第65話 ライのジルコニア訪問5

 ザーイルは、その若い男の魔力が自分に劣らないことは直ぐに解った。さらに、闘いに関しても相当にできるであろうことはその余裕からも伺える。

 しかし、ジルコニア帝国の兵は魔法の戦いでは頼りにならないとしても、共同して戦う訓練を受けている女の同僚のリナーラ・カレーニがいる。


 ラママール王国においては、その兵達には共同で戦うことの重要性を叩き込んでいる。その意味では、戦闘に当たる部隊の長の役割りが極めて重要であり、将校・下士官は徹底して自分の率いる部隊の指揮について鍛えられる。


 ザーイルは当初、ジュブラン領の領兵から始めて、王国軍で認められて現在の特殊部隊の一員になったものだ。

 これは、魔力は大きいことが一つの条件であり、そのために身体強化も強力に使え、さらに様々な魔法を使えることで戦闘能力も高いことになる。


 また、基本的に魔力の高いものは、知能も高く記憶力及び理解力も高い。だから、特殊部隊の隊員は全てが、一人でも十分に狡猾かつ柔軟に闘えるが、20人程度の部隊の隊長までは務まる能力がある。


 この場合の、先任はザーイルなので彼がカレーニに指示を出す。

「リナーラ、風の刃だ。やれ!」


 言うとともに、更に何かの魔法を放とうと手を突き出している男に向かって全力の風の刃を練り放つ。しかしそれは正面から相手に向かうものではなく、上空10mほどの高さで風の刃を作り相手に投げつけるものだ。


 一方のカレーニは、自分の正面に風の刃を練り上げて真っすぐ相手に投げつける。 これはカレーニが普通で、自分の体から離れた位置に風の刃や火球などを形成できるものはめったにいない。

 実戦では、相手に近い位置でそうした魔法による武器を形成できるのは大幅に有利なので、ラママールではその能力を磨くように奨励されてきたのだ。


 相手も、体の前に火の玉を作り上げたところだが、その時にはすでにザーイルの風の刃が飛んできており、さらにカレーニの風の刃も形成されて投げられようとしているのに気づいた。

 そうなると、ようやく作った火の玉を投げる余裕はなく、それを放棄して風の刃を跳ね返すために構える。そのために、赤く膨らんでいた火の玉は消えてしまった。


 風の刃は、ザーイルやカレーニが形成したような幅が1mほどもあって、形がクリヤーに見えるものは、人間の首位は簡単に切り落とすことが出来る。胴体に当たった場合には、皮鎧程度を付けていれば刀で切りつけられた程度で切断までには至らないが、肋骨に切り込む程度の威力があり、間違いなく致命傷になる。


 だから、魔法を使えるものがそれを防ぐためには、通常は風魔法で軌道を逸らすことが一般的である。また魔法が使えない者は、待ち構えてとっさに避けるしか逃げる方法はない。


 いずれにしても、走って逃げるのは悪手であり、これは風の刃の速度は身体強化をしていても人が走るより早く、術者に操られて比較的自由に軌道を変えるからである。そのため、飛んでくる風の刃を避けても、また生み出した魔法使いにより返ってくるので、さらにそれを避ける必要がある。


 だから、風の刃を数分以上保っておけるほどの魔法使いに対しては、魔法を使えないものは最終的には負ける。また魔法使いが風の刃を防ぐには軌道を逸らすほかに、自分の風のスクリーンで霧散させる方法があるが、これはある程度受ける方の魔力が勝っていないと危険である。


 そのほかに、魔力をまとわせた刀などで迎撃して霧散させるという方法もあるが、これは剣に関しても魔法に関しても相当な実力が無いと無理である。だから、普通の場合で、相手の実力が判らない場合には待ち構えて風魔法で迎撃するということになる。


 若いサンダカン人、新たに設立された帝国情報部、浸透工作班のキリンガ・デル・ナサルは、すでに半年以上ジルコニア帝国での工作に携わってきた。昨晩、仲間の死に際の警報を受け取り、サンダカン帝国の工作がジルコニアに知れたことが解り、直ちに皇都ジコーニュにいる工作員6人は念話で連絡を取り合った。


