第48話 ジルコニア帝国皇室

 着岸した商船には、ジルコニア帝国皇室の第2皇子ミーライ・ジサルク・ジルコニア及び、第2皇女アミャーラが乗船している。

 これに対して、ラママール王国王太子ルムネルス・ジスド・ラママールに、外務卿のミカサ・サラ・ミーザル侯爵さらに、この港の領主であるキシジマ伯爵と、ライが出迎えている。


 やがて、舷側の通路から中年の紳士を先頭に、少年・少女さらに随員らしき一行が現れ、渡り歩廊を歩いてくる。先頭はジルコニア帝国外務卿であるシラーム・ミスラ・カマダム伯爵であり、続いてミーライ皇子、アミューラ皇女であろう。


 ジルコニアの外務卿は、カウンターパートであるミーザル外務卿に気づいて、軽く会釈をする。さらに、アミューラ皇女はルムネルス王太子に気づいて、目を輝かせて手をふっている。彼らは、迎えの者と合流して、キシジマ運輸の職員に先導されて乗船ビルの貴賓室に向かう。


 ライの横には、若手官僚だろう肌が白く栗色の髪の中背のジルコニア人が近づいて並んで歩き、話しかけてくる。

「あなたはライ・マス・ジュブラン男爵ですね?よろしく、私は帝国開発庁企画部のカマーラ・ジラス・シュニエールです」

 そのように言って歩きながら手を差し出すので、ライも否応なく手を握る。


「私どもの開発庁は、まだ設立して半年でして、ここラママール王国の開発計画を参考にジルコニア帝国においても産業・経済開発を進めようとするものです。皇帝陛下の肝いりで設立したもので、大変期待されています。

 ですから、是非貴王国の開発計画の発案者である、ジュブラン男爵の御協力を願いしたいと思っております。今回、私が皇子・皇女殿下と共に訪れたのは、貴国の主要な開発状況の視察と、協力の取り付けの下調べという所です」


「ああ、私の名はライと呼んでください。あなたの名前は失礼ながら、カマーラと呼ばせて頂きます。ああ、貴帝国でそのような部署が設立されたということ、そしてその協力依頼はすでに届いております。

 さすがに、世界一の大帝国だけのことはあって、動きも早く的確ですね。まあ、この点はすでに皇子殿下と、皇女殿下もご存知でしょうから、部屋に落ち着いてお話ししましょう」


やがて、貴賓室に落ち着いた一行の紹介が双方の外務卿から始まる。無論、ライも部屋に入っているが、カマーラも加わっており、シュニエール侯爵家の嫡子で、開発局の企画部長として紹介されたから相当な地位にあるようだ。


「さて、今回こうして少々突然ですが、ミーライ皇子殿下、アミューラ皇女殿下の加わった使節団で貴国を訪問するのは、主として、アミューラ皇女殿下が婚約者たるルムネルス殿下にお会いになりたいというものです。


 さらには、この大陸の中の最も進捗著しい動きを見せている貴王国を、是非自分の目で見たみたいというミーライ皇子殿下のご希望もあり、さらには貴王国の開発計画と類似の開発を進めるための、視察という意味もあります。

 すでに我が国には開発局が設立され、その活動も支援をお願いしたところですが、今回の視察もそのお願いの一環です」


 ジルコニア外務卿の言葉に続いて、アミューラ皇女が口を開いた。彼女もやはりジルコニア人らしく、色白でふっくらした顔つきと体だが動作は敏捷で、動きにメリハリがある。髪は亜麻色で、肩までふんわり伸びて何より印象的なのはその、長いまつ毛の下の生き生きした目である。


「今回はわずか4日で、この遠いラママール王国まで来ることのできる航路が開設されたと聞いて、是非ルムネルス様にお会いしに行きたいと私がわがままを言ったのが、この訪問のきっかけです。

 なにしろ、1500㎞、30日馬車でゆられて、さらに千人からの護衛兵を連れての旅はなかなかできることではありませんからね。まあ、お兄様は私の我がままにつきあってということですが、是非ラママール王国には来たいと常々言っていたのですよ」

 彼女の良く通る心地よい声による話の後に、ミーライ皇子が口を開く。


「いや、アミューラの言う通りで、私はまあ、彼女のおまけだ。しかし、ラママール王国には是非来たかったのは事実であり、貴国で進んでいる開発計画の内容には大変関心を持っている。

