第51話 ジルコニア帝国皇子、皇女来たる4

 ジルコニア帝国使節団と、ラママール王国の主要メンバーによる非公式の会議が行われている。

 すでに、皇子、皇女の歓迎セレモニー及び晩餐会は昨日行われて、王国の殆どの貴族と主要官僚、大商店の代表がセレモニーには出席したが、会議は出席者30人に絞ったものになった。


 本日の会議はジルコニア外務卿のカマダム伯爵の求めに応じたもので、王国側として、国王イリカムラン・ジスド・ラママール3世は出席していない。

 だが, 王太子ルムネルス、宰相のジンガカン、外務卿のミーザル、ライサンダ軍務卿、興産卿ジラームそれにライの他5人ほどの官僚が出席している。 


「では、重大な話があるということで、カマダム外務卿からの御要請のあった事案をお聞きしましょうか?」

 ラママール側の外務卿であるミーザル侯爵が口火をきる。


「はい、ではお話ししましょう。それは、貴王国の周辺5か国が貴国への侵攻に我が帝国を誘ってきたことです。5か国とはサダルカンド王国、ヒマラヤ王国、マジカル王国、ラメラーズ王国、ミリエム共和国です。その申し入れはラメラーズ王国からなされました」


 50代で茶髪に白髪が目立つカマダム卿は、そう言って特に驚いた様子のない聴衆を見渡して薄く笑って話を続ける。


「なるほど、その動きは掴んでおられたようですな。確かに我々もそのような動きがあることは判っておりましたし、まあ、そのような誘いがあることは予想をしていました。彼らの言い分はこうです。


『ラママール王国のみが、異様に進んだ開発をして彼らのみが豊かになることは看過できない。また、彼らは軍備においても他の開発と同じように、進んだ装備を開発装備している。

 かつて、サダルカンド王国が彼らに挑んで一蹴されたが、今では彼らはそれよりもっと進んでいる。このままでは、ラママールが周辺の我々の国々を侵略するのは間違いない。そして彼らは大陸に覇をとなえるつもりに決まっている。彼らがより強くなる前に、我々5か国に貴帝国を加えて叩き潰すべきだ』


 そうは言っていますが、単にかつては同等に貧しかった貴王国が急に豊かになったことの嫉妬と、その蓄えた富と進んだ技術・ノウハウを奪い取ってやろうという欲ですな。ちなみに、我が国は考えておくということで返事はしておりません。

 ただ期限はその申し入れがあった時点から1旬(旬とは年間300日を3分割した1つ)と言われていますので、それからすでに30日ほど過ぎていますので、あと70日程度ですな」


 その話に、まず王国側から外務卿ミーザル卿が応じる。

「大変貴重なお話しありがとうございます。また、こうして明かして頂くということは、その5か国に貴帝国が加わることがないというでもありましょうから、この点でも感謝申し上げます。ご推察通りで、我が国でも言われた5か国、がそうした動きと準備を進めていることは承知しています」


「言われる通り、わが帝国は5か国の申し入れに応じるつもりはありません。しかし、正直に申しますが、応じるべきという意見も多くありました。貴王国のその開発を成し遂げた技術・ノウハウ、そしてすでに育ったはずの人材は我が国としてもぜひとも欲しいものです。

 しかし、軍部から、調べられることのできた限りでも余りに貴国の軍備というか、とりわけ輸送能力に関しての情報から、5か国に我が国が加わっても簡単には勝てないという意見が出ました。


 これは陸軍の意見だったのですが、海軍力で完全に勝っているので問題ないという意見もありました。しかし、この点は2日前に戦艦の建造現場を見せられまして、海軍の意見は間違いということが解りました。

 それで、我が皇帝陛下のご決断は、いずれにせよ我が国は貴国の持つ技術・ノウハウ及びその指導がどうしても欲しい。それが得られるのであれば、勝てるかどうかも分からず、莫大な戦費を使ったあげく、兵が多数死傷することが判っているような戦争はしないということです。

