第62話 ライのジルコニア帝国訪問2

 ジルコニア帝国の皇太子、皇子、皇女との会見で、ライによる先日の4か国連合との会戦について説明の後に、会見の本来の議題にミーライ皇子が触れた。


「それで、ライ卿から頼まれていたサンダカン王国の件だが、情報部も全体の動きとしては掴んでいるようだが、遠国の争いということで重視はしていなかった。なにしろ、このところ貴国ラママール王国がその関心の中心だったからね。

 そういうのは、彼ら情報部の説明だが、事の重大さに比べていささか不自然と思っている。それで、改めて現地の情報源を洗い直してかなりのことが解ったが、相当に事態は進んでいるようで思ったより深刻だ。


 ライ卿は、サンダカン王国が将来帝国になり、我が国のみならず大陸全体を征服する可能性があると言ったね? 現状ではすでに隣国のリスナー王国、ムズス公国、イカルーク王国、キキラス王国についてはすでに統合が済んで、最近では帝国を名乗っている。それも、この5年の内だそうだ。

 私もアミューラもライ卿から話を聞いた時点では実のところ半信半疑だったが、信ぴょう性が出て来たので父上にも上奏して、帝国情報部も本腰を入れることにした」


 そこにジースラム皇太子が口を挟む。

「うむ、状況はどうも容易ならぬところにあるようだ。なにしろ、周辺4か国を統合したそのやり方がよく解らない。どうも、ライ卿の言われるとおり、魔法を大いに使っている模様だ。

 そのやり口としては、戦争を仕掛けて武力で征服する訳でなく、静かに入り込り込み貴族を取り込んで内乱を誘い王族を追い出して乗っ取るということのようだ。内乱にはサンダカン王国の者が実際に係わっているようだがね。


 いずれも、内乱が派手に起きてかなりの犠牲者が出た結果、王の責任を貴族が追及して最終的にサンダカン王国との併合を呼びかけるということだ。それも、国王に忠実で人望のある貴族がその旗頭になっている。

 どうも、わが情報部の動きの悪さといい、今では我々はなにか魔法による心理的な操作を疑っている。ライ卿は魔法に詳しいというが、なにか心当たりはないだろうか?」


「ふーむ、なるほど。確かに私も前世の記憶を検証してみて、貴国をサンダカンが圧倒したのが不思議だったのですよ。実は我が国としてもサンダカン王国については、遠方で難しい面はあったのですが、過去3年ほどの間に人を入れて一応は調べました。その過程で解ったことは、あの国を調べるのは極めて難しいということです。

 とりわけ情報部の者を入れた場合に、その損耗が著しいのです。初期に入れた10人ほどは半分も帰ってこれないし、残りは危ないと見て逃げ出している。だから、直接入れるのは諦めて行商のものなど実際に行き来をしている連中に金を出して情報を買って集めました。


 その結果を見て、私自身ももう少し魔力が高くなって自身ができてから乗り込むことにしたので、今になったわけです。まあ、そのよう半端な調査の結果、元々のあの国の人口は7百万ですから我が国よりすこし多い程度、豊かさとしてはわがラママールよりは増しのようですが貴国には大きく劣りました。

 魔法については、身体強化は殆ど全員が使えるようですし、魔法を使えるものは多いようですね。多分我が国より大分上だと思います。身体強化はともか、魔法についての情報は、全く漏れてきませんね。


 だから、我が国をしのぐほどに魔法に長けているのかも知れませんが、人口7百万の国がいくら周辺諸国を征服して従えたにせよ、我々の知る魔法の常識では、これから数年の間に貴国を征服する国力と武力を持てるとは思えません。その意味では、魔法による心理的操作というのはありうる話です。

 確かに、念話で考えを人に伝えることはできるので、その応用で人の考えを読むこともできますし、『威圧』をうまく使えば人を操ることもできるでしょう。

 また、人の心に働きかけることで、その考えを誘導することもできるでしょうね。私自身は人を操るようなやり方に嫌悪を感じるので、そういう方面は試そうと思いませんでしたが」


