第35話 迫る戦雲

 遂に隣国サダルカンド王国の軍勢が、ミーラル草原に向けて軍勢を挙げたという連絡が来た。そのための軍議が会議室で催されている。

 それは、ライサンダ軍務卿による司会の下に、王であるイリカムラン・ジスド・ラママール3世、ルムネルス王太子を始めジンガカン宰相などの重鎮に交じって、シラムカラ侯爵をはじめライも出席している。


「サダルカンド王国に潜らせていた間諜が、かの軍の進発が決まったことを知らせてきました。彼らの出発は3日後です。間諜は飛行魔法を使えるので、彼らの王都であるダルカンドから400リール(800km)の距離をわずか3日で帰って来たので、このように早く知らせが来ることが出来ました。


 目的地は、あらかじめの情報通りミーラル草原です。ミーラル草原は知っての通り、ラミカン辺境伯のご努力で、広大な牧草地になって、馬の大産地になろうといており、さらに穀倉地帯に生まれ変わろうとしています。

 元々、我が国とサダルカンドとどちらに帰属するか争いのあったところですが、15年前の会戦で我が国のものと完全に決着がついたものです」


 ライサンダ軍務卿が口火をきり、出席者を見渡して続ける。

「さて、また予想通り彼らの軍勢は、騎馬隊が5千騎、歩兵が1万5千人、輜重隊が100の馬車と3千人です。さらに銃兵が200人ほど混じるだろうという見込みです。

 また、大砲もあるようで、試射を間諜が見ていますが、半リール(1㎞)ほどの距離を拳程度の鉄の球を飛ばすようです。少なくとも2門はあると確認しています。

 予想では、彼らがシーダルタ峠の国境の砦を越えるのは12日後になると考えられます」


 それを驚いて聞き、王太子のルムネルスがライに尋ねる。

「なに、大砲ができているのか!ライ、今の話を聞いてどう思う?」


「まあ、間諜が2門しか確認していないのであれば、彼らが持っていてもいいところ5門まででしょう。それに半リールの射程はまあまあですが、拳程度の鉄の弾であればたいした脅威ではないでしょう。

 音は大袈裟ですが、大きい石を投げられたと思えばいい程度ですよ。爆裂弾だとそれなりに脅威ですがね。その意味で、大砲のように重い発射機が不要のわが方の手榴弾の方がずっと使い勝手がいいでしょう」


 ライが答え、「まあ、そうだなあ。しかし爆裂弾ということはないか?」王太子は尚も聞くが、ライはあっさり答える。


「大砲から打ち出す弾を爆裂弾にするのはなかなか難しいですから、当分は無理でしょう。それに、仮に爆裂弾としても、わが手榴弾を持った飛行兵が簡単に破壊できます。心配ありません」


「ううむ。そうだな。しかし、こっちは興産計画で大忙しなのに、結果がほぼわかっている戦争などに時間を取られるのは誠に腹立たしいな」


「これ、ルムネルス。戦争のみならず争いごとに敵を甘く見るのは禁物だ。増して、サダルカンド王国の兵は精強で、彼らの軍勢はこの度は我が国の動員数より数も多い。甘くみてはいかん。心せよ!」


 王が王太子の言葉に叱りつけるが、軍務卿が反論して言う。

「いや、陛下。通常であればおっしゃる通りなのですが、その言葉はとりわけ敵の様子が判らない場合と、同じ土俵で戦う場合においてのことです。こちらは、抜かりなく魔法を使える間諜をいれて敵の兵力、兵器などの情報をきちんと握っております。

 その結果として、剣と槍という今までの武器の他に、彼らは鉄砲と大砲を少数持っておりますが、わが方はそれがどんな性能を持つか知っていますし、それを凌ぐ手榴弾という武器を持っています。


 兵力は確かに我らは彼らの半分の1万ですが、完全な身体強化できる1万は敵の2万を完全に凌ぎます。さらに、彼らは騎馬を5千持っており、これは従来であれば強力な兵力でしたが、はっきり言って騎馬は身体強化した兵には優位性はありません。

 これは演習でもお見せした通りです。

 ですから、王太子殿下の言われることは正しく、まさに負ける要素はないでしょう。しかし、この戦いにはそれなりに大きな意味があると思っています。それはこの戦いでわが方が全く相手を寄せ付けず、一方的に潰走させて見せることです。

 そのことで、少なくともサダルカンド王国はじめ周辺諸国からはちょっかいを出されることはないでしょう」


「ほう、軍務卿、卿はそれほど今回の闘いに確信があるか?」

 王が自分の言葉を否定され、少し感情を害した問いに軍務卿は真摯に答える。


「はい、今回に限っては、そうです。なにより、敵の情報を的確に掴んでいることがその理由です。さらに、戦の最中でも魔法を使える兵及び間諜のお陰で、わが方は敵の動き、状態を逐一つかむことができます。

 これは戦を指揮するには理想の在り方です。ですから、戦いに勝つことは無論、どうやって味方の損害無しに勝つかということまで考えられるのです。さらに、勝った時の効果まで考えることができます」


「なるほど、お前がそれほどまでに言うというのは、情報をより良く握るという効果はそれほどまでのものがあるか」

 言い負かされた形だが、それでも信頼する軍務卿の言葉に感じ入って王は言う。


「はい、その情報もライ君のもたらした魔法があればこそですし、普通でしたらこちらが潰走した可能性のある銃と大砲に対し、大したことがないと言えるのはやはり彼の知識の故です。また、惜しみなく最良の鉄を使った武器を兵に供給し、爆裂弾という新兵器も大量に配備することができました。

