第57話 開戦1

 ジルコニア帝国軍参謀本部所属のミズラ・エン・カシミール中佐は、ラママール王国軍の第3師団長フェドレーヌ少将と、カイン・ミズラエル大佐と共に2台の司令車の1台に乗っている。副師団長は主要指揮官の全滅を避けるために別の車である。


 各小隊に配備されているトラックは、荷台に収納庫になっている椅子が並べられて幌が被せられている。これは、司令部車は運転席が独立していないバスのような構造になっており、乗員も定員が6人でスピード性能を重視している。座席もちゃんとしたもので、小隊に配備されているものとは相当に異なる。


 ジルコニア軍はラママール王国に申し入れて、観戦武官を派遣したのだ。それが、作戦部の第2課長であるカシミール中佐と部下のミハル・ダラソン中尉の2人であり、この観戦自体をカシミール中佐が提案したものである。


 元々この世界では、観戦武官の派遣などはどの国も行っていなかった。似たような行動としては、ジルコニア帝国として友好国から侵略を防ぐために軍の派遣を頼まれて小規模な部隊を送ったことは何度かある。


 この場合は、ジルコニア帝国が敵方についたというだけで、片方が戦意を失う面があり、ジルコニア帝国を味方に付ければ勝てるというのがこの大陸の常識であった。

 一方、カシミール中佐は帝国情報部の集めた情報を分析して、それを帝国としての戦略に生かすのが仕事であり、その情報からラママール王国には注目していた。


 そのきっかけは、やはり隣国のサダルカンド王国との戦いであり、彼がサダルカンド側の勝ちは揺るがないだろうと考えていたのが完全に覆されたのだ。最初は結果だけが情報として入ってきたが、詳しい情報を求めた結果は、従来では考えられない戦いであった。歩兵が騎兵を駆逐し、空を飛ぶ兵から爆弾が降ってくる。


 その後、ラママール王国で魔法の処方という手法が開発されて、人民すべてにそれを広げていることが解り,さらにその効果も知れて来た。さらに今までなかった様々なものが溢れるように開発されて、国中に広がっていることも解った。


 ジルコニア帝国も皇帝を含めた会議を行い、ラママールで起きている様々な開発をできるだけ早急に取り入れることが決議された。この決議、実際に計画的に取りいれてそれぞれに効果を現わしつつある。


 とはいえ、ラママール王国は処方の方法については、希望する国には教えているが、その後の鍛え方等については容易には教えないし、魔法の使い方、特に魔法を使って様々なものを作る方法の教示は限定的であった。


 ただ、農業生産を伸ばすために魔法による肥料の合成のやり方、肥料の施し方、魔法を使った灌漑のやり方などは積極的に教えている。彼らに言わせると『飢えると戦争になるから』であるらしい。


 あとは勝手に見て回って覚えろ、というやり方ではある。しかし、実際のところラママール国内でいろんなものを作ってはいても、それを実行している本人もその原理を理解しているものは少ない。

 だから見よう見真ねで、ある程度の真似はできても生産効率は悪かったり品質が劣っていたりと言う問題があり、技術の導入は遅々として進んでいない。


 とりわけ軍事の面ではガードは固く、なかなかその実力も伺い知れないし、火薬の製造手法は謎につ包まれたままである。ジルコニアでは、火薬(黒色火薬)の製造に最も重要な硝石の鉱山があり、極めて安価かつ容易にできる利点がある。


 それは、他国には彼らが畑などで作っているコストで売っているので、帝国の大きな収入源になっていた。ただ、最近はヒマラヤ王国が魔法を使って硝石を作る方法を編み出して実用化している。このため、ヒマラヤ王国の価格に合わせることになり、以前ほどの暴利は取れなくなった。


 ちなみに、皇帝陛下にラママールとは戦うべきでないと説いていたのは、カシミール中佐の意見に組している参謀本部であった。そこに、5か国連合がラママール王国に対する侵略戦争を計画したことで、ラママール王国からほぼ全面的な技術移転の話が具体化したことになった。


 その意味では中佐は5か国連合(1ヶ国が抜けたが)に感謝している。そこで、先日の皇子・皇女の公式訪問に同行した中佐は、さらに交渉してジルコニアから観戦武官の派遣の同意を得て自らが乗り込んだのだ。