 ライの言葉に、皇太子が話を続ける。

「なるほど、やはりありうるか。そうであれば、間違いなくわが情報部にも操作を受けたものがおるな。そのサンダカン王国、いや帝国と呼ぶべきだな。

 その帝国が大陸中の国々を征服するつもりがあり、ライ卿が言われるほどの圧政を布くような国であるとすれば、我が国も本腰を入れて対策を打つ必要がある。

 しかし、現在はライ卿の“前世”とは大いに条件が違っている」


 皇太子はそこで言葉を切って、弟の皇子を見る。しかし、その話に応じたのは今まで黙っていたアミューラ皇女であった。


「ライ卿の存在ですね。ライ卿が魔法の処方を広げたことで、人々は魔法をごく一部の特殊な人が使うのみでなく、普通に多くの人が使えるようにしたことが最も影響が大きいでしょう。

 さらには、様々な知識を伝えたことで、ラママール王国のみでなく我が国も国力が比べ物にならないくらいに上がって、それに伴って武力も上がっていくでしょう。サンダカン“帝国”が心理操作に長けていると言っても、そう簡単に我が国それにラママール王国は征服できないでしょう」


 それに加えてミーライ皇子は話を続ける。

「そう、アミューラの言う通りだ。我々の現状は、相手の出方をある程度読めているだけ大幅に有利だ。とは言ってもやはり判っていることが余りに少ない。これは本格的な調査が必要だ」


「そうだ、だから征服されたイカリーク王国、キキラス王国に隣接するキーカルク王国、さらにキラメキ王国、セズリア王国などに調査団を送り込もう。多分これらの国々には、すでにサンダカンの手が入っているはずだ」

 ミーライ皇子の言葉に応じたジースラム皇太子に、アミューラ皇女が言う。


「イカリーク王国は歴史もある大国です。ミューラ大叔母様が、国王陛下に嫁いでいますよね。私も大叔母様がこちらに来られた8年前にお会いしました。

 ですから、王室に有力な伝手があって、我が国の大使館も割に規模が大きいので調べやすいと思います」


「なるほど。では最初はイカリーク王国に乗り込んで調査をしましょう。我が国は最終的にはサンダカン帝国に乗り込むつもりで、このアスラ第2部長を始めとする精鋭を連れてきました。私自身も無論乗り込みます。

 そのために、自分がそれなりに強くなるここまで待ったのです。それで、貴帝国からはどのような支援が頂けるのでしょうか?」


 ライのその問いに、ミーライ皇子が応じる。

「私が一緒に行こう。さすがにサンダカン帝国には乗り込めないが、友好国のキーカルク王国迄だったら行けるよ。無論、大使館もあるし情報部の要員も何人かはいる。ただとんでもなく遠い。大体7千㎞、騎馬で2ヶ月の旅だ。出来たら、貴国の汽船で行きたいところだな。あと1ヶ月で我が国がキシジマ造船に注文した2隻が届くから、それを待った方がいいかもしれんな」


「ええ!皇子が行かれる。しかし、皇族のあなたが万が一のことがあれば……」

 ライが驚くが、皇太子が身を乗り出して応じる。


「いや、確かにミーライは皇位継承権第3位ではある。しかし、わが帝国においては、流石に皇太子の私は危険があるとわかっている場所に行くことはできんが、ミーライの立場だと見分を広げる意味ではある程度危険はあっても外に出て本人が行動することを許容というか、むしろ薦めている。

 であればこそ、貴国にもミーライは行ったのだ。また、現在においてライ卿は極めて特異な個人であり、その貴卿と一緒に行動できるのは願ってもないことだ。是非同行させてやってほしい」


「そうですか、わかりました。ジルコニア帝国の皇子が一緒ですと、相手の国もおろそかにできませんから、頼もしいですね。ご同行を感謝し歓迎しますよ。

 ちなみに、確かに汽船であれば、貴国カーゼルからウルワー迄8千㎞の船旅ですから8日もあれば着きます。しかし、この場合、わが方も今回連れて来た要員を選りすぐっていますので、飛行魔法で行きたいと思っています。


 ここジコーニュからイカリーク王国の首都キーシルまで5千㎞です。大体、今の我々の要員だと1度に200㎞を1時間半で飛び、半時間休みを5回繰り返して一日に千㎞飛びます。だから5日間でキーシル迄着くことになります。


