第50話 ジルコニア帝国皇室3

 ジルコニア帝国皇子・皇女一行は、時間通りにラママール王都ラマラ駅に到着し、王室儀礼官一行に出迎えられた。皇子・皇女は、すぐさま王室専用車に乗って王宮に向かった。


 先導車は、近衛隊の護衛のものが乗り、皇子・皇女とお付きの者達が2番目の車、ジルコニア外務卿、ラママール外務卿、キシジマ伯爵、ライなどは3番目の車に、さらに残りの一行は30人乗りの2台のバスに乗っている。


王宮に向かう街路は幅3mを超える車道が往復各2車線で、2mほどの幅がある中央分離帯、さら広々とした歩道が両側に付属している。両側に立ち並ぶ建物は3階〜5階建て、地階は商店かまたは事務所になっておりまだ真新しい。それはそうだ、この通りと両側の建物は2年かけて建設されたもので、できてまだ1年なのだ。


「ねえ、ミーライ。真新しいのもあるけれど、ちょっとこの規模の通りと言い、両側の建物と言い、皇都ジコーニュも敵わないわね。それに、道路の両側のあの柱の上についているのは、明かりを灯すもののようね。

 あれは多分電気というもので灯すのでしょう。ジコーニュでも、皇宮の周囲のみはガス灯があるけれど、このような道路にもあるのね。これは、世界一の我が国も少なくとも部分的に負けている部分があるわ」


 皇女アミューラが皇子に話しかける。アミューラはミーライの一つ下であり、ミーライは皇后、アミューラは第2夫人から生まれているが大変仲が良い。ミーライは第2皇子であり、第1皇子は3つ上であるが、ジルコニア皇室は原則男子継承であり、基本的に優秀なものに継がせることになる。


 このような場合は、たいていお家騒動が起きるものだが、ジルコニア皇室においては皇室継承室なる組織があって、候補者たる皇子は誕生から厳密に監視されている。とりわけ厳重に監視されているのは、皇子の取り巻きの貴族であって、継承のための陰謀などを企むのを最も警戒されている。


 最終的には最も若い候補者が15歳になった時に、様々な観点から評価された書類と面接によって、皇帝と宰相等の帝国政府の閣僚を主とする裁定者によって皇太子を決定する。

 従って、年上のものは15歳の元服の時からある程度の政務に携わることになるため、当然その能力を発揮することで評価をあげられるので大幅に有利である。だから通常は、第1皇子が王太子になる場合が多い。


 ジルコニアの第1皇子は文武ともに優秀という評判で、他の第2〜第4皇子以下には余り目はないと言われており、ミーライには実際その気はない。彼は常々アミューラに言っているのだ。


「誰かがならなくてはいけないのは確かだけど、あんな不自由な皇帝などなりたい奴の気が知れない。大体サマールズ兄さん(第1皇子)だって、本音はなりたくないと言っていたよ。だけど、まあ兄さんなら間違いないし、帝国の将来も安泰だろう。僕としては、それよりは何か自分で事業を起こすか、どこか貴族に婿入りでもした方がよっぽど気楽だし、やりたいことが出来る」


「やりたいというのは何なの?」

 アミューラの質問に、ミーライが答える。


「うーん。まだ見つからないんだ。だから、できるだけいろんなところに行って、いろんな人に会っていろんなものを見たい」

 この答えの一つが、今回婚約者に会うためのアミューラの訪問にぶら下がる形でのラママール王国への訪問なのだ。


「それにつけても、今回の旅は良かったよ。聞いてはいたけれどラママール国の開発状況には目を見張るものがある。実際に、目で見ないとわからない。僕は、でも見つけたよ。やりたいことを」

 ミーライの話にアミューラが目を輝かせて聞く。

「何なの。見つけたやりたいこというのは?」

「うん、今のラママールで進んでいる様々な技術・ノウハウのジルコニアへの適用だよ。ジルコニア帝国の開発をここラママールの状況にできるだけ早く追いつく。その中心になってやりたい。