 この観戦武官の派遣については例がなく、なかなかラママール側の同意は得られなかった。しかし、アミューラ皇女を通じてルムネルス王太子に頼んでもらい、王太子がライ卿に相談して、ライ卿があっさり賛成して実現した。


 中佐は、ライ卿がなぜ賛成したか不思議だったので聞いてみるとこのような返事であった。

「国には味方が要るのですよね。周りが敵ばかりというのは敵いませんからね。どうせ、今回起こるだろう闘いでは相手は敵ばかりだから、卑怯だったとか碌なことが言われませんから、ジルコニア帝国の軍人に見てもらっているのが最善です。

 そちらから言い出さなかったら、こちらからお願いしようと思っていました。また、帝国にはこの大陸の平和維持の大きな役割を持って欲しいので、軍事的にも隠し事はしない方が良いと思っています」


 中佐自身は、前の公式訪問時にラママール王国軍の一通りの軍備や演習を視察していたので、4か国連合が勝てる要素はないと思っていた。ただ、連合軍の軍備もそれなりなので、それほどラママール側が一方的に勝てるとは思っていなかった。


 だが、トラックの足の速さを生かす作戦を聞いて、もはや一方的な戦いにならざるを得ないと思った。そこで、先行する第2師団に同行することにして、部下のダラソン中尉にその旨を告げたのだ。


「ええ、中佐殿。それは危ないですよ。中佐がいなくなったら参謀本部はどうなりますか。総参謀長のミニッツ閣下からも、中佐が危ないことをしたら止めるようにきつく言われています」

 話を聞いた中尉は驚き反対する。


「いや、俺も妻子を残して死にたくはないぞ。しかし、考えてみろよ。先日の演習であのトラックの悪路走行をみたろう?あれだけ無茶苦茶な原野を走って、故障した車は1台だけだ。

 今回のラママール軍の作戦で不安があるとすれば、あのトラックの多数が故障することだ。それがなければ、相手の射程外から一方的に相手を打ち減らせばいいのだから負ける要素はない。


 もっとも、相手の弾は届かない訳ではないから、死傷者無しとのいかないがな。トラックについては、射程外程度の弾だったら止められる程度の装甲はあるらしい。

 だから、危険はないとは言えないが、これは絶好の機会だから俺は第2師団に同行する。2人いてもしょうがないから君は軍司令部に詰めてくれ。情報は基本的に司令部に集まるからね」


 カシミール中佐の話に納得したダラソン中尉は中佐の指示に従った。また、確かにラママール軍の場合には念話による通信網が巡らされている。このため、大隊レベルの位置はすべて軍司令部に置かれた地図上に駒で示され、軍事行動はリアルタイムで把握される。


 その意味では、司令部に張り付いたダラソン中尉の報告は、参謀本部として非常に貴重なものであった。


「ミズラエル大佐、ところでレナ川は当然超えるわけですが、橋は検問のある河口にしかないと思いますが、すでに仮橋の段取りはされているのですか?」

 隣の席のカシミール中佐の質問に大佐が答える。


「ええ、すでに工兵隊が向かっていますが、我々が現地に着くのがあと1時間ですから、もう架設に着手していますよ。我々が着くときには立派な仮橋が架かっているでしょう」


 ちなみに、カシミールが最初にミズラエルに隣り合って座ったときに、「ミズラエル大佐殿…」と呼びかけると、頭を掻いて言ったものだ。


「いやあ、私も大佐とはいっても、全軍でわずか3万の軍の階級で、それも実際に形が整ったのはほんの2年前です。巨大な規模で、かつ伝統あるジルコニア帝国軍のエリートであるカシミール中佐から、『殿』付けはこそばゆいので止めてください。実際私はまだ35歳ですから、あなたより年下でしょう」


 確かに、大佐のその言葉にその若さに驚いたものだが、年にしては老けて見える点は叩き上げで苦労してきたのだろう。カシミール中佐は伯爵家出身でエリートコースを走ってきたが、それでも平時で70万を数える帝国軍では、現在39歳の彼の中佐は最も若い方だ。


