第38話 ラママール王国の躍進2

 ミーシャ・マス・ジュブンランは、ライの妹であり11歳だ。父ラジル・マス・ジュブランは、男爵から順調に陞爵して今や伯爵だ。これは、息子のライが少年の身で男爵になったため、それと釣り合いをとるための意味合いが強い。


 とは言え、ジュブンラン領は様々な改革の先進地区として、ラママール王国のみならず近隣諸国からも知られている。このため、その農業・鉱業の実際の隆盛のために他の領からの人口の流入があい次ぎ、すでに人口が1万を越えて伯爵領としてもそれほど恥ずかしくない規模になっている。


 ライが覚醒した時の、領の人口は1200人で本当に貧しい領であったが、面積は50k㎡もあって1万の人口でもまだ十分スペース的な余裕はある。当初の開発計画では、計画開始後3年すなわち1年半前の時点で、人口を2500としていたのが、実際には5千人を越え、過去1年半でさらに倍になったわけだ。


 さらに、その教育レベル、財政状況はその豊かさは王都を凌ぐと言われるシラムカラ公爵(シラムカラ家も陞爵を受けた)領とその寄子領の中でも随一であり、この点でも伯爵として十分釣り合っている。


 父と母のミワーランの間には、妹のリリーカルが誕生して今4歳であるが、丸々して目がぱっちりした彼女は、家族のみならずジュブラン家に働く使用人、さらに家に訪れる人々から人気者である。


 ライの話では彼女の魔力が強く逆に危険なので、ある程度自制ができるようにならないと、魔法が使えるようにする処方は出来ないということだ。ラママール王国はもともと貧しい国だった。


 だから、王室を始めとして貴族も仕事に打ち込んで、あまりパーティなどで費用をかけた派手なことはせずに来ていた。これは、そのような余裕がなかった言った方が正しいであろう。


 現在では、王国はかってに比べて随分豊かになった結果、貴族同士の行き来が増えて社交もそれなりに行われるようになった。しかし、貴族たちの質実剛健なところはあまり変わらず、やはり派手なことをする貴族は稀であった。


 このことは、一つに余りに変化が早すぎて、それについていくには遊んではいられないという点も大きかったのだろう。貴族同士の交際も、遊びに他の領に行くというより、他の領でやっていることを視察に行くというものが多かった。


 実際にジュブンラン領などは、国内の大部分の貴族とその家臣が訪れただろう。だからジュブンラン家として、案内役の家臣を雇ったほかに、最大10組程度の訪問者を泊めることのできる、専用の宿を用意した。


 これは、訪問する貴族家全員を無料で止める訳にもいかないので、有料として、その代わり一切のお土産は不要ということにした。実際、貴族同士では、相手を自分の館に客として無料で泊める代わり、それに相当する高価な贈り物が必要だった。

 だから、このようなジュブラン家の決まりは好評であったし、その後王国における貴族同士での行き来はこれに倣うようになった。


 長兄のシラムカラは、すでに18歳になり今年から領に帰っている。王都で新しく設立された王立大学に進学するという話もあったが、おそらく大陸でも最も先進的なジュブラン領で、父を助けてその運営を担った方がずっと将来のためになるということで、領に帰ったものだ。


 13歳になった兄のライは、年間の1/4程度ジュブンラン領に帰ってくるが、他の時期は王都に滞在している。彼の、今のところの正式な身分としては、王国政府の科学顧問であり、王国でも特例中の特例で12歳にして男爵を受爵している。


 年齢的には中学校の生徒であるが、大学で教えている一方で、学ぶ点ではこの世界の一般教養、歴史、地理、貴族としてのたしなみ・教養に係わるものを選んで、中学校、高校、大学の授業を聴講している。


 なお、今やラママール国の学制は日本と同じ学校、中学校、高等学校、大学さらに大学院制を取っていて、学ぶ年数も日本と一緒になっている。また、小学校と中学校は義務制になっている。


 かつてであれば現実的でなかった義務教育も豊かになった国民はそれほど問題なく受け入れている。直近の統計では小学校がほぼ95%、中学校が90%程度の通学率になっている。


 しかし、実際にこの学制が王国の法的・制度的に正式に成立したのは2年前であり、通い始めた時にはすでその学年の年齢を大きく越えていた者が多く、現在のところ中身は必ずしも伴っていない。


 だから、大人の教育を含めて、年長の子供の教育に力を入れて、中学を卒業する年齢にはそれなりのレベルの知識を身につけてさせるように務めているところだ。

 この学区制で教育を始めたのが最も早かったジュブラン領においては、すでにこの形態の教育を始めて4年が経過している。だから、8年後には、最初からこの学区制で学んだ生徒が卒業することになる。他の地区では9年から10年かかるわけだ。


 ライについては、すでに隠すことなくその能力を王国の幹部には開示している。だから、王国としては、ライの王国はおろか大陸全体を見ても並ぶもののない魔法使いという側面は十分評価して便利にも使われている。