 しかし、余りに急速な発展に貴国に対して警戒を持つ者もいることは事実だが、その懸念を払しょくするためにも我々の今回の訪問は重要だと思う」


 ライは内心ニヤリとした。この皇子は、見るべきものを見せてかつ協力を約束して、自分たちの懸念を払しょくしないと帝国は敵に回るぞと言っているのだ。それを平静に言える第2皇子はなかなかの人物のようだ。それに対して、ルムネルス王太子が応じる。


「私のみならず、ラママール国の王室及び国民はあなた方の訪問を心から歓迎します。しかし本音を言えば、この度婚約者であるアミューラ皇女に会えるのは誠に嬉しい。1年後の結婚式まで会えないかと思っていましたからね。

 その意味では、ジルコニア帝国までの僅か数日で行き来ができる航路が開設されたことは、喜ばしいことで、我が国との交流もずっと深まるかと思う。


 だからより便利さを求めて、我が国ではジルコニアと鉄道で結ぶことを検討している。そうすれば、1500㎞の距離は船よりもっと早く、多分1日で結べる。その場合の何よりのメリットは、ジルコニア、ラママールのみならずその途中の国々もすべて結べるわけです。

 その結果、相手を知らないがための恐怖、それに基づく誤解のための争いがなくなっていくものと考えている。


 まあ、それまでには少なくとも5年あるいは10年を要するが、帝国と4日の航路の開設で、もっと貴国と我が国との交流が深まることは確実だ。1年後にアミューラが嫁いできても、苦痛なく里帰りが出来るというものだ。

 ちなみに、ミーライ殿下も言われたように、我が国は過去5年の計画的な開発で地域、都市、農村のその景色も大きく変わった。


 新たな産業が多数興され経済が大幅に躍進した。今や、国民の一人当たりの経済生産高は世界一である貴帝国に劣らなくなったと計算している。無論、人口において8倍に達する貴国には国力においては人口の比に当たる倍数で劣っているが。

 我が国は、この秘訣というか技術・ノウハウを貴国にほぼ制限なしに伝えるつもりだ。しかし、技術・ノウハウに対しては、それなりの対価を支払ってもらいたいと思っている。


 その程度がどれほどかは後にお知らせするが、それはわが国内の場合と差はなくそれほど高額なものではないので、それを使うメリットは十分にある。ただ、軍事に関しては全面的にという訳にはいかない。

 貴国においても、多分それは同じ立場だったら同様だと思う」


 実際に、王太子の言った点は王国内部で十分に揉んだ結果の話である。ラママール国の過去数年の急速な発展は、国を閉ざしていない以上、周辺諸国のみならず大陸中の国々の知るところとなっており、いわばセンセーションを起こしている。


 それは、ラママール国を嫉妬の対象として見ることは無論、値打ちのある獲物としても見られ始めている。ただ後者については、近年の隣国サダルカンド王国の惨敗の経験とその情報から組みしやすしとは思われていない。


 大陸一の大国はジルコニア王国であることは、自他ともに認めるところである。この国は帝国と名乗っているように、いくつもの国々を征服して今の国土と人口を抱えるようになっている。また、産業・経済において最先進国で最も豊かあり、圧倒的な文化大国でもある。


 だから、彼らにとっては、周辺の産業・経済において大きく劣る諸国は、軍事力を行使して自国民のある程度の犠牲を看過して征服するほど値打ちのあるものではない。そんなことに国力を使うより、豊かな国内もより豊かにする方が良いということで、過去150年余りは過ごしてきている。


 しかし、急激な発展を始めたラママール王国は別だろう。その発展がジルコニア帝国にない技術・ノウハウを使ってのことであるから、普通に考えれば征服して取り込みたいというのは当然のことであり、それは国際的な常識でもある。


 国の規模も一人当てりの経済生産額は並んだが、人口においては片や6百万以下、片や5千万弱と8倍以上で国力はけた違いである。幸いに距離が遠く、途中に多くの国を挟んでいるので、そう簡単に征服軍を起こすわけにはいかない。


 さらに、皇帝の可愛がっている皇女アミューラを嫁がせるというのは、当面は征服などのつもりがない事の証明だろうという判断があった。だから、産業の開発に必要な技術・ノウハウは魔法の処方を含めて全面的に開示する。


