第56話 開戦前夜4

 ラママール王国の港街、キシジマ郊外に王国直轄軍3万3千が集結している。軍は3師団に分かれ、それぞれが1万人強の編成であり、師団は10大隊、大隊は10中隊、中隊は10人編成の10小隊に分かれてそれぞれ大隊長、中隊長、小隊長に率いられる。


 師団本部には将軍である師団長に参謀長、それぞれ2人の副官に加え3名の通信士が所属しているが、通信士は念話が使える魔法使いが担当して、大隊まで配属されている通信士と連絡するのが役割になっている。


 師団には30門の大砲とその運用部隊300名が所属してられており、各砲で100発の砲弾が割り当てられている。さらに、各小隊に1台のトラックが割り当てられているので、彼らは道路事情が許せば時速60㎞で移動でき、かつ彼らの1週間分の食料と、弾丸や手榴弾を運ぶことができる。


 かれら歩兵の主要兵器は小銃であり、各自100発の弾丸を携行しているが、そのほかに2発の手榴弾を腰にぶら下げている。小隊のトラックにはその5倍の弾丸と手榴弾が乗せられている。


 総司令官のノビック・ランサーズ大将が第1師団長ミカサ・ダム・ノエン少将と参謀長カーミル・ミザル大佐に第2師団長アメール・ダサルン少将と参謀長のカーネラ・マム・ジスカム大佐、さらに第3師団オームレ・ミス・フェドレーヌ少将と参謀長のカミール・ドス・ミズライル大佐などのメンバーと会議を行っている。


 司会は長身かつ痩身の参謀長のサムラー・ダス・ケミコム少将である。茶色の髪に同じ色の顎髭を蓄えている。

「それでは、多分開戦前の最期と思われる戦略会議を行います。まず、ランサーズ総司令官閣下よりお言葉を頂きます」


 立ち上がったランサーズ将軍は、56歳の軍の重鎮で元は近衛騎士団の団長を務めていた。苛烈な気質であるが、言動は穏やかであり、部下の信頼は厚い。


「皆、2日前にここに着いて以来準備に慌ただしい時を過ごしたと思う。まあ、キシジマまでの移動は列車を使ったので兵の疲労はないと思う。トラックに揺られるのと大分疲れは違うからな。

 後で詳しく説明があるが、4か国の連合軍はすでに集結して、おそらく明日には国境に向けて出発するものと思われる。我々の移動はレナ川まで250kmを4時間というところで、明日早朝出発する。移動する道路は舗装済なので、それほど揺れることはないはずだ。


 知っての通り敵は25万の大軍だ。機動力と兵器は我らがはるかに優っているが、敵にそれなりの大砲、小銃、爆裂弾に加えて、魔法飛行兵もわが軍以上にいる。決して楽に勝てる相手ではない。

 今回の戦いは我が祖国を守るための戦いである。もし我らが破れたら、我が国の女は犯され子供は殺され、根こそぎ物を奪われ、さらに人々は奴隷として侵略者に連れ去られるだろう。従って、かれらに一片の情けも懸ける必要はない。彼らは盗賊なのだ。


 しかしながら、彼ら25万のうち概ね15万は農民などからの徴募兵だ。彼らは戦う意欲も低く、またその戦闘能力は低い。従って、まず正規兵と傭兵を優先した敵として遠慮なく殺戮せよ。一方で、これらの農民兵が立ち向かう場合には同様にするが、逃げる場合は敢えて殺すことはない。

 以上だ。諸君が、諸君の祖国とその人々を守るため全力を尽くすことを期待する」


「ありがとうございます。では情報参謀のミゲラス・ダバライ中佐から、敵に関する最新の情報を説明してもらう」


 小柄で俊敏そうな軍本部所属の情報参謀士官が立ち上がる。

「はい、ミゲラス・ダバライ中佐です。連合軍は、最も遠いミリエム共和国が最も早く、次にマジカル王国、さらにラメラーズ王国で、ヒマラヤ王国はこれらの移動を手助けして最後に集結しました。

 現在は、確かに25万が集結しています。しかし、司令官閣下の言われたように徴募兵は15万、正規兵が7万で傭兵が3万ですな。武装については前にも報告した通りですが、小銃が約5万丁、青銅式の大砲が500門です。