 そして、ルムネルス王太子殿下のお話で、すでに貴国において、技術・ノウハウの開示とその指導も準備をして頂いていると知りましたので、今この話をしているわけです」


 カマダム外務卿はさらに言うのに対して、興産卿のジラーム男爵が技術移転の話をする。

「言われるように、我が国では陛下のご決済も頂いて、国が関われる範囲で軍事を除いてすべての技術・ノウハウの開示をします。しかし、我が国には特許制度がありそれに関わる生産と販売にある程度の料金が生じます。

 これについて、少なくとも貴国については我が国の商店や工場が払っている料率とします。しかし、民間の商会、工場などが持っている独自のものは個別に交渉していただくしかありません。


 また、これらの開示があっても、指導がないとその実用化には長い時間がかかりますので、我が国から指導員を出す予定で準備を進めております。開示する技術・ノウハウのリスト、また予定している指導員専門とその数について、後刻資料をお渡しします」


 次は軍務卿のライサンダ伯爵が話を引き継ぐ。

「軍の技術については、当面わが軍の演習を見て頂きます。それらの技術については、率直に申しますが、圧倒的に人口・国力が勝る貴国が我が国を圧倒できるほどのものはお渡しできません。これは理解して頂けると思います」


「なるほど、今のところ貴国は我が国に圧倒されることはないと?ああ、失礼、私は帝国軍令部作戦部長のリブラ・ジェシームです」

 髭を蓄えた中年の日に焼けた中背だが鍛えた体の男性が口を挟む。


 それに対してライサンダ軍務卿はニヤリと笑って答える。

「今のところはですね。確かに貴帝国の常備兵50万人、最大動員能力の5百万に比べれば兵力では我が国は10分の1です。ただ貴帝国とは最低2千㎞の距離が防壁になっていますし、我が国の陸軍はいわゆる歩兵はありません。地上で戦いますが、歩いては移動しません。新開発のトラックに載って移動するので機械化部隊と言う名で呼んでいます。それに個々の兵の持つ武器には大きな差があります」


「うーむ、その通りですな。貴国のトラックですか。貴国ではそれに兵を乗せて馬よりはるかに早く移動できるようですね。それに、全て常備兵に装備させているライフル銃ですか。たしかに、ここの兵がわが方の兵の10倍くらいの働きはできそうですね。

その上、あの戦艦。海の方もわが方が勝てるとは思えなくなりました。いずれにせよ、5か国連合が気の毒に感じますね」


 ジェシームの言葉に、真面目な顔で軍務卿が応じる。

「なるほど、さすがの帝国情報局ですな。流石にきちんと掴んでおられる」


 その言葉に続いて、ルムネルス王太子が真剣な顔で話し始める。

「父を始めとして、我が国の方針として申し上げておきたい。我が国には、こちらへの侵略を考えている5か国を含めて侵略して領土を拡大する意思はない。我が国の国土は今の国民570万余に十分な広さがあるし、その生活及び将来の発展のための十分な農地に豊かな様々な資源もある。

 無論足りない資源もあるが、それらは交易を通じて他国から買うことで十分であると思っている。我が国は確かに相対的に優れた武器を持っており、いかなる侵略も跳ね返せるだろう。


 ただ、そのために失われる時間と、多くはないとしても国民の命が惜しい。我々は、より豊かになり、国民の一人一人が少なくとも飢えることなく、望めば教育も受けられ、努力すれば報われ、行きたいところには行ける社会を作ろうと懸命に努力している。

 その根底にあるのは、違う世界の知識を持ったこのライ男爵からもたらされた情報だ。彼の知識には今言ったことを実現している世界がある。もっとも、無論誰もが幸せであるわけではない。その世界では、全ての人が法の下に平等であり、貴族もいたとしても平民と変わりはないという。


