第64話 ライのジルコニア帝国訪問4

 その夜の捕り物劇はジルコニア帝国の優秀さを見せつける形になった。皇太子の指示によって、直ちに皇都の東西南北の各門が閉められて、全ての外に出ようとするものは、身分証明札を検められて、身元の確かなものは家に追い返され、そうでないものは拘束された。


 各門と皇都警備隊本部とは魔法具による連絡体制ができており、皇太子の命令から 15分後には皇都の4つの門は全て閉じられたのだ。この早さで対応されると、皇都にいたサンダカン帝国のスパイは逃げようがなく、門まで急行した者も引き返して再度隠れ家に潜り込んでいる。


 また、姿を消したミジェール嬢については、皇都警備隊からすぐさま手配されて追われている。馬車で去った貴族令嬢が逃げられるわけもなく、家に向かって馬車に乗っているところを拘束されて連れ戻されている。


 加えてサミュール子爵家には直ちに警備兵が急行して、中にいる者に外に出ることを禁じた。並んで立っているライとアスラに若手の将校が話しかけてくる。


「ライ卿、アスラ部長、初めまして私は帝国情報部の第2部第2課のサミラ・ス-ザラ少佐と申します」

 そう言って、2人に掌を向けてサンダカン帝国式の挨拶するスーザラは、色白で中肉中背の鋭い目の将校であり、帝国軍の軍服を着ている。


「今宵はこのようにサンダカン帝国のスパイが発見されました。それで、この会場の出席者は足止めしておりますが、他にそのようなものがいないか確認したいと思っています。

 ところが、わが帝国には魔法使いはどんどん増えてはいるのですが、念話ができるものは居ても、他の精神に働きかけるようなことのできるものは居ません。その意味では、ラママール王国は我が国に比べて多くの経験がおありですし、研究もされていると思います。

 実際に、サンダカン帝国のスパイを発見した頂いたのは貴国のザーイル氏です。ライ卿はラマラーズ王国でも魔法に関しては第一人者と聞いております。どうか、今から我々に協力いただけませんか」


 スーザラはさらに2人に話しかける。

「もちろん、望むところです。協力しますよ。我々にとっても、貴帝国にサンダカン帝国のスパイが潜り込んで何らかの工作をしているというのは深刻な問題です。少なくともこの問題の実態が明らかになるまで、我々も皇都に留まらせて頂きます」


「それは、ありがとうございます。差し当たってこの会場の出席者の方々について確認して頂いて、お帰りになりたい疑いの晴れた方々はお帰りになれるようにしたいと思っています」


 スーザラの言葉にアスラ部長が頷いて応じる。

「そうですな、出席者には高貴な方々もおられますからね」


「では、まずスパイに操り人形にされたと考えられる令嬢に会いましょう。まず、サンダカン帝国のスパイそのものは残っていないでしょうから」

 ライは頷いて言い、スーザラ大佐の先導について行く。


そこは、パーティ会場の部屋に入るが、見たところ殆どの出席者はいるようだ。

「これで、全員ですか?」

 ライの問いにスーザラが「そうです」答える。


「じゃあ、すこし待って下さい。私もこの種の調査は初めてなので……」

 ライは言って、目を閉じパーティ会場に隣接する、物置部屋であり、盛装した小柄な女性が椅子に座っている。彼女の魔力は強くないがすでに魔法の処方は済んでいることが解る。


 人は誰でも、魔力のオーラのようなものを発しており、彼女も同様であるがその雰囲気が常人と異なる。オーラの中になにか色違いの楔のようなものが感じられ、それは頭部の一部から出ているように感じる。ライは彼女に近づいて話しかける。


