第59話 開戦3

「よし、スピードを上げろ!カマーラ小隊長、皆の準備はいいな?」

 ミズウの指示にカマーラ第1小隊長が答える。


「はい、中隊長、大丈夫です。中隊の車両はこの車の動きに付いてきますから、我が中隊は一線になって敵に接近します。銃を撃つ時は私の第1小隊から始めますので、後続もそれに続きます」


「よし!」

 返事をしながら、第1小隊の軍曹が運転手にスピードアップを指示するのを聞き、ミズウは車のスピードが上がったのを感じながらどよめいている野営地に神経を集中する。


 薄暗い中で、何か壁のようなものが見えてくるが、野営地を囲んでいるという馬車だろう。そこから、うごめている人影がわらわらと外側に沸いている。あれは、たぶん飛行兵による爆撃を避けて、囲みを抜け出ている兵だろう。


 また、乗った車は丁度壁の角に向かっているので、ミズウは運転手に聞こえるように指示する。

「前方の壁にもう少し近づいて、それから右に向かって壁に平行に走れ」


 トラックが、壁から200mほどになった時、ミズウは再度指示する。

「ここから壁に平行に走れ。ここから道路はないので速度は半分にしろ」


 車の方向が変わると、タイヤは草原に入り込む、トラックの底部に草が当たるざらざらという音がはっきり聞こえ、揺れがひどくなった。もはや100mも距離がない辺りに人が走っている。


「身体強化!照明槍準備!」

 カマーラ小隊長が、同じ車に乗る自分の小隊の兵に命じると、2人の兵が長さ1.5mほどの槍を持ち出す。「着火!」更なるカマーラの命に別の兵が槍の膨らんだ部分の導火線に火をつけると、小さな火がついて煙が上がる。


「よし、あの方向に投げろ」

 カマーラが指さす方向に兵はその槍を投げる。身体強化をした兵が投げた槍は、楽々150mも飛んだだろうか、その槍は地面に突き刺さり一瞬して光を放ち始める。


 その強い光に、身体強化をして視力も強化された兵たちには走っている人影がはっきり見える。

「よし、狙いがつき次第撃て!」

 今度は中隊長のミズウが叫ぶ。


 最初はミズウの乗っているトラックから射撃が始まる。バン、バン、バンと銃声と銃撃の光の矢が発し始め、煙はそれほどではないが無煙火薬のすこし甘い臭いが荷台に立ち込め始める。


 たちまち、照明槍の光にはっきり見える制服を着た兵がこれらの射撃にばたばた倒れている。

「おおい、敵だ、狙われているぞ!逃げろ!」


 そういう叫びが野営地の囲みから外に出た兵から上がり始めるが、野営地の中ではいまだにどーん、どーん、と手榴弾が爆発する音と、派手な光が全体で起きている。

 狙われている兵たちは、自分たちに迫ってくるなにやら唸り音を発している巨大なものが明らかに自分達に向けて射撃をしていることを理解した。


 そこから、パン、パン、パンという連続音と光の矢が発していることからも明らかである。またその怪物はそれほど早くはないので、走って逃げれば追いつけないくらいである。


 だから、野営地に戻るのも怖い兵たちは、追ってくるトラックから必死で走って逃げることになった。一列になってそれを追う500台もの怪物、つまりトラックからは第3師団の兵たちから連続して小銃の弾が撃ちかけられる。


 基本的には、これらのトラックは兵たちから100m以上離れている。だから、逃げ 兵の中には銃や弓または弩を持っている者もいるが、暗い中で100mの距離では命中する見込みは殆どない。


 だが、銃や弓などを持つ者は恐怖を紛らわせるために必死に撃ちかける。これは、薄暗い中でトラックから撃つ銃の銃火は見えるから可能である。しかし、そもそも弓については100m離れると殆ど威力はないし、弩と鉄砲については多少殺傷力があるが動揺している兵には的に当てることは難しい。