 そのために必要なのは、貴帝国も理解しているように技術とノウハウとそれを実現する推進力である。我々はそれを独占するつもりはない。だから、先に上げられた5か国にも魔法の処方を伝えたし、軍事以外の技術やノウハウを封鎖はしていないので、これらの国からも多くの人が学びに来ている。

 いずれは、少なくともこの大陸全土に、我が国で行われている開発が行き届くものと考えているし、我が国もそれに出来るだけの協力をしていきたいと思っている。そして、今回我が国の侵略を企んでいる5か国については、貴国の協力を得るまでもなく我が国のみで叩き返すつもりだ」


 暫くの沈黙が落ちたが、王太子に応じて使節団の最高位である皇子のミーライ皇子が話し始める。


「ルムネルス殿下のお話を聞いて嬉しく思う。従来この大陸においても、無数の国と国、また国内部での戦争が行われてきた。その結果、失われた富は莫大なものである。それに伴う、無数の死傷者、その余波による餓死者が生じて、結果数えきれない悲劇を生んできた。

 また、多くのそのような戦争は貧しさが故に、また嫉妬とどん欲がために起きている。今話題に上っている5か国の戦争の企みは殆どに理由は貧欲であろう。


 その意味で、この大陸の間違いなく量はともかく質において飛びぬけて優れた軍備を持つ貴ラママール王国が、周辺諸国への侵略の意思がないと、王太子殿下より表明されたことは非常に大きな意味を持つと考えます。

 我が国は帝国と名乗るようにいくつかの国々を征服して成立した国です。しかし、現在においては、周辺諸国への侵略の意思はなく、また我々の武力からすれば、侵略を跳ね返すことは容易です。それが周辺諸国も解っているから、直近の150年間、我が国は戦争を経験していません。


 そして、今後多分10年間は我が帝国は、貴国からの技術・ノウハウを根付かせるのにかかり切りになると考えています。私自身もその専属になって働きたいと思っているわけです。

そういうことで、我が国も貴国と同様に、無論貴国も含む周辺諸国への侵略の意思はないとここで言いきっても良いと思う」


 会議はその後、帝国へ移転する技術・ノウハウ及び当面送り込む人員についての概要が示されて終了した。その後、王国のメンバーのみでの5か国の侵略についての協議が国王を交えて行われた。


「まず、ライサンダ卿。軍が掴んでいる5か国の準備状況の情報を述べよ」


「はい、5か国であるサダルカンド王国、ヒマラヤ王国、マジカル王国、ラメラーズ王国、ミリエム共和国の内で、最も国力のあるのはヒマラヤ王国であり、この国がまとめ役になっています。ですから、侵略はヒマラヤ王国を通ってということになりますから海沿いですね。

 兵力はヒマラヤが10万、他の4か国が15万の合計25万程度になるはずです。その内騎士が5万で残りは歩兵ですが、移動には歩兵は馬車を使うようです。例のジュブラン式の車輪機構の馬車です。

 鉄砲も10万丁程度、大砲も千門程度集めていますが、鉄砲・大砲は先込めで、爆裂弾ではありません。基本的にはジルコニア帝国の技術ですね。要注意なのは、騎士が小型の弩を装備しており、数が多いだけに厄介です」


 軍務卿の言葉に、国王が褒める。

「ほう、良く調べたものだの、わが国の諜報も大したものだ」

「ええ、なにしろ、我が国の国民を皆身体強化以上はできますからね。とりわけ魔法を使えるものは諜報に最適です」


「うむ、しかし、なかなか5か国も10万丁の鉄砲とは大したものだ、力が入っておるな。して、どういう風に迎え撃つかな?」国王の問いに軍務卿は答える。

「陛下、この場合に大変有利なのは、彼らの進入路が海沿いの険しい地形であること、並びに我が軍には飛行魔法を使えるものが2千人動員できる点です。わが方は、3万の陸軍の常備軍と、1月後に竣工する戦艦2隻の動員で十分だと思っています」

 自信満々の軍務卿の言葉に国王は大きく頷く。


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