第63話 ライのジルコニア帝国訪問3

 王国情報部特戦隊に属するザーイルは、ラママール王国ではそれなりのエリートなので軍のバカ騒ぎや、情報部のパーティはちょくちょく出席している。軍や情報部には、貴族の割合は高く、これには数が少ないものの貴族の令嬢も属している。


 だから、ドレスを着た女性とこうしたパーティの席で話さない訳ではないが経験値は少ない。情報部にも貴族の令嬢がいるが、情報部や軍に属するような彼女達は毛色が異なる。


 その日のパーティの参加者は、全員で100人足らずであった。その中でも、ラママール王国の魔法に長けた選り抜きのメンバーは注目されており、彼らに会うために参加した者も多い。


 ラママール王国は近年では様々な新産業の発展が話題になってきたが、圧倒的な兵力を打ち破ったごく最近の4ヶ国連合軍との戦いでさらに注目を浴びるようになってきた。


 その上に、帝国においても、国策で全国民への魔法の処方を進めており、産業政策もラママールに倣って実施しようとしている。だから、年齢的には子供であるが魔法では最強と言われるライと、彼の率いる最高峰の魔法使い達ということで、すでの処方が済んで魔法に眼ざめた若い貴族が多く出席している。


 その中のラママール側の一人のザーイルが注目されない訳はなく、何かと話かけてくるものが多いが、彼は残念ながら話は得手でなく、長く文明の中心とされてきたジルコニア帝国の貴族に話しかけられてもうまく対応できない。

 こうしたことで、男性からは話しかけられることはなくなったが、彼を有望株とみて女性が寄って来るようになった。女性の場合はそれほど政治向きの話も必要はないわけで、ダンスをしながらぽつりぽつりと話を交わすのみで相手はできる。


 しかし、何人か集まっていた女性陣も1人2人と減って行って、気が付いてみると、身長が175cmある彼より少し背の低い程度の大柄な女性のみが残ってダンスをしている。


 この女性は、アーシャ・ダム・ジーラムという田舎から皇都に仕事を探しにきたという女性で、親戚の家にやっかいになっているという。栗色の髪に、少し浅黒い肌色、大きな強い光を放つ緑の目で通った鼻筋、更にすらりとしているが女らしい体つきのなかなかの美人であり、名前からすれば貴族である。


 どことなく、彼女はジルコニアの人々とは容貌と雰囲気が違った感じがする。ダンスを一旦終え、彼女は少し暑くなったと、会場である宮殿のなかの中規模な部屋の外の庭園へ彼を誘う。そこは小さめの芝生広場があって、白い石材製のテーブルと椅子が置いてあり、数組の男女が座っている。


 アーシャに手を引かれて、彼は月光に照らされる芝生の上を先に来ていた者達より少し離れた水辺へといく。そのように手を引かれながら、ザーイルは聊かいぶかしい思いであった。


 まず、アーシャの他に3人ほどいた周囲にいた女性たちが彼から遠ざかっていった過程が少々不自然であった。いずれも、ある時点で一人ずつ急に彼に関心がなくなったように、彼には碌に挨拶もなく遠ざかっていったことと、アーシャがそれを当然のように気にも留めていなかったことである。


 その時点で、ザーイルは魔力と念話に似た何かを感じている。このようなことから、はっきり言って彼は、アーシャの心理操作を疑っているのだ。加えて貴族の令嬢ともあろうものが、初対面の男をこのように手を引いて外に連れてくるというのはいかにも不自然である。


 やがて、足を止めた彼女は彼の片手を取ったまま、さらに反対側の手も取って彼の顔を正面から見つめる。月光の中でも彼女の顔とその輝く目ははっきり見える。彼は柔らかく彼に押し寄せる波を感じ、一瞬それを跳ね返しかけたが、思い直してコアのみは厳重に守って受け入れる。


