第53話 戦争前夜1

 男の言葉に、ライはミーザラが暗殺者を引き起こして手錠をかけるのを見ながら笑って問う。


「ほう。そう言われるあなたは、ヒマラヤ大使館のどなたかな?私はライ・マス・ジュブラン男爵、王国外務省の常勤顧問をしている。彼は、王国内務省保安部のジブラン・ミーザラ少尉です。

ちなみに、この男は、ある事情で拘束しようと追いかけてきたものです」


「わ、私はラムラ・カジム・アリライ書記官だ。私は、ある情報があるということで、ここで会いに来る者を待っていたのだ」

 男は端正な顔を歪めながら答える。


「ほお、情報をね。そちらの方は?」

「か、彼は私の護衛で名もないものだ」

 ライの言葉に応えるが、その厳しい顔つきと逞しい鍛えられた体つきはどう見ても只者ではなく、ぐったりしている暗殺者と同じ匂いがする。


「それで、この男はあなたの待った者ですか?」

「い、いや。違っていた。私の思っていたものとは違う。しかし、男爵というが貴殿のような子供がこのような夜に出歩くはおかしいではないか。また、そのミーザラも貴殿の命に服しているようだ。ラママール王国は可笑しな国だな」


 アリライは懸命に取り繕おうとするが、この国にいる外交官であればライのことを知らないはずはない。懸命に話を逸らそうとしているわけだ。


 ライは鼻を鳴らして言い返す。

「この男は、ジルコニア帝国の皇子に皇女殿下、さらには我が国の王太子殿下の暗殺未遂犯だ。彼らが失敗の後に私が追いかけてきたら君たちがいたわけだ。まあ、首尾を聞こうとしたわけですな。それにしても、6人の暗殺犯が……」


 言いかけて、アリライのそばにいた男が、一挙動で腰の後ろからナイフを取り出し、ライ目掛けてそれを投げつけた。ライはそれを念動力で勢いを止め、刃先をつまむ。銃弾に比べれば人が投げて飛んでくるナイフなど止めるのは造作もない。


 男は、投げると同時にテーブルに跳びあがり、ミーザラを蹴ろうとする。ライの方はすでに無力化したとみたのだ。ライもミーザラも、男が身体強化をするのに気が付いて十分警戒していたので、ミーザラは蹴りつけた足が空振りに終わって床に着地する男の足を、着地の寸前にチョンと払う。


 無論ミーザラも身体強化をしているので、軽い足払いのようで力を要するそれを実行できた。鍛えた男もこれには対応できず、激しく転倒するがうまく両腕で勢いを殺して衝撃を和らげる。


 ただ、その時点では男は、床に両手を突いた状態で、足が遅れて着地する状態であり無防備である。男は、一歩駆け寄ったミーザラ少尉から首筋を鋭く蹴り込まれて、流石に身体強化の状態でも、急所へのその衝撃に耐えられずにあえなく気を失っている。


 アリライは唖然として見ている。ライは指先につまんだナイフをそのまま、軽くテーブルに振り下ろして机に突き立て、ニヤリとしてアリライに話しかける。

「なかなかの腕ですが、こちらの方が上手だったようですな。それでは、状況を一番わかっていそうなあなたに聞きましょうかね」


 そう言う体つきは少年であるが、その目はどう見ても少年に見えないライを凝視しているアリライは35歳の外交官である。ヒマラヤ王国の子爵家の3男である彼は、ラママール王国には2年前に赴任してきた。


 ヒマラヤ王国は、ジルコニア帝国とラママール王国両方に挟まれた形で隣接しているが、ラママール王国などは貧乏な国であって征服する価値もないとみていた。

 無論ジルコニア帝国は圧倒的な大国であり、全ての文化・技術はこの帝国から伝わってきており、その国力や文化の差はどうしようもないものとして捉えてきた。


 ところがさげすんでみて来たラママール王国が突如変貌し始め、その国のありかたまた社会が日に日に変わってきた。自分たちの想像もつかない形でどんどん豊かになってきたのだ。


