第46話 港町キシジマ伯爵領1

 サラム・ラン・キシジマ伯爵は、(株)王国キシジマの役員会を社長として主宰している。彼は未だ38歳であり、5年前に早世した父の後を継いだのだ。

 (株)王国キシジマは彼の領のある港町キシジマに拠点をおく、造船部、通商部、水産部、軍需部、不動産部を持つ、ラママール国でも鉄道会社に注ぐ規模の会社である。


 造船部は、現状のところ鉄船を建造できるおそらく大陸唯一の部門であろう。この部門では5千トン級の船を造れる乾ドックを2つに小ドックを3つ、さらに鉄材の加工工場等を持っており、魔法を使えるドワーフ等の200人の職人を始め5百人を越える工員が働いている。


 この工場では、すでに積載量2千トンの交易標準船は3隻、2百トンの外洋漁船は10隻、50トンの内湾漁船が20隻を送り出している。現在、ドックは満杯であり、大型船が4隻、小型船の20隻が同時にドックで組み立て中である。


 木造船課もあるが、これは従来からあった小規模造船所において建造した完成品を会社で買い取っている。これは、性能と生産効率を大幅に上げた新設計の規格化した船を、魔法を使える職人によって短時間に完成するようにしている。


 さらには、材料の木材はすでに基本的な加工したものを供給して、組み立てて進水する船台の改善などを指導して効率よい造船ができるようにしている。


 通商部は実質海運部であり、現状のところではその使える商船が3隻であることから、ジルコニア帝国に絞って通商を開始し始めようとするところである。このために、先に王国の外務省からジルコニア帝国に陸路入り、ジルコニア帝国外務省と接触して、通商交渉をしている。


 ジルコニア帝国も、ラママール王国の変革はすでに掴んでおり、2年前からすでに密かに調査員を入り込ませて、相当なところまで調査を済ませている。そして、王国に正式に使者を送ってきて、王国で実用化されつつある技術の開示を求めている。


 王国もいつかは来る要求であるとして、その開示にできるだけ応じる覚悟はあったので様々な交渉が行われている。その流れの中で、ジルコニア大使館がラマラに開設されることになり、先の交渉の下協議はそのラマラで行われている。


 ジルコニア帝国も、未だ帝国で作れない多くのものをラママール国から運び買うこと、あるいは帝国の産物を売ることには否やはなく、2隻の新造船による最初の往復航海はすでに終わっている。


 水産部は、直営課と買取課に分かれている。直営課は、造船部で建造した鉄船に社員の乗組員を乗せて漁獲を行っているが、50トンの内湾船と200トンの外洋船に分かれて、3日から10日かけて船倉を満杯にして、それぞれの船着き場に帰る。


 これらの船は全て、ディーゼル機関による動力船であり、冷凍庫を持っているため、船倉が満杯にしたら帰るという手法を使える。冷凍・冷蔵庫がない場合には、魚を腐らさないために漁獲後は長くとも1日か2日後には港に帰る必要がある。


 だから、漁船の大型化はこの冷凍・冷蔵の技術なしには意味がないのだ。地球において冷蔵庫の時代の前の大型漁船船は、腐らない鯨の油のみを取るための船である。 

 なお、実際の漁獲は中層引き網によっているが、魚影の濃いラマーマ湾では2日ほどで10㎥船倉を満杯にできているが、外洋船では普通5日から10日かけてその50㎥の船倉を満たしている。


 この場合の網から船倉へ、船倉から冷凍倉庫への魚の移送は、風魔法を使うものの配員が必須であり、高収入で雇われるために、魔法を使えるものが多い貴族の子弟がこれらの漁船に乗る場合も多い。


 また、買い取り部では個人あるいは小規模グループの漁師に、木造船を貸与または販売して持ってきたものを買い取っている。中にはほんのボートのような漁船を使っているものもいる。彼らの船については、半数ほどは冷蔵庫が備えられているが、半数はそれも持っていないので、その日の内に水揚げが必要になる。

 

 こうして、水産部は1日平均150トンの水揚げをして、干物、練り物、飼料等の加工に2/3、残りを鮮魚として王都ラマラを始めとした内陸に鉄道により冷凍車を用いて販売している。


 とりわけ、豊かな層及びレストランへの冷蔵庫の普及と共に鮮魚の人気は高く、各都市の鮮魚店は仕入れ次第売れていく状況である。またあまり日持ちのしない練り物や乾燥の浅い干物も人気が高まっており、水産部門は漁獲量を拡大に動いている。


 軍事に関しては、ラママール国の海運そのものが緒に就いたばかりであり、その前には実質的に海を通じた他国との交易は無いに等しかった。このため、国が海軍を持つ必要性については全く意識されてこなかった。


 これについて、ライが海運の有効性とその防衛の必要性についてアピールして、国 としては首をかしげながらではあるが、海軍創設に動き始めたのだ。しかし、今のところは、5人の士官クラス以上のものが任命されてライの指導を受けつつ、装備と船の操縦訓練の準備をしている段階である。


