第60話 開戦4

 ミズウ中尉は、ようやく収まった戦いに大きく息を吐いた。彼では、全体の戦いはどうなっているのかは判らないが、少なくとも自分の中隊の目の前の敵兵たちは、武器を捨てて無気力に立っている。


 100人に一人くらいは、降伏のしるしに黄色の旗を掲げている。見たところは、こうして立っている連中は2種に分かれ、片方はそれなりに整った防具とある程度は銃も持っているが、片方は武器と防具も粗末である処をみると片方は正規兵でもう片方は農民兵だろう。


 ミズウの中隊は、駐屯地の防壁を成していや馬車による壁を越えてからは、らせん状に敵兵たちを銃撃しながら、中央を目指してきたのだ。敵も流石に射程外であっても激しく銃撃、または弓で反撃してきたが、ミズウの部隊は敵兵とは少なくとも150m以上の距離を保つようにしてきた。


 しかし、距離を詰めようと盾を構えながらそれを越えて突進してくる敵兵もいたが、これには手榴弾で撃退してきた。こうして、トラックで敵を周回しながら攻撃していくと、大規模な敵の集団が北方または西方に離脱するのに出会ったが、これらについて見逃している。


 これは、ラママール軍の方針として逃げる方向に行くものは見逃せと命じられているのだ。また、最大の軍団が南東すなわちラママール王国方面に向かったが、これは数が多すぎる。


 周辺をトラックで巡りながら銃撃・手榴弾攻撃を繰り返しているが、周囲を馬車と盾で囲み銃撃の備えをしているので、思ったほどの損害は与えられていない。

 この軍団はヒマラヤ王国のもので、3万を超える軍であり基本的に王国兵のみで構成されているようだ。


 農民兵は、攻撃される中で敵に向かっていくというのに耐えられず、脱落して駐屯地に残って右往左往している。結局、自らは有効な反撃ができないヒマラヤ王国軍は、直轄軍のみでラママール王国に攻め込む決断をしたのだ。


 ラママール王国直轄軍の第3師団約1万が、22万(3万はすでに分離済)もの敵軍団に挑んでいるわけだが、攻撃の密度が低くなるのはやむを得ない。速度の差を生かして、敵の射程外に常にとどまり外側から削っていくという方式は有効ではあるが、ヒマラヤ王国軍3万への攻撃は2個大隊2千で当たっている。


 確かに3万人の馬車で囲まれた軍を周囲から銃撃し、手榴弾を投げ込んで、徐々に相手を削っていく方法は有効ではあった。実際に、敵の行進に沿って約5㎞行くうちに6千人は削ったので、攻撃する側は自軍の3倍の敵を殺害または重傷にして戦闘不能にしたのだ。


 しかし、ラママール側の手榴弾と弾丸は、兵の乗ったトラックに載せて運んでいるので、歩兵が持つよりは潤沢に使える。だが、無限にあるわけではなくついに弾切れになった。それに対して、師団司令部はこの2大隊に引き上げを命じている。


 それは、彼らの進軍のコースから見て、当初予想していたレナ川の浅瀬を目指していると想定できたので、当初想定した浅瀬で第1師団、第2師団で迎え撃つことにしたのだ。


 このように、攻撃に向かってくるヒマラヤ軍に対しては、ラママール側もそれなりに執拗に攻撃したが、逃げる方向に向かった軍(結局ヒマラヤ王国以外の国の軍)については見逃すことになった。


 この点は軍内部でも随分議論があり、反対意見も多かった。一つには自国を略奪しようとしてくる相手を、撃滅しないで見逃す必要はないのではないかといういわば感情論である。もう一つは、当面は逃げだしても、また結集して再度挑んで来るのではないかという戦術的な論である。


 この最初の論に対しては、確かに他国を略奪しようなどという輩はどう扱われてもしょうがないが、実際に参加している連中は意思決定に預かっていない。さらに、今回の周辺諸国とはいずれは友好的になる必要があることは確かだ。

 だから、その際に見逃せるものは見逃したという点は、将来大きな利点があるという考えで王太子が中心になって説得した。


 次の、見逃した場合に再集結するかと言う点であるが、情報部が調べた限りで、連合軍の各国軍の統制は非常に悪く、相互の意思伝達手段も確立されておらず実質総司令官は居ないに等しいという点があった。その場合、一旦、敗退の形で引いた各軍が再結集するのはほぼ不可能であろうと断じられた。


 加えて、引く部隊は恐らくラママール側の戦術、すなわち速度を生かして近づかず射程外から攻撃する、に嫌気をさすはずだ。だから、利口な指揮官であれば、再度挑むことはないとの結論になったのだ。


 しかし、元々連合軍の推進役になったヒマラヤ王国は別で、その戦力は全体の40%の10万を数える。また当然単一の国の軍であるので、まとまりもある。だから、ヒマラヤ王国に対しては、戦意を失った農民兵は別として、徹底して攻撃するとの方針であった。


 ミズウ中尉の2時間余りの戦闘の記憶では、ヒマラヤ王国の旗が翻る部隊は強硬に抵抗し、何度も大部隊での突進を試みた。また銃も多く配備されており、彼の中隊も必死で手榴弾を投げつけ続けたものだ。


 ただ、彼の中隊に続く北側5個、南側5個の大隊の戦力は半端ではなく、次々に接近しては遠ざかっていくトラックから投げられる多量の手榴弾は、敵軍を寄せ付けなかった。


 しかし、トラックの荷台で投擲する兵は、盾に守られない状態になるため、射程外ではあってもヒマラヤ側の銃撃にあって相当な被害が生じている。とは言え、ヒマラヤ側の被害はそんなものではなく、概ね3分の1程度の兵は戦いを続けられないほどの傷を負うか死亡している。