 その状況を掴めたのは、ラママール王国がミーラル高原においてサダルカンド王国からの侵攻した軍を完ぺきに破ったことである。ジルコニア帝国との付き合いで、情報取集が重要なことをわかっているヒマラヤ王国は、この侵攻の情報を掴んでおり、サダルカンド王国が勝つと判断していた。


 ところが、実際にはラママール王国が殆ど自らは損害無しに一方的に破っている。それも、主たる原因がラママール王国に導入された魔法による身体強化と飛行、さらに爆発する弾である。


 それから、ヒマラヤ王国としても力を入れて調査を行って、ここにいる少年のライが持ち込んだ方法で人々に魔法の処方をしていることが解った。

 それだけでなく、様々な今までにない考え方と技術を用いた産業に次々に起こされていることも判明した。


 それを知れば当然、ヒマラヤ王国はラママール王国に使節団を送って、彼らのノウハウを入手すべく交渉した。しかし、かの王国はそれを拒みはしなかったものの、自分たちが豊かになるためにあの『開発計画』を実施するのに夢中で、他国が学びたいと様々に試みても殆ど相手にされなかったというのが正しいだろう。


 ただ、魔法の処方については人を送り込んでそれができる者に頼み込んで処方を受けて、今はヒマラヤ国内でも処方ができる者が生まれているので、どんどん加速して来るだろう。今のところ全人口800万人うちで処方が済んだ者の割合が1/4を越したところだ。


 その処方の結果、身体強化は多かれ少なかれほぼ皆できるようになったが、魔法を使うだけの魔力のあるものも魔法はラママールの人々ほどうまく使えない。どうも何かこつのようなものがあるようだが、彼らは魔法の効率的な使い方については、なかなか教えようとはしない。


 また、技術についても思うように入手出来ていない。割合自由に調べることが出来るので、どういうものがあってそれがどういう働きをするかは解るが、それを作るのは、その形ができても機能するのものを造るのは難しいのだ。


 それでも、魔法による肥料の製造や小型の鉄の溶鉱炉を作ることはできているが、とてもラママールでエンジンと呼ぶものを造るのは不可能だ。また、肥料を作れる者は極めて少なく効果があることは確かだが、到底国全体の収穫を大幅に上げるような必要量には足りない。


 そんなことで、結局ラママール国の好意に頼っていたのでは、到底かの国に起きている変革の速度に付いていくことは不可能である。そういう認識が、同様な努力をしている近隣諸国、サダルカンド王国、マジカル王国、ミリエム共和国、ラマメーズ王国、アスカーヌ共和国等に広がっていった。


 アリライはその少年の目から自分の目を離せなくなって、不意に精神に迫る圧力を感じた。最初はそれに警戒感を持ったが、その圧力はどんどん強くなってそのうちに何が何やら解らなくなっていった。


 少年の声が聞こえる。

「今日の暗殺者はどういう者達だ?」

「“闇夜団”という、我が王国の荒事専門の秘密工作隊だ」


「ふん、その闇夜団はどの位の人数はいるのだ?そして今日の彼らのレベルは?」

「養成中の者を入れれば100名を超える。今日送った6人は銃の腕が最高の者達だ」

「なるほど、それで狙いは誰だったのだ?また、どういう意図で狙ったのだ?」


「ミーライ皇子とアミューラ皇女の両方だ。どちらかと言うと皇女だ。ジルコニア帝国の皇帝はラママール王国で暗殺されたという事実に激怒するだろう。それで、帝国も5か国同盟に加わるというものだ」


「しかし、どう見てもラママール国には暗殺の理由がないだろう。損するばかりだ」

「いいのだ。誰がやったかわからなければ、皇帝は舞台になりしかも暗殺を防げなかったラママール王国を許さんだろう」


「5か国同盟とはなんだ?」

「我が国にサダルカンド王国、マジカル王国、ミリエム共和国とラマメーズ王国の5つで兵を出して、ラママール国を占領してその成果を奪い取ることを目的にしている。ラママール国は豊かになりすぎた。