 ここで進んでいるのは、全く新しいことだ。新しい技術と考え方によって世の中を変える。このことで民が豊かになり、そして皆が学校に行くことで字も読め書けるようになり、算術もできるようになって賢くなる。そうなると我々王族も、貴族だってより頑張って賢くなる必要がある。

 どこかに行くのに、もう歩くか、馬や馬車ではなく、さっき乗った鉄道、そして今乗っている自動車を使えるから、ここから、我が皇都ジコーニュすら1日で行ける。しかし、それができるまでには、すごくいろんなことをする必要がある。知識を手に入れて、人を集めて教えて、お金を使って……」


「そうね。あなただったら。出来るでしょう。私もあと1年でこちらに来るから、協力できるわ。でも、ラママール王国の人々も物事を本当に良く読めているわ。多分、彼らがこれらの技術などを独占して、私達にも使わせないとしていれば、帝国内の急進派を抑えきれなかったわね。

 世界一の帝国という考えの人が多いから、ラママールがより自分たちより上手をいくのだったら、奪いとれという人が出はじめているし、実際に今回の全面協力の話がなかったら、そうした勢力が多数派になった可能性も高いわ」


「うん、多分今回外務卿からラママール王に話があるはずけれど、5か国連合からの誘いの話だね。あれも5か国連合に乗るという話も多かったんだよ。まだ、最終的には決まっておらず、ラママール王国の態度次第ということになっている。

 ただ、ラママール国の王太子同席であのような話があった以上、結論は出たというべきだな。カマダム外務卿は父上から、技術とノウハウの開示が約束されれば、我が国は断るので5か国連合からの誘いの話をラママール側に伝えると命じられている。


 実際は、ラママール側は技術などの指導の人まで出すということなので、条件は必要以上に満たされているわけだ。

 しかし、5か国連合に我が帝国に加わったとしても、実際に戦った場合にはひどいことになっただろうね。まず、陸軍については我が国では正式装備に銃も入っているが、火薬の補給の不足が主たる理由で、装備しているのは兵のうちの3分の1だ。


 その有効な照準距離は大体50mだし、一発撃って次を撃つまで1分はかかる。大砲も持っているが、これも千人の部隊に1基程度だし、その射程距離は1㎞足らずだ。だから主要兵器は槍を持って騎兵による重量と速度と、歩兵部隊の槍とパイクだ。

 一方で、ラママール国は全ての兵が鉄砲を持っており、それは6発の弾が込められており、引き金を引けば連続で撃てるらしい。君も見ただろう?あの造船所で。撃って見せてはくれなかったがね。


あれにはらせんが刻まれていたが、あれをライフルと言って、あの効果で弾が非常に安定して飛ぶらしくその射程距離は150mらしい。また、大砲も持っていて、それもライフルが刻まれておりその射程距離は10㎞を超えるらしい。最大の問題は、彼らが兵の移動に自動車を使えることだ。これがどういうことか解るかな?」


 ミーライの問いにアミューラは頭を振る。

「つまり、彼らは戦場を選べるのだ。確かに我々も加わった連合軍は50万以上の兵を集められるだろう。一方で、ラママール国の国軍は調べた限りでは全部で3万だ。 

 これは、領軍と貴族の私兵は解体して国軍に吸収した結果らしいが。だから、平原で激突すれば、如何に優れた兵器を持っていても17倍の兵力には基本的に敵わないかもしれない。しかし、損害はひどいことになるだろうね。


 だけど、圧倒的に早い移動手段を持っている彼らは、なにもそんな全面交戦につきあう必要はないのだ。敵、すなわち我々だが、その周りを駆けまわって少しずつその兵力を削っていけばよいのだ。