 そして、その多くが、王国軍兵士かまたは傭兵である。なお、ラママール側の当初の見込み通り、すでにヒマラヤ王国軍のみで構成されている馬車隊の兵力3万は、朝の段階で離脱してレナ川に向かっている。


 そのため、駐屯地に居たヒマラヤ兵は約7万で、どちらかというと2線級の部隊であった。いま、ミズウの中隊を始め第2大隊の10個中隊の前で降伏して、立つか座り込んでいるのはマジカル軍の王国兵と農民兵が入り混じった約1万5千だ。


 すでに、戦火は止んでいるし、師団司令部からも「敵は全て逃げているかまたは降伏した。しかし、掌握されていない部隊もいるので油断することなく警戒せよ」との通達があったところだ。


 ミズウも、大隊長からのその通達の内容を中隊に命じたが、『終わった』と思って気が抜けるのは止むを得ない。しかし、まずは目の前の、数で15倍にもなる自分たちの捕虜をどうするかである。ミズウは50mほど離れているところで、通信兵とやり取りしている大隊長のキーラム少佐を横目で伺う。


 キーラム少佐が、頷いているところを見ると方針が決まったのであろう。間もなく、自分の横にいる通信兵がしゃべり始める。

「ミズウ中尉殿、大隊長から連絡です。捕虜は解放するとのことです。彼らに食料と銃と弓以外の武器はもたせて良いと言われています。今から大隊長が敵の司令官に話をするそうです」


 それを聞いて、ミズウはほっとした。敵が降伏して結果として捕虜にした、1万5千のマジカル王国の兵達を捕虜にしてどこかに収容するにもどうにもならない。第一に彼らに供給する食料もないし、現実的には勝手に帰ってもらうしかないだろうとはミズウも思っていた。


 そういう意味では、師団本部は理性的な判断を示したのだ。しかし、その場合には武装解除するのが常識だろうが、まだ300km以上の道を帰って行く彼らに武器無しは危険だろう。それにラママール側にしてみれば、どうあっても逃げ切れる足があるので、刀剣が槍程度を持った相手は武装集団として全く脅威ではないのだ。


 敵の臨時司令官が、大隊長の話を受けて部下に様々な指示を始めた。

マジカル王国軍の第3騎士団団長であり、今回の連合軍に加わるに当たって、兵の3分の一を預けられていた、ポラスキ・キマ・ジダンキ将軍は敵の将校からの申し出に驚いた。


 彼の兵団は、野営地の北西のマジカル王国軍のエリアの中央よりの位置で野営していた。明日早朝から出撃ということで、そのための様々な準備が終えた夕刻、飛行兵による爆撃に見舞われたのだ。


 なにしろ、もはや暗い夜空から小さな丸いものが降ってきたと思ったら次々に爆発が起きるのだ。その爆発でその周辺の者は吹き飛び、近くにいた者は破片で大けがまたは死亡する。


 相手が殆ど見えないので反撃のしようがない。さらにそれが始まってしばらくすると銃撃の音が聞こえ始める。それに混じって今や聞きなれた爆発音がだんだんと近づいてくる。その音になにやら唸る音が混じり始めると、何かが飛んできたと思ったら、火矢が地面に刺さって辺りを照らす。


 その火矢が飛んできた方向をみると、なにか巨大なものが唸り音を立て揺れながら近づいてくる。あれは、ラママール軍が持っているという自分で走る“自動車”というものか?そう思って周囲の弓兵と従兵に反撃する準備をさせる。しかしまだ、あの距離では撃っても届かない。


 その唸りを立てる自動車は、見える限りではずっと連なっており、どんどん近づいてくるが真っすぐ向かっている訳でなく、自分たちの部隊をかすめるような形である。やがて、自分たちの銃は無論、長弓の射程も越えた距離から銃撃を受けて、敵に近い位置にいた兵が、絶叫または唸り声をあげて次々に倒れる。


 部下の騎士が、盾を用意させているが撃ってくる弾はそれを貫いて来るし、さらに空中から撒かれた小さな爆弾が飛んでくる。だから、盾による防護壁で味方を守ろうとする試みもうまくいかない。


 部隊の一部は盾を二重以上に重ねて、固まって敵に近づいて、弓と銃で反撃しようとしたが、手投げ爆弾を集中されて粉砕されている。結局、如何に試みても損害は自軍のみで、相手には殆ど被害らしいものがない。

 

 そういう一方的な戦いを続けてはおられず、ジダンキ将軍は自軍の損害が1割に近いと判断したあたりで降伏の決心をした。これには、幕僚にも反対意見はなかった。 実のところ、ジダンキ将軍は軍が出発する前に旧知の貴族から囁かれているのだ。


 その貴族は連合軍入りを反対していた者で、ラママール王国と様々な付き合いをしていると言われている。彼が言ったのはこうであった。


「ラママール王国は勝てると言っている。そして、多分連合軍は手も足も出なくなるからその際は早めに離脱するか、降伏しろと言っている。その場合、ヒマラヤ王国以外の国の軍に対しては捕虜にせずに帰国させるとね」

 しかしそれを聞いた時は、何を馬鹿なと思っていた。


 連合軍に加わった後、個人的に話をしたラメマーズ王国の右将軍であるキガン・ダマリールなどはむしろ勝てる見込みは薄いと言っていた。だから、彼が降伏の決心をしたのはそれらの話があったからである。


 実際、ジダンキ将軍は1割ほど減った自分の指揮下の軍を故国に連れて帰ることができたが、約5万人で出発したマジカル王国軍は最初3群に分かれその後合流したが、全体の損害は3千人ほどであった。


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