第44話 ミーシャ出版業を起こす4

 ライの説明は更に続く。

「知っての通り、現在、王国白金板は、我が王国の経済発展にともなって、国外にも信用があって、金銀貨と同様にラママール貨幣として通用している。実のところ、従来の金銀貨では急速な開発によって膨張した我が国の経済を支え切れなかったのだ。

 多分、金銀貨にこだわっていたら、今進んでいる開発は多くがブレーキをかけられただろうね」


 それに対して、20歳の細マッチョ長身の生産部長のサイダラ・ミダールが手を挙げて、ライに指名されて言う。

「でも、はっきりは知りませんが、白金板の値打ちは十万ダランもはないですよね。従来の金貨などは、その値打ちがその金額に見合っていたので通用したのだと思います。必要だったというのはその通りだと思いますが、国のやることとしては少々乱暴なのではないでしょうか?」


「いや、乱暴というが、本来は紙の紙幣で十分なのだよ。貨幣は、確かに従来その金属としての貨幣の値打ちに見合う額として決められてきた。経済の規模が従来のように小さく、金銭のやり取りそのものが少なかった時代には、それでも貨幣に使う金属が入手できたからそれで済んだ。

 しかし、経済規模が大きくなると、それでは間に合わなくなって、貨幣の量で経済規模が決められてしまうのだ。だから、我が国がやったように国の信用で、安くできる貨幣あるいは紙幣を発行するべきなのだよ。そうすれば、通貨が不足することはないわけだ。


 そのためには、その発行の信用の裏付けである国が、人々あるいは国々から信頼される存在である必要がある。だから、誰が見ても金属として10万ダランの値打ちのない白金板が通用しているのは、発行元であるラママール王国が今や外国からも信用すべき存在として認められている証拠だ。

 そして、その裏付けになっているのは、王国の国民が稼ぎ出す富であるし、王国のもつその国民への莫大な貸し付け金であるし、王国にしかない様々な技術だ。白金板は十分コストが低いので当分は紙幣を出す予定はないけれど、いまは白金板を使うような取引には、実際に現金を使うことはほとんどないのだよ。それは知っているだろう?」


「はい、そう言えばそうですね。白金板を使うほどの取引というと、ものを買うのも、支払うのも、さらに入金も銀行の口座の数字のやり取りですね。ごく小規模の取引とか、人件費の支払い、給料の支払いは現金でやっていますけど。でも通貨も1年前に切り替えられて金貨・銀貨はうんと小さくなりましたね」


 ライの問いかけにミダールが言うが、商店などの買い物の量と額が大幅に増えた結果、貨幣の量が不足してきたために、王国は通貨である金貨、銀貨(実際はステンレススチール)、銅貨を全面的に切り替えた。


 その中で金貨は1万ダランになっている。

すでに白金板に慣れている国民は特段の不平はなかったが、一部の金貨・銀貨は隠匿されているらしく、相当な古い貨幣が回収されず残っている。しかし、国策で金と銀の価格は安定させているので、古い貨幣の値打ちが上がることもない。


 だから、持っているお金が死蔵されるだけで、メリットはないはずなので不思議だと財務省の職員が首をかしげている。

 ちなみに、現在では銀行は中央銀行たる王国銀行、それに主として貴族が集まって設立した王都銀行、シラムカラ侯爵家が仕切る東部銀行、北部銀行、西武銀行、南部銀行、鉄道銀行がありそれぞれ王国銀行から資金を借りて開発関係の資金の貸し出しを行っている。


 しかし、これらの数はまだ少ないため、あまり多くの需要に応じきれないために、貸し出しの対象は貴族か、それなりの会社に限られている。だが、資金を集めるために個人の預金の取り扱いもしているが、これも最小で1万ダランの口座を持つ個人に限られている。


 ライは、主としてノウハウ料や魔法での様々な生産で、個人として3百万ダランの貯金を持っているし、ミーシャも魔法による肥料の生産等で預金は百万ダラン近い。


「資金的に今作り上げている仕組みの中で、王国は数年前では想像もつかない発展を遂げています。当然皆も知っての通りだけど、まず鉄道が王都と製鉄所があるシラムカラ公爵領、港町であるキシジマ伯爵領、石油基地のある王国直轄領であるミーラル草原を結んでいる。

 この効果は極めて大きいよ。このことで、鉄道の沿線に限れば一日で移動でき、荷物の運搬を行うことができる。従来は、あまり値打ちのないものだと運賃の方が高くついて、運ばれることがなかったし、物によっては運ぶことが不可能だった。


 この点が解消された例として、シラムカラ領周辺で取れた牛乳や生肉、さらにキシジマ伯領の港で水揚げされた魚が王都で運ばれ売られているね。さらに、これには冷凍庫が開発されて、特に生ものが王都などに運ばれて安く人々に供されるようになったことが大きいね。

 君らも今まで味わえなかった魚料理を味わえるようになっただろ?