 これは、騎兵と歩兵の戦いみたいなものだね。そして、彼らは自らは安全な距離から敵を攻撃できる武器を持っている。


 そして、これは海の戦いにおいても言えることだ。わが海軍はこの大陸においては圧倒的な力を持っていた。その量においても質においてもね。しかし、これは残念ながら、あのラマラ1号、2号の出現によって崩れた。わが帝国には戦列艦102隻の戦列艦があり、それぞれ20基以上の大砲を備えている。

 しかし、我が国からわずか4日でこの国に来られるようなエンジンは積んでおらず、帆船であるからどんなに風に恵まれても、倍の8日はかかる。普通はその2倍以上だ。そして、彼らの艦砲はまだ積んでいなかったが、我が国の砲に比べ口径は半分だそうだ。


 その弾丸は細長いので重量はほぼ同等らしい。しかもそれもライフルを刻んでおり、わが方の砲の10倍近くが射程距離であるし、その弾は爆裂弾だそうだ。あのラマラ1、2号はその弾の直撃に耐える装甲を持っているらしく、わが方の弾が当たってもゴーンとうるさい程度の被害しか与えられないだろう。


 そもそも、わが方の艦はあれらの艦に命中できる距離まで近づくことはできないだろう。周辺を好きなように動き回られて、一方的に撃たれて次々に撃沈されることになる。私は父上にラママール国と絶対に戦うべきでないと強く進言するよ。もちろん、今言ったことを説明すれば父上、皇帝陛下も解ってくれると確信している」


「なるほど、そうね、その通り。ミーライの言うことは筋が通っているわ。でも昨夜私、ルムネルス様とお話ししたのよ。折角訪問したのだから、お互いを知り合わなくてはということでね」

 アミューラは少し顔を赤らめて言い始める。

「あの方は、本当に国のこと民の事を考えておられるわ。そして、国と国の関係もね。私が聞いたのよ。『なぜ、私の国に折角の圧倒的な技術やノウハウを教えるようなことをするのか?』ってね。


 それに対して、言われたのは『元々戦争、戦いというのは、自分が食べられない時に人の食料を取るためということが多い。そして、最近はより良い暮らしをしたいからというものだ』ということよ。


 それに続けて『だけど、そんな人を傷つけて強奪しなくても、自分たちがどんどん豊かになる方法があれば、戦争や争いは必要ない。今ラママール王国で行っているのはそうした方法の実践だ。自分たちも世界一の大帝国と争いたくはない』と言われました。


 確かにその通りで、ラママール王国そのものまた人々はどんどん豊かになっているそうで、5年間で3倍くらい豊かになったということです。それで、今わが帝国と一人当たりは豊かさ、国民生産額と呼んでいたけど、その国民生産額が大体同じ位と計算しているらしいわ。

逆に言えば、5年前にはラママール国は一人当たりの豊かさで我が国の3分の1だったということね。それだけ豊かになるというのは、社会がどんどん変わっていっているので、大変忙しいらしくて、ルムネルス様も働き詰めだったらしいわ」

 一旦言葉を切る美しい自分の妹を考え深げに見ながらにミーライも口を挟む。


「なるほど、『戦争で奪うのではなく国の生産を上げて豊かになる』ということか、理想的ではあるが、他を支配することに喜びを感じる者もいるからな。とは言え、そのための方法がないと只の理想論だが、実際に実践に裏付けされた方法がある。

 僕の考えでは、我が国は長く戦争をしていないが、これははっきり言って周辺の貧乏国の面倒を見るのは嫌だったからだな。150年以上前は結構侵略と併合を繰りかえしていたからね。


 その考えで言えば、ラママール国はその侵略の対象になりうる。ただ、どうも今のままでは戦争をしても負けるということだ。まあ要するに、ラママール国の援助を受けて豊かになる、という行動を始める以外に方法はないということだ」


「そうね。でも援助される側と言っても卑屈になる必要はないわ。彼らも、世界一と言われる我が帝国と仲良くするというのは、余計な争いをしなくてよいという面で大きなメリットはあるもの」

 アミューラはにこやかに言う。


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