 また、そもそもこれらを持っている兵が少ないこともあって、殆ど言って良いほどラママール側には被害がなかった。


 このように、広大な連合軍の野営地は空からは飛行兵による爆弾が降ってきて、南北から各々500台のトラックに乗った兵による銃撃を受けることになった。

 飛行兵は第1陣の150人が各々持ってきた10発を投下し終わるころ第2陣がやはり各10発を投下する。


 無論、連合軍にも500人の飛行兵がいて、ラママール側の飛行兵に反撃しようとするが、とても銃を持って撃てるほどのものはおらず、さらに彼らの上昇できる高度は200m程度に留まっている。


 これは、高度を上げることによる恐怖を払拭できないという心理的な限界であって、多くがそういう症状を示したために、訓練においてそれ以上の高度を求めなかったためである。


 その点では、ラママール王国ではその限界に気が付いたライが、それを超える飛行をすることが飛行兵部隊としての自軍の大きな優位であることに気が付いた。そして、そうした恐怖心のない自分が範を示すことによって、1500mまで高度を取る訓練をしたものである。


 そのため、連合軍の普通の飛行兵には、自分が昇れない高みに位置する敵の飛行兵を物理的に排除する手段はなかった。しかし魔法飛行兵は、どちらの陣営であっても基本的には魔力は最上級の強さを持つので、連合軍の飛行兵たちは魔法により攻撃しようとした。


 彼らに使う火魔法、風魔法については、教育によって物理法則を知っているラママール側に1歩も2歩もアドバンテージがあった。このため、連合軍の火魔法では、ラママール側の飛行兵に軽くかわされるか、火魔法で中和または風魔法により散らされなどで、相手に殆ど被害を与えられなかった。


 また、風魔法では精々が相手を突きのける程度であり、その風の刃は相手を切り裂くところまではいかなかった。逆のラママール側の飛行兵の風の刃は、相手に致命傷を与えられるが、跳ぶことに魔力を費やす必要がある点から、防御のみで自らの攻撃は控えていた。


 この状況に気が付いて、連合軍の飛行兵は敵の飛行兵への攻撃はあきらめて、トラックに乗った敵を彼らの爆弾で攻撃しようとした。しかも、彼らは敵を爆撃するためには、敵上空を200m以下の高度で通過する必要がある。それに対して、ラママール王国のライフル銃は射程が200mあるのだ。


 つまり、ラママール側の普通の兵士が200mであれば、50%以上の確率で直径20cmの的に当てられるのだ。ただ、現状は夜間であって、光を発せず地味な色の制服を着ている飛行兵は相手には見えないから安全だと思われた。


 しかしラママールの各小隊の内で射撃に優れた者には、対象を明るくして見ることのできる、スコープがついた狙撃銃が与えられている。また暗くなったとはいえ、空は星明りでそれなりに明るいので、200m程度の高度なら空を行きかう人影を裸眼でに見出すことは難しくない。


 そのように相手の位置を特定して銃を向ければ、相手に照準を合わせるのは容易だ。このように連合軍の飛行兵は、一人一人と狙撃され地上に落下するほか、固まって飛んでいると、上空からラママール側の飛行兵の爆撃を浴びている。


 このように爆撃が可能なのは、飛行兵が持っている手榴弾は、通常は地上に落ちたショックで爆発するが、魔力によって任意の高さで破裂させることも可能なのだ。

 なお、ラママール側の飛行兵は集団としては3回の爆撃行をこなしているが、魔力に余裕のある兵は最大6回の爆撃を行っている。


 彼らも、豊かにどんどん良くなってきている自分の国を侵略して略奪しようという、連合軍には大きな怒りを持っているのだ。


 このようにして、連合軍は、彼らにとって悪夢のようなこの夜の2時間余りの間に、ラママール側の飛行兵によって、1万2千発の手榴弾の爆撃を食らった計算になる。それは、そこに居た将兵にとってはまさに覚めない悪夢であった。