「ザーイル・ミラン、私の目を見て」

 彼女は柔らかく話しかけ、ザーイルは「ああ」と応じる。

「ちゃんと返事をして頂戴」


「君の眼を見ているよ」

「月が綺麗ね」

 彼女の話かたはあくまで柔らかい。


「ああ、綺麗だ」

 ザーイルはゆっくりと首を捻って月を見上げて言う。

「あなたは、ここに調査に来たと言ったわね。何の調査なの?」

「サンダカン帝国の調査だ」


「なぜ、その調査をするの?」

「サンダカン帝国は最近急に周辺の国を侵略して支配し始めた。それは危険な兆候だからだ」

「そう……。あなたもサンダカン帝国に行くの?」


「そう。そうだ。俺もサンダカン帝国を調べに行く」

「いつ?どのように行くの?」

 彼女がそう言った途端に、彼は手を持ち換えて彼女の手首をしっかりとらえる。それと同時と念話を送るが、彼女はザーイルが送ったそれに気づいた。


「君は、サンダカン帝国の者のようだね。今のようにして人を操るのかな?」

 歯をむき出して、ザーイルは迫る

「放して、放しなさい!」

 彼女は、手を振りほどこうとしたが、どうにもならず叫びを上げる。


「キャー、放してー、痴漢よ!キャー、助けて!誰か助けて!」

 しかし、その時にはライとアスラが走って現れた。無論2人のみでなく警備兵の服装のもの2人と、ミーライ皇子が一緒だ。しかし、彼女はまだあきらめず、身をもがいて現れた者達に訴えかける。


「助けて!この男が私を汚そうとするのです。助けてください!

「ふむ。ミラン君、想定通りか?」

 上司のアスラがアーシャの言うことは全く無視して部下に言う。


「ええ、でも彼女は私の考えは読めないようですね。読めたら逃げられていたでしょうが」

「ムー!悔しい!待ち構えていたのね。くそ!」


 彼女は顔を歪めて悔しがるが、数瞬後「ウグー!」というような声を上げて、白目を剥いて、「ガハ!」と血を吐き出す。

「ああ!」

 ザーイルは慌てて手を放し、彼女を抱きとるが彼女は尚も血を吐きながらえづく。


 それにアスラが駆け寄り、彼女の顔を両手で掴んでかがみこんでその顔を覗き込む。しかし、大きく痙攣していた女の体の動きがなくなると、「死んだ。くそ!歯に仕込んでいたな」忌々しそうに手を放す。


「うーん、サンダカン帝国の工作員は、捕まると毒を仕込んだ歯で自殺するのだな。しかし、予想通りジルコニア帝国にも工作員が入り込んでいましたね。また、私達の隊員に仕掛けて来たということは間違いなくすでに、工作員に操られている人がいますね」


「ウム―。その予想は当たってほしくはなかったが……。ところで君はどのように仕掛けられたかな。教えて欲しい」

 すでに10人以上集まっている、周囲の人々からミーライ皇子が進み出てザーイルに聞く。


 大国の皇子に話しかけられて、ザーイルは緊張しきって答える。

「は、はい。ええと、何人か私の周りに集まっておられた令嬢たちの中で、1人2人とおられなくなって、最終的にはこのアーシャ・ダム・ジーラムという女性のみになりまして。この女性は、田舎から皇都に仕事を探しにきたということで、親戚の家にやっかいになっていると言っていました。

 その他の女性達3人ですが、私から遠ざかっていく様子がいささか不自然でした。そうですね、心理操作を受けたような感じでした。その後、暑くなったということで外に連れ出されて、両手を取られて正面から顔を見合った状態で心理操作を仕掛けてきました」


 そこまで言うと「心理操作!」という叫びがあがる。

「そう、魔法に長けた者は、心理操作によってある程度他人を操ることが出来ます。しかし、それは通常は一過性のもので長期に操ることは無理です。だから、たぶんサンダガン帝国はその種の魔法具を開発して使っているのだと思います。

 たぶん、このザーイル君も、とりあえず支配下において、どこかに連れ込んでその魔法具で操り人形にするつもりだったのじゃないかな」

 ライが解説を加える。


「そうでしょうね。ザーイル君続けて」

 アスラがザーイルを促す。

「その心理操作の力は幸いそれほど強力なものではなく、撥ねつけようとすれば出来たのですが、できるだけ情報を引き出そうと思いました。だから、大事な部分のみは心理的に守りを固めて表面的には受け入れました。

 気が付かれるかと思いましたが、調子を合わせていくと気が付かなかったようです。それで、最終的には答えるわけにはいかない質問の時点で、念話でライ様とアスラ部長に警告を出しました。流石にそれは瞬時に気が付かれましたが」


