第43話 ミーシャ出版業を起こす3
「不幸な結婚?」
ミーシャが聞き返す。
「ええ、彼女は本名をザイシャラ・ミスル・マスランと言う名であり、男爵家の2女です。王都学園を2年前に卒業していますが、学校の成績は最優秀の方だったようで、学業も真面目にやる傍ら小説にも打ち込んで書いていたようです。
学園では、少なくとも女子生徒は全て令嬢マゼリアの冒険を読んでいたようですので、有名人だったのです。しかし彼女の実家の男爵家が商売に失敗しました。ご存知の通り、ライ様が起こした様々な開発の中で、沢山の産業が起き成功したものが多くでましたが、失敗した者も少なくはありませんでした。
しかし、それは結局見通しが甘かったとか、やり方が悪かったからですが、マスラン男爵もその口で、ある意味では仕掛けられたと言っていいかも知れません。それで、マスラン男爵家はあのシーダル商会にそれなりの借金を抱えました」
「シーダル商会、ふーん。あのシーダル商会ね」
カーミラが頷くのに、ミーシャが尋ねる。
「知っているの?その商会を」
「ええ、知っています。言ってみれば、真似商会ですね。わが社の製品なんかを真似て少し安く売る。それも、いかにも同じものですよというような宣伝でね。ただ私どものような新参ではなく歴史はあって、長く王都で商売をしてきています。
貴族のお客も多く抱えているようです。いずれにせよ、あまり評判のいい所ではないですね」
カーミラの言葉をダンカンが引き継ぐ。
「ええ、まさにそういう商会で、ある真似商品を売りだして売れず、その損害をマスラン家に押しつけた格好です。それで、その借金の引き換えにお嬢さんを我が息子にということです」
ダンカンの話に、ミーシャが心配そうに聞く。
「そういうことだと、彼女はもう?」
「ええ、ザイシャラは卒業後すぐに、シーダル商会の会長の長男のアリダスに嫁ぎました。まあ借金のかたですね。才女だった彼女ですから事務をやっているようですが、あまりなじんでいないようですね。また、アリダスという男は余り評判の良い男ではありませんで、2人から3人愛人を抱えているようです」
「ふーん、借金ていくら位?」
ミーシャが聞くのに、ダンカンが答える。
「はっきりはしませんが、どうも百万ダラン程度のようです」
「ふーん、まあ大した金額ではないわね。そのくらいは場合によっては契約金で払ってもいいわ。いずれにせよ、まず会ってみましょう。事務をしているということは、家庭に入り込んでいる訳ではないでしょうから、会うのは難しくはないでしょう?」
ミーシャは更に聞く。
「ええ、事務所にいる彼女に彼女の本のファンが是非会いたいということで、明日約束を取り付けてあります」
「うん、ありがとう。手際がいいわね。彼女はどういう感じで受けたの?」
「ええ、彼女は見たところやつれた感じですが、ファンが会いたいという話をするとパッと明るくなりました。それを横に居た亭主のアリダスが『許さん』と言ったのですが、彼女が『私はあなたの奴隷ではありません』と言い返して決まったのです。
あれは相当に夫婦仲が悪いですね」
ミーシャとダンカンのやり取りにライが口を挟む。
「うーんとね。なかなか興味深い状況だが。面白い話があるんだよね。シーダル商会が真似商売という話があったが、例の特許制度を厳格化しようということが半年前に議会できまったのだよ。知っているかな」
「ええ、新聞で読みました」
カーミラ、ミーシャともに頷く。
「このまえ、宰相に会った時に聞いたけど、近く実際に取締りに入るらしいよ。とりあえずは一罰百戒で目立つところを、摘発するらしい。当面は実刑でなく罰金らしいがね。どこという話は出なかったけれど、カーミラが良く知っているくらいだからそのシーダル商会も危ないのではないかな」
ライのこの言葉にミーシャは悪そうな顔をして頷く。
「いいわね、それは。まあ、いずれにせよ本人に会っての話だわ。ところで、後2人の作者、モリン・カズラム、ジミール・カレーズはどうでした?」
「ええ、いずれも居所も知れて、連絡もついています」
ダンカンのが答えるが、これら2人もペンネームであり、1人は王都学園、もう一人は騎士学校の時代に書いていたもので、比較的よく知られているので、追跡は容易で明日中に会えることになっている。
ミーシャの話が終わったあと、王国政府との付き合いが深いライが、最近の国の動きの話を始めた。この話は、日の出商会の経営層には重要な話であるので、各部門の長が会議室に集められて話を聞いている。
「ええと、皆も知っての通り、王国5カ年開発計画は今年で4年を過ぎたところです。過去4年の経過は順調であり、すでに国民総生産を3倍にするということについてはすでに目標を達成しています。
ただ、この点は通貨が多く出回り始めたことで50%程度のインフレがあるので、実際の豊かさとしては2倍程度でしょう。
国民総生産については、4年前に始めて出てきた言葉で、いろんな統計から我が王国のそれが、120億ダランと推定されましたが、昨年末で380億ダランと見込まれています。人口については、4年前の時点では5百万人と推定されていましたが。2年前の国勢調査で533万人ということがわかりましたので、概ね正しかったのですね。
だから、4年前には一人当たりの生産は2千ダラン、現在では概ね6千ダランということですね。近隣諸国である程度信頼性のおける統計数値があるのは、サンダカン帝国ですが、かの帝国の人口は概ね4千万人で一人当たりの生産額は概ねやはり6千ダランです。
だから世界で最も豊かと言われるかの国に一人当たり生産額、豊かさは追いついたわけです。しかし、人口で7倍くらいの差があるので、国力も同じ差があります。ただ、我が国は相変わらずすごい勢いで経済は成長していますので、割にその点は安定しているというか、勢いのない帝国にどんどん近づいていっています」
