第40話 ラママール王国の躍進4
列車の車内は、少しの間居心地の悪い沈黙が漂ったが、ミーシャは気にせず本を取り出して読み始めた。これは、ワード・プロセッサで印字して魔法で転写したものである。活版印刷はさらに部数が多い場合に、魔法で鉛で原版を作って印刷することになる。
このように、ジュブラン領を始めとしたシラムカラ領と寄子領では、魔法式のワードプロセッサと連動した魔法による活字化によって、効率よく印刷が可能になっている。無論その前提として安価な品質の良い紙が必要である。
この点は、すでにザーシラ大森林の森林を用いて製紙工場がミズラ湖のほとりに建設されて、そこで作られた紙が鉄道で王都を始め国中に配送されている。これは、それまで使われていた羊皮紙に比べ1/10程度の値段で売られている。
これ結果、羊皮紙かまたは石板や木の板に書きつけられていた、様々な覚えがき記録が紙への記述に変わってきている。活版印刷によって最初に印刷されたのはジュブラン領の開発5カ年計画であり、次いでシラムカラ侯爵領及び寄子領の開発5カ年計画である。
とはいえ、これらの印刷はせいぜい数十冊単位であり、次いで、急ぎ準備され印刷されたのは初等、中等までの教科書である。これらは、読み方、書き方などの国語、計算の方法を示し、様々な数の取り扱いを示した算数、王国の成り立ち・仕組みを示した社会・歴史、それに地理であった。
これらは、シラムカラ領にあった寺子屋レベルの学校に一応羊皮紙の教科書があったので、これにライが日本人ヒロトの記憶から捕捉したものが最初の教科書となった。これは、いままで知られていなかった、水の性質などの科学知識を含んだものであった。
その内容は王立大学の教授連に大きな衝撃を与え、数年の間真贋論争があったが、ライによる実験によって目の前で多くのことが実証されて、実証が容易でない内容も真実であろうということで、決着がついた。
これらは、何度も改訂されて、現在のものは5回の改訂を経ており、加えて高等学校の教科書が用意されている。これらはシラムカラ領周辺のみならず、現在では全国に配布されていることから、その印刷数は数万部になっている。
その後、すでに羊皮紙の本になっているもので、めぼしいものを紙の本に写して一般に販売する事業をシラムカラ領で実施し始めて、実に数百の本が再度世に出た。その中身は、歴史的なもの、紀行史、地理、農業、鉱工業、工作、鍛冶、軍事、政治、外交、調査記録、哲学など多様なものであった。
これらは、今後の王国の発展のために必須のものであるため、当面印刷物にして、著者については並行して同意をとって、印刷した本の価格の一割の印税を払うという形をとっている。
いずれの著者も、自分の本が誰にでも読みやすい形になって、かつ場合によっては大量に人々に読まれるうえ、更に多少なりとも収入になるということで大喜びであった。当然、娯楽のための小説も印刷するということになるが、この場合にはそれほど緊急性はないということで、後回しにされてきた。
しかし、ライが王都からジュブラン領持ち帰った大量のその種の本、無論羊皮紙のものであるが、これをミーシャは片端から読破した。ライが持ち帰ったのは、娯楽ものの小説、月刊誌等も必要だと思ったからである。
すでに王都では週間2部の新聞が発行されて、現時点でも王都で5千部が読まれており、5千部が鉄道でシラムカラ領を始め地方にも配送されている。その新聞については、従来から魔法を使ったガリ版すりのような形で、月刊新聞を小規模に出版していたグループがあった。
これは羊皮紙を使ったものであった上に、発行部数も3百足らずであったので一部当りは高価にならざるを得なかった。そこに、王都にもシラムカラ領から羊皮紙に比べ一桁安い紙が供給されるようになった。
そのグループの責任者であるジリアル・カマーズは、単価を下げて購買数を増やそうと紙の配送と販売をしているシラムカラ商事に商談に訪れた。その話をライが聞きつけて、資本とワープロを提供して人員を大幅に増やして、発刊頻度をあげるように促したのだ。
カマーズは喜び勇んで販路開拓につとめたが、それに当たってライのアドバイスで一部の値段は1/3として当初は週1回の発行とした。カマーズは採算がとれるか心配であったが、活版で読みやすくなった上に1部当り大幅に値が下がった新聞はどんどん売れるようになった。
また、その時点では鉄道は開通しているので、夕方刷り上がった新聞は翌朝には鉄道沿線には届くのだ。今も販売数は月ごとに倍々ゲームで増えている。ライにとっては、進めている学校建設にともなって、近い将来発行部数は数十万部になることは自明の理であるのだ。
ライとしては、ミーシャが本の虫であることは承知している。これは、彼は妹の勉強の一環として、過去王都から余り過激でない写本をしばしば持ち帰っていたが、そのいずれもミーシャがすぐ読んでしまっているのに気づいている。
また、それぞれの本に対する感想も聞いてみているが、歳にしては極めて的確な批評をする点も評価している。そこで、若すぎることは承知の上で、ミーシャに娯楽本の出版をやらせようと思って、大量に写本を持ち帰ったのだ。
その大量の本を読んだ(羊皮紙なので、量の割に記述した文字の量は少ない)ミーシャは、いくつかの作品と作者に目星をつけてワープロにより試し刷りのサンプルを用意して、それを持って作者と交渉しようということである。
なかでも、ミーシャが気に入っているのは、「令嬢マゼリアの冒険」と言う名の恋愛が絡んだ冒険ものの本であり、羊皮紙の本では10分冊であったものが、250頁の3分冊にまとめられている。