 ただ、できれば途中のラメラーズ王国の王都ラーララ、アスカーヌ共和国の首都アスカー、さらにキラメキ王国のキランに寄って行きたいのです。それらの国が、サンダカン帝国をどうとらえているか、実際にすでに工作が始まっているか調べたいと思っています。


 そうすれば、ジコーニュからラーララが少し無理をして1日、ラーララからアスラ―が2日、亜スラーからキランが2日、キランからキーシルが1日で、途中で2日ずつ留まるとしても、12日で着きます。


 ミーライ皇子が飛行魔法を使えなくとも、私が一緒にお連れできます。また、このアスラともう一人は魔力に余裕があるので一人を連れて飛行ができます。

 しかし、やはり飛行魔法は体重に関係しますので、できればミーライ皇子の体格程度の随員を選んで頂きたいと思います」


 このようにライが言うと、ミーライ皇子は頬を緩めて喜ぶ。

「おお、それは有難い。今言われた王都・首都の中で私が行ったことのあるのは、ラメラーズ王国の王都ラーララのみで、他は遠すぎて行ったことがない。

 それは楽しみだ。それに、今あげた王都、首都にはいずれも我が国の大使館があって、魔法具で連絡が取れるから私が行くことを連絡できる」


「ただ、ラメラーズ王国については、例の4か国連合軍の一翼を担っていましたが、その点の問題はないでしょうか?まあ、貴帝国に逆らうような真似はしないと思いますが」


 ライが懸念を告げると、皇太子が応じる。

「いや、その点は心配ない。あの戦いの後に、ラメラーズ王国政府から貴ラママール王国との友好関係を結びたいと仲立ちを頼んできた。それは、ヒマラヤ王国を除く他の2国も同様だ。敵わないとなれば、仲良くして欲しいとすり寄って、出来るだけの利益を得ようという訳だな。

 だから、ライ卿が行くということになると大歓迎だろう。却って国王に謁見を申し込んだ方がいいかもしれないな。対外関係の情報は国王に必ず上がっているはずだから、もしサンダカン王国の情報があるとすれば国王が知らないことはないだろう」


 そのような話し合いを行っている間に夕刻となり、一行は予定されていたパーティ会場に移る。これは皇帝も加わる晩餐会を開く話もあったが、結局ライたちの一行がサンダカン帝国の調査の一環で訪れていることから、主として若手貴族が出席するパ ーティということになったのだ。


 このパーティには、ライの随行者も出席している。その一人はジュブラン領の隣のカーミラ子爵領出身のザーイルである。彼はジュブラン遊撃隊に初期に入隊した一人だ。カーミラ領では父を亡くし母しかいないために食うや食わずの貧しい生活をしていた。

 しかし、その魔力の強さに眼を付けたライに誘われて母と共にジュブラン領に移住したものである。


 その後も、ライは彼には魔法の手ほどきと、魔法を使いこなすための教育を継続的に続けている。魔力は使えば使うほど、また適切に鍛えれば鍛えるほど大きく成長するが、豊かな才能のあったザーイルはライの教えを真面目に守って日々努力した結果、22歳の今はラママール王国でも有数の魔法使いになっている。


 彼は、ライが王都のラマラに居を移してからは、ライの引きもあって王都の騎士団に属して魔法を使った戦いでは王国でも3本指に入っている。ちなみに、彼の母も今は王都に住んで、人並み以上の収入を得るようになった息子と共に、ようやくゆとりある生活ができるようになったと喜んでいる。


 現在の彼の立場は、王国最強の戦士が集う王国情報部特戦隊に属して、表向きは情報部第2部に所属している。つまりアスラの部下になる。特戦隊に名を連ねているのは現在では55名であるが、いずれも表むきは国軍などに所属して、5日に1度集合して訓練をするほか、任務ごとにチームを組んで活動することになっている。


 今回ライと共にジルコニア帝国に来たのは、中でも最強と目されるアスラ以下の10名であるが、その資格の一つはライの話にあったように、飛行魔法によって200km一気に飛び、それを1日に5回以上繰り返すことが必要である。ザーイルは無論これが出来るし、魔力の多い彼は魔法の使えない人一人を連れてそれができる。

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