第47話 港町キシジマ伯爵領2

 ライは、役員会の後に港に来ている。

その役員会は、その後1時間続き、各部門の現状の説明がされたのだ。現状では、人件費、様々な投資及び購入の出費がかさんで、(株)王国キシジマ会社は大赤字である。


 すでに資本金を使いきり、大きな借金を抱えている。現状で日銭として入ってきているのが、水産部と不動産部であるが、その売り上げはどんどん伸びている。何しろ、水産部門は500百万の人口において、すでに大陸でもっとも豊かになった国の唯一の水産会社であり、現在は周辺諸国へも販路を広げようとしているところなのだ。


 また不動産部は、すでに開発済の別荘地と別荘という大きな資産を抱え、その販売も順調であり、1年以内には投資を回収できる予定である。また、ホテル部門についてもすでに完成して、客を受け入れ始めたところであり、連日満員が続いているので、近い将来大きな利益を生むと期待されている。


 一方、造船部は今の受注している船舶の販売のみで、概ねドックや加工工場の投資を回収できる見込みであり、さらに受注が進む2年後には大きな利益を生むであろう。


 運輸部は、船という資産への投資が大きく、また実際の交易は今のところジルコニア帝国への1回だけで、運んだ荷と旅客により大きな利益を生んでいるが、投資の回収には4年程と考えられている。とは言え、これらの利益率は普通に考えられないほど高く、大きな先行者利益と言えるものである。


 軍需部門は、関わっているのは戦艦の建造のみで、砲の生産は王都にある造兵廠でなされており、運ばれて来て取り付けられることになっている。

 今のところ、諸外国の戦闘艦が帆船であり、ジルコニア帝国の最大の戦艦で総トン数2千トンであることを考えると、当面王国の戦艦保有は2隻あれば十分であろうという結論になっている。


 ライが港に来ているのは、ジルコニア帝国からの賓客を迎えようとしての事である。これは、王国キシジマ社の所有商船である、キシジマ1号及び2号によるジルコニア帝国からの2往復目の航海に帝国の要人が乗っているからである。これらの客船は、安全のために基本的に単独行はさせない方針で運用している。


 キシジマ1号及び2号は満載時2千トンの貨客船であり、最大乗客数は50人、貨物積載量は500トンである。現状の航路はジルコニアの港町であるカーゼルから、キシジマまでの1800㎞を4日で結んでいる。


 1回目の往復行の成功を確認して、キシジマ1号を使ってのジルコニア皇室から第2皇子、第2皇女によるラママール王国への親善訪問が実行されたのだ。

 圧倒的な大国であるジルコニア帝国としても、ラママール王国の開発の情報が集まるにつれて放置はできず、その技術・ノウハウを取り入れるべきということはすでに決定されている。


 これは経済面のみならず、安全保障の面からも当然のことである。ジルコニア帝国も帝国という名のとおり、多くの王国や共和国を併合して今の国の形ができている。

 その結果、豊かな穀倉地帯や資源にも恵まれ、国民も飢えることもない豊かな生活を築きあげているため、国内の統治も安定している。


 その結果、当然大陸では圧倒的な軍事力を持っており、これは兵力もそうだが、周辺諸国では揃えられない銃、大砲を装備するなどの質の面でも圧倒的である。

 したがって、同帝国が大陸を統一しようとすれば可能である。しかし、周辺諸国は比較すれば貧しく、魅力的な資源もなく、わざわざ兵の命を懸けてまで征服する価値はないということになっている。


 これは3代前の皇帝が、その優れた財務大臣の意見を基に、憲法のなかに、武力征服の抑制を謳っている。しかし、ラママール王国の情報はその帝国をして、安全保障の面で警戒させるに十分であった。これは、隣国サダルカンド王国の侵攻を殆ど被害なしに一蹴した、その魔力の応用と軍備の質の高さある。


 これについては、慎重な情報収集の結果を基に、皇帝を含む帝国の軍事会議がもたれた。この中で、軍事大臣から、帝国軍がラママール王国と闘っても同数の戦いであれば必敗であろうという結論が出された。


 この結論を基にして、以下の諸点が決議された。

1)魔法能力の処方の技法については早急に入手する必要がある、

2)軍事面の彼らが使った爆裂弾等のノウハウを入手する必要がある、

3)帝国の今後の経済開発のために王国で実施中の様々なノウハウ・技術を取り入れる必要がある。


 また、以上をラママール王国が拒んだ場合には、同国とは敵対関係になることもやむを得ないという断固たる方針も示唆された。

 実のところ、ラママール王国においても、ジルコニア帝国のみならず周辺諸国に対し、進行している諸開発を独占していくと、最終的には全てと敵対関係になるという点は、王国内部でも認識され、その対策も練られていた。


 それは概ね以下のような方針であった。

1)魔法の処方については、協力要請があった場合にはできるだけ協力する。

2)軍事を除き技術は全て解放する。しかし、ラママール国の特許制度を認めて特許料を支払うことが条件になる。この特許料は国内と差を付けないので、それほど過重なものではない。

3)軍事技術は国相互の話し合いで開示の程度と条件を決める。


 これらの方針に基づいて、すでに魔法の処方は、多くの処方ができる者が諸外国に送り込まれての処方を行い、幾何級数的に魔力操作ができる者が増えている。

 結果として、隣接諸国においてはすでに処方を受けた者の数は半数近くになっている。また、鉄鋼の生産、鉄製品の製造、肥料の生産や、畜産など様々な産業が周辺諸国で起きつつある。


