第58話 開戦2

 ミズウ・ドライは、第3師団第2大隊、第1中隊長である。彼の下には10の小隊が配属されて、約100人を率いている。彼は、ジュブラン領のジュブラン村出身の23歳であり、ライが最初に魔法の処方をした時の対象の一人である。

 彼が、ジュブラン遊撃隊の一人であったが、その後豊かになったジュブラン領の領兵になって訓練に励んでいた。ジュブラン領では、従来はその貧しい経済力から領兵は20人しかいなかった。

 その後ライによる様々な変革によって急激に豊かになって、100人までその数を増やしたが、その一人としてミズウは選ばれたのだ。その後、処方が全国に広がり、軍の体制も変化していく中で、ライから直接処方を受けてその後の訓練を受けた貴重な兵ということで、3年前に王都ラマラに呼ばれて、兵の訓練の指導を行ってきた。

また、ラママール王国においては、軍の体制を変革して領兵を国軍に再編成することになり、王都の軍に派遣されていたミズウは直轄軍の兵士になることになった。その際に、農民出身ではあるが、ジュブラン領の最初に作られた学校で教育も受けている事、後述のようにライから実践的な訓練を受けていたこともあってその能力が認められ中尉になって中隊を率いることになったのだ。

再編成された軍においては、多くは王都の騎士団または領兵の寄せ集めではあるが、その訓練は身体強化と銃の使用が前提で、魔法を効果的に使ったもので、従来とは全く違ったものである。王都における騎士団と領兵では質に相当な差があり、領兵の指揮官クラスでようやく騎士団の従兵クラスに相当するレベルであった。

このように、王都の約5千人の騎士団の従兵以上の約500人に、領兵の指揮官クラスの500人余が中核になって王国直轄軍が形成されたが、兵としては王国軍と領軍全6万人から3万が直轄軍として選抜されている。さらに3万が地方軍として各地方に散らばっていることになる。

先述のように、戦い方が全く変わったその軍の在り方に最もなじんでいたのは、実のところライと一緒に訓練に励んで(遊んで?)いたジュブラン遊撃隊であった者達であり、彼らはその活動の中でライからの座学も相当に叩き込まれている。

その座学の内容が、現在直轄軍で採用している戦いそのものであり、当然軍内では重宝されることになる。だから、ジュブラン遊撃隊であった、70人余りの内の半分程度が直轄軍の将校になっている。彼らは全員が農民か職人の家の出身であり、貴族家の出身が多い他の地方の者とは大きく異なっている。

領兵からの出身者に貴族出が多いのは、それなりに教養が必要な将校になるだけの教育を受けているのは貴族またはその縁族に限られているからである。この点では王都出身者は平民も教育の機会が多いため比較的平民出身の将校が多い。

この軍の昇進の基準は、ライが王太子を巻き込んでかなり念を入れて作っているので、無能が昇進するのは非常に困難である。ただ、王族(その範囲はきちんと決められている)については、軍に属する場合には最初に行われる試験に合格すれば例外扱いになる。

しかし、このような貴族が将校の多くを占める点もすでに整えられている学校制度によって、小学校から学び始めた生徒が高等学校を卒業するようになれば、変わっていくであろうと見られている。しかし、基本的には優秀な遺伝子を持つ者が多い貴族出身者が、将校の比較的多数を占めることは間違いないであろう。

中隊長のミズウは、指揮下に10の小隊を持つが、中隊直轄隊員として魔法の念話による通信兵が1名、連絡兵を2名とそのモーターバイク2台が配属されている。さらに、第1小隊と行動を共にしており第1小隊長が参謀役で同じトラックに乗っている。第1小隊は他の小隊が10名定員に対して15名が配置されており、中隊用のトラックに一部が分乗している。

ミズウ達の乗るトラックは、先ほどレナ川に架かった仮橋を渡ったところである。30mほどのその仮橋は木材と鋼材を組み合わせたもので、トラックが通過するとギシギシ音はたてたが特に不安になるような振動等はない。工兵隊は見事な仕事をしたということだ。

「通信です」と言って、念話を聞くことに集中していた通信兵がしゃべり始めた。

「大隊長からの連絡です。第2中隊は2㎞ほど先の交差点で北西に進むようにということです。敵の野営地は概ね1㎞の正方形に収まっていますから、わが大隊の100台のトラックは、その北方をかすめる形で近づき銃撃を浴びせます。基本的に敵との距離は150m以上保つようにということです」通信兵は一旦言葉を切り、また集中した後に話を続ける。

「わが第1中隊は、北からの攻撃部隊の先頭になる第2大隊のさらに先頭ですが、わが中隊の接近前に飛行魔法部隊によって爆撃が行われますので、その結果混乱するところに銃撃せよとの命令です。150m離れれば敵の銃の射程外ですが、弾自体は500mは飛ぶので防護を忘れないようにとのことです。以上です」

「よし、第1中隊了解と返事をせよ!」ミズウは通信兵に命じて、今度は連絡兵に向き直る。

「連絡兵、各小隊に連絡。各小隊は順次前方小隊車に続くようにと。さらに敵の野営地は概ね1㎞四方。我々はそれをかすめる形で走り、野営地を回りながら銃撃を加える。我々の攻撃に先立って飛行魔法部隊による爆撃が行われるのでその混乱を利用するように。銃撃時には、可能な限り防護帯により体を覆っておくこと。以上だ」

「は!わかりました」連絡兵はメモを取った後で敬礼して、トラックにぶら下げていたバイクを下してそれに乗り出発する。彼らは、各中隊長が乗ったトラックに連絡をして、中隊長は指揮下の10台のトラックに乗った各小隊は基本的に接近しているので、伝言内容を入れた通信筒を順次投げ入れる形で内容を伝える。