「お嬢さん、サンダカン王国を知っていますか?」

「サンダカン!王国でなくてサンダカン帝国よ。ええ、知っているわ、天使のような人々が住む素晴らしい国。私も行きたいけれど、まだそこまで修業が及んでいないの」

 手を合わせて夢見るように言う。


「ふむ。ところで、アーシャ嬢はどうされましたか?」

「アーシャ様はどうしたのかしら。家に帰るようにご指示を受けたのだけど、その後何の御指示もないわ。彼女は本当に素晴らしい人よ」

 ミジェールは、これまた夢見るように言う。


 ライは彼女に近づいて、彼女の異常なオーラを出している発生源と思しき首筋の部分を探査する。延髄に近い部分で、何やら短い糸のようなものが感じる。

ひとしきり探った後に、ライは周りの人々に言う。


「解りました。彼女はやはり魔道具で操られていますね。彼女の手当は後にして、とりあえず彼女のような者が他にいないか確認しましょう」


 ライは足早にパーティ会場に戻り、人々の魔力のオーラを見る。流石にジルコニア帝国でもエリートである人々であって、全てのものが魔法の処方は既に受けている。異常なオーラの見分け方は、先ほどの部屋でラママールからの調査隊員にもミジェール嬢の例で教えていたので、彼らにも見させる。


「2人ですね。彼と彼女」

アスラ部長がライに念話で知らせながら、部下に『判ったか?』で聞くとザーイルを含めた6人が応じる。結局そこでは見分けがつかなかった残りの3人については、その後何度かの首実検のなかで見分けがつくようになった。

 こうやって見つかった2人の内、女性は特に反抗もしなかったが男は違った。


 ライたちの指示で、兵が近づくととっさに身体強化をかけて、ダッと逃げ出そうとするが、その方向を塞いだザーイルが念動力で足を滑らせて倒し、他の隊員と2人で念動力を使って押さえつける。この男の身体強化程度では彼らの念動力で十分押さえられる。


「彼ら2人が、ミジェール嬢と同じ状態です」

 ライの言葉にジースラム皇太子が言う。

「やはり、かなり汚染されておるな。彼らは何とか治療できないだろうか?彼らも好き好んで操り人形になったわけではあるまい」


「ええ、さっきミジェール嬢とこの2人を検知した限りでは見込みはあります。どうも針のようなものを延髄に刺しており、それが魔法具なのだと思います。要はそれを念動力で引き抜けば良いはずです。殆ど傷跡も残らないでしょう」


「おお、そうか。出来たら頼みたい。出来るかな?」

 皇太子の言葉と共に、まず念動力で拘束されても暴れようとする男性貴族を最初に処置することになった。


「首筋を動かさないように拘束してくれ」

 ライの言葉に、その男を床に横たわらせた形で念動力により拘束している2人の隊員が拘束を強めると、足はうねうねと動いているが首筋は完全に固定される。


「よし!抜くぞ」

 身体強化して首筋も固くなっていると言えども、直径1mmで長さ2㎝程度の針を抜くのはそんなに力は要らない。針を垂直に引き抜いて、掌においたハンカチの中に落とす。


 途端に、男の緊張が一気に解け筋肉が緩み、彼は頭を床に落とし気絶する。

男の気絶に伴ってオーラが同様に一気に弱まるが、針があった時のような異常は見られず、ごく正常に見える。


 針を抜いた後には血が一滴出てきたが、ライが傷口を念動力で繕うとすぐに止まってしまう。皇太子の求めに応じてライがハンカチに乗せた針を渡すと、皇太子がしげしげとそれを見て、さらに皇子、皇女に渡す。


 彼の状況を確認しないと2人の女性の治療にも掛かれないので、やって来た医者に気付けを頼むと、医者は小さなビンの液体をガーゼに染み込ませて鼻先に持っていく。漏れてきた臭いはアンモニアのようだが、男はグスグスと鼻を鳴らして、顔をしかめ目を開ける。


 そして、目をぐるぐる回して辺りを見ていたが、やがて両手をついて上半身を起こし床に座り込む。

「おい、リーボスム、大丈夫か」

 周囲のものから声がかかる。若手の貴族のようだ。


「貴殿は彼をご存知か?」

 スーザラ大佐が声をかけた男に聞くと男は答える。


「はい、私はアメラーイ・ニル・カイーム、カイーム男爵家の2男です。帝国商務省に勤務しております。彼は私の学園時代からの友人で名前はリーボスム・ダラ・マキム、マキム子爵家の2男で、建設省に勤務しています」


