第42話 ミーシャ出版業を起こす2

 ライの運転する乗用車は、駅の前の車寄せから街中の道路に走り出す。その王都でも最大の主要道路は樹木が植えられた中央分離帯があって、車道部が片側5mほどもある田舎から来た人には素晴らしく広い舗装道路であった。


 その広さでも、引っ切り無しに馬車が走り、中はトラックも混じっておりそれなりに混雑している。行きかう馬車は、ジュブラン領で最初に作られたゴム製タイヤにボールベアリングの車軸のもので極めてなめらかに走っている。


 ゴムタイヤと車軸のボールベアリングは魔法で作られ、その製法は秘匿されているため、現在のところラママール国でしか作れない。トラックは、国内ですでに千台以上が売られているので、王都ではそれなりに見かけるようになっている。


 これは、いわゆるボンネットタイプで荷台は木製のもので、後輪は2輪×2であり4トン積みである。従来、荷運びは馬車で行っていた。これは改良された足回りの馬車でも2頭引きで精々1トン積みが限界である。


そのうえ、速度はせいぜい5〜7㎞/時であったものがトラックでは4トンを積め、速度は40km/時は楽々出せるのでその輸送効率は段違いである。王国内では、旺盛な農産や、建設にともなう砂利、砂、石材にガラス、鋼材など重量物の運搬の需要はかっての桁違いに高まっている。


 従って、これらを扱う領主たる貴族家、商社、生産会社はこぞってトラックを手に入れようとして、ようやく大量生産に入ったそれは長い予約待ちになっている。その点では、乗用車はそれほどの切羽詰まった状態ではないが、貴族にとってはその地位を現わすものであるため垂涎のものとなっている。


 これも大量生産の体制が整って、かつ給油網が整備されたので、次々に生産されており、今からは年間数千台の供給はできるようになる。また、現在では貴族に限らず、多くの目端の利いたものが様々な商売を起こして成功を収めつつある。


 だから、彼等も優先するトラックが必要数揃えば、次は乗用車の購入に動くことは間違いないし、そのための財力もある。

 とは言え、トラックにしても、乗用車にしても鉄のコストが劇的に下がり、かつラママール国工業規格によって大量生産のシステムができている今、乗用車で小さめの家一軒程度の値段で、トラックはその2倍程度である。


 だから、国内でも乗用車のみで数年内に総需要は10万台を超えるだろうと言われる。さらには周辺国にも、ラママール国の馬のない車の情報は広がっており、当然購入は広がって行くであろう。

 だが、燃料の供給網が出来ないと、ごく特殊な用途にしか使えない。だから、乗用車をお販売するために、おそらく自動車の需要が最も大きいと言われるジルコニア帝国まで鉄道を延伸する計画が語られ始めている。


 駅から、5㎞約30分で日の出荘に着く。ちなみに、ラママール王国では現在度量衡はライがヒロトの知識から得たMKS単位系を使っている。これは長さはm(メートル)を基本として、㎜、㎝、㎞などを用い、重さは㎏を基本として、さらに時間は秒(セコンド)を単位としている。


 これは、ヒロトの記憶から大体でm原器、㎏原器を作っている。時間についてはゼンマイ巻きの時計を作り、太陽が同じ地点に来るまでを20時間として(つまり1日は20時間)1時間は60分、1分は60秒とした。


 実際にヒロトの知識で様々に測った結果、この世界サ―マラの自転速度は20時間足らずであるので、ほぼ1時間は地球と同じである。時間は太陽が最も高い真昼を10時、さらにその後10時間後の真夜中を0時としており、王国の役所等の勤務時間は原則、平均的な日の出から1時間後の6時から13時としている。


 また、太陽の周りの公転速度は約380日であり、季節はあるのでやはり公転面に対して地軸の傾きはあって、ライが大学の学者と共に測定した結果では12度である。ちなみに角度はこれも地球に倣って1周で360度にしている。


 後に、こうした度量衡については何が根拠か議論が起きたが、魔法と学問の祖と言われたライによる深遠な知識によるものということで済ませてある。一旦こうしたものは定着すると、度量衡は全ての工学のみならず生活の基礎になるので、一旦定着したものを替えることは事実上不可能である。


 日の出荘では、カーミラとジョセアに会うことになっている。今、日の出商会は20歳になったジョセアが会長になって、16歳のカーミラが副会長であるが、実質的には実権を握っているのはカーミラである。


 これは、商会の役員である最強の魔法遣いであるミリンダを始め、子供たちの母親役のクララ他の当初からのメンバーが深くカーミラを慕っていることによる。また当初から大人の立場で、子供たちを導いてきたイ―ガルは、67歳を越えてもまだまだ元気であり、常任顧問になって依然として商会の相談役になっている。


 また、イ―ガルは自分と同じように自分の商売を子供に引きついで引退していた仲間を数人商会に引き込んで、どんどん規模を拡大していく日の出商会の直面する様々な問題の処理に力を発揮している。


 日の出荘の屋敷は当初のままであるが、0.5ha余の敷地は今は鋼製の格子の柵に囲まれ、門は両開きの立派なものであるが大きく開いている。門を入ったところは車寄せになっており、その正面が3階建ての立派な事務所ビルになっている。


 最初にライが魔法で造った建物もまだ残っているが、今は3階建てになって1階は当初の予定通り倉庫、2階と3階は幹部社員の宿舎になっている。さらに、もう1棟、宿舎棟が敷地内に建ってこれは本部ビルと同じ規模なので屋敷内半分以上は建物で占められている。