 その結果、西門に最も近い一人が門に走ったが、すでに門は警戒態勢に入っていて通り抜けることが難しいことが判った。サンダカンの情報部も、ルコニア帝国の官僚・軍人は魔法こそまだ初歩的にしか使えないがその有能さは認めている。

 だから、門に詰めている警備のものを魔法でたぶらかして門を抜けるのは難しいという結論になって、警戒が緩むのを待つということになったのだ。


 また、いずれにせよ、アーシャという名で昨晩のパーティに潜りこんでいたアマラーヌの身分が簡単にばれたというのは、ラママールから来た連中の魔法は相当なものだという認識になった。


 その流れで、仕掛けた人を操る魔法具がすでに見つかっている可能性も議論された。しかし、そこまでは判らないはずだという楽観的な結論となり、宿主の屋敷に潜りこんでいれば大丈夫と思っていたのだ。


 それが、すでに一夜明けた午後には自分のいる屋敷に警備隊の調査が入っている。ナサルは直ちに抜け出すことにした。この場合は、むしろ下町の平民の家に入り込んで潜ればいいのだ。そういう選択肢もあり、仲間の内3人はその方法を選んでいる。


 ナサルは、すでに用意していた最小限の荷物を持って、裏口から屋敷の者に辺りを覗わせて抜け出したがすぐに異常に気付いた。そこには人間の魔力が感じられるのに何も見えないが、これはサンダカンでも使っている認識障害で姿を隠す魔法だ。


 この魔法の欠点は、魔力が強くこの種の魔法の存在を知っている者には通じないことだ。

『思ったより、動きが早い。しかも魔法をかなり使うものがすでに見張っている』


 ナサルは思ったが、この時こそ狼狽えてならないと、すぐさま風魔法を練り風の刃を放った。しかし、これは軽々と跳ね上げられ、これもまたショックであったが腹に力を入れて無理をして笑って言ったのだ。


「ほう、なかなかのお出迎えだな」

 そして、すぐさま次の火魔法を練り始めた。すでにある空気に働きかける風魔法に比べれば、マナから火を生み出す必要がある火魔法は時間がかかる。

 しかし、魔力の強いものが2人いる敵に対するには、自分の最も得意な火魔法を使うしかない、とナサルは思ったのだ。


 だがこれは、残念ながら悪手であった。彼が火魔法を練り上げる前に、すでに認識障害を解いていた男が放った風の刃が上空から襲ってくる。そして、威力は少し劣るが女の風の刃も今にも放とうとしている。


 地面に水平に襲ってくる風の刃は上に逸らすのは比較的容易だが、上から大きい角度で襲ってくるものを逸らすのは難しい。しかも、襲ってくる風の刃は、その形が極めてクリヤーに見えることからその威力が窺える。


 ナサルは、身体強化した足で緊張して待ち構えた。寸前に逃げないとそれは追ってくるのだ。そして、女の放った風の刃も彼に迫っている。間髪、ぎりぎりに見切って、ナサルはパッと横に跳んだ。


 風の刃はまさに彼をかすめて数m先の地面にザシャ!という音を立てて食い込んで消える。しかし、女の放った風の刃は軌道を変えて彼を追ってくる。

『この程度のものなら余裕だ』

 彼はその風の刃を跳ね上げながら、15mほど離れた女に背に負った刀を引き抜きながら全力で駆け寄る。


 男は手強いと見て、ジルコニア人の皇都警備隊の制服を着た2人と女を先に片付けようということだ。しかし、皇都警備隊の兵の内の一人は狼狽えて何もできなかったが、一人は持っている銃を構えながら『止まれ!止まらんと撃つぞ』と叫ぶ。


  だが、その銃は狙いをつける前に暴発する。ナサルが銃の炸薬に着火したのだ。ナサルが迫ってきているのに対抗してカレーニも自分の刀を抜いて構えようとした。だが、銃の爆発音に気を取られ思わずそちらを見てしまって、突進してくるナサルへの対応が遅れる。


 しかし、ナサルの横から強力な風が襲い掛かり、彼の体勢を崩させる。

『くそ!相手が2人だと難しい!』

 ナサルは思いながらも、尚も女に切りかかろうとするが、女はすでにその数瞬で体勢を整えて待ち構えている。その落ち着いた構えから、舐めて掛かれる相手でないことは理解できる。