この本は元々王都学園の生徒だった女学生が書いたものであり、それがたちまち学園内で大評判になり、それが生徒の父兄にも広がっていって、写本も学園内及び学園の父兄によって数多く作られたものだ。
しかし、作者はその本の作者と知っているものからは称賛の言葉はあり、貴族などから一緒に食事に招待されて、こずかい程度を貰うことはある。だが、実質本による直接の収入はない。
ミーシャは今王都に向かっているのは、気に入った3人の作者に会って出版の同意を得ることと、プロの作家になってもらおうと思ってのことである。ミーシャもライから話を聞いて、今後国民皆が字を読めるようになった時には出版業が盛んになることは明らかである。
そして、その際には如何に優れた作家を確保するかが大きな問題であると思っている。ただ、本音の部分で言えば、こうして行動を起こしているのも『もっと面白い本を読みたい』というのが殆どの動機である。
彼女と一緒に来ているラミーラは実のところミーシャに劣らぬ本好きで、王都学園の在校時は夢中になって寮に保管されている本を読んだものだ。従って、ミーシャが小説の出版事業を始めると聞いて、夢中になって賛同して最大限の協力をすることを申し出ている。
幸い彼女は、「令嬢マゼリアの冒険」の作者アミラ・ミモザルの現在について、同級生の伝手で聞いている。さらに他の2人の作者についてもその現況を卒業生のネットワークの中で調べることが出来ている。
そこまで判ればあとは容易なことで、シラムカラ商事の王都支店から人を出して、すでに面会の約束を取り付けている。なお、こうした作者は、殆どのものが王都学園か同様な学園の生徒の時に書き始めるようだ。
これは、周りに新作を待ち構えている仲間がいて、すぐ反響があるのでモチベーションも上がるし、書き続ける動機にもなることが大きい。かつては今のように国民すべてが通うような学校がなかったために、小説レベルの本を読めるレベルで教育を受けているものは少なかった。
所詮、小説などを読むものは、貴族の一族か、平民でも王都学園の入るほどの家の者に限られてきたが、その状況を全国に作られた学校が変え始めたと言えるだろう。
さらに作者についても、貴族かまたはいいところのお嬢さまか坊ちゃんしかありえなかった。
それが、今や国民のすべてが読み書きができるレベルの教育を受けることを考えれば、平民の貧しい階層、それこそ孤児であったものからも出てくる可能性もある。
なお、16歳になったカーミラ率いる日の出荘は、その後も孤児を受け入れており、現在ではすでに、そのメンバーは200人を越えている。
当然そうなると当初の一棟のみでは手狭になったので、同じ敷地内に他に2棟が建って、すでに敷地は一杯になっている。ライもちょくちょく顔をだして協力していることもあって、日の出荘に住んでいるものは、5歳以下の25人を除いて皆魔法の処方は済んでいるので、立ち上げた日の出商会の何らかの役割を担っている。
また、彼らは、最年長の20歳のものも、継続的に勉強を続けており、年長の者の勉強は外部から、報酬を払って教師を呼んでいるが、15歳以下のものの教育は十分内部から教授ができている。
彼らは、今は一切外部の援助に頼ることなく、一切の生活費を自ら稼いでいる。日の出商会は今や3つの工場と2つの店舗を持って、最初からの商売であるマットの生産とその後始めた、ガラス食器、木工品製造、さらに肥料の生産を行っている。
さらに、自分の製作品の販売と共に、ジュブラン領を含むシラムカラ領群から鉄道で運ばれる、肉類、乳製品、酒類の他様々な紙の加工品等の販売を行って、200人の孤児の生活費を賄い、ある程度の給料を払い、蓄えを増やしている。
この給料は、王都で若いものが働いて得られる額の半分程度であるが、商会は彼らが家庭を持つ場合にはまとまった額の手当てを出し、かつその後は普通以上の給料を出せるだけの収益を上げている。
結局日の出荘の子供たちは、日の出商会という彼らが大人になっても十分な収入を得られる組織の一員であるため、安心して働きまた学んでいる。彼らの生活の一部が毎日の勉強となっており、大人になった時にはその勉強の成果を生かしてより高い能力で働かなくてはならないという高いモチベーションもある。
このため、彼らの学業のレベルは、同じ年齢であれば王国ですでに実働している初等、中等、高等学校をも越えている。これは、カーミラから『親がない自分たちは、人より頑張って人より高い能力を身に着けないと、人並の生活はできない』折りに触れてはっぱをかけられている成果でもある。
これら孤児たちは、孤児という環境に置かれるだけのことはあって、頭脳・体力・鋭敏さの面で素質に恵まれているものは少ない。だから、マネージャーとして働けるようになるものはそれほどの人数ではないであろう。
しかし、幼いころから働いてきた、同じ種類の仕事を同じ環境で続けるのは、どの子でも将来に渡ってできるだろう、というのがライの思惑である。この日の出商会については、対外的な面から商会長には日の出荘でそもそも最初から協力していた、老イ―ガルが勤めている。
また、商会にはイ―ガルの伝手で、彼と同じように一線を引いた元商店主、元工務店主などが出入りして様々な相談に乗っている。
こうした、元孤児の強みは街の隅々を知っていることで、ミーシャの依頼で小説の作者を探し出したのはこれらの日の出荘の子供たちである。むろん、面会の約束はシラムカラ商会から大人が当たった。
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