第39話 ラママール王国の躍進3

 ミーシャは、王都行きの急行列車に乗っている。ジュブラン駅から王都中央駅まで約530㎞であり、5駅しか止まらない今乗っている急行列車と、全ての駅である18駅に止まる普通列車が走っており、急行列車は指定席1両と自由席3両がある。


 指定席は自由席の2倍の値段なので、ジュブンラン伯爵家のように貴族か裕福な平民など経済的に余裕のあるものしか乗らず、いまも半分程度の空きがある。シラムカラ市発のこの急行列車は、一日一便で朝8:00に出発して約6時間後14:00に到着するが、自由席はほぼ満席である。


 なお、同じ区間には普通列車も一日一便走っており、これも同じ列車構成であって、所要時間は8時間程度である。さらに、同じ区間には貨物専用列車も走っているが、夜間に1便、昼間に2便になっている。


 機関車は、夜明け号と名付けられた蒸気機関車であるが、これが4両の客車を最高速度90kmで引っ張り、10両の貨物列車は最高速度60kmで引っ張る。石油の精製工場が稼働し始めたのは半年前であるため、すでに実用化されている列車の機関車や工業用途の動力は蒸気機関が使われている。


 しかし、すでに内燃機関は実用化されており、馬車にとって代わるべくトラックがすでに販売され始めている。ちなみに、ゴムタイヤとボールベアリングを用いた馬車はジュブンラン領のみでなく王都でも作られており、すでに数千台が使われているが、今後トラックに順次入れ替わることになる。


 乗用車の普及は少し遅れており、トラックがすでに千台に迫る生産に対して今のところ50台未満の生産であり、王族や高位貴族に優先して納品されている。トラックを含めた自動車生産は、シラムカラ自動車工業(CVP(株))が今のところ独占して生産している。


 工場はシラムカラ市郊外に年産能力トラック5千台、乗用車1万台のものが建てられている。これら機関車・自動車は、ヒロトの進んだ知識によって設計・生産されているので、エンジンそのものは地球での少し前のものほどに効率が良い。


 蒸気機関については、使っている石炭の質が良いのでばい煙はそれほど濃くはない。ライとしては、鉄道の機関車は余りばい煙が黙々と出るようだとコークスを使うことも考えた。

 だが、それほど便数も多くなく、先述のようにばい煙も許容範囲なので、石炭をそのまま使っている。しかし、将来は内燃機関に代えるつもりだ。


 自動車は、排ガス浄化装置まではつけてはいないので、ある程度のばい煙は発生するが当面は、交通量がある程度増えるまではそのままで大丈夫だとライは判断している。またその形状は、板金技術が未熟のため形は角ばっており、言ってみればフィリピンのジプニーのような趣である。


 CVP(株)の大株主であるジュブラン家にも当然乗用車はあるので、家から駅までの僅か2㎞の距離ではあっても、荷物もあるのでお付きのラミーナと護衛のジャラム、カザラム共に、今朝その5人乗りの車に乗って移動している。


 ラミーラは、ミーシャのお付きの家庭教師兼侍女であり31歳であるが、没落貴族の娘であり商人の夫の間に2男1女が居る。彼女の夫のカザルルは成長著しいジュブラン領で、商売をしようとやって来たが、ラミーラと共に王都学園を卒業したその才能を見込まれて、ジュブラン工業(株)の醸造部門の責任者を任されている。


 その中で、ラミーラはジュブラン家の人々と知り合う中で、先進的な知識を持ち魔法に長けてはいるが、歴史や地理、さらに貴族社会での常識を知る必要があるミーシャの家庭教師に請われたのだ。


 護衛のジャラム、カザラムは遊撃隊の隊員であり、それぞれ17、18歳の農家の息子である。順風満帆のように見えるラママール国において、伯爵令嬢であるミーシャにこのように護衛が必要な理由は、当然ながら余り褒められたものではない。


 それは、近年のラママール国の貴族間に渦巻く暗闘である。ラママール国は従来貴族の権力が強く、貴族会議による決定が国としての方向を決めることが殆どであった。ところがライによって持ち込まれた、魔法の処方を含めた新知識によって、否応なく様々な改革が行われている。


 それらの改革は結果として、王家からの意向として王国政府を中心として実施されて来たために、国王の権限の強化に繋がっていった。また、その改革は明らかに各々の貴族家にとっても利のあるものであったために、拒むという選択肢はなかった。


 王都と境を接するタラマラマ公爵家及びローカリル公爵家を中心とする、主として王国の西部の貴族たちがこうした貴族派の中心勢力であった。シラムカラ公爵家は王国派の中心勢力であったが、首都を遠く離れそれほど勢力はなかった。


 さらに、相対的に弱い権力基盤が、元シラムカラ外務卿がもっと勢力のある政敵によってその地位を追われた原因でもあった。しかし、今や様々な改革の中心地になったシラムカラ家は侯爵から公爵へ陞爵した。


 さらにはその寄子であるジュブラン家に至っては男爵から伯爵へと2段階も陞爵したうえ、その2男が10歳台の初めに独自に男爵を受爵している。加えて、シラムカラ公爵領には国に唯一の製鉄所があり、すでに高価だった鉄を安価に王国中に供給しているため、様々なものに鉄を広く使えるようになっている。


 さらに、シラムカラ家とその寄子団で始められた開発5カ年計画は、国全体に広げられており、そこで試行されて実用化された様々な技術が全国に広がっている。こうしたことを考えれば、王家が率先してシラムカラ家や、その寄子団の地位を引きあげることを拒む要素はなかった。