 一方で、ナサルにとって幸いなことに、皇都警備隊の2人は暴発した銃に気を取られて茫然として彼に対応する余裕はない。ナサルは魔力を込め、刃渡り90cmの刀身を正眼に構えた女に振りかぶって切りかかる。


 女は長身の彼より20cmほども背が低いが、女としてはがっちりした体をしている。灰色に近い色の作業服のようなポケットの多い上着にズボンで、足元は皮の武骨な靴を履いている。


 ナサルの切込みは、受けると刀を寸断されるほど威力のあるものだったが、カレーニにとっては別段それを受ける義理は無いわけで、左に体を躱しながら自分の刀を柔らかく当てて滑らせる。


 勢いを逸らされて、体勢を崩しかけたナサルに対して、横から近づいたザーイルが刀の背でトンという感じで首筋を打つ。身体強化はしていても首筋はやはり弱点であり、ナサルの意識は暗転し、彼の体はどさりと地面に崩れ落ちる。


 ザーイルはその体を上向きにして、顔を膝の上に乗せて顎を掴んで口を開けさせる。そして、ひとしきり口内を見ていたが、やがて奥歯に近い歯を掴み引っ張って引き抜く。


 ザーイルは歯に仕掛けた毒を検知したのだが、この歯は健全な歯を引き抜いて代わりに毒を仕掛けた義歯を入れているもので、健全な歯を抜くほどの力は要らない。

 それでも、すでに義歯の周りには肉が巻いていたために血が吹き出てきて、痛んだのかナサルは目を覚ます。それをザーイルが、側頭部を殴って再度気絶させる。


「捕虜1名だね。うまくいったねえ」

 カレーニが声をかけるのに、ザーイルは応じる。

「ああ、うまくいった。ただ、情報を引き出すまでには時間がかかるだろうな」


 そう、捕まったら死を選ぶような密偵が簡単に情報を吐くわけはない。しばらく、舌をかまないように拘束した状態で、飲まず食わずの状態で縛り付けて弱らせ、その状態で威圧により圧倒して必要な情報を吐かすのだ。

 残酷ではあるが、サンダカン帝国がこれまでしたこと、今後するであろうことを考えるとその手先に対してはやむを得ない。


『しかし、あまり気分は良くないなあ』

 相手の近い将来の運命を思いながら、男の体を軽々と背負って道路の隅に寄せたザーイルを見て、ジルコニア人の警備隊員の一人は顔色を悪くして黙って見ている。他の一人は、捕虜を運ぶための馬車を近くの駐屯所に手配に走っているのだ。


 ナサルは皇都警備隊の独房に、舌を噛まないように猿轡をした上に、ぐるぐる巻きにされて閉じ込められて3日放置された。その間は当然垂れ流しである。その後、連れ出されて素っ裸にされて水で洗い流された上でザーイルの手で威圧をかけられた。


 この種の魔法はライが最も得意なのだが、出来るだけ皆にも経験させるということで、ザーイルにお鉢が回ってきたのだ。ナサルの衰弱は著しく、比較的未熟なザーイルによっても、その威圧に抵抗できずにそれほど時間を置かずに支配下に入った。


 結果として、皇都に未だ潜伏しているサンダカン人密偵は3人で、平民の家に潜り込んでいることが判ったがどことは判っていない。

 残念ながら、ナサルは若いだけに過大に自分の実力を評価していたが、たいした実力はなく、また密偵の中でも地位は低くてそれほどのことは知らされていない。その意味では、あまり価値ある捕虜とは言えなかった。


 もう一人の貴族家に潜り込んでいた密偵は、ナサルと同様の聞き取りの結果翌日見つかったが、逃げられないと見て歯に仕込んだ毒で自決している。3人のサンダカン人密偵が皇都に残っているのは問題ではあるが、他人を操り人形にする手段と結果がわかった以上それほど脅威ではない。


 今後は捜査範囲を平民に広げて、聞き取りを行っていけばいずれは見つかるだろう。また皇都の各門においては、魔力を検知できるものが配置されて、魔力の強いものについては引き留めて詳しく調べることにしているので、外に逃げ出すのも難しいだろう。

 この魔力検知は、ジルコニア人の魔力の強いものに、ライ以下のラママールから来た者達が訓練して十分な数を配置できている。


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