第61話 ライのジルコニア帝国訪問1

 ライはジルコニア帝国を訪問している。まずは、ラママール王国訪問時に親しくなったミーライ皇子とアミューラ皇女を訪問した。ライは今回、長く懸案であったサンダカン王国の調査に現地に乗り込むつもりで、同行者を10人連れて来ている。


 いずれも、魔法に長けた要因で長くライ自身が鍛え上げた者達である。その同行者のリーダーである、サミューラ・シズ・アスラと共に案内された皇居の一室に入り大きな机の前の椅子に座って待つ。


 やがて、いかにも切れ者の執事という感じの中年の男性がノックと共に現れ、慇懃に頭を下げて言う。

「帝国皇室執事長の、カモラージと申します。本日は、お約束のミーライ皇子殿下とアミューラ皇女殿下の他にジースラム皇太子殿下も自らご希望なさって来られます」


 確かめるように言う執事長に、ジスラと共に立ち上がったライは「はい、ありがとうございます、それは光栄に思います」と応じる。

 その言葉に、執事長はドアを開き、ミーライ皇子、皇子に似た20歳位の青年、アミューラ皇女の順で迎え入れる。


「やあ、ライ君久しぶりだね。待っていたよ」

 部屋に入るや、まずミーライ皇子が声をかけ、次いで皇太子であろう青年がライたちの正面に来て語りかける。


「ジースラムだ。1年まえから皇太子の地位にある。カモラージ執事長が言ったように私もライ卿に是非会いたくてね。急ですが、来させてもらった。よろしく頼むよ」

 そう言って差し出す手を、ライも握って応じる。


「はい、お会いできて光栄です。真に立派な皇都に感心してここ皇宮まで来ました。こちらは、今回連れて来た10人のリーダーのサミューラ・シズ・アスラ、王国情報部第2部長の職にあります」


「おお、本格的に準備をされてこられたのだな。ジースラムです」

 差し出す手を握って、恭しく頭をさげて「皇太子殿下にお会い出来るとはまことに光栄です」、平静に応じるアスラであった。


 やがて挨拶の応酬が終わり、席についた彼らであるが、ミーライ皇子から口火をきる。

「本題に入る前に、最も情報を知りえる立場にあるライ卿から、2ヵ月前にあった戦いについて話を聞きたい。なにしろ、この大陸であった久々の大会戦であったからね。私達も大いに関心があるのだよ。」


 それに続きジースラム皇太子が口を添える。

「そう、なにしろ、25万に対し3万。それもほぼ一方的に3万の側が25万を蹴散らすなど前例のない戦いだったな。そういう戦いに持ち込んだ経緯、そして戦いそのものの様相をぜひ聞きたい」


「はい、私は直接は戦いに参加はしていませんが、準備と後詰め及び後始末には関わりましたので、まあ全体を知りえる立場ではありましたので、一通り説明します」

 苦笑してライが応じると皇太子、皇子、皇女は目を輝かせて聞き入る。


「ご存知のように、戦争は基本的に国力で決まります。そして戦争を始める、あるいは始めざるを得ない場合には、目的と最終成果をはっきりさせる必要があります。今回のレナ川戦役、これは我が国の呼び名ですが、この場合は4か国連合軍の目的ははっきりしています。

 それは、ラママール王国の現在卓越している様々なノウハウを奪い取ることでしょう。そのため、彼らが戦争に勝った場合には、様々な技能を身に着けた我が国の人々を自国に連れ去り、さらに様々な施設を持ち帰ったことでしょう。


 まあ、一部の王や貴族達は我が国の富を奪おうと単純に思っていたのかも知れませんがね。だから、我が国としては絶対も負ける訳にもいかない戦いであったわけですが、実のところこうした戦いが起きるというのは早くから想定はされていました。

 貧乏国と見下されてきた国が急に豊かになれば、嫉妬を買うことは普通です。また、その国の規模が小さいとなれば、戦争で奪ってやるという発想になるのは、今までの国同士の関係からすれば当然のことと言えるでしょう。


 だから、我々も王国内部でそのあたりの考え方を整理して、そうした事態への備えはしてきました。まず考え方の整理としては、①他国を征服しないで今の王国で豊かになろう、②豊かになった時他国から征服されない体制を整えよう、という単純なものです。