 それぞれ能力のある人を連れて帰って当分は奴隷にした働かせる。また、その富を全て奪う」


 それを聞いて、ミーザラ少尉が目を吊り上げるが、ライは口に手を当てて黙るように仕草で命じサエラに聞く。

「ふむ、ジルコニア帝国はその5か国同盟に入らないと見たか?」


「ああ、皇帝陛下が否定的だ。それに、この度皇子、皇女が正式な訪問団としてこちらに来たのを見て、このままでは駄目だと考えたのだ」

「皇子と皇女が我が国に来るのをどうやって知った?」


「2人がキリジマ港に着いたのを新聞で知った」

「誰がその暗殺命令を出したのだ?」

「今の大使ライガ・ダマン・キガクラーズ侯爵閣下だ」


「なぜ、大使がそれほどの重要なことを決められるのだ?」

「閣下は大物貴族であり、文字通り対ラママール王国の全権大使であらゆる手段を使うことを許されている。それほどの方が大使に任命されるほど、我が王国にとってラママールへの対策は重要だ」


「なぜ、その闇夜団が我が王国にいたのだ?」

「荒事が必要になる可能性があった。場合によっては、ルムネルス王太子の暗殺、ライ男爵や重要人物の暗殺や誘拐するという案もあった」

「ルムネルス王太子の暗殺?」


「ああ、アミューラ皇女とルムネルス王太子の結婚は何とか阻止したかった。あの貧しかったラママール王国が大きくなりすぎるのだ。

 アミューラ皇女については、我が国の王太子殿下リズラルール様が婚約すべく動いたが拒絶されて、ジルコニア帝国側からラママール側に申し入れた経緯がある。

それを聞いた、リズラルール殿下それと無論国王陛下は怒り狂ったのだ」


「しかし、なぜキガクラーズ大使は、独断でそのジルコニア帝国の皇子、皇女を暗殺するような危ない橋を渡ったのだ?」


「さっき言った国王陛下と王太子殿下がアミューラ皇女とルムネルス王太子の婚約に不快感を持っていることが大きい。また、大使閣下は5か国ではラママール王国に勝てるかどうか危ないとみられている。何と言っても、ラママール王国のことを最も知っているのは閣下だからな」


「では、ヒマラヤ王国では5か国の軍が集まれば我が国に勝てると思っているわけだな?」


「ああ、5か国で25万の兵は出せる。対してラママール王国の常備兵は3万だ。いかに魔法を使えるものが多く、全員が銃を持っているとしても、10倍弱の兵力差は覆せんだろうとみている。しかし、大使のキガクラーズ閣下は、ラママールの兵がトラックというのか、自動車で運ばれるということを知って、各個撃破されることを恐れている」


 なるほど、なかなか大使は軍事的なセンスがあるなとライは思いながら、さらに質問する。

「ジルコニア帝国が加わると勝てるのか?」


「ああ、帝国は少なくとも20万、場合によっては50万出せる。我々の20万の軍で銃を持つのはせいぜい3万だが、帝国は兵の半分は銃を装備する。これで勝てない訳はない」

 そう答えながら、頭のどこかに重要なことをペラペラ喋っている自分を呆れて見る自分がいる。


 結局アリライは1時間ほども尋問されて、気が付いた時その部屋でソファの上で寝込んでいた。頭がズキズキするが体には異常はないようだ。頭を振って目を開けると、明かりは消えてガラス窓からすでに夜が白んでいるのに気づいた。


 えらく生臭い臭いがすると床を見ると床に大量の黒っぽい液体が流れている。その臭いからしてそれは血だ。そしてそこには喉にバックりと赤い傷跡が見える2つの死体がある。

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