 それに加えて、大きな要素として、魔法の処方があった。処方は、無論ライの手で始められて、全国に広がっていき、今や王国の8歳以上のものは全て処方が終わっている。その結果、身体強化はほとんどすべての国民ができるようになったが、魔法については魔力の強いもののみが可能であった。


 魔力は、基本的に知能の高いものが強いという傾向になっており、流石に貴族は遺伝的に優秀である可能性が高いため魔法が使えるようになる割合が高い。魔法を使える平民と貴族の一族を比べると、大体平民が10%程度、貴族の一族が20%程度という割合になっている。


 そうはいっても、貴族の一族の人数の割合は国民の所詮10%以下、平民が90%以上なので、魔法を使える平民の方が人数としては5倍程度いるわけだ。

 また、魔法を使えるものの20%程度は、肥料を始めとした様々な化学合成が可能であったり、醸造、機器製作、食品、ガラス・窯業など製造工場の生産の一部を担う欠かせない要員として働いている。


 例えば肥料合成の出来る、あるいは製紙工場のパルプ製造を行う、さらには赤熱した鉄をエンジンなど様々な形に整形できる魔法使いは、極めて数が少ないため高給を得て引っ張りだこである。


 このような、代替が容易でない能力の持ち主の魔法使いが平民に数多く現れると、貴族の立場が相対的に弱くなるのはやむを得ない。その状況を貴族派の貴族たちは大いに憂いて、シラムカラ家やジュブラン家を恨むものが多い。


 実際に、その元凶であるライの暗殺を狙った事件が立て続けに起こった。だが、様々な悪意さらに危険を魔法で知ることができ、最強の魔法を振るうライを暗殺者ごときが殺せるわけもなく、全て撃退してきた。


 しかし、暗殺者を捕らえてみても放ったものを突き止めることはできたのは、ある男爵家の当主のみで根源までは届いていない。ジュブラン領には、流石に暗殺・誘拐の手は届かないが、シラムカラ市において、まだ幼いミーシャが一度攫われかけた。


 しかし、遊撃隊で訓練を受けており、様々な魔法を使えるミーシャを攫えるわけはなく。誘拐犯は昏倒させられて捕らえられて未だ牢に繋がれている。しかし、攫われることはともかく、殺そうとされた場合には、単独では危ないので、その後はミーシャにはジュブンラン領から出るときは必ず護衛がつくようになったのだ。


 列車は、ジザーララ侯爵領の領都のジザラに到着して、空が多かった座席に向けてどやどやと乗客が乗り込んでくる。座席は向かい合った席に2人ずつ4人が座るようになっている。

 動きやすい遊撃隊の制服であるキャロットスカートに肩章のついた軍服風の上着にベレー帽に身を包んだミーシャと、地味なドレスのラミーラが並んで座っている。その向かいには、遊撃隊の男物の制服姿に拳銃と短めの剣を吊るしたジャラム、カザラムが座っている。


 その横の席に、恐ろしく派手なドレスを着たミーシャと同じくらいの歳の女の子が、黒っぽい服の地味なドレスを着た中年の女性一人と、護衛だろう2人の逞しい男の兵士らしい者達を従えてやってくる。


 その娘は自分たちの席であろう空いている4つの座席と、座っているミーシャたち4人を見て、中年女性に顎をしゃくる。

「あなた達、その席を半分譲りなさい。この方は、ジザーララ侯爵家のミモザお嬢様よ。それ、その男たちはあちらの席を予約しているので、あちらに座りなさい」


 中年女がしゃしゃり出て、高飛車に要求するが、ミーシャはちらりとその女の顔を見て、無視すると、ラミーラがそっけなく返事をする。

「お断りします。あなた達は4人なのだから、その座席に座れるでしょう」


「侯爵家のお嬢様が、兵士と同じ席で座れるわけはないでしょう!平民ずれが生意気な」

 切れかけて女が言い募るが、ラミーラは平静な声で返す。

「こちらは、ジュブラン伯爵家のお嬢様です。そちらのお嬢さまが侯爵家の方といえども、命令されるいわれはありません」


「何を馬鹿な!そんな恰好をする伯爵令嬢がいるわけがないわ!待って、ジュブラン、あのライ・マス・ジュブランの妹なの?」

 今度は女の子が聞くのに、ミーシャが横目で見て答える。


「そう、ミーシャよ」

 12歳で男爵を受爵したライの事を、ラママール国で知らない者はいない。さらに、その年齢に不釣り合いな知識と異常なまでの魔法の強力さも良く知られており、その2回も陞爵したジュブラン家と、その家族のことも貴族であれば知っている。ミモザは目に見えて怯んだ。


「ま、まあ、いいわ。あなたたちは向こうに座りなさい」

 それで、兵士にそう言って、2人掛けの椅子にそれぞれお付きの女と向かいあって座り嫌みを言う。


「伯爵家の令嬢が、そのような兵士のような服を着て、兵士と一緒に座るとは。ジュブラン家はよほどケチなのね」

 しかし、ミーシャは無視するが、向かいに座った2人の遊撃隊員はその言葉に怒ってミモザを睨む。


 それに対して、まだ席につかず主人の横に立っていたミモザの護衛の兵士がジャラム、カザラムに詰め寄り、腰に下げた剣に手を掛ける。

「無礼な!兵士ずれが、侯爵家のお嬢様をそのような目で見るとは!」


「うるさいわよ。他のお客様に迷惑でしょう。一方的に因縁をつけて少し恥ずかしいのではありませんか?まだなにかあるのなら、降りてから話をお聞きしましょう。この中では静かにしてください。あなた達も座りなさい」


 ミーシャが兵士に向けて言うと、ミモザは咎めるような周囲の客の視線に気が付き、兵士を席に着かせる。


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