 我が国の過去6年の興産計画は大変うまく急速に進みました。これは、王国内に当面必要な資源があったことと、やはり国の規模が小さかったことが有効に働いたと私は見ています。例えば貴帝国ほどの規模の国であれば、同じ成果を出すのに倍以上の時間を要したでしょう。


 もっとも、貴ジルコニア帝国の場合には、最貧国から出発したラママール王国とは出発点、つまり元々の豊かさと人材の厚みがまったく違いますから、大幅に有利な位置にあります。ですから、貴帝国の興産計画は、順調に進むだろうと見ています」


 その話に皇太子がニコリと笑って言う。

「ほう、お世辞ではないのだな?」


「ええ、私どもで苦労したのは資本にひねり出すための“信用の形成”でした。興産計画にはお判りでしょうが莫大な投資が必要です。その点は、かなり無理に白金板を発行しするなど、無理をしながら始めて転がっていったのでかろうじてうまく行きました。しかし、貴帝国では最初からその資本がありますよね。

 まあ、この点をしゃべり始めると本題から外れますのでまたにして、今回の戦争の話に戻ります。先ほどの、あらかじめ内部で考えた侵攻対策としての対抗すべき侵攻ですが、我々は今回並みの連合軍による侵攻になるだろうと考えました。


 まだ我が国の経済開発が知れわたる前のことですが、ご存知のように隣国のサダルカンド王国からの侵攻を、まあ軽く退けた結果になりました。その結果、それなりに警戒されますから、どこかの国が単独で攻めてくるとは考えにくかったですからね。

 また、軍備としては、国の人口からいっても大規模な兵力は無理であるし、興産にいくらでも必要な優秀な人材を、軍というなにも生まない組織に張り付けておくのは非常のもったいない。


 一方で優秀な人材は安全保障という国の根幹にかかわる軍には必要です。ですから、出来るだけ小規模で効率的な組織を目指したのです。

 幸い私達には、いまの大陸の状況からすれば、圧倒的に優れた装備を整える技術がありましたから、兵一人当たりの装備を優れたものにすること、魔法を有効に使うこと、さらに移動を早くすることを3本柱としました。


 1番目、2番目ついてはお解りと思います。移動という点ですが、要は軍というものはそこにいないと戦えないのです。ですから、敵の軍に対して圧倒的に早く移動できれば、一つの部隊がいくつもの敵の部隊と戦えるのです。

 今の通常の大陸の軍事行動というものは、最近荷物は馬車で運ぶようにはなってきましたが、基本的に歩きであるわけです。ですから、一日の移動距離は精々50㎞、一方で私どもの使っているトラックだと、条件がそろって欲張ればその10倍程度を移動できます。


 つまり、我が国の軍は戦場を自分で選べるし、複数の軍に当たることができるのです。つまり、うまく運用すれば1万の軍を5万程度には使えるのです。この点は、ヒマラヤ王国でも気づいて、馬車機動軍というものを形成しましたが、今回の場合はうまく機能しませんでした。


 一つには馬車だと、歩くよりは早いものの馬が疲れるので頻繁に休む必要がありますから、速度に限界があります。

 もう一つ言えば、わが軍のトラックに乗った部隊は行ってみれば歩兵に対する騎馬兵のようなものです。騎馬兵の圧倒的に有利な点は、歩兵では追いつかないということです。ですから、一方的に攻撃をして自らは損害なく逃げられるのです。

 まあ、そのような考えで軍備を整えて、今回の戦争に関しても準備をしましたが、4か国連合軍はともかく、貴帝国が連合軍に加わったら相当に厳しい戦いになったでしょう」


 そこにミーライ皇子が口をはさむ。

「ほう、わが帝国が加わっても負けはしないと?」

「ええ、負けはありませんが、手加減することが出来なくなります。今回の戦いの戦死者は、主としてヒマラヤ王国に兵から出た3万人程度ですが、貴帝国を含む軍相手だと多分10倍を超える戦死者が出たでしょう」


