第36話 ミーラル草原蹂躙戦
アママール王国側の千名の歩兵の突進は、騎馬に合わせたのだろう、80人が槍を構えて軽く走り、100mほどもあり距離から槍を投げる。長さ2mを越える槍はブン!という唸りをあげて飛び、半数は馬の胴体に、半数は槍を構えた騎乗の騎士に、その長さの半分ほども突き刺さる。
それは、人が投げた槍としてはあり得ない威力であり、馬の胴体に当たった槍は深々とその胴にめり込み、騎士に当たった槍は先端が背に抜けている。
特筆すべきはその投擲の正確さであり、完全に的から外れた槍は、気付いた騎士から避けられた只の2本であった。
その2本はしかし後続の馬に命中したし、馬を狙ったものは全て何らかの形で馬に突き刺さっている。
人は絶叫し、あるいはうめいて手綱を離すかあるいは全力で引き、馬はブヒヒーンと鳴いてのけ反って足を振りあげた。そのために、すべての人馬は直ぐに転倒して持っていた勢いのまま前方に滑る。
槍を避けた2人も馬の転倒に巻き込まれ、一人は馬の下敷きで足を骨折し、もう一人はうまく転げて馬に巻き込まれるのを避けた。しかし、彼らの5mほど後ろには全力で走ってくる40騎の騎馬が続いており逃げた一人もそれに巻き込まれた。
後続の騎馬も槍を構えて走ってくる兵は見ていたが、届くはずのない距離で投擲の動作に入ったのを見て内心にやりとしたものだ。しかし、飛んできた槍は信じられない速度で前方を走る味方を襲い、騎士の背から槍の穂先が血しぶきと共に突き出してきたのを彼らはぎょっとして見る。
更にそうして槍の的になった味方のほとんどが、全速で走っている状態で棹立ちになった。そのために、そのような姿勢が耐えられる訳もなく人馬は土煙を立てて転倒する。
後続の騎馬の内で、突然転倒した目の前の味方の人馬という障害物を避け切れたのは半分程度であったが、彼らとその騎馬は入れ替わった歩兵が投げる槍に貫かれる。
このようにして、25列の騎馬の突進の先頭に近い方は、何重もの倒れた馬と人体に遮られて、後続の17〜18列が転倒に巻き込まれずかろうじて停止出来た。
とは言え、これらの騎馬もとても戦闘態勢を組めるものではなく、混乱して必死に馬を鎮めようとしているが、この時点で騎馬隊はその最大のアドバンテージである速度を失っている。
そこに押し寄せたのは、後続の身体強化をした槍を構えた歩兵であり、彼らは今度は意図的に馬は狙わずに騎士のみを狙って串刺しにしていく。
確かに、馬と同等の速度で走れ、途方もない投擲能力をもつ身体強化ができる兵にとっては騎馬隊は脅威にならないのだ。また、100m先の人体を正確に貫ける槍は騎馬の突進よりよほど怖い。
こうして、ラママール王国兵を蹴散らすはずであった、カリガス隊長率いる騎馬先遣隊千騎はわずか5分程度の時間で、千名の身体強化ができる歩兵によって全滅した。
その時点では、サダルカンド王国軍2万人はすでにミーラル草原に向かう回廊に入り込んでおり、回廊の細長い地形のせいで1㎞ほどの隊列に伸びており、補給部隊はさらに1㎞ほど後ろに続いている。
この様子は、飛行兵によるまでもなく、500m置きに配置された偵察兵によって、ミーラル草原にある司令部に念話によって逐一報告されている。
司令部には、サイマル・ダム・ミーズラン国軍司令官 ヤーラヌ騎兵団長、ザムラン第1歩兵団長などの実戦部隊のトップに、王太子のルムネルスがライと共に加わっている。
王太子については実戦を経験するのも良かろうということと、飛行魔法も使えるし、万が一危なくなればライがいれば、連れ帰れるということで同行が認められたものだ。
ライについては、何と言っても最大の魔力を持つ者として一種の安全策として加わることは早くに決まっていたが、王太子の件も理由として付け加えられた。
司令部には黒板が置かれて、チョークで地形と敵の配置が描かれていて、それを基に作戦が練られている。黒板の図を見ながらミーズラン司令官がしみじみ言う。