 その結果、帝国の国力がより高まってもそれはそれで、より豊かな取引相手ができることは自国にも有利である。なにより、そうしなかった結果、相手が不満を高めることはより危険性を増すという結論になったのだ。


 ただ、軍事技術については、相手にこちらを征服しようという勢力がある(実際にそういう勢力のあることは確かめられている)以上は、自国を守り切れる実力があると確信できるまでは、制限するこということに決まったのだ。


 幸いにして、軍事については帝国側も全面的開示するとは思っていなかったらしく、特にはこだわらなかった。


「ただ、信頼の証に軍備に関してもどの程度のものを我が国が持っているかお見せしましょう。幸いにしてここキシジマ造船所には、我が国で最初に建造中の2隻の戦艦があります。これは、皆さんが乗ってきたキシジマ1号及び2号とほぼ同じ大きさですが、無論戦闘艦ですので、強靭さは全く違います」


 王太子の言葉にミーライ皇子が応じる。

「ほお!あの商船と同じ大きさですか。であれば我が国の最大の戦艦とほぼ同じということですな」


「ええ、貴国のアンダルア大王号と長さは殆ど一緒ですね。ただ、わが方はエンジン駆動ですから、帆はありませんが」

 造船所の社長のキシジマ伯爵が答える。


「では、あのキシジマ号のように安定して早いのか?そして兵装は?」

「いや、戦闘艦ですからエンジンはもっと大きくて、速度は2倍程度出ます、兵装は基本的にカノン砲というタイプの砲で、貴国の200mm砲ほどの口径はありませんがもっと射程は大きいですね」

 皇子の質問に伯爵は答える。


「なに!あの商船の2倍の速度、キシジマ号でさえ鉄船だから当然鉄船だな?」

 皇子が考えながら言うが、見た方が早いと、随員の大部分が乗船ビルで休むなかを、一行は乗用車に分乗して造船所に向かう。


 皇子・皇女は、キシジマ号による最初の航海で帝国皇室に贈られた乗用車はすでに見てもいるし、乗りもしていたが、まだ珍しい事には違いない。また、キシジマ領には、貴族の海の家が多くある関係から、ある程度乗用車とトラックは走っている。


 馬車が3に自動車が1程度の割合で走る道路が珍しく、皇子・皇女とも夢中で窓ガラスから外を覗いていて、それをルムネルス王太子がほほえましく見ている。

 やがて、車は造船所のゲートをくぐり、足場に囲まれている建設中の全長90mほどの鉄の船のそばに止まる。


 そこには2隻が並んで建造中であり、すでに半分ほどデッキが張られているが、半分は内側が補強材で仕切られている舷側板が見えている。

 建造されている2隻の戦艦は、形は商船と同じであるが、流石に抗耐性は異なり、使っている板厚は2倍の50mmで、船内の補強リブもほぼ2倍入っている。


 これは、自分の艦で積む大砲である10cmカノン砲で破壊はされても撃ちぬけない強度として設計されたものだ。これは、ジルコニア帝国でもっている、射程は4㎞の砲の20cm丸砲弾であれば、余裕で跳ね返す。


 その側板に近づいてその厚い鋼材を見てミーライ皇子がうなるように聞く。

「こ、この板厚は流石に木材よりは薄いが……。一体この船はどのくらいの重量があるのであろうか?」


「完成時には空の状態で2千トンの予定です。満載で2千5百トンですな」

「おお!わがアンダルア大王号が満載で2千トンですから、それより重い。何よりこの鉄で守られた船をわが方の大砲が打ち抜けるとは思えない」


 キシジマ伯爵の言葉に皇子はそう言うが、この船にラママール海軍のカノン砲の8門が防盾で守られて備え付けられると聞いて、その威力を知らない彼はそれについては感銘を受けなかった。なにしろアンダルア大王号には砲が24門備えられるのだ。


しかし、カノン砲の射程が15㎞で弾が爆裂弾、かつ2分に1発打てるということを知っていれば、考えを変えたであろう。


 風に左右されない航海が可能で、最高速度40km/時のこの艦が敵艦の喫水を狙って撃てば、帆船であり木造の戦艦を一発で撃沈可能である。アンダルア大王号及びそれに劣るが戦列艦を102隻持つジルコニア帝国艦隊と言えども、このラマラ1号及び2号の2隻のみで全艦を撃沈することも可能だ。

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