第49話 ジルコニア帝国皇室2

 ジルコニア帝国の皇子・皇女の一行は、朝ホテルを発ちキシジマ駅から、ラママール王国の王都ラマラまでの鉄道に乗っている。皇室の2人とそのお付きの者及び帝国幹部及のための貴賓車両が1両、護衛や諸調査隊員は一般車両に乗っている。


 彼らは昨夜、キシジマ・パレスホテルに泊まり、皇室の2人とジルコニア帝国の訪問団主要メンバー達が、ラママール側のルムネルス王太子以下とライも同席して食事をした。最初は船旅の快適さの話から始まったが、最後に実務的な話となった。


「あのキシジマ号の旅は、以前の馬車の旅に比べると本当に快適でしたよ。何より早いし、船内に風呂までありましたからね」

 このミーライ皇太子の言葉にルムネルス王太子が応じる。


「私も、数年前までは散々馬車の旅はしましたが、5年程前から、ばね式のサスペンションとゴムタイヤ式の車輪機構が出来てから、ずいぶんよくなりました。その前はそのようなものがなかったために、馬車の旅は疲れるしお尻にきますよね。

 2年前に貴国まで陸路で長い旅をしましたが、その車輪機構があったので、退屈ではあったもののそれほど苦痛ではありませんでした。しかし、1ヵ月は流石に長く、あの時には今回使った船の設計はできていましたので、何度も完成していればと思いました」


「ええ、我が国もすでにキシジマ造船に2隻の汽船を注文していますので、今後は貴国との往復は殆ど汽船になるでしょうね。何より早いし多量の荷物を運べる。ところで、キシジマ卿は我が国とどのような貿易品を考えておられるのかな?」

 ミーライ皇太子が聞く。


「はい、現在のところ、帝国からは織物と服を考えております。我が王国も綿や麻、さらに羊毛と繊維製品とある程度の繊維産業と服飾産業が育ちつつありますが、とりわけその服飾のセンスは全く敵いません。

 我が国の人々もだいぶ豊かになってきましたので、センスの良い貴帝国の服類は十分売れると思っております。今回の航海でも相当量を仕入れております。


 ただ、将来については余り楽観をしておりません。結局、さっき言った繊維・服飾についても我が国で育ちつつある工場や店の方が相当コストは低いものになっています。つまり、我が国においては、繊維・布を作る場合にはすでに相当機械化が進んでおり、大部分人手に頼っている貴国に比べてコスト的には半分以下です。また、布から服を作る場合には、我が国には国民の多くが魔法を使えますから、これまた、使えない者に比べて数倍の効率です。


 ですから、今は歴史もあって、当分はあか抜けたセンスの貴国のものが売れますが、これは我が国も急速に近づいていきます。そうした時には、値段の高い貴国のものが将来売れるとは思えません。

 だからその場合に輸入するのは、綿とか羊毛の原料そのものになるかもしれません。この点は今後の貴帝国の技術の進歩によりますな」


 キシジマ伯爵の答えに、アミューラ皇女が戸惑ったように聞く。

「ええ?そんなにお国で進んでいる産業の開発というのは、物の値段に差がつくものでしょうか?」


「ええ、貴族、皇族の方々は服を買うのに不自由をするはずはありませんが、平民、普通の収入の人が新しい服を買うのはなかなか難しいことです。なにしろ、服になるまでには、例えば綿花を育ててそれを収穫して、さらに人手で糸にして、さらに布にするわけです。

 その布を、染色し採寸して切って縫って、ボタンなどを付けてようやく服になるわけで、膨大な人手がかかっています。人手がかかれば当然その人に給金を払う必要がありますから、基本的には服というのは安いものでありません。だから、服というものは最後は擦り切れるまで着ることになります。


 一方で、我が国では、ライ卿の教えた技術で、糸にする工程、さらに布にする工程、染色の工程で相当機械と魔法を使っています。これは、従来の10倍くらいの効率を得られるもので、機械とかいろんなものの経費を含めても布の価格は3分の1以下になります。

