第34話 王国の変革3

 ライジ・サングルは34歳、54歳の母と2つ年下の妻に10歳の息子と7歳の娘がいる。彼はジュブラン領の領主館にほど近い2エル(2千㎡)の農地を耕しながら、大工の手伝いもして生計を立てている。


 自分の畑では600ブル(300kg)程度の小麦を収穫できて、他に自家消費程度の野菜を栽培しているが、年貢で4割の240ブルを領主のジュブンラン家に収め、残りの340ブル(170kg)の小麦で暮らさなければならない。


 たまに食べる肉とか魚、農機具、服あるいは明かりのために油や、生活に必要な様々なものはライジが年間の半分程度働く大工の手伝いで得ているので、割に恵まれた生活であろう。


 なによりジュブンラン家の年貢の4割というのは低い方で、他の領では5割か6割が普通だ。その点は、ジュブラン家の皆さんは館も地味で、服装もつつましやかでよく貴族の皆さんが開くと聞くパーティなども、開いたのを見たこともない。


 とは言え、ライジの家はあばら家であり、雨が降れば当然のように漏り、冬は寒いし床は全て土間であり、服だって無論古着で、擦り切れるまで着ることになる。小さな子供も可哀そうだが、毎日水汲み、草ぬき、家周辺の片づけと1日の大半は働かせている。


 しかし、ジュブンラン領のみならず、農民の生活は皆そんなものであるため、それが惨めな生活などとは思ったことはない。

 そうした生活は今後も続き、自分と妻のムーシャは老いていき、そのうち大きくなった息子のアラムが自分の跡を継いで、娘のサーララは我が家に似たような家に嫁に行くだろうと思っていた。しかし、それが変わってしまった。


  それは、ジュブンラン家の2男のライ様に偉人の魂が憑いたのだ。実際はどういうことがあったのかは解らないが、そうとしか思えないと皆で話をしている。ライ様は、それ以前8歳という年に似合った無邪気で可愛い子供で、同じ年廻りの子供たちとやんちゃに遊んでいた。


 しかし、ある日を境に変わってしまわれた。その結果今は、その話し方も大人そのものだし、その目が子供のものではない。それにその能力がすごい。ライ様は魔法を使えるようになり、一部を見せて頂いたが、めったにいない魔法使いの方々ができるという話をはるかに超えている。


 しかし、そんなことより、いまや魔法に関して誰より詳しく、なにより、自分にも妻にも2人の子供にも、また領内の全員に魔法の『処方』というものをしてくれた。 

 その結果、その全員が少なくとも身体強化ができるようになって、いままでの何倍もの力を出せるようになった。


 また、魔法を使えるものも沢山でてきて、我が家では妻がある程度使えるようになったほかに、娘のサーララは能力が強いらしい。妻はとりわけ水魔法が得意なようで、身体強化をすれば自分より強そうだ。おかげで、とりわけ水やりが大変だった畑仕事は、処方以来元気になってしまった母と妻で十分できている。


 ライ様が偉人の魂が宿ったと言われるのは、その強力な魔法もあるが、その途方もない知識からだ。ライ様の指導で、身体強化で強くなった体で畑を深く耕し、肥料というものを鋤き込んだ。


 さらに種をライ様の言われるように間隔を広くして撒いて、その後はいつも通り種まき、麦踏みをやった。その結果、まだ実るまでには時間はあるが茎の成長が素晴らしく、言われるように普段の3倍の収穫はありそうだ。


そ れは、森の近くで新しく開いた畑は、実際に普通の3倍くらいは収穫できるので、その場合に似ているからだ。そのほかにも、ライ様が魔法で作ったという鉄を使った鍬や鋤、鎌や大工道具をお譲り頂いている。


 これは、この領に住み着いた鍛冶師でドワーフのベンザが、さらに3人の鍛冶師を連れて来て大量に作ったものである。このようにベンザの下に鍛冶師が集まったのは、ライが魔法で大量に作った鉄があるからに他ならない。


 鍛冶師も質の悪い鉄を原料にする鍛冶は、実際のものを造る前の鉄の質を上げるための労力が大きくてうんざりしていたのだ。その場合には作ったものの料金も、結局は製品に対してのものであるので手間賃も少なくなる。


 その点ではライの作った鋼鉄は、そのままで形作ればいい原料になっているので、生産性が大きく異なる。ライの作った鉄はそのように質が良いのに通常の市場価格の半分にしているので、こうした鍛冶師に十分給金を払っても製品は従来の4割程度の値段になっている。


 こうした鉄で作られた質の良い道具類は、農作業のみならず、すべての作業の効率を大きく変えるので、ジュブラン家は領内の者には道具の購入費用を無利子で貸し付けている。


 これは肥料も同じであり、領民はそれなりの借金を背負うことになるが、農民の場合には大きく収穫が増える見込みなので、次の1回の収穫で十分返せる計算になっている。

 こうした、農民への貸し付けについては、資金のない貧しいジュブラン家としては苦しいところであるが、ライが作った鉄鋼材料の料金、及びライがシラムカラ家から受領した様々な生産物へのノウハウ料から出している。