「以前も木の板に敵味方の配置を書いてはいたが、こんなに細かいものではなく、加えて様子を書ける時間的には随分遅れたものだった。偵察した結果が念話で直ちに伝わるのがとりわけ有難いな。
また、ここの場合敵は狭く低いところに敢えて踏み込んでくれているから飛行兵無しでも状況は掴めるが、飛行兵を使えばどういう状況でもこうした配置を掴める。これは指揮を執る側からすれば極めて楽だな。敵の騎馬千騎は全滅させたので、敵はすこしの間は動きがとれんだろう。
そうは言っても、暗くなるまであと2時間ほど、そうのんびりもしておれんがどうするか。ヤーラヌ卿、貴君の意見は?」
その言葉にヤーラヌ騎士団長が答える。
「は! 敵は騎馬が折り重なって倒れているために前進を遮られている状態で、すでに残り4千騎の騎馬隊も前に向いては用をなしません。敵の配置は隊列の最も後ろに2千の兵と共に司令部の旗がありますので、総司令官のカリムク公爵の陣でしょう。
しかし、公爵は旗印というだけで、実質的な司令官は騎士団長マンクス将軍で、彼は前の方の騎士団を率いる位置にいます。さらにサダルカンド軍の強気のよりどころである銃兵200人と大砲が3門、中軍に配置されています。また弓兵千人も中軍にいます。
我々が掴んでいる情報では、マンクス騎士団長は慎重な人であまり無謀な作戦は取らないとされており、一方でカリムク公爵はこの作戦の提唱者の一人で、主戦派ですが戦そのものが判っていない人です。
我々のこの戦の目的はこちらにできるだけ損害が無いように、相手を追い払うことです。また、我々はすでに敵の千騎の騎士を殺しましたが、余り彼らに被害を出すのも今後を考えると好ましくありません。
従って、彼らの心をくじき、逃げ帰ることを促すため、まず、この鉄砲隊と砲を手榴弾で全滅させましょう。また同時に、逃げるのに反対すると考えられる総司令官には死んで貰いましょう。
そのうえで、両側の尾根から脅しにどんどん手榴弾を投げ込んでいけばまず逃げ帰るでしょう。尾根の上まで150mほどもあるので弓ではまず届きません。
ただ、輸送隊は幸い本隊と離れていますので、半分程度の物資は頂きましょう。物資も心細くなれば確実に帰るでしょうから」
その言葉にミーズラン司令官が頷いて言う。
「うん、全体的にはそれでよいと思う。話に出て来た鉄砲隊と大砲に総司令官の処理は、飛行兵50名と手榴弾があればさほど難しくはないだろう。さらに、谷の両側からの手榴弾を投げる件もすでに兵の配置は済んでいるな?」
ザムラン第1歩兵団長がそれに答える。
「はい、私の指揮下にある飛行兵団には、既に準備をさせていますのでいつでも始められます。さらに谷の両側には、オーマン第2歩兵団長が指揮下の兵を配置しています。元々、敵が谷を進んで来る時には両側から攻め下りるというのは、作戦の一つの選択肢だったですからね」
この言葉にミーズラン司令官が満足して言葉を続ける。
「あと、最後に話の出た物資の略取はそれほど簡単ではないが、この草原への回廊に入る前の脇道に、彼らの馬車を奪ってから持ち込めばそれを追う余裕はないだろう」
「はい、そこはわが第1歩兵団から2千人、騎士団から5百騎が攻めますから2千5百ほどの輜重隊では太刀打ちできんでしょう。まして物資を半分残してやればそれの確保に躍起になりますよ」
ザムランが応じる。
それに出席者は頷くのを確認して、ミーズランが王太子に確認する。
「ルムネルス殿下、こういう作戦で行きますがよろしいですね」
「うむ、無論私には指揮権はないからいいも悪いもない。だが、わざと逃がそうとか、それも物資を全部奪えるのに半分残してやろうというのは、あまり聞いたことがないな」
王太子は不満で言っているわけでなく、いままでとは変わったものだということを笑顔で言っている。
「そうですね。ひところ前の私でしたら、誰かがこのような作戦を立てたら、真っ先に反対したでしょうな。なにしろ、敵を生かして返すということは、敵が再度攻め寄せた時には敵の数が増えるということですから。