 さらに布から服にする服飾工程も魔法を使えるものを要所に使いますから、これも効率がうんと上がってきて、この値段も従来の半分程度になっています。だから、我が国では普通の平民が新しい服を着ることが出来るようになっており、街を歩く人々の服装は従来に比べると随分こざっぱりしていますよ」


 キシジマ伯爵がさらに言うと、ミーライ皇子がいささか焦ったように言う。

「そういうことになると、我が国はそうした、貴国で進んでいる工業でできるものに値段でまったく敵わず、交易で売れるのは原料のみということになります。しかし、それでは、安定した国交はできないでしょう」


 この言葉にミーザル外務卿が応じる。

「その通りです、その状態を続けると、我が王国の圧倒的に有利な立場が続くことになります。ジルコニア帝国が元々遅れた国であれば、それはそれでそれなりに友好関係が続くでしょうが、貴帝国は長く大陸の最も進んだ大国であったわけです。ですから、そのような関係が続くといずれ破局が来るでしょうが、わが王国はそれを望みません」


 外務卿が言葉を切ったところにルムネルスが続ける。

「我が国は、貴帝国と強い同盟を結びたいと考えています。だからこそ、先ほど申し上げたように我が国の技術・ノウハウを貴国に全面的に開示しますし、それらをお伝えするのに全力で協力をします。

 その上で早く我が国と同等の産業基盤を作って頂き、相互に得意な産品の交易をする関係になって頂きたいと思っています。こうした産業基盤をつくるためには、莫大な投資が必要です。

 我が王国は貧しい国であったがために、その原資を作るためにそれなりに苦労をしましたが、貴帝国は世界一の存在で、信用も絶大なのでその点の苦労は余りないと思います。この点は、具体的に少しライ卿から話しをしてもらいましょうか」


「わかりました。王太子殿下。先ほどの繊維・服飾の話が出ましたが、人の生活に必要なものとして衣食住というくらいで、衣服は重要ですよね。また、食を得るためにもちゃんとした住を得るにも道具は重要ですが、その基本になるのが鉄です。

 鉄は錆びますが強度もあり、ほぼどこにでも原料が転がっている手ごろなものです。しかし現状のところ、貴国においては結構高価なものであると思います。しかし、多分これはすでに掴んでいると思いますが、我が国ではすでに鉄の生産量は年間100万トンを超えており、その価格は貴国の多分1/3程度です。


 しかも、そのできる鉄はすぐさま鍛冶・あるいは製品に使えるもので、製品にした場合の価格は概ね1/10です。鉄は軍備に最も重要な原料ですから、この点を聞けば危機感を覚えるかと思いますが、その鉄をつくる高炉の建設をすぐにお手伝いします。

 多分5年後には貴国であれば、その生産量は年間1千万トンを超えるでしょう。鉄はあらゆるものの材料になります。農機具や、鉄道のレールや機関車、今我が国で作っている様々な機械、そして船、安い鉄が出来るようになれば、その用途はどんどん広がっていきます。


 また、農業ですね。貴国は元来豊かな土地柄で飢饉とはあまり縁がありませんが、それなりに厳しい年もあると聞いています。また小麦もそれほど国民全員に行き渡るほどは生産されていないようですね。

 この点で、貧しかった我が国では、過去にはそれなりに頻繁に餓死者が出るほど厳しい年がありましたが、今は肥料を魔法で作り出すこと、また魔法による灌漑で、単位面積当たりの収量が大幅に増加しました。


 その結果、今はパンが買えない者はいない状態で、さらに家畜や家禽が大幅に増えた結果、皆がある程度の肉や卵を食べることが出来ています。また、魚介類についても、このキシジマ領で取れたものが国の隅々までいきわたっています。