 王国キシジマ会社の場合の軍需部は、王国から軍艦にする船の建造をして、王国軍需廠から大砲等の兵器を備え付けることである。現在排水量2千トンの戦艦ジーラム一世号及びシュミア号の2隻がドックで建造中である。ちなみに、ジーラム一世はラママール国の初代国王、シュミアはその王妃の名前である。


 たかが2千トンの船で、戦艦とはおこがましいようだが、大陸一の大国ジルコニア帝国の戦艦が2千トンというのであるから十分であろう。無論この戦艦は木造の帆船なので、ディーゼルエンジンを積んで15ノットを出せるラママール国の戦艦は、機動力では十分一線級である。


 ちなみに、ジルコニアの戦艦はすでに大砲を20門積んでおり、その弾は鋳鉄製球形の口径150mm程度である。これは無論爆裂弾ではないので、ほぼ同じ口径の砲弾型の爆裂弾の大砲を20門積む予定のラママール国の戦艦は十分な戦力と言えよう。


 また不動産部は、海辺で風光明媚なキシジマ領に、数多く作られている貴族や商人の成功者向けの別荘地の開発と別荘の菅理を行うための部門である。そして、現在はむしろ豊かになった庶民を受け入れるための、海辺のホテルやレストランの建設と経営に力を入れようとしている。


「さて、では月例の(株)王国キシジマの役員会を開催します」

 役員でもある、経営室担当のミモザル・エル・ザーマスラが口火を切る。20人ほども座れることのできる重厚で巨大な机には12人の常勤・非常勤の役員のうちの常勤6名、非常勤2名が座っている。


 ザーマスラは、王国政府の財務省からの出向であり、まだ45歳である。キシジマ会社の株の30%は王国政府が持って最大の株主になっており、そのために役員を送り込んでいるのだ。


 これは王国でも唯一の海運及び水産業に加え、軍艦を作ることのできる会社は国の影響下に置く必要があるという考えからである。さらには、初期投資が大き過ぎて王国銀行からの融資をする必要があることもあり、加えて港湾整備については会社にとっても必要であるが、王国の公共事業として必要でもあることもある。


 なお、そのような重要な会社の社長を務めるキシジマ伯爵は、国王・宰相を始め王国の大臣の前でその人と能力を試されてその役につけられている。決して地元の領主であるのみではないのだ。


 ライは、株式の5%を持つジュブラン家の代表でもあり、企画担当の非常勤役員であるが今日は出席している。

「では、まずキシジマ社長からご挨拶をお願いします」

 出席者が頷くのを確認して一人立っているザーマスラが続け、社長のキシジマが代わって立って口を開く。


「皆さん、今日は御出席ご苦労様です。さて、わが社は先日創立以来3年を過ぎたわけですが、株主からの合計5億ダランの出資に基づき、莫大な投資をして、様々な工場・施設を建設してきました。

 この中で、業容は日々拡大しており、すでにその直接雇用者は2千5百人を数えておりますし、外注の立場の人々の数はその2倍に近くなっております。一方で、とりわけ造船部門においては、今のところ建造した船は、ほぼすべてわが社の運輸部門及び水産部門で使っているため、その代金は入ってきてはおりません。


 このため、王国銀行から現状で2億ダランの融資を受けている状態であります。しかし、これは生みの苦しみというべきもので、すでに、水産部門は大きな収益を出しつつありますし、ご存知のように不動産部門の収益も巨大なものであります。

 さらには、未だ1回の航海しかしていない運輸部門は、すでにジルコニア帝国との交易品の選定を終わったことから、今後は大きな収益をもたらすことになります。そして、なにより交易標準船はジルコニア帝国の5隻を始め、すでに周辺諸国から10隻の注文を得ています。


 また、漁船についても、殆ど注文を決まるところに来ているものが50隻ほどあります。ですから、今年はやや赤字ですが、来年からは利益が出はじめます。ですから、来年には5%、その次の年には15%の配当がだせるでしょう」

 ここでキシジマは一旦話を切った。


「うむ、なかなか順調なようだの。しかし、出資以来4年は配当がないという点は問題だの。わしも役員の一人として状況は理解するが、出資者たる国王陛下に説明が必要だ」

 非常勤役員である財務卿キガリ・スル・マータラが弱った顔で言う。国王も私有財産から5%の出資をしているのだ。それに対して、ライが面白そうな顔をして言う。


「心配ありませんよ。半年前に王国株式市場が開設されたでしょう?あれで、この王国キシジマ会社の株は1株千ダランが千3百ダランになっています。だから、すでに陛下の出資金は資産として1.3倍になっているのですよ。

 今キシジマ社長の言っていることは、社として発表しますよね。そうしたら、多分今年中に更に1.5倍から2倍にはなります。今後言っている通りの配当があればもっと上がりますよ。どうです、十分な説明になるでしょう?」


 それに対して、マータラ卿は破顔して応じる。

「おお、そうじゃの。その通りだ。株を持っている者は大儲けじゃの。わしも僅かじゃが持っておってよかった」


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