 構成は騎馬隊が2万騎、馬車隊として馬車に乗って移動できる兵が3万で他は歩兵です。しかし歩兵には、多数の馬車が付随しており、最低限の荷物を持つのみなので移動は従来に比べて5割ほど早い。この点は我が国の馬車の車輪機構が各国に伝わった結果ですな。

 騎馬隊の主兵器は投げ槍ですが、騎士全員が身体強化できるので要注意です。馬車隊は結局素早く移動して遊撃隊的な役割をさせようということで、全員がヒマラヤ王国の所属です。どうも新しいタイプの銃はこの馬車隊に配備されているようです。


 魔法飛行兵の訓練を見ることはできました。流石に5百人の魔法飛行兵は各国の取っておきなので、寄せ集めになりますから、訓練をせざるを得ないのです。爆裂弾は、10cmほどの球形でかなり大きく威力は我が方のものに劣りませんが、飛行兵の能力から余り重くできないので、破片による被害は余りないでしょう。

 彼らの構成はご存知のようにヒマラヤ王国が10万、その他の国3か国がそれぞれ5万です。総司令官は、ヒマラヤ王国のガカルマン・ヒラ・ケンドーナ大将が充てられています。彼は無能ではありませんが、王族のためにその位置にいるわけで、実質的指揮は参謀長のヒルジム・ミマイ・カージス中将がとることになります。


 しかし、4か国のまとまりは決して良い訳でなく、それぞれの国の司令官が自国の軍の指揮をとることになります。だから、ヒマラヤ王国の司令官は開戦の時とか大まかな方向を決めるのみで、各国軍がそれぞれに戦いをすることになるようです。

 まあ、ヒマラヤ王国がそれを許しているのは、彼らのみで我が国を打ち破る自信があるのでしょう。

 ところで、ある意味最も警戒しなくてはならないかれらの飛行兵は、高度は余り上げられないようで、150mが精々のようなので、我々のライフルであればよい的になるでしょう。

 あと、開戦の時期ですが、あの準備状況と彼らの会話を漏れ聞くと、明日早朝には出発して、明後日の昼頃にはレナ川中流の浅瀬に到着するでしょう」


「うむ、ごくろう。ダバライ中佐。少佐の報告に基づき、明後日昼頃連合軍はレナ川の浅瀬を渡り始めるという前提で策を立てよう。河口に近い橋を使うはずはないので、大軍がある程度まとまって渡れる浅瀬は中流部の1か所しかないので、戦場を絞ることが出来て有難いな。

 さて、わが軍としては、浅瀬の対岸に布陣すればよいということになりますな。副官のヒデラ中尉、その浅瀬を偵察した結果を皆に報告せよ」


 若い女性士官は、参謀長に命令に応じて大きな紙を魔法で皆が見えるように高く掲げて、その紙に魔法で書き込んだ地形図を皆に見せて説明する。


「これは、浅瀬周辺の地形を示したものです。レナ川はそれほど大きな川でなく、水量もそれほどではないので、川幅は中流域では大体30m程度です。浅瀬の部分はこのように膨らんで幅がその2倍程度になっています。

 深さは大体膝程度ですから歩くにはそれほど不自由はしませんが、底が大きな砂利になって歩きにくくはなっています。


 人は膝までの水があると、まず走るのは無理で早足で歩く程度ですが、足元も悪いので精々普通に歩ける程度でしょう。馬の場合にはギャロップ程度で走るのは可能だと思いますが、底の砂利で足を痛める可能性も高くなります。

 それから、川の両側は緩やかに川に向けて下っているしっかりした草地ですが、草の高さは人の腿程度で灌木がまばらに生えているという状況です。川に入るところは両側ともに1mほどの土手になっています。

 ヒマラヤ側はほぼ平ですが、我が国側は1㎞ほど離れた位置に高さが20mほどある小高い丘があります。上流側に森がありますが2㎞ほど離れていますね」


「うむ、ヒデラ中尉ありがとう。その図はまだ掲げておいてくれ。

さて諸君、戦場予定地はこのような状況だ。浅瀬はまさに浅瀬で、軍の行軍を妨げるほどのものではない。しかし、敵の突進は十分に防ぐことが出来るという意味では、十分我々の防護壁の役を果たすことができる。