流石に、念話の出来る兵は少なく、中隊に配置するのが精々であるが、軍本部及び師団本部、大隊さらに中隊までは殆ど即時に連絡が取れ、それから小隊迄も数分で連絡が取れる。馬による連絡兵が最速のこの世界では、次元の違う命令伝達網であると言えよう。

ラママール側の道路は魔法による簡易舗装をしていたので、トラックの走行もスムーズであったが、ヒマラヤ側の道は単に草木を取り除いているのみであるため、デコボコで穴だらけであり大きく揺れる。だから酔い易い者は立っている。

ちなみに、敵も銃を持っており、狙いをつけて撃って当たる可能性のある射程は最大で100m足らずであるが、実際には弾丸は威力なないが500m程度飛ぶ。だから、敵の射程外に居ても大勢の兵による乱射戦になると、流れ弾で自軍の兵に当たる可能性は十分ある。だから、兵にはヘルメットと、竹の胴衣を与えており、射撃戦になった時は、座って射撃するように命じられている。

竹の胴衣は、敵の球形の弾で射程外であれば、十分着込んだものを守ることが出来る。トラック自体は兵の乗る荷台の側板を含めて、銃による射撃に対しては十分安全である。しかし、顔は晒されることになるので、顔に弾を食らえば『運が悪かった』ということになる。

敵のその他の兵器としては、昔ながらの弓と径が70㎜程度の大砲がある。弓に対してはヘルメットと胴衣で十分安全であるが、大砲は只の球形の青銅の弾であっても、人間は吹き飛ばされる(身体強化した人だと多分死なない)し、トラックも当たり所が悪ければ走行不能になる。

また、大砲の射程(飛ぶ距離)は500m余であり、その弾の重量の分だけ殆ど威力のない鉄砲の弾とは違う。ただ、一発撃てば次に撃つまで2分程度必要なので、大きな脅威ではないと見られていた。

悪路であっても、第1中隊長のミズウの乗ったトラックはユッサ、ユッサ、ガタガタ揺れながら時速20kmで走るので、同じ道を走る馬車の2倍以上の速度である。やがて、少しずつ暗くなっていく殆ど平らで灌木が点在する草原が、少し小高くなってきた辺りに旗が林立して、あちこちで煙が立ち上っているのが見える。

「中隊長!敵の野営地です」小隊長のセダン・リカ・カマラ少尉が叫ぶ。

「ああ、見えているよ」

ミズウは答えながら、本部から送られてきた野営地とその周辺の図と頭の中で見比べながら、野営地と周辺を見渡す。距離はまだ3㎞ほどだろう。野営地の状況は今までの草原と殆ど変わらず、灌木と膝まで程度の雑草だ。雑草は冬に向かって半ば枯れている。道から外れても、トラックは走れることは間違いない。

野営地の周囲には、何やら柵のようなものがある。視力の強化もできる通信兵のキクチが言う。

「あの柵のようなものは、馬車を巡らせて、それに何やら防護柵のようなものが立てかけられているようです。あれは、隙間の空いた柵のようですね。だから鉄砲に対する備えにはなりません」

ミズウは頷いて、通信兵に命じる。

「大隊長に連絡。敵迄3㎞。20分後に北方を抜けながら銃撃する。飛行兵による爆撃を請う。送れ!」

通信兵は直ちに大隊の通信兵に念話で連絡し、大隊から飛行兵を管理する師団本部を経て数分後に返信があり通信兵が告げる。

「大隊長より返信。20分後に攻撃開始了解!飛行兵は10分後に爆撃を開始する」

「よし、連絡兵、各小隊に伝えよ。10分後に飛行兵の爆撃開始、防備を固め我に続き銃撃を開始せよ」

中隊長車のそばに帰ってきて、そのトラックに並走していたモーターバイクの通信兵に告げる。彼は鮮やかにターンをして後続の小隊のトラックに連絡に走る。

ミズウの乗るトラックは、時間合わせのためにスピードを落とし這うような速度になるが、揺れが少なくなったトラックでは兵が防護帯を身に着け、ヘルメットの顎紐をしっかり締め、自分の銃をさらに点検する。

「飛行兵来ました!上空です」通信兵が皆に言う。ミズウは空を見上げるがほぼ暗くなった空には何も見えない。彼が教えられているのは、飛行兵の爆撃時の高度は基本的には500mであり、敵の飛行兵が迎撃に上がってくると1500mまで上昇するという。飛行兵はその高度に耐えられるような飛行服を着用している。

大分暗くはなっているが、あちこちで焚火がされていることもあって、多くが視力増強もできる魔力の強い飛行兵が地上の様子を掴むのには問題はないだろう。それから間もなくであった。火花が連続して弾け、一瞬遅れてババババーン、バーンという音が重なって聞こえる。

飛行兵は、各々手榴弾を20発持っている。攻撃している飛行兵は半数が第1陣として出撃したということなので、150名であり、各保有数の半数をまず投下して混乱させ、残りは順次効果のありそうな場所に投下するはずだ。つまり、今後10分程度で1500発の手榴弾が投下されることになる。

1㎞四方の陣に居る、25万人の敵に威力の限られた手りゅう弾の1500発では、実質的な損害は5千人程度でたいしたことはないが、自分たちが反撃できないところからの攻撃は混乱するだろう。

果たして、その混乱は想定以上のものであった。25万の狭い地域に集まった人々が一斉に叫び、駆けまわるのだ。それはすでに1㎞程度の距離まで近づいていたミズウにも、あちこちで弾ける火花とはっきり聞こえる地響きのような音響として捉えられた。


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