第52話 ジルコニア帝国皇子、皇女来たる5

 ミーライ皇子とアミューラ皇女は夜のラマラの中心街を歩いている。そこは、王都でも2ヶ所しかない通りに街灯がある商店街の規模の大きい一つである。2車線の車道と広い歩道の両側には、飾り立てたガラス窓(ショーウィンドウ)の商店が様々な商品を魅力的に見せている。


 歩道には、こざっぱりした服装の男女が、両側の商店のショーウィンドウに目をやりつつ切れ目なく歩いており、その脇をちらほら自転車が走り、車道には馬車と自動車が半々くらいの頻度で走っている。


 無論皇子と皇女のみが歩くわけもなく、前後には油断なく周囲に眼を配る私服の護衛のものがそれぞれ5名ついているし、彼らにはルムネルス王太子とライとが付き添っている。


 彼らはラマラには夜街灯で明るく照らされた商店街があるというののは聞いており、是非夜訪れたいと強く要望した結果、この夜の外出になったのだ。それに対して、ラマラのこうした照明で照らされた商店街で特に物騒な事件は起きていないので、保安上の問題で拒否することもないだろうということになったのだ。


「ねえ、ここはマジリカ商店街というのね?こういう華やかな商店街が夜明るいのは素敵ね。皇都で夜ガス灯によって照らされているのは皇宮周辺だけだし、こんな華やかさはないなあ。それにあんなに明るく無いしね。あれは、魔力で照らされていると聞いたけれど?」

 あたりを見回しながら、アミューラ皇女が婚約者のルムネルスに聞く。


「そうですよ。マナを蓄えることのできるマナ石と、マナで光るメランの組み合わせです。この商店街に1か所、マナ石が備えつけられていてそれには3日に一度係が魔力を補充します。マナ石からあの光っているメランとはマナを通すために銅線で繋がれています。だから、全ての街灯の支柱は銅線で繋がっているのですよ」


 婚約者が答えるのに、アミューラは再度聞く。

「だけど、どうやって夜だけ点けるの?」


「それは、マナ石の根元にスイッチ的があって、それを係員入り、切りをしているのです。だけど、明るさで自動的に入り切りができる魔道回路ができたので、間もなくそれに入れ替わるはずだよ。今は魔力でメランを点けているけれど、近い将来は電気というもので、電球というものを照らす仕組みになるはずだよ。


 だけどそのためには、電気を起こす工場を作ってさらに銅線でそれぞれの街灯を繋ぐ必要があります。でもそれはラマラでも今作っているから、ここの商店街については2年以内に繋がるだろうね。

 そうすれば、当然ここらの家にも商店にも電気が繋がるなら、明かりだけでなく本当にいろんなことが魔力を使わずともできるようになるよ」


 王太子の言葉にアミューラが言う。

「ああ、電気!聞いたわ。あのモーターというものを動かせるとか。でも、魔力で点く明かりも素敵ね。あ、あの店に入って……」


 ライが突然、アミューラを遮って大声で叫ぶ。

「上に敵!銃を構えている!」


 前後3m〜5mほどの距離にいた護衛の者は、とっさに拳銃を抜き出してライの指す方を見る。ルムネルスも見上げるが、しかし明るいところにいる彼らには、暗い階上を見ても殆ど何も見えない。しかし、殺気を感じて探査を伸ばしたライにとっては、両側の屋上に合計6人が銃を構えているのをはっきり感じていた。


 実は最も強力な魔法を使えるライにとっても、銃弾は飛翔速度が大きすぎて向かってくるそれを止めることは殆ど不可能である。だから、彼にとっての手段はとっさに、風魔法の全力で、まず右の3人を巻き上げることだった。


 自分の体重を風間法で持ち上げて時速100km程度まで加速できる彼にとっては、とっさの念動力で3人の大人を巻き上げることは容易でありその方法で対処する。その結果、銃を持った3人が5mほども跳びあがる。


 そこは3階の屋上であるので、10mほどの高さからさらに5m道路の方に巻き上げられ路面に向かって落ちる。しかし、ライはそちらを見るどころで無く反対側の3人にかかったが、引き金が絞られるのを感じ、その時点で2人の皇族の前の位置で、全力をもって真上への念動力をかけた。いわばアッパーカットを放った感じである。


 3人はほぼ同時に引き金を引き、轟音とともに火が弾けて銃弾が飛び出して、2人の皇族のいずれもに当たる軌道で迫る。しかし、3発のその球形の銃弾はライの念動力をかけているゾーンで大きく軌道をずらす。

 2発が向かいのビルの2階の窓をガチャーンと割って室内に飛び込み、一発はそのそばの壁に食い込む。


 ライは続いて念動力の方向を変えて、抵抗するその3人を路面に向かって引きずり下ろす。なお、その時には最初に空に巻き上げられた3人は、それぞれに空中で体を捻ってしゃがんだ状態で足から路面に落ちようとする。


 明らかに身体強化が出来ている状態だが、凄い身体機能だから相当な手練れであることが解る。15mからの落下は人体には耐えられないが、身体強化した状態であれば話は違う。


 護衛の一人ミーザラ少尉は相当強力な魔法を使えるが、彼はそれを見ていて、念動力でとっさに足を掬う。地上間近でそれをやられては流石に手練れの彼らも姿勢を立て直せず、2人は頭から斜めに落下し、1人は肩から落下する。


 強化された体と言え、頭蓋骨が歩道の舗装に当たるゴキンという鈍い音を発した2人は倒れたまま動く素振りはなかった。肩から落ちたものはやはりゴキンという骨が折れたような音がして落ちたが、それでも立とうとしてまた転んだ。