 鉄道の効果は、早いという点もあけれど、その大量輸送の効果はより大きいぞ。国内の唯一の製鉄所はシラムカラ領にあるけれど、前だったらそんな遠隔地の製鉄では王都では殆ど意味がなかったけれど、今は1編成の列車で数百トンの鋼材を運べるからね。

 それに、石油も今後は使用量が爆発的に増えると思うけれど、他にも様々な領から、木材、石やガラスなども運ばれるようになった。この結果として、そうした産地の産業の振興の効果が非常に大きい。馬車に運ぶのだと大した量はとても運べないなからね。


 また、君らも鉄道を使って旅行したことがあると思うけれど、例えばシラムカラ領から王都までは、従来は馬車を使って10日の旅、歩きで20日の旅だが、今は朝出ると夕刻には着くわけだ。もちろん鉄道の料金はかかるけれど、泊まりがないだけに馬車に比べて1/5程度の費用、歩きでも1/3以下だ。


 だから、沢山の人が王都に押し寄せるようになったし、逆に王国の開発の先進地のシラムカラ領、中でも私の家であるジュブラン領には国中から人々が集まっている。

そのことで、宿、食堂、お土産など新しい産業が起きている。今後は風景の良いところには人々が集まって、そういう産業がどんどん発達するだろうね。

 いまそれで、注目されているのはキシジマ領であり、そこは海があって、景色のいいところも沢山あるので、徐々に貴族などが別荘を建てつつある。日の出商会も保養所をつくったよね」


 こうした別荘は、キシジマ領には従来からあったが、少数の大貴族のものであった。しかし、今では貴族のみならず平民にも多くの成功者が現れて、キシジマ領の海辺に別荘を建てるのが一種のブームになっている。


 これは経済的に可能になったこともあるが、鉄道が繋がった結果、王都から3時間程度で来ることができるという点も非常に大きい。結果、キシジマの領都であるキシジマ市は一回り街が大きくなりつつある。


 こうした拡大した税を基に、キシジマ伯爵はその地勢的な利点を生かして、水産会社と造船会社を興している。36歳のまだ若い伯爵は、ライが自分には見当のつかない様々な知識を持っていることを感じ取り、王都の滞在していたライに自領の発展のための開発手法を相談している。


 それに対するライの返事が、水産会社・造船会社の設立と、貿易港の建設である。もともと、当初からキシジマ領への鉄道の延伸を考えていたのは、諸国との海運による貿易である。今後、王国では次々に新たな産業が起きてその製品は、諸国に売れて行くであろう。


 その場合、いずれ鉄道は大陸中に張りめぐらされるとしても、その建設には相当な時間を要するので、当面は海運が主になる。キシジマの港に、しかるべき漁港も兼ねた護岸施設を建設し、用途に応じた船を造れば漁業の振興、海運による貿易の両方が叶うのだ。


 こうした構想を聞いたキシジマ伯爵は夢中になった。それまでは外国との貿易はあっても、国も貧しさもあって細々としたもので、漁業もボートのような船で漁獲をする小規模なものであった。


 ライは伯爵にさらに鋼鉄船の建造を持ちかけた。キシジマ領のある湾は波も穏やかであったが、外海に出ると、木造の数百トンクラスの船では耐えきれないほどの波が起きることはまれではない。


 だから、貿易船としては積載量が数千トンのもの、漁船としては湾内用には数十トンのもの、外海用には100トンを越えるようなものを、図で示して提案したのだ。一方で、貿易港としての建設は外国との交渉も必要になることから、一貴族家の範疇を越えているので、王国として実施すべきと提言している。


 とは言え、水産会社を運営するだけでも、その将来は極めて明るい。ラマーマ湾とその外海の魚影は極めて濃いことが判ってはいたが、消費地への運送の問題があって、干物か塩漬けにするしかなかったので、それほど消費は広がらなかったのだ。


 それを、生の状態でしかも冷凍・冷蔵して運べるとなるとその消費地は国内に限らない可能性もある。それに加えて造船所の立ち上げが必要になる。造船所は、いずれにせよ海に面した場所につくるようになるので、これも立地はキシジマ領である。


 この場合は、鉄の材料がシラムカラ領から運ぶので遠くなり、従来であれば運ぶのに途方もない費用が掛かり実現は無理であったが、鉄道がある現在では十分可能である。キシジマ伯爵は、自領に水産会社と造船会社を設立した。


 株式会社組織にしたので、豊かな方ではないキシジマ伯爵家が地の利を生かして代表を務めることになった。ただ、基本になる港の造成、鉄船の建造、冷凍・冷蔵庫の製作、様々な魚類の加工食品の製造など、そのノウハウを持つのはライのみである。


 さらに、これらの事業展開についてはライの存在無くしてはあり得ないということで、キシジマ伯爵は双方の会社の役員にライを迎え入れている。

 現在、キシジマ港の造成は国が進めており、魔法使いも動員してすでに5千トン級の船が接岸できる岸壁と倉庫群が完成して、さらにそのそばには100隻程度の漁船が停泊できる船溜まりが2つ設けられている。


 造船所もすでに完成して、積載量2千トンの交易標準船は3隻、2百トンの外洋漁船は10隻、50トンの内湾漁船が20隻、加えて10トン内外の木造漁船が100隻完成してすでに運航を開始している。その結果、キシジマ港からはほぼ毎日王都に、またシラムカラ領には3日おきに鮮魚が届けられている。


 ライの話を聞く出席者は断片的にはこうした内容を知ってはいた。しかし、彼等にとって、全体を俯瞰的に見る立場であったライから聞くことは、一部については自社でも関係しているので、自分の商売への活用という意味で意義深いものであった。


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