持ち主であることが明らかになり、その優秀な成績と相まって、皇都にある新設されたた魔術師学校に入学することになった。


 貧しい男爵家では3女を、多大な経費が必要な皇都の学校にやることは厳しかったが、魔法学校は学校への旅費を含めて全て無料である。16歳の時に学校に入った彼女は、貧しい実家のこと、さらに仲のよい姉と兄のことを考えて懸命に努力した。


 やんちゃだった幼いころとは様変わりである。魔力の大きい彼女は、他の者に処方を施すことが可能であり、この処方にはそれなりの報酬があったので、その金も使ってあらゆる伝手をたどって魔法の使い方に関して調べ自分でも試した。


 無論、地頭が良い彼女が努力もするわけだから、座学もトップクラスであったし、魔法とその操作においても同様であった。飛行魔法については、そういうことが出来るというのを聞いて、是非自分もやりたいと決心して、失敗を繰り返しながら1年の苦労にすえにできるようになったのだ。


 彼女のその試みは、魔法学校の同級生にも目に付いたために真似をするものも出てきて、ライたちがジルコニア帝国に来た時点では、実に飛行できるものが学校で10名出現していた。


 飛行魔法は軍事的にも意味が大きいので、当然軍でも素質のあるものについて訓練されていた。特に最近ではラママール国との協定で指導者がやってきて、大幅に可能な者が増え始めたところだ。


 しかし、飛行において鍛えられたラママール王国からの調査隊にペースを合わせるのは容易なことではない。これらの、『飛行ができる者』達100人以上が集められて、試された結果、帝国魔法学校からはマニーヌを含めて3人が選ばれたのだ。


 選定基準には戦えることも入っているので、軍の者が優位であったが、マニーヌもお転婆なこともあったが、父が軍人上がりであったために、剣を始めとした訓練は相当にやっている。


 今回の飛行、時速100kmで2時間飛び一旦地上におりて15分休憩を繰り返す飛行は、マニーヌにとってはさほど苦痛ではなかったが、2回目の飛行で学校の同窓の男の子が苦しそうにしているのに気づいた。


 注意して見ると、抵抗を下げるための体の前の風防の形が良くなくて、抵抗が大きいようだ。

「アラジン、そこが良くないよ、こう直すの」

 そう念話で言って修正すべき方法を伝える。その結果として抵抗が目に見えて減って、楽に飛べるようになって安心した彼女であった。


『そうよね、ライ卿は、自分だけでなくて、ミーライ殿下と一緒に飛んでいるだから』

 マニーヌは、自分では到底不可能なことを楽々やっているどう見ても年下のライを見て、自分もまだまだだなと思うのだった。


        ー*-*-*-*-*-*-*-

以下の新しい連載を始めました。

「地球の未来を変える!少年が生み出す発明の数々が人類を変える」

良かったら読んでください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る