 ザーイルの説明にミーライ皇子が聞く。

「うーん、ラママールの人々はそのような心理操作に抵抗できるのかな?」


「ある程度魔力の高いものはかなり抵抗できるでしょう。このザーイル等の隊員はそれなりの訓練を受けていますので、よほどの相手でないと屈服することはないでしょうね。

 それでも、肉体的・心理的に弱らされた状態で心理操作を試みられると、私でもあまり自信はないですね。何にせよ、長期に人を支配下に置くという魔法を確立している段階で、サンダカン帝国というのは厄介な敵です」


 ライが皇子の言葉に答えると、そこにジースラム皇太子が要望を言う。

「その通り、これはなかなか厄介て敵でもあるし、わが帝国がすでに侵略を受けつつあるということも極めて深刻な事態だ。ライ卿、まことに申し訳ないが、すこし遠征への出発を伸ばしてほしい。

 我が国の少なくとも中枢が汚染されていないことを早急に確認したい。この作業には魔法に長けた貴国の一行の協力が是非とも必要だ」


 その言葉に、ライとアスラ部長は顔を見合わせて頷き、ライが答える。

「ええ、それはやむを得ないですね。ただ、サンダガン帝国から来た工作員とその操り人形になっている者達は、すでに逃げ出しにかかっていると思いますよ。

 さきほど、彼女の断末魔の叫びが発せられましたから、まず少なくとも工作員は受け取っているでしょう。ただ、操られている者達は残っている可能性は高いですし、急きょ皇都から脱出しようとする身分のあるもの達は直ぐ手配をして否応なく留めるべきですね」


「うむ、なるほどそうだ。すぐに手配しよう」

 皇太子は、そのように言ってそこに来ていた、首都防衛軍の司令官に手早く指示をして最後に付け加える。


「そうだ。今晩から明日にかけて、皇都から出立しようとする身分あるものは全員拘束せよ。たとえそれが他国の王族、または我が国の皇族や公爵級の貴族であっても同様だ。例外は認めん」


「は!皇太子殿下、承知しました。直ちに手配いたします」

 その50歳台の中将の地位にある司令官は、随員を連れて駆け出す。それを横目で見ながら、皇太子はライに確認する。


「ライ卿、網に引っかかった者達の首実検をお願いできますかな。明日の朝で結構ですが」

「承知しました。ところで、この娘の紹介者または一緒に来た方は探せないでしょうか?」

 応じるライの言葉に皇宮警備兵の将校が進み出て、一人の令嬢を紹介する。

「この方は、イスラーヌ伯爵家の令嬢です。その亡くなったアーシャ・ダム・ジーラム嬢の寄宿先の令嬢と親交がおありだということです」


 その令嬢は、中背の薄い青の地のドレスに身を包んだ金髪で青目のふっくらした女性であったが、ためらいなく一歩進み出て、はっきりした言葉でしゃべり始める。


「私は、サジム・マス・イスラーヌ伯爵が2女、サリエでございます。私は、そこで亡くなったアーシャ・ダム・ジーラム嬢が寄宿している、サミュール子爵家の長女ミジェール嬢と親交があり、その縁でアーシャ嬢とも面識があります。

 本日は、ミジェール嬢のお誘いもあり、私自身もラママール王国には大いに関心がありましたので、今日の招待に応じさせて頂きました。アーシャ嬢をミジェール嬢からサミュール子爵家に招かれて紹介されたのは半年ほど前です。

 その後私の家にミジェール嬢をご招待した時に一緒にこられましたので、お会いしたのは今日を含めれば3回ですね」


「なるほど、それで、彼女についてはどのような印象を持たれましたか?」

 それを聞いたのは、見かけは少年であるライである。皇子、皇太子では余りに緊張するだろうということでの質問であった。


 その後、彼女からの聞き取りの結果、あまり深い付き合いはなかったが、友人であったミジェール嬢の印象が変わってしまったという。さらに、また彼女が言うには死んだアーシャはラマラーズ王国の貴族の娘で、親戚関係に当たるので預かっているとのことであった。


 そして、彼女の家は没落してしまったので、皇都で職を見つけようとしているとのことであるが資産はあるので、それほど焦ってはいないとのことである。

 サリエ嬢はアーシャとは馬が合うような気がせず、深く付き合いたくはなかったが、ミジェール嬢が熱心に交遊を結ぶように勧めてきたのがややうっとうしく思っていたという。


 本日は、アーシャ嬢が大変なことになったのに、一緒に来たミジェール嬢の姿が見えずにいぶかしく思っていることをサリエ嬢が述べたところで、皇宮警備兵の将校がサミュール子爵家へ兵を出したことを補足した。


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