 だから、川から100mほど下げた位置に塹壕を掘ろう。彼らが川から上がるところ辺りから銃撃を開始する。また、この丘は非常に都合の良い位置にある。砲はこの丘から少し下げて彼らの方からは見にくい位置に据えよう。

 砲撃は、民兵と下っ端をけしかけて後ろからくる幹部連中に集中する。砲の射程は5㎞あるから十分だろう。まあとりあえずここまでで、質問か意見はあるかな?」


 ケミコム参謀長が一旦話を切ると、第2師団参謀長のジスカム大佐が立ち上がる。

「ええ、意見を言わせてもらうと、騎兵とその馬車隊は要注意だと思います。これらを実質的に歩兵部隊と同行する意味がないから、違う行動をするかもしれません。なにしろ、移動速度が段違いですからね。

 多分、わが軍のトラックの半分程度の速度で移動できるはずで、騎兵は寄せ集めですが、馬車隊はヒマラヤ王国の部隊といいましたね?」


「ええ、大佐。ヒマラヤ王国の騎兵は5千で他の国と同じ数ですが、馬車隊はヒマラヤ王国の新編成の部隊です。銃を持つ者は全てこの部隊に集められています」

 ダバライ少佐が答える。


「なるほど、では多分この馬車隊、といっても我が全軍と同じ数ですが、多分先行すると思います。たかが幅が30m程度の川を渡る仮設の橋を作るのに訳はありません。

 無論情報部から情報が上がって来てからになりますが、わが連隊がその対処に当たりたいと思いますが?」

 ジスカム参謀長はダルサン第2師団長を見る。


 ダルサンは深く頷いて言う。

「うむ、わが師団がその馬車隊を押さえよう。しかし、彼らが仮橋を架けて渡り始めたタイミングで順次射撃、あるいは手榴弾攻撃していけば、兵は一個大隊も連れて行けば十分だろう。

 いや念のため、3門ほど砲を持って行った方がよいな。どうしても形勢が悪くなれば逃げるべしだ。我らはトラックがあるから、馬車に負けるわけはない。その場合、念話の知らせがあれば迎え撃つのは問題ない」


「よろしい、ではその場合の対処は第2師団に任せよう」

 参謀長が応じたところに、今度は第3師団の参謀長ミズラエル大佐から話がある。


「我が第3師団は、師団を挙げて逆にヒマラヤ側に渡って敵をかき回したい。わが軍の最大の強みは各小隊にトラックを配備しているその速さです。かつては騎馬が最速であったが、現在はわが軍の歩兵、いや機動兵と呼ぶべきわが軍です。

 そしてわが軍は敵の射程外から撃破できる。だから、わが師団の1万が敵の移動について行って外側から削っていけばよいのです」


 その言葉に総司令官のノビック・ランサーズ将軍がニヤリと笑って応じる。

「ふむ、その話がでるかなと、期待しておったが出たな。実は、その話はライ卿からあった。わが軍の最大の強みは速さであるとな。

 かつては、騎兵は歩兵に速さにおいて完全に勝り、百騎程度で数千の歩兵部隊を翻弄したことも数多く記録に残っている。なぜなら、歩兵は騎兵に追いつけないからの。弓などの射程を外れると相手を傷つけることができない。


 わが軍の小銃は彼らをアウトレンジできる。だから、敵軍を好きなようにかき回せるのだ。ここで危険があるのはトラックが故障したときのみであるが、複数の部隊が合同で行動すれば人員を回収するのは問題ない。故障したトラックは爆破すればよい。

 うむ、その場合敵の馬車隊が先行しても迎え撃つ形になるだろうの。よろしい、第3師団と第2師団の半数が明朝出発して、ラナ川を渡り明日から進撃してくる敵を向かい撃て。よいか、徹底してアウトレンジするのだぞ。

 そして、敵が対岸に到着する前に、迎え撃つ準備をしているわが軍に合流せよ。こういう形でどうかな。参謀長?」


「よろしいかと思います。もう少し詰める必要がある点はありますが」

 参謀長がニコリと笑う。


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