第54話 戦争前夜2

 ヒマラヤ王国において、ラママール国への侵攻計画の協議が行われている。

 現状では、この侵攻計画はヒマラヤ王国が中心になっており、兵力も最大の8万を出すことになっている。


 反対に、5年前にママール王国に侵攻を試みて簡単にたたき返されたサダルカンド王国は消極的で、彼らの供出戦力は2万である。以下供出する戦力はマジカル王国、ミリエム共和国とラマメーズ王国が各々5万であり、合計で25万の兵力になる。


 これらの兵の半数は国軍あるいは貴族の領軍の常備兵であるが、半数は傭兵または農民からの徴募兵である。対するラママール側は情報によると従来は国軍が8千で、他は貴族の領軍が2万ほどであったが、現在は国軍に集約されて3万が国軍ということになっている。


 また、現状では農民兵などの訓練は行われておらず、そのための装備はないということで、戦争になっても農民などの平民の徴募は行わないとしている。従って、防衛側ラママール王国の防衛に当たる総兵力は3万であると連合軍では判断している。


 また彼らは、当然ラママール王国がサダルカンド相手に用いた戦法は承知している。それは身体強化をした兵によって騎兵を無力化したこと、さらに爆裂弾を持った魔法による飛行兵が、後方の遠征軍の司令部を破壊することで軍団全体を潰走させたことである。


 さらに、ラママール王国の軍備についても大体のことを探り出している。その中で最も重視しているのは、3万の国軍すべてが小銃を装備していることで、さらに短めの剣を装備するのが標準になっている。彼らの全員が身体強化をできるのは間違いないし、その1割以上はそれなりの魔法が使える。


 飛行魔法部隊は、300人程度と言われており、彼ら全員が爆裂弾を持っていることは間違いない。騎兵についてを彼らは編成していないが、これはサダルカンド王国相手の戦いから騎兵に意味を見出いしていないことによると言われる。


 特筆すべきは、これらの兵の移動に近年多数生産されるようになったトラックという荷台をもった自動車を使うことで、全員が移動できるだけの数のトラックが配備されていると言われる。ただし、このトラックの配備はそれほど重要なこととみなされていない。


 一方で連合軍も自動車は使えないものの、ラママール王国から流れてきた技術である車輪機構を組み込んだ馬車が大量に配備されて、輜重隊については全てこの形式のものになっている。流石に兵を全員乗せるほどの数はないが歩兵の行進に付き添うことで、彼らの行進時の荷物を大幅に減らして行進速度を大幅に高めている。


 このことが、ラママール王国への多量のトラック配備を、連合軍がそれほど脅威とみなさなかった理由の一つであった。こうした、ラママール王国の装備に対しては、連合国側はまず兵力として8倍を上回る兵力をもち、大体2/3が常備兵かまたは傭兵であり、農民兵もそれなりに訓練を積んだもの達である。


 さらに、これらの兵は全て身体強化ができる者達である。ラママール周辺の諸国には、4年程前から魔法の処方の技術は伝わっており、いずれも国民の1/5〜1/4程度は処方を受けている。


 しかし、国内の女性を含めて働き手になる人々(生産者)の割合は概ね半分であるので、生産者人口の概ね半分はすでに処方を受けていることになる。

 さらに当然ながら、各国の兵員に対する処方の優先順位は高いので、今回の連合軍に供出する兵力については処方を終わっているのはむしろ当然である。つまり、今回の同盟軍の兵の質は極めて高いということになる。


 さらに、騎兵隊を2万、馬車隊を3万揃えている。このうち騎馬隊は、従来通りの戦いにおける騎馬によるその重量と速度を生かして、身体強化した乗り手を組み合わせた破壊力を生かそうというものである。


 一方で馬車隊は、ラママール発の車輪機構によって大きい速度を出せる馬車の移動の早さを生かそうというもので、軍を迅速に移動させようとするものである。また、銃については現状ではラママール王国が唯一元込め銃を装備している。