 しかし、実際はその一つの人格のヒロトという、科学・社会として発達した世界で活躍していたその幅広い知識と見識をより高く評価して、王都に滞在することを半ば強要している。


 実際に彼は、この世のものでない科学・経済・社会科学・魔法などの幅広く正確な知識を持ち(これは彼が与えられた能力)、さらにその運用の実際を知っている。従って、王国は国内に彼の知識を広げるために、教科書を作ることを目論んだ。


 具体的には国内の最良の頭脳を結集して、ライに集中講義をさせて分野ごとの教科書を作ったのだ。この際に活躍したのは、ライが開発した魔法で動くワープロである。無論、木材繊維を用いた紙と印刷術も彼の開発だ。


 とはいえ、所詮は人口5百万の国であるから、それほどの秀才はいなかったが、それでも、1年半程度で数学、力学を含む物理、化学、生物、経済等について大学教育レベルの教科書が完成した。

 さらに1年をかけて、小学校、中学校、高等学校で順次教えることのできる教科書が完成した。魔法についてもそれまでの知識は、言ってみれば単なる言い伝えであった。従って、魔力がどのように人に宿り、それを如何にして処方によって操れるようになるかなどの原理は知られていなかった。


 このような魔力の発現と、それをどのように使ってマナを操るかなどについても系統的に教科書化された。魔法を実際に使うにあたって欠かせないのが、自然科学の知識である。その知識の有無によって、その活用に大きな差が出るのは現在でむしろ常識である。


 魔法の応用編では科学知識を身につけたうえで、どのように実際に魔法を使うかが示された。ただ、魔法については、その教本の一部は外部持ち出しが厳しく禁じられている。それは攻撃に扱えるような魔法の行使に係わる内容である。



 ミーシャはこれらの教育については、その本家本元のライの妹という最も有利な立場にあって、年齢の割に高い知能によって多くをすでに身につけている。加えて魔力が強くライが使える魔法の多くが使え、とりわけ肥料を始めとするさまざま化学合成ができるために、その報酬によって相当な収入を得ている。


 とはいえ、ミーシャは年齢としては未だ小学校の5年生であるが、ライから念話の技術を応用した知識の刷り込みを受けているので、ライの知識から作られた教科書の内容は高校卒業レベルまで頭に入れている。


 そのため、学校ではライと同じように選択した授業のみを受けているが、不足する教師の補助として下級生の授業を自分で受け持っている。良く知られているように、物事を完全に理解するためには人に教えるのが最も効率が良いのだ。


 このように、ミーシャは学校のある月曜日から金曜日まで、朝8時から午後15時までの時間は学校にいて、自分で授業をするかまたは授業を受けている。日常的には、朝は6時に起きて、6時15分から7時15分までライが設立したジュブラン遊撃隊の訓練に参加する。


 ちなみに、時間の単位は地球のものを持ちこんでいる。このマリーワルの世界の自転は25時間弱であるが、これを24時間としている。また太陽を回る公転は300日なので、1ヶ月を30日として10ヵ月にして、冬至の日を1月1日にしている。


 惑星の回転軸の黄道に対する傾きは15度なので、地球に比べると四季の差は小さい。ちなみに、ラママール王国は温帯に属し、年間の平均温度は20℃程度なので大変過ごしやすい気候である。


 11名で始まった、ジュブンラン遊撃隊は今や男32人に女23人の55人であり、隊長はジュブラン町の町長の息子のケビン21歳である。なお、人口600人だったジュブラン村は今や人口5千人のジュブラン市になっており、小規模ながら長さ100mのアーケード街もある。


 遊撃隊の最年少は依然としてミーシャであるが、その高い魔力によって身体強化による体力は最強の一角である。また55人中で42人が魔法を使え、彼らの内で32人が飛行魔法、さらに皆が石つぶて、念動力、風の刃が使え十分に実戦力である。


 魔法が使えない者も身体強化の能力が人並外れて高く、領兵とお互いに身体強化をして無手で戦っても勝てるレベルである。ジュブンラン領兵は専任兵が120人、他に仕事を持って有事に徴兵できる有事兵が570人おり、専任兵は無論毎日訓練をしており、有事兵は週に一度、半日の訓練をしている。


 遊撃隊は有事には領兵に加わることになっているため、月に一度は合同訓練で専任兵、有事兵と共に汗を流している。なお、領兵は訓練時間が長い専任兵が必ずしも強いという訳ではなく、有事兵にむしろ強者が多いというのが現実である。


 これは、魔法が使えるものが、専任兵の7%、有事兵の45%という割合を見ても解るが、有事兵はその魔法の能力を使って様々な職業についている。だが、いざという時のために領からも依頼されて有事兵に加わっているのだ。


 ちなみに、ジュブンラン領でライを除けば魔力が最も強いのはミーシャであり、まだ彼女の魔力は継続的に伸びている。

 だから、ミーシャは最年少であっても遊撃隊の副隊長になっているが、これは必ずしも領主の娘という理由だけでなく、その実力も認められてのことである。


 

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