 しかし、ジルコニア帝国はその膨大な人口もあり、さらにラママール王国から遠いという条件から、処方は遅れており、今のところ貴族とその雇い人のみという状況で、人口の1割程度の普及に留まっている。


 その状況の中での、ジルコニア帝国とラママール王国の7日毎の定期航路の開設である。これを使えば、皇都ジコーニュから港町カーゼルまで馬車で1日、船で4日の5日間に加えて、キシジマ港から列車で3時間である。


 馬車であれば、強盗が出没し、ラママールから伝えられた車輪機構を使っても過酷な馬車の旅を30日程度要するのだ。当然のことながら、この便の旅客は往復とも満員であり、とりわけカーゼル〜キシジマまでは10便先まで予約が入っている。


 しかし、皇族とその随員となると特別扱いになるのは当然であり、そのため予定をずらされた者もすんなり受け入れている。ジルコニア帝国では皇族の人気は高いのだ。

 船は、ふ頭に建設された乗船所ビルに横付けする形で、着くことになるが、そこにはキシジマ伯爵とライに加えて、21歳の王太子のルムネルス・ジスド・ラママールとその随員たちが来ている。


 ルムネルス王太子が迎えるのは当然のことで、今ふ頭に横付けのために向きを変えている船に乗っている、第2皇女は彼の婚約者なのだ。これは、ジルコニア帝国との折衝のなかで合意されたものであり、帝国から切り出されたものだ。


 ジルコニア帝国は圧倒的に巨大で豊かな存在であるため、近年においては皇族の政略結婚の必要を感じてこなかった。だから、第1皇子、第1皇女ともに国内の貴族と結婚している。


 それは本人にしてみれば、文明的に遅れた訳の分からない国に行って苦労するより、国内に留まってのんびり暮らした方が良いに決まっている。2年前のことであったが、その意味でミズラン・ジサルク・ジルコニア皇帝陛下は、娘のアミャーラに自らその意向を聞いている。


「アミャーラ、ラママール王国という国を知っていると思うが……」

「お父さま、今話題のかの国は無論存じています。ひょっとすると私の婚姻の?」


「ああ、あの国は我が国にとっても余りに重要になった。より深く結びついて彼らが進めている国内開発を我が国も取りいれなくてはならない。そのためには……」


「わかりましたわ、お父さま。たしか王太子殿下は19歳、私の5つ上だからそんなに不釣り合いではないですね。実は、私もあの国のことは調べましたが、調べれば調べるほど、不思議なことがある国です。

 とりわけ、幼いにもかかわらず改革の中心になっているライ・マス・ジュブラン。彼が魔法の処方を導入したらしいですわね。それにとどまらず、彼が始めた数々の変革と革新。まことに不思議な人物です。でも、間違いなく、1人当たりとしてはかの国は我が国を凌ぐ豊かさになるでしょうね。


 わたくしも、貧しいより豊かな生活はしたいと思いますし、豊かな国であれば遠慮なくある程度の贅沢は出来るでしょうから、否やはありませんよ。それに、そんなに急激に変わっていっている国にいて、その変化を味わってみたい気はあります。

 また、私の調べた限りでは、王太子のルムネルス殿下は優しくて考え深い方のようですね。少なくとも、彼を悪く言う人はいないようです。幸い、私も慕っている方はいませんので、望むところですわ。ぜひ進めてください」


「お、おう。ではそのようにさせてもらおうか」

 賢い子だとは思ってきたが、相手のことをすでにちゃんと調べて、すぐさま返事をする我が子に、タジタジとはなった皇帝陛下であった。とは言え、自分で喜んで嫁ぐというなら、これは幸いなことだし、娘も幸せになると胸をなでおろした。


 一方で、ルムネルス王太子の側であるが、ラママール国では大国ジルコニア帝国からそのような申し出があったことに驚いた。たしかに諸般の事情からすると、与えるものが多い点で釣り合いは取れているが、歴史的な経緯からすると、国の格が違いすぎてラママール王国から言い出せる話ではなかった。


 しかし、ジルコニア帝国からのこの申し出は、王国として極めて望ましいものであった。少なくとも、この申し出をするということは、帝国にはことを構えるつもりはないということだ。それに、ますます高まるであろう大陸内の諸国の嫉妬を考えると、帝国との婚姻関係は極めて効果的であろう。


 ルムネルス王太子は、申し出のあった時点では、国内で公爵家の次女と隣国のヒマラヤ王国の第1王女との縁談があった。しかし、本人としては、どちらもあまり気乗りがせずに返事を引きのばしていた。だから、彼は次代の王となる身として、ジルコニア帝国からの話は国益に明らかに叶う話なので否応もなく応じた。


 その後、延々と1500㎞の道を帝国まで行って、相手のアミャーラ姫に会い婚約の儀を取り交わしたのだが、その利発かつ活発な言葉と、茶髪で優し気でほっそりしたその姿にすっかりほれ込んでしまった。


 だから、ルムネルス王太子は、着岸した船に設置された渡り歩廊から16歳になったアミャーラ姫が現れるのをわくわくして待っているのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る