 それを除けば、先込め銃としては最も先進的なジルコニア帝国から導入した(盗んだ)小銃を装備しているヒマラヤ王国が2万丁、その他の国々が合計で3万丁を装備している。うち半分程度がフリントロック式で他は火縄銃である。


 また、2年程前にヒマラヤ王国で魔法を使った硝石の合成方法が発見され、多量の黒色火薬が製造されるようになった。硝石は、混合割合が75%と高く、まとまった資源がないので黒色火薬を製造する場合に常に資源量がネックになる薬剤である。


 このため、火薬はヒマラヤ王国からこれらの連盟を組んだ国に輸出され、彼らが射撃訓練をするのに大いに貢献した。無論これには、ヒマラヤ王国は安からぬ料金をとっているが、ラママール王国の征服後の略奪を見込んだ借金として清算している。


 奇妙なことだが、ラママール王国では硝石の合成は行っていない。これは、進んだ技術の知識を持っているヒロトの記憶を持っているライが、最初から推進剤としての無煙火薬と炸薬としてのTNTを魔法で合成していたからである。


 この合成方法は、ラママール王国でも最高機密であり、王国は合成できる魔力をもつ者の中から信用のできる者5名を選んで国営の秘密工場で合成させている。

 かれらは、国でも100人程しかいない王国魔法師団に属しており、その中でも魔導士の称号で呼ばれる名誉も待遇の最高級に遇されているが、このことを知るものは王国でも、20人に満たない。


 このように、ラママール王国の銃は単発銃ではあるが元込めで、ライフリングが施されているので、早合の火薬を使った火縄またはフリントロックに比べての装填速度が3倍以上であり、射程距離も200mに達する。


 しかし、ヒマラヤ王国の銃の半分の1万丁はライフリングが施されており、射程距離が150mに達すると言われ、甘く見ることはできない。また連盟軍は、その全体としては巨大な人口であるため、飛行魔法兵を500人ほど動員しており、黒色火薬による爆裂弾を配備している。


「では、5か国連合軍の第3回目の作戦会議を開催する。いつも通り、私、わがヒマラヤ王国の参謀長である、ヒルジム・ミマイ・カージスが司会を勤めさせて頂く」


 ヒマラヤ王国の軍事省内の会議場で、カージス中将は10人程が参加しているヒマラヤ王国を除けば、他の4か国は各国5人から7人の出席者を見渡して口火を切る。


「まず私から、ジルコニア帝国の我々への参加は可能性が、ほぼなくなったことを伝えておきたい。ジルコニア帝国の皇子と皇女が定期航路の開設を機に、ラママール王国を公式に訪問した。その際にラママール王国へのさらなる技術の伝達とその人的援助を行う約束を行った模様だ。


 また、訪問した第2皇女アミューラとラママール王太子ルムネルスの結婚が、来年の3の月に行われることが発表された。それと……」カージスは言葉を切って聴衆を見渡して続ける。


「実は、ジルコニアの皇子、皇女に対して暗殺の試みがあったが失敗した。その要員は捕らえられるか死んだが、捕らえられたものは自害した。無論我が国が行ったものではないが、ジルコニアでは大騒ぎになっているらしい。

 アミューラ皇女とミーライ皇子は国では非常に人気があるからな。それに伴って、ジルコニア帝国は我が国が5か国連合を代表して、ラママール征服に帝国を誘ったことを国民に発表した。さらに、いかにも我が国が彼らをその戦いに帝国を巻き込むためにその暗殺を企んだがごとき発表もした」