 住についても、国民全体が豊かになっていますので、今ではあばら家に住んでいるものは殆どなく、雨漏りもせず、ガラスのはまった窓を持った隙間風の入らない家に住んでいます。


 また、こうした動きの中で、服についてすでに申しましたが、食器、家具、様々な食品、家で使う石鹸などの様々な雑貨などの生産の工場、販売の店など、全体としては巨大産業になって国全体の豊かさが増しています。

 まず、貴国については、先ほど言ったような、製鉄所や工場等の建設を進めながら国民全員に魔法の処方を受けてもらうことから始める必要がありますね。今のところ、処方が済んだのは国民に1割くらいでしたか?」


 様々な話の後のライの質問に、食事に加わっていた帝国開発庁企画部のカマーラ・ジラス・シュニエールが答える。

「ええ、現在のところでは1割2分程度ですが、ようやく処方ができる者の数もそろって来たので、本格的な処方を始める段階に来ています。計画はすでにできており、職人など生産に携わるものを優先してその順番も決められているので、あと2年で概ね完了の予定です。


また、そうして処方を行うのに並行して、肥料の生産や、様々な工業の立ち上げに魔法を使えるものを配置していくことにしています。しかし、そのためにはラママール王国からそうしたノウハウを持った人の派遣と指導をお願いしておりますが?」


「ええ、すでに人の抽出はしております。そちらの希望は3月以内に第1陣の出発でしたね。今のところ、3陣に分けて各1千人ずつということで、今後、常時3千人が当面2年は貴国で指導に当たるということです」

 このライの言葉に、シュニエールが感謝する。


「おお、それは有難い。しかし、工場等についての資材については………」

 などと、来賓との晩餐会とは思えぬ会話が交わされるが、主賓の2人が最も関心を持つ内容なので、皇子と皇女は大きな関心を持って聞いていた。


 皇子と皇女は、翌朝ホテルから駅までをキシジマ家の持つ車に乗って移動する。先導する兵士の乗ったピックアップトラックに続き、ゆっくり走るその車に向かって、待ち受けていた市民が手を振る。


 彼らは、新聞でジルコニア皇子と皇女がキシジマに来ていることを知っており、かつ昨晩晩さん会が持たれたことを知って、汽車の発車時間から見当をつけて待っていたのだ。


 2人は手を振る人々に笑顔で手を振り返しながら、昨晩の話を思い出していた。確かに、待ちゆく人々と彼らの車に手を振る人々の服装は、世界一の国と思う彼らの国の首都の人々に比べてもきちんとしている。

 また、町並みは壮大さでは劣るが同様に整っており、街路も美しい。それに、石畳ではない黒い表面の街路は土ではないようだが何で舗装されているのか。


 さらに、キシジマ駅に着いて、駅の構造、改札、人々の整然とした様子からもラママール王国の普通の情景がジルコニア帝国に劣らないことを感じさせた。機関車は石油の採掘と精製がすでに始まっていることから、蒸気機関からディーゼル機関車に代わっていた。何といっても石炭を焚く蒸気機関は、煙突からでるススが問題になる。


 朝8時キシジマ駅発、正午王都ラマラ着の列車は1両の貴賓車両を接続して9両編成で定刻に出発している。車両に乗る前に、ミーライ皇子が強く要望して皇女と共に、ゴ―と唸り音を立てている、灰色の巨大な機関車を真横に行って眺める。


「なるほど、これは凄いものだな。この機関車で、えーとあの9両の列車をどのくらいの早さで引っ張るのだろうか?」


 皇子の質問にライが答える。

「ええ、最大では100㎞/時(実際は答えたのは違う単位だが、換算している)出せますが、レールが小さい(12.5㎏/mレール)のでカーブでは危ないので80km/時に制限しています」


「なんと、それは早いな」

「いや、レールをもっと大きく、機関車の力をもっと大きくすれば300㎞/時程度は可能です。しかしそれは随分な将来の話です」

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