 飛び散る火柱と轟音に吹き飛ばされる戦友たちを見て、悲鳴を上げて逃げ惑う彼らをあざ笑うようにまた身近に爆発が起こるのである。

 こうして逃げ惑った多くの者が、周辺を巡りながら浴びせられる銃撃には気かつなかったが、外周付近にいた者達は別であった。多くの将兵が野営地の外に逃げ出したが、安全と思えた外側も安全ではなく、外側からトラックに乗った兵たちから銃撃を浴びせられる。


 ミズウの中隊はやがて前方から敵兵が消え行くのに気が付いた。彼らは、そのあたりの野営地の外周付近の内側には爆撃がないので、内側に帰って行ったのだ。彼は、「止まるぞ」と号令して部隊を止め、3小隊を送って外周の壁になっている馬車に取りつかせ、3台の馬車を取り除かせる。


 身体強化した兵にとって、馬車を動かす程度のことは1小隊10人もいれば、持ち上げることもできるほどで十分である。彼らがその作業をしている間は、2小隊が近くにいる敵兵を掃討する。照明弾を適宜配置しながらである。

 その後、ミズウの乗るトラックは連合軍の防壁の内側に入り込んで、防壁に沿って再度走り始め、敵を見つけ次第狙撃していく。


 その頃、飛行兵はすでに連合国各国の軍司令部をようやく特定して、重点的に爆撃を始める。司令部への攻撃によって、その人員が全滅したわけではないがすでに組織立った行動はできなくなっていることは確かであった。


 ラメマーズ王国の右将軍であるキガン・ダマリールは、飛行兵による爆撃に気が付いた時、直ちに司令部から騎馬を走らせ、ラメマーズ王国の部隊に野営地からの脱出を命じた。彼らの部隊は最も西の端に近く野営をしていたので、西の防壁を成していた自軍の馬車に馬を繋ぎ北西を目指した。


 要は攻めてきているラママール王国から、遠ざかる方向に向かったのだ。彼らの部隊にも爆撃があり、それなりの被害があったが、無視させダマリール将軍は旗下の軍を進ませた。逃げているともいうが。


「ダマリール将軍、よろしいのですか?無断で抜けて」

 副将のシマズイ准将が聞くがダマリール将軍は静かに言い返す。

「わしの悪い方の予想通りだったろう?」


「ええ、そうですね。しかし」

「こうなったら、すぐにヒマラヤ側に連絡しても彼らも何の対応も出来んだろう。わしの言うことをことごとく否定して何の備えもしておらん。未だに爆撃は続いているだろう?」


「ええ、続いていますね」

「これは我が方の飛行兵が迎撃できなかった証拠だ。もはや組織的な抵抗はできんだろう。まず間違いなく敵の『自動車』に乗った軍団が迫っている、いやもう攻撃しているだろう。わが方の飛行兵の隊長のキガスには、わしに合流するように通信兵を通して命じさせた」


「そうですな。勝ち目のない戦争で我が兵を損なうことはない。ましてや、貴重な飛行兵75人は失う訳には……。しかし、国王陛下がなんというか」

 シマズイ准将の言葉にダマリールは鼻を鳴らして言う。


「ふん、いざとなれば。わしが処刑されれば良いのだ。元々勝ち目の薄い戦いだった」

「しかし将軍、ラママール側からしつこく追われると損害は馬鹿にならないと思いますが」


「いや、ラママール軍はわが軍をもう攻撃してこんよ。我々が引き上げにかかっていることをわかっている。彼らも多くを殺して深い恨みを買いたくはないのさ。もはや爆撃もないであろう?」


 ラメマーズ王国軍は結局数十名の損害は出したが、その5万の軍の大部分を損なうことなく、整然と帰国した。

 中には先んじて引き上げたダマリール将軍を臆病者と非難するものもいたが、連合軍の最終的な有様を見れば公然とそれを言える者はなかった。連合軍への参加に大いに乗り気であった国王も、内心は大いに不満であったようだが将軍を非難することはなかった。


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