 彼らは、ライから巻き上がられても持っていた銃は離していなかったが、地上に落ちた段階で手放して、ガチャリという音を立てて路面に転がった。


 さて、ライが念動力で引きずり落とした3人については、重力に加えて下向きにさらに加速させるが、一人についてはわざと加速を加えない。そのため、2人は頭から舗装上に落ちてやはりゴキンという音を立ててそのまま動けない。


 一方でライが手を加えなかった一人は、地上に両足・両手で降り立ち、よろけながらも逃げ出す。それを追おうとした護衛にライが念話で『追うな!どこに逃げ込むか確かめる』そのように呼びかけたので、追うのを止めた。


 彼らは、ライとは直接の命令系統にはなかったが、今晩の護衛に当たってはライの魔法を大いに当てにするように命じられているのだ。実際にライがいなかったら、先ほどの狙撃は成功していただろう。


「ああ!一人逃げましたが、あれはいいのですか?」

 ミーライ皇子がもう小さくなった背中を指さしてルムネルス王太子に聞く。


「ええ、彼が逃げてどこに逃げ込むかを確かめたいのです。多分、この暗殺の試みの黒幕は5か国のいずれかだと思いますがね」

「なるほど、ルムネルス殿はこういうことがありうるとは予想されていたのですね?」


「実際の可能性は低いと思っていましたが……。基本的には我が王都の治安はいいのですよ。普通の街にはある治安の悪いスラム街もここにはありませんからね。だから、今晩は我が国の魔法の第一人者であるライにつきあってもらったのです。万が一のことがあってはいけませんからね」


「確かに、私かアミューラまたは2人とも殺されたら、わが父は激怒するでしょうな。とは言え、貴国が実行したとは考えないでしょうが。しかし、貴族連中が収まらないでしょう。

 ここラママール王国でそういうことが起きたことで、確実に国同士の関係は悪化するでしょうね」


 ミーライ皇子はそう言って、そこに投げ出されている銃を拾い上げてじっくりみる。

「うーん、火縄の匂いがしないと思ったら、フリントロック式ですな。我が国でようやく3年前に実用化されたものです。もう軍に装備させていますから、我が国から流れたのでしょうな。ちなみに、お国の銃は元込め式で、なにか銃にらせんを刻んでいるといいますね?」


 それを聞いてルムネルスは苦笑いをして答える。

「よくご存じですね。その通り、我が国の銃は元込めですから装填は圧倒的に早いですし、ライフルを刻んであるので、射程もそうでない銃に比べて倍以上に伸びています。とは言え、だいぶ人目も集まってきているようですから、一旦宮殿に帰りましょう」


 そういう声にミーライが辺りを見回すと、護衛の手で頭蓋骨を損傷した4人が並べられ、肩を損傷した者は抵抗しようとして、顎を殴られて気絶して一人の護衛の足元に横たわっている。

 歩道の前後には、護衛に遮られて20人以上の人が好奇心丸出しで見守っている。さらには反対側の歩道にも、やはり30人ほどが立ち止まって見ている。


 一方で、アミューラは一見して平気な顔をしているが、ルムネルスの服の袖をつかんだ手が震えていたので、彼は彼女の手をそっと握っている。無論皇女とは言え、16歳の少女が殺されかけて平気でいる訳はない。


 その意味で、ミーライ皇子が全く平気に見えるし、言葉も正常であるのはいささか普通ではない。『ミーライ皇子は大物だな。案外次代の皇帝は彼になるかも』そう思うルムネルスだった。


 その後、ライを除いた彼らは、暗殺者を引き取りに来た警備隊が彼らを収容するのを見ながら、警備隊に少し遅れて迎えに来た自動車に乗って王宮に帰った。

 ライは、空中飛行のできる護衛のうちの魔法の能力が最も高いミーザラを一人連れて、逃げた暗殺者を追った。


 明かりのある商店街を抜けて、暗闇の中を疾走する暗殺者であるが、ライの探査によって追われているのには気が付いていない。


『くそ!絶好のチャンスだったのに。夜、街灯のある通りを街灯の光が届かない上階から銃で狙うというのは、暗殺には最適な方法だった。大体なんだ、あれは。絶対当たったはずなのに。

 弾の軌道を曲げるとは!あのガキだ。あいつが有名なライという奴だ』

 そう考えながら走る彼だったが、上空から彼を見守っている2人には当然気が付いていない。


 やがて暗殺者はとある建物のドアを叩く。応じる声に合言葉を言ってドアを開けさせ、中に入ったところでライたちがドアの前に降り立った。ライは、中の様子を探査で調べ確認して、ドアの中のかんぬきを念動力で引き抜き、静かに明けて中に入り込む。


 その家はごく普通の商店風の民家であり、入ったところが広間になっていて、明かりの下に大きなテーブルが置かれて3人の男が立っている。1人は黒い服を着た暗殺者であり、2人は身なりの良い30代くらいの男であった。3人はぎょっとして入って来るライと護衛のミーザラ少尉を見る。


「あ、こいつは!」

 暗殺者がライに気づいて、腰からナイフを抜きながら解いていた身体強化をかけようとするが、すでに身体強化の状態にあるミーザラ少尉はその身体強化状態になる2秒弱を待っていなかった。


 とっさに、3歩の距離を駆けて暗殺者の懐に飛び込み、その顎を打ち抜く。暗殺者はその早さに対応できず、撃たれた勢いに浮き上がってテーブルに背を激しく打ち当てて机の上に横たわる。


「動くな!抵抗して、痛い思いをするのは嫌だろう?」

 茫然と見ている2人の男へのライの言葉に少し髪が長めの男が叫ぶ。

「何を乱暴なことをする。私はヒマラヤ大使館のものだ!お前たちの外務卿に抗議を入れるぞ!」


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