 ただ、用地内の必要なアクセス通路を除いて空いたスペースには、様々な樹木が植えられてそれなりの潤いを持たせている。正面の建物は、社員が千人を越える日の出商会の本部ビルなので、その玄関先にも多くの人が動き回っている。

 

 ライは車を玄関わきの駐車スペースに止めて、「さあ、着いたぞ。降りて」ミーシャを始め同乗者に声をかける。車から降りた皆は、玄関脇の受付の女性に向かうと、受付の少女がライに話しかける。


「いらっしゃいませ。ライ様。お待ちしておりました。ジョセア会長とカーミラ副会長はお部屋でお待ちです。そちらは、ミーシャ様ですか?」


「ええ、ミーシャです。では、通りますね。ところで、ラーミラ先生とその2人を待たせて欲しいの」

 ミーシャが応じ、同行の3人について頼むと受付が答える。

「はい、そちらに応接室がありますからそちらにどうぞ」


 そこで、応接室に向かう3人を後ろにライが先に階段を上がるが、この商会では株の25%を持つ非常勤取締役のライですら、案内する人をつけるような無駄はしない。2階の奥の部屋の会長室をノックして「ライだよ」と声をかけると、中から応じる声がする。


「どうぞ、お待ちしていました。空いていますのでお入りください」

 そこには、長身で細面の20歳の青年会長のジョセアと、16歳でのカーミラが、座っていた椅子から立ち上がってライとカーミラを迎えて手を差し出す。カーミラは少女から女になりかけているすらりとした姿で、肩までの茶髪で縁取られた顔は柔らかな中にも厳しさがある。


 どちらも、ビジネス界で普通の服装になりつつある、スーツ姿であるが、ジョセアは紺の上下であり、カーミラはえんじ色の下はスカートである。いずれも千人の組織を動かすトップだけあって、若さに係わらず未熟さは見えない。


 彼等は、しょっちゅう会っているライとは、お互い特に声をかけることもないが、ほぼ1年ぶりのミーシャにはカーミラがその目を覗き込んで言う。

「久ぶりね。だいぶ身長が伸びたわね」


「ええ、カーミラさんは、もう身長の伸びは止まったようね」

 ミーシャは10cmほども身長が高い相手を見て応じ、カーミラも答える。


「ええ、今が程よいところよ。さあ座って、座って」

 席についたところで、ミーシャはおもむろに、見本刷りの本を3冊取り出す。

「ええと、これが“令嬢ミランダの冒険”の3部作よ。これを最初に売りたいの」


 カーミラとジョセアはその本を取って、暫くページを繰っていた。やがて、顔を挙げてミーシャを見て口を開く。

「いいわね。私も写本を手に入れて読んでみたけれど、これは本としてはずっと良いわ。あの物語だったら間違いなく売れるわ。実は、この写本を社員に読ませてみたのよ。皆夢中になったわ。でもどちらかというと女の子向けね」


 カーミラの言葉にミーシャがその思惑を述べる。

「そうでしょう?私は、これは売れると思うわ。でも、それ以上にこの作者にこんな面白い物語をもっと続けて書いて欲しいのよ。

 それに、他の3人のめぼしい作者も探してもらったけれど、彼らの本も出版したいし、さらに違う本を書いてもらいたいと思っています。とりあえず100冊くらいの本を印刷して売り出したいと思っています」


「ほう、なかなか野心的な企てだ、いいね。わが商会も本の出版のような文化事業に乗り出したいとは思っているのですよ。それで、どの程度の値段で売るつもりですか?」

 ジョセアがミーシャの言葉に応じて売価を聞く。

「ええ、ひとまず千部売れば利益が出る値段として10ダランを考えています。どうでしょうか?」


 ミーシャの答えに対して今度はカーミラが応じる。

「いいのじゃないかな。わが社の16歳以上の正社員が大体月給500ダランです。殆どは寮に入っていますから必要経費は150ダラン程度でしょう。だから、その気になれば30冊買えるわけです。

 年間、国の人口分の部数が売れるとして5百万部だから、5千万ダランの売り上げが年間です。それだけあれば、なかなかの規模の市場になりますね。わが社の売り上げがそれを少し超えた程度ですから」


「そのためには、弾、つまり作品が要るのです。そのためには、コンスタントに書いてくれる作者を集める必要があります」

 ミーシャが言ったところ、ドアにノックがある。


「ダンカンです」ドアの外からの言葉にジョセアが「入ってくれ」と声をかける。

 それは小柄でやせた地味なビジネススーツを着た少年であり、貧相な体に似合わず目は賢そうな光を宿している。


 日の出商会は会長・副会長を始め、孤児出身が大いせいか幹部を含めて社員は若いのだ。4人が座った机に近寄ってくる少年を、ジョセアが立ち上がって迎え、ライとミーシャに紹介する。


「ダンカン・マサダです。調査部門の責任者をさせています。今回、ミーシャさんが依頼した作者について調査をしてもらいました」


 ダンカンは、机を前に座るとノートを取り出して説明を始める。

「まず、令嬢マゼリアの冒険の作者、アミラ・ミモザルですが、この名前はペンネームで本名ではありません。そして、彼女は今不幸な結婚をして難しい立場にあります」

 ダンカンの説明は最初から波乱含みであった。


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