「ありがとう。さて、リーボスム・ダラ・マキム君、気分はどうかな?」

 スーザラ大佐の問いにマキムは戸惑いながら答える。

「あ、あの。これはどうしたのでしょうか。なにか私が暴れたような記憶があるのですが……」


「ほお。最近の数カ月のことは覚えているかな?」

「はあ、なにか夢の中で過ごしたような思いですが、そうですね。普通に仕事はしていましたようでしが、あまりはっきりは覚えていないですね」


 その後いくつかのやり取りで、いずれにせよこの結果から、基本的に各々に埋め込まれている『針』を抜けば正常になることが解ったので、ライによって女性2人からも針が抜かれた。


 その後、彼ら3人に関しては徹底して調査され、基本的には彼らの行動は受動的なものであり、操るものとしてサンダカン帝国のスパイ(人形使いと呼ばれるようになった)がいないとそれほど危険性はないことが解った。


 さらに、操り人形となった者達(人形とよばれるようになった)の横の連絡はないことから、彼らの直接の人形使い(サンダカン帝国人)以外には、人形にされた者から辿れるのは、たまたま知り合ったもののみであった。


 それでも、アーシャが入り込んでいたサミュール子爵家の当主、その奥方、長男・次男と長女はすでに人形にされていた。さらに、その後人形にされていることが明らかになったマキム子爵家も同様に当主家族は全員人形にされていた。


 これは、結局家族であれば、人形にされた他の家族の異常に気付かないはずはないからである。このように、人形にされていた3人の調査によって、人形にされていたその係累の19人が発見された。


 また、この3人に対する調査によって、アーシャ以外の少なくとも1人の人形使いが居たことは明らかになったが、サンダカン人の人形使いは見つからなかった。

 皇都の門の素早い封鎖によって、皇都から逃げ出したサンダカン人の人形使いはいないと想定されている。これは、アーシャの死から封鎖までの30分足らずの間に、門を通過した怪しい人物はいなかったことから、確実と考えられている。


 ということは、少なくとの一人のサンダカンの人形使いが皇都に潜んでいるのだ。そこで、皇都警備隊が中心になって、貴族や富裕な平民に関して聞き込みを始めた。先の3人に関して知り合い・友人など周囲の者の聞き取りから、殆どの者が人形にされた者に対して違和感を持っているのだ。


 だから、聞き取りによって容易に汚染された家(人形にされた家族)を突き止めることが出来ると考えられた。その想定は正しく、2000人以上の要員を使っての聞き取り調査によって、12家族が抽出されてそのうちの5家族が実際に汚染されていることが分かった。


 ザーイル・ミランは同僚のリナーラ・カレーニに加え、皇都警備隊の兵2人と共にミーゲラ子爵家の裏門を見張っている。

 彼は、裏門を見ながら自身の探査能力で別の皇都警備隊の兵8人の隊長であるカレン・サイ・ミーゲラが、アスラーン子爵家の門をたたくのを監視していた。それと共に、探査魔法の使えるザーイルは概ね50m四方の屋敷の周りを探査している。


「皇都警備隊の者です。門を開けてください!」

 女性隊長のミーゲラが声を張り上げているが、50m四方の屋敷の裏ではかすかに聞こえるだけだ。しかし、少しして裏門が軋む音を立てて、ゆっくり半ば開いて、男の顔が覗いてあたりを見渡す。


 当然、男の目はザーイル達がいるところも見ていくが、ザーイルが認識障害をかけているので彼の目に入らない。ひとしきり辺りを窺った後に、扉が大きく開いて、その中年の男に代わって若い男が踏み出してくる。


 身長は少し高めで、暗色の目立たないズボンと上着に背には大きな荷物を背負っているが、細マッチョの鍛えられた体は判る。その若い男も、辺りを見渡すがザーイル達がいる位置に眼を止めて眉を顰める。


 瞬間ブン!という音と共に風の刃が襲ってくるのを、すでに何らかの攻撃を意識していたザーイルが念動力で跳ね上げる。しかし、その魔力の発動とともに、認識障害が解けてザーイル達の存在が明らかになる。


「ほう、なかなかのお出迎えだな」

 若い男が浅黒い顔に白い歯を見せてニヤリと笑う。


  ー*-*-*-*-*-*-*-

新しい連載を始めました。良かったら読んでください。

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