 今は、我が国の貧しさに故にまだ動員能力は小さいですが、今やっている興産計画が進めば、より強力な武器を配備できるので防衛という意味ではずっと強力な存在になるでしょう。それこそ、かの大帝国であるジルコニア帝国相手であってさえも」


 軍務卿の言葉に今度は宰相が口を挟む。

「うむ、この大陸では近隣の国の領土を奪うための闘いが何度も繰り返されてきた。それは、領土を奪ってそこに住む民を抱え込みことがすなわち、国を富ませる道であると考えてきたからだ。しかし、いま我が国で進んでいる興産計画が進むと、わが国民は何倍にも豊かになるだろう。

 それは、血を流して隣国の領土を奪うのに比べて、何倍もの富を生み出すことになる。そうなると、他国を侵略して貧しい人々を抱え込むのはあほらしくなるから、他国を侵略しようという発想がなくなるな。

 その証拠に今回の戦いには間違いなく勝てるというのに、ライサンダ王国に攻め入って領土を切り取るという話は一切出ない」


 宰相の言葉を受けて、シラムカラ侯爵が続ける。

「半面、我が国の興産策とその結果が漏れていけば、我が国は廻り中から狙われる存在になる。いくら何でも、周り全ての国々から攻められると負けないかもしれないが、その損害も馬鹿にならん。

 だからこそ、今後は近隣諸国に我々の興産の知識を分け与え、共に豊かになろうという姿勢が必要になる。我々に損がないという前提での話であるがな。これはサダルカンド王国相手でさえそうする必要があると思う。

 興産計画に入り込んだ国は、少なくとも当分の間は、まず侵略戦争などを起こそうという気にはならんよ」


 流石にものを的確に見ている元外務卿の言葉に、現職の外務卿であるミーザル侯爵が言う。

「シラムカラ卿の言われる通りであります。外務省においては今後は我が国の興産計画の知識を有効に使って、我が国の真の友好国を増やして行きたいと思っている。

 現状のところは、とりわけその影響力を考えて、ジルコニア帝国に接触を試みているところだが、今のところは我が国を小国とみてあまり相手にされていない。いずれにせよ、今年の収穫がそろそろ近くなっているので、我が国にあるジルコニア帝国の連絡事務所に連絡をとってジュブラン領の稔りを見てもらおうと思っている」


「いや、戦後のことはきっちり考えて頂いているようで心強い。戦は間違いなく勝つので、安心して欲しい」

 軍務卿がそのように言い、最後に王が締めくくる。


「慎重な軍務卿の言葉とは思えぬが、真実それを確信しているようなので安心した。結果が見えているとすれば、味方のわが国民の犠牲を減らすことも無論である。また、望ましくは将来の友好国になるかもしれないサダルカンド王国の兵にいらざる恨みを持たせぬように、また二度と侵略などする気が起きないように。

 注文が多すぎるが、わが有能なる軍務卿であれば実現してくれると信じておる」


「はい、陛下。お言葉のままに」

 軍務卿が応じる。


 ミーラル草原蹂躙戦と後に呼ばれる戦いは、サダルカンド王国の兵の縦隊が400kmの距離を10日かけて行進して、人影のないシーダルタ峠の砦を過ぎたあたりで始まった。


 シーダルタ峠の木製の砦は、元来大規模な兵団を阻止できるような作りではなく、規模の大きい木戸のようなものであった。しかしながら、最も後方を進むサダルカンド遠征軍の総司令官カリムク公爵はそこを通り過ぎながら、あざ笑った。


「ハハハ、ラママールの者どもめ、わが軍団の威容に怖気づいたな」

 2万の軍が進む道は、国境の峠から目的地の広い草原まで3㎞ほどの距離がある。その間は幅が100mほどの低い薮が点在する草むらであり、両側は急激に登った斜面になっている。


 従って、実質的に軍の指揮をとっているサダルカンド王国騎士団長マンクス将軍は、槍で武装した歩兵の500人ほどに幅いっぱいで歩かせ、その後ろに1000騎の騎士を続かせている。


 歩兵に進む道に仕掛けがないか探らせ、敵が出てきたら騎兵で蹴散らせようという訳だ。騎兵を運用するためには、ミーラル草原を想定しており、現状の回廊では精々横に40騎ほどしか展開できず、騎馬の長所を生かせない。


 先頭で、これらの先行部隊の指揮をとっている、ラリガス隊長は乗馬の上から回廊が曲がった先に人垣があって旗が翻り始めたのに気が付いた。


「隊長!あの位置は大体この回廊の終わりのところです。多分1000人ほどの歩兵です。長槍も持っていないようです。そのあとには兵も騎馬も見えません」

 横にいたやはり騎馬の副官のアーカルが、先に駆け出して偵察してきて声をかけるが、彼はこの回廊を含めた偵察にこの地を訪れている。


「ラママールのやつら、何を考えているんだ。たった1000人足らずの兵で俺たちを止めるつもりか。よし騎兵を先に出せ、蹴散らせてやろう。先遣隊の1000騎で十分だろう」

 ラリガスの言葉にアーカルも賛成して号令する。


 たちまち、前方にほぼ障害のない回廊の幅一杯に横に40騎、縦に25騎の槍を構えた重厚な騎馬の隊列ができあがり、初めはギャロップ、やがて全速の突進が始まる。

 それを迎え撃つのは短い槍を持った同数の歩兵の集団であり、彼らは逃げるどころか槍を構えて騎馬の集団に向けて突進する。

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