しかし、戦は数ではない、国力と知識ということが判った今は、将来味方になるかもしれない相手は生かして返すべきと思っていますよ。サダルカンドの国王はなかなか怜悧な方と聞いていますので、この戦の後に我が国の使者が訪れれば将来はそれなりの関係を築けるでしょう」
ミーズランはそのように述べ、更に言った。
「ではこの戦を終わらす行動を始めようか」
ライは敢えて何も口を挟まずに聞いていただけであるが、これらのやり取りを聞いていて満足であった。ライの前世にあっては、戦と言えば相手のことは殆どわからず、手さぐりで敵の事を想像しながら作戦を立てて戦ったわけである。
その結果、魔法を高度に使えるサンダカン帝国相手の戦いでは、今回のラママール王国対サダルカンド王国のように一方的にやられていた。今はすでに、ラママール王国の戦争の技術は前世のサンダカン帝国に追いついているだろう。
後は国力をつけて味方を増やすことで、それを凌ぐことは十分可能であろう。
念話で必要な指示を出した結果、まず孤立した輜重隊の襲撃から始まった。
3千の兵に守られた100両の馬車はゆっくりミーラル草原へ繋がる回廊に入るところであった。そこは前方のU字型の谷に入る手前の平原で左手は灌木のある草原、右には高さ20m以上の木々が生い茂る森林である。
草原から、馬蹄の音が聞こえ、輜重隊の指揮を執るマクロム輜重隊長は、指揮下の100騎に合図をして2段の横列を作った。しかし、山裾を回って現れた騎馬隊は500もの数であり、そこから100騎が先に出てきて突進してくるが、彼らが構えているのは投げ槍のようだ。
マクロムの隊も槍を構えているが、長さが4mもあり、すれ違いざま相手を突くためのものである。しかし、投げ槍などよほど近くないとそうそう当たるものではないと、マクロムは思っていた。それを一斉に20ミリール(40m)もの距離で投げてきたので、これは問題ないと思った。
しかし、それは考えたのと威力が違っており、唸りをあげて飛んでくるそれをマクロムはとっさに馬の背に伏せて躱した。その伏せた状態で横目に部下の状態を見ると、数人を除いて胴を貫ぬかれている。
さらに、残った者達には、次の騎馬の一群が迫るが、マクロムは部下に「引け!」と叫んで、自軍の歩兵の群れに向かって逃げる。このまま立ち向かえば、確実に槍で串刺しであるので、やむを得ない。
そうやって見ると、今度は森の方から歩兵が槍を投げる構えで走ってくる。同時に騎兵も槍を投げる構えで迫ってくる。馬はギャロップ程度だが、歩兵の走る速度は馬に劣らず人としては全力に近い速度であるが悠々と走っているように見える。
敵の中の何人かが槍を放ち、それに自軍の兵の何人かが貫かれると兵は馬車を捨てて潰走する。マクロムも留まりようもなく同じように逃げながら後ろを見ると、次々に敵兵は馬車に取りついて次々に回り右をして森の方に走らせ始める。
結局気が付いてみると、馬車の半分ほどが奪われて、背中を見せて走っており、それに兵が続くが、マクロムもそれを追う気力はない。あの数の兵と騎馬とその投げ槍の腕から言えば、ラママール王国側は我が方の兵を全滅させることも簡単で、馬車も 全部奪われてもしようがない。
それを、彼らは荷を半分だけ残して逃げて行った。どうしていいかわからず、マクロムは兵と馬車をまとめて、その場にとどまっていると、ほどなく整然と撤退して来る自軍と合流することになった。
その後マクロムが聞いたところでは、戦いの最初に1千の騎馬隊が歩兵の投げやりで全滅したほか、鉄砲隊と大砲が空中から爆裂弾を投げつけられて全滅し、さらに司司令部のカリムク公爵以下の幕僚が同様に空中からの爆裂弾で全滅したらしい。
さらには、谷の両側から断続的に爆裂弾を投げられるに及び、もはや勝ち目はないとマンクス将軍の指揮下で撤退してきたものだ。そのまま、遠征軍は残った資材を用いて王都までの道を撤退していった。結局遠征に加わった約2万の兵の内、1千5百弱の損害であった。
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