「アハハハハ!それは帝国が参加する可能性はゼロだな、うまくいかなくて残念だったな」


 髭面の巨人が笑って言い放つ。ラメマーズ王国の右将軍であるキガン・ダマリールだ。これに対して、カージスが怒って言い返すがダマリールが尚も言う。

「だから、我が国がやったのではない!」


「ハハハ、まあそういうことにしておくか。しかし、お前らの国の闇夜団が失敗したとなると、ラママール王国もなかなか一筋縄でいかんな」

 そう言って腕を組む。ダマリールはカージスの言うことなど頭から信じていない。


 そこに、サダルカンド王国のマンクス将軍が顔をしかめて言う。

「ジルコニア帝国が加わるということで、我が国は5か国同盟に参加したのだが、ジルコニアが参加しないということになると、話が違ってきますな」


「なにを言うかm臆病者が!僅か3万の相手の何が怖いのだ?」

 ヒマラヤ王国の今回の遠征軍の片翼を担う猛将とその名も高い。ジグラン・ダリ・キガルーヌ将軍が厳つい顔を歪めて叫ぶ。


「私は、5年前にあのミーラル草原にいたのだ。わが2万の精兵が実質わずか2千の敵兵に破れた。敵の損害は、残念ながら殆どなかったのではないかな。

 その後我々も懸命に学んで、また処方も受けて激しい訓練もしてきたが、それは彼らとて同じことであり、装備もすでに一新されておる。8倍程度の数の優位は到底彼らに対して安全とは言えない

 しかし、これにジルコニア帝国が加われば全く別だったのだが……。兵力は、現状のおそらく2倍以上、とりわけ鉄砲は3倍以上になっただろう。


 私は国王陛下に対して、勝利かあるいは兵団を無事に帰すかいずれかを達成する責任がある。とりわけ、我が国はかの国とはミーラル草原の戦いの結果として平和条約を結んでいる。

 戦って敗れでもすれば、我が国の扱いは極めて厳しいものになるだろう」


 これに対して、ダマリールが口を挟む。

「マンクス将軍、実際に彼らと闘って手もなく敗れた身として、悲観的に考えるのは解る。わしも貴殿の戦いの記録を提供頂いて、自分なりに研究してみた。結論としては、わしが指揮官でもあの現場、あの条件では同じように敗れたであろうな。その点は認めざるを得ない。

 また、すでにすべての将兵が処方を受けている今、彼我の兵の質は同等であろう。一方で、兵器としての銃の性能や多分爆裂弾の威力も彼らの方が上であろう。また、移動手段としてかれらのトラックというものは速さと積載量において我々の馬車より上であろう。


 しかし、量は我が方が大きく上回っている。確かに我が方も大きな被害を受けるであろうが、最終的には我が連合軍が勝つとわしは信じている。そして、この戦いには我々の5か国の未来がかかっておる。

 我々が何もしなければ、5年後には我々とラママール王国そしてジルコニア帝国は我々が想像もできない高みに登るだろう。

 そして勝ちさえすれば、5年後に我らはラママールを従えて、多分我々はジルコニア帝国さえも凌ぐ存在になるだろう」


 言いながら、ダマリールは自分に嫌悪感を覚えていた。この侵攻作戦が成功すれば、ラママール王国のあらゆるものを奪いつくして、国民は各国に連れて帰って奴隷にするのだ。


 結局近隣の繁栄している者に嫉妬して、そこに侵略して相手のものを奪いつくすのみでは足りずに、相手を奴隷にしようというのだ。多分この25万の軍はラママール王国の子供を含めて多くの者を殺し、女は犯し、人としての尊厳を奪い取ってしまおうというのだ。


 まさに強盗の論理だ。しかし、ダマリール将軍は王から厳しく命じられている。ラママール王国からその支配機構を破壊して全てを奪いつくせと。

 将軍も正直に言って、マンクス将軍に言ったように勝利の確信はなかった。なにより、ラママール王国にはあれだけの画期的な仕組みと数々のものを考えて、人々を巻き込んで作り上げた人物がいるのだ。


 その者が、自分たちのたくらみに気が付かないはずはない。そのうえで、3万の軍で十分と考えているなら、それにはそれなりの根拠があるのだ。彼は、王にそのことを言って、このラママール王国への侵略作戦には反対した。


 しかし、王の心は変わらなかった。結局、ヒマラヤ王国を始め他の国もそうだが、元は嫉妬とどん欲なのだ。見かけと振る舞いに似合わず思慮深いダマリール将軍は苦々しく思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る