「ほう、今回の戦いは手加減をしたと?」

 皇太子が聞く。


「ええ、兵力にしても倍は出せませんが、かなり増やせましたし、手加減というと変ですがあまり戦死者がでないようにとは工夫はしました。ただ、首謀者の立場のヒマラヤ王国軍に対してはあまりそのへんの斟酌はしませんでした。とは言え、ある程度の犠牲が出ないと懲りてくれませんからね。犠牲になった兵には気の毒なことです」


 それを聞いて、皇子と皇太子は顔を見合わせているが、ライは話を続ける。

「ところで、わが軍の今回の戦争の目的は無論自衛なのですが、それをできるだけわが方の犠牲を少なくして達成することです。

 さらに、今回連合を組んだ国々が、当分の間は再度同じことを企まないようにという点も重要な点です。もっとも後者の点は、我が国も興産計画がそれなりに達成できて来ましたから、貴帝国のみならず周辺諸国の興産の援助をして侵略する相手ではないと思ってもらうことを考えています」


 これに対して皇太子が聞く。

「しかし、周辺諸国がその興産計画で豊かになるということは、国力が付いて手強くなる、しかも様々な武器も作り出せるということで安全保障上は危ないことだと思うがな」


「ええ、でも周辺が豊かになってくれた方が、取引でより利益を上げやすいのです。そして、その取引の中で我が国が欠かせない供給または消費国になれば、戦争の必要がなくなるのです」

 ライの答えに尚も皇太子が言う。


「ううむ、そう言えばそうだが、相手に国力を付けるというのは危ないと思うな」

「ええ、何事も100%はないですからね。しかし、理想論のようですが私は、神が与えてくれたと思う自分の知識を我が国のみでなく、全ての人々が豊かにかつ幸せになるように使いたいのです」


 ライはにっこり笑って言い、話を続ける。

「今回の戦いの戦場は主に3つです。連合軍の駐屯地、ヒマラヤ王国の機動軍がレナ川を渡った地点、ヒマラヤ王国軍がレナ川を渡河しようとした地点です。

 駐屯地への攻撃は1個師団、約1万によるトラックからの攻撃と、飛行魔法兵による爆撃です。前者は連合軍の約22万に対して、300人の飛行魔法兵に千台のトラックと1万の兵ですから、とんでもない兵力差でした。


 しかし、飛行魔法兵による手榴弾爆撃で大混乱するところへ、相手の射程距離に入らないトラックから、高い命中率の射撃を受けて手榴弾を投げ込まれるわけです。

 そこに集団で突っ込もうとすると、手榴弾が雨あられと降ってくる上に、どうやっても追いつけないのです。

 ヒマラヤ王国以外の国々の兵が、逃げ出したのも無理はありません。まあ、食料も持って整然と逃げるように誘導したのですよ。敗残兵がうろつき廻るのは沿道の人々には大きな迷惑ですからね。


 ちなみに、連合軍の飛行魔法兵の数はわが軍よりむしろ数は多かったのですが、ほとんど機能しませんでした。これは心理的な障害から飛行の高さを150m位に抑えたことによって、わが軍の狙撃兵に撃ち落とされたこと、さらに携行した爆弾が大きくて3発しか携行できなかったことが大きいですね。

 さらに、連合軍の最大の問題は、全体としての統制が出来なかったこと、加えて情報の収集を基本的に怠ったことでしょう。その意味で、飛行魔法兵は攻撃よりむしろ偵察に使う方が、戦い全体への効果は高いのですよ。


 わが軍は、連合軍については全体の動きを1日遅れ以下で完全に把握していましたから的確な作戦も立てられました。

 おかげで、わが軍の戦死者は残念ながらゼロになりませんでしたが、運悪く流れ弾に当たった7名に抑えられましたし、ヒマラヤ王国以外の戦死者も最小限に抑えられました。

 それに、今回戦を体験した軍人は、まず近い将来再度進攻しようとは思わないと思っています。以上のような説明でよろしいでしょうかね?」


 ライの言葉にミーライ皇子が応じる。

「うむ、帝国情報部からも情報は上がっては来ているが、事実関係は判ってもどうしても当事者としての狙いが解からない点はあるので大変参考になった。ありがとう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る