ライは一旦言葉を切って15人ほどの出席者を見渡す。皆が熱心に聞いているのを確認して続ける。
「さて、皆さん熱心に聞いて頂いているようなので、すこしこの経済成長がいかにして成し遂げられたか説明してみたいと思います。この経済成長の源泉は何といっても、国内の莫大な建設投資です。
もともと、我が国の富の源は食料で、その生産・加工、売買による生産額が概ね半分を占めていました。また我が国の労働力の概ね7割はその生産・加工・売買に携わっていたのですが、それでも食料はぎりぎりの量しか人々に出回っていないので、極めて硬直的な構造でした。
しかし、魔法の処方による身体強化、国民の1割以上が魔法を使えるようになったことが、状況を大きく変えました。このことで、肥料が生み出され、かつ農作業においてかってのように一家総出である必要はなくなりました。
つまり、おそらく労働力の3割以下が農業に携わることで、単位面積あたりにかつての2倍以上の収穫ができるようになったのです。このことで、莫大な余剰労働力が生み出されました。
もし、この余剰労働力の使い道がなければ、これは一面で極めて社会的に危険なことでした。しかし、幸いにしてこの労働力を活用して、各貴族領では同時に導入された様々なノウハウや技術を活用しての公共事業、産業が一斉に興り、この余剰労働力はほぼ完全に吸収されて、人々の家計を改善するのに貢献しました。
こうして起きた産業は、道路や様々な土木工事さらに建築を行う建設工事が最も代表的で規模が大きいものですし、それにかかわる、木材、石材、ガラス、砂利や砂の材料の採取と加工があります。さらに殆ど新たに始まった家畜の乳畜産、また醸造、製塩を含む食品加工、石鹸、紙、家具製造、窯業等もあります。
また忘れてはならないのは、大規模な製鉄業の勃興に伴って安くなった鉄を使った様々な鉄製品、機械工業があり、それに派生して石炭産業、石油産業も形成されました。こうした、産業は今までに比べると格段に規模が大きいものであり、そのためには大きな投資をする必要があります。
しかし、率直に言ってかってのラママール王国にはこれだけの産業を興すだけの資本の蓄積はありませんでした。じゃあ、どうしたのだと思いますか?ええと、カーミラやジョセアは知っているから他の人は?」
ライは聴衆に質問をした。何人かが手をあげるが知っているダンカンを指名する。
「はい、ダンカン君、どうしたのかな?」
「国内にお金がなければ、国の外から借りるしかないと思います。だから、世界一豊かなサンダカン帝国から借りたのだと思います」
ダンカンが答えるのに、ライは笑って応じる。
「うん、いい目の付け所だけど、実際はそうではなかったし、多分頼んでも無理だったろう。実は、新しい貨幣を作ったのだよ。覚えているかな。その頃に十万ダラン白金板が出されたことを。当時千ダイン金貨しかないところに、百倍の十万ダラン白金板を一万枚、つまり10億ダラン分発行したのだよ。
これは完全に合法だよ。王国には貨幣を発行する権利があり、その額面などは好きに決められるのだ。そして、王国政府は、設立された会社や、領を持つ帰属など、大きな投資をしようとするものにこの白金板を貸し出したのだ」
とは言え、ある意味これは危険な行為ではあった。そのようにして、貨幣がじゃぶじゃぶ出回るとそれを使って人々はものを買おうとするよね。そこに、ものが無ければ物の値段は際限なく上がって人々を苦しめることになる。
しかし、王国には身体強化ができ、魔法を使える人々が新しい技術で作る莫大な量のものができ始めていた。とりわけ食料はすで過去の2倍を越える収量を上げていたし、様々な野菜なども作られ始めていたので有り余るほどあった。
無論様々な用途に使われるもの、例えば石材とかガラスとかは短期的に足らないことはたくさんあったよ。しかし、それらは時間の問題で解決されることは明らかであったので、そのほど物価の上昇に結び付かなかった。
そうは言っても、過去4年で5割程度の物価は上昇しているけれど、なにしろ均して3倍の収入になっているわけだから苦情を言うものはいない」
ライはそうは言うが、十万白金板の発行は賭であった。200グラムのこの板に白金は入ってはいるが僅かで、ニッケルやクロムを含んだ合金である。5カ年計画を実行するためには莫大な資本が必要なことは明らかであり、国内で調達できないことはこれまた明らかである。
国際金融の考えがないこの世界で、他国から借りることもまず不可能であろう。だから、ライは国としても5カ年計画を策定した時には、国の信用で通貨を出してそれを原資にするしかないと思っていた。
この計画がうまくいくことに彼は完全に自信があった。この場合のリスクはハイパーインフレであるが、この場合は計画が進むにつれてどんどん生産高が上がってくるので、インフレ気味にはなるであろうが、10倍とかのインフレはあり得ないと思っていた。
だから、まずシラムカラ侯爵を説得して味方につけて、王太子、宰相、国王と説得してこの白金板の発行に踏み切ったのだ。当初発行が1万枚の予定がそれでは必要な融資に足りず、結局現在では発行は5万枚になっている。
計画は順調に進み、当初の借款の返済は順調に進み、8割が帰ってきているが、更なる資金需要がさらに膨らんで、現状では王国中央銀行の市中への貸し出しは35億ダランにもなっている。
いつも赤字に苦しんでいた王国政府は、税収が4倍以上になり、さらにこうした概ね無から生み出した貨幣によって、貸している金額を含めれば40億ダランの現金及び金融資産を持っている。十万ダランの白金板の原価は7百ダランなのだ。
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