 中佐もラママール軍があまり年齢に捉われない実力主義と言うのは感じた。しかし、それは過渡期であるからであって、今後王国の学校制度が軌道に乗って、その中で軍関係の学校も設立運営されるようになると、帝国軍と同様に年齢に捉われない昇進はなくなるだろうと思う。


 レナ川までの約4時間の道中、ミズラエル大佐と様々な話をしたが、大佐の実務的な軍の指揮に係わる知識には問題はないとは思ったが、いわゆる戦略論というような座学による磨き上げた知識はない。


 一方で、今回の第2師団の先攻出撃は彼の提案によるもので、従来の軍では考えられない行動を思いつく柔軟性はある。その彼の話に、しばしば出てくるのは軍で何度も講義をしたというライ卿である。


 中佐とはしては少し信じがたいのは、まだ少年のライ卿には2人の記憶があり、その一人であるヒロトが異世界の老年まで生きた人であるという。そして、ライ卿がその隔絶した異世界の知識を使って軍を始め・産業そして国の在り方に様々な変革を起こしているという。


 その目的は、早く国力を上げてライ卿がライと言う若者であった時に起きた、侵略による国の滅亡が起きないように行動していると言う。ライ卿は、豊かになった王国が周辺の国々から狙われるようになるのは当然であり、そのためには少なくともそれを跳ね返すだけの武力を持たなければならないと言っているという。


 しかし、一方で軍備には多大な経費が必要だから、その投資を極力少なくして、確実に侵略を防ぐ軍備がラママール軍の今の規模と軍備であるという。

 ジルコニア帝国が敵になるかどうかで、話は大きく変わって来るので、帝国が少なくとも中立になってもらっているのは大変に有難いと大佐は笑って言っている。


 カシミール中佐はその話を聞いて聊かゾッとした。彼も会った、見かけは少年であるライ卿が、そこまでの存在とは誰も思わないだろう。そして彼は、ジルコニアが敵対するのであればそれなりの対応ができると言っているわけだ。


 出発から4時間後、日が傾いてきた頃、同じ車に乗っている通信兵が突然言う。

「先頭車はあと1㎞ほどで橋です。すでに工兵によって仮橋はかかっています。渡った先には少なくとも5㎞の範囲には敵影は見えないそうです。上空の飛行兵からは、連合軍の野営場はレナ川から約25㎞先であると連絡が入っています。

 そして、その巨大な軍の野営場から馬車部隊が分離して、こちらに向かい始めたということです」


 一瞬の沈黙の後、ミズラエル大佐が話しめる。

「師団長、情報通りですね。馬車部隊の対処は第2師団に任せましょう。我々は、このまま橋を渡って押し通りましょう。よろしいですか?」

 フェドレーヌ少将は頷いて「うむ、いいだろう」と答える。


「では、通信兵は各大隊長にそのまま橋を渡って敵の野営地に向かって進むように、また馬車隊を避けるようとな。橋の対岸側は当面は既存の道路を使うが、こちら側と違って悪路なので留意するように、さらにコースを変えるときはまた連絡すると。以上伝達せよ」


 参謀長のミズラエル大佐が命じるその言葉を聞いて、カシミール中佐は魔法の念話による通信兵、さらに飛行兵の意味に改めて感じ入った。今のところ、ジルコニア帝国でも離れたところにいる部隊への最も早い命令、または情報伝達の手段は、騎馬かまたは鳥便である。

 それらはどうしても数時間以上はかかる場合が殆どであり、即応と言う意味では劣る。加えて、上空最大2千mから敵を偵察して情報を送ってくる魔法飛行兵の存在がある。彼らは、念話で言葉の形で伝えるのみならず、念写ができる者もいる。


 現に、今司令車では通信兵が、念写で送られた敵の野営地の形状を紙にカーボンを使って焼き付けている。第3師団ではその情報を元に、自分の攻撃方法を考えることが出来る。


 これはあたかも、片方が盲目で片方が正常な視力の部隊が戦うようなものであり、その上に敵の攻撃範囲外から一方的に攻撃できるのだ。

『勝負になるわけはない。8倍以上の戦力差も無意味だ!』

 カシミール中佐は心の中で呟いた。


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