 なお、シラムカラ家関連の各領主による鉄道会社・製鉄会社等への投資は、それぞれ現金で出資したシラムカラ家及びその寄子連と違い、ジュブラン家のみは現金を出資することなくノウハウを応分の出資分としている。


 鉄道会社の場合には、鉄道というインフラのそのもの、膨大な鉄を作り出す鉄工所、機関車などライのノウハウ無しに事業そのものがあり得ないので、この点では不満を言う者はいなかった。


 自分の農地を深く耕すのはライジが身体強化をして自分でやったが、その後の作業は、魔法を使える妻と母が十分こなせるようになった。だから、自分は領内ですっかり忙しくなってしまった大工仕事に専念している。


 なにしろ領内では、学校兼集会所、共同風呂などの建築の他にも道路の舗装などの公共工事が始まっている。学校は、ライが提案した様々な事業の目玉の一つである。 

 それは、子供は6歳から上は12歳までは本格的には働かせず、読み書き、計算及び最小限の知識を学校で学ぶべしということになり、そのための校舎が必要になる。


 さらに18歳までは領内で学ぶことができるように12歳以下の初等学校、15歳までの中等学校、18歳までの高等学校を作ることにした。また夜には、大人も読み書き、計算をできるように学校に付属して学ぶ場をつくることになってすでに始まっている。


 共同風呂は、当分は各家で風呂を沸かすのは負担が大きいということから、低い料金で領民が入れるように、領内に8ヶ所の共同風呂を作ることなったものだ。これは、水は水魔法で風呂桶に張り、ボイラーを使って薪または石炭で沸かすようになっている。

 しかし、入った経験がない者が多く、最初は『そんなものは不要!』という者が多かったが、皆一度入ると病みつきになっている。


 舗装というのは、土魔法が使えるものが、均した地面を厚さ15cm程度にコンクリート程度の強度に固めることができることを生かして、領内で10人ほど現れた土魔法遣いが交代で、雨にはぬかるむ現有道路を、幅4mほどに舗装しているのだ。


 ライジが従事する大工仕事としては、こうした公共の建物が優先するが、あばら家を建て替えようというものが大勢出ている。これは、一つにはライが人々の健康のために、家々を衛生的に改善するために必要な構造を示したことによる側面が大きい。


 まず、清潔な飲用及び炊事のために水の確保、各家の衛生トイレの設置と出てくるし尿と生ごみの衛生処分のために必要な設備を提示している。

 さらに家の構造として、夏涼しく、冬暖かい構造、明り取りを適切に取ったモデル的な家の図を示し、かつ実際に魔法で2軒のモデルハウスを作った。


 このモデルハウスは大評判になって、たちまち全てのジュブラン領民のみならずシラクカラ領及び全寄子領の領民が訪れ、全ての亭主は家族からの自宅をあのように建て替えろという要求に悩まされることになった。


 ちなみに、このモデルハウスは、比較的広い玄関に靴を脱いで上がる台所と隣接する居間を中心に寝室が3つある。玄関は土魔法で固めた土間であり、靴を脱いで上がるところはタイルになっている。


 ちなみにタイルは、これまた土魔法で作るが、土魔法の使い手が雇用出来れば、玄関から一段上げてそのまま固めても良い。

 モデルハウスの窓はライが魔法で作った透明のガラス窓になっているが、今のところガラスの大量生産はできていないので、当分はハードルが高く、木製の鎧戸になることになりそうだ。


 台所は、火に関しては木炭または石炭を使うようになっており、シラムカラ領産の石炭は良質ではあるが煙が出るので、大型の換気フードがついている。

 次に水はどうするかであるが、領の公共工事として川の上流から引くか、あるいは井戸から汲み上げた水を集落ごとの水槽に集め、そこから各家庭に繋ぐようになっている。


 水魔法が使えるものがいれば、家の外に高架水槽を作ってそこに一旦水魔法で揚げて、台所までパイプで引いてくることができる。このために、魔法で作る樹脂によるパイプが作られ始めており、このモデルハウスには、高架水槽があって台所は水栓を捻れば水がでる。


 問題はトイレであるが、残念ながら今のところは完全な水洗トイレは出来ないが、使用後は備え付けのタンクからひしゃくで洗う方式になって、各戸に浄化槽を設置している。トイレの位置と換気には気を使っているので、殆ど臭いが問題になることはない。


 このモデルハウスに似せて、やはり自分の耕作地が大きく今後収入の大幅増が見込まれる大百姓が、家の建て替えまたは改修にかかっている。

 ライジは、いままではそれほど需要もなかったので、手伝い程度の大工仕事になって大した収入にはならなかった。しかし、その腕自体は十分一人前であったので、仕事がいくらでもある今は大きな収入になっている。


 また、農作は身体強化ができる妻と母で十分なので、子供に一日中手伝いをさせる必要がないために、子供は新しくできた学校に通わせている。その中で、サーララなど魔力が強い者達は魔法の使い方を、すでに強力な魔法使いになっているライの妹のミーシャから習っている。


 娘のサーララはそうした習った魔法で、今後大量に必要な肥料の製造や、今後いくらでも必要になる樹脂とその製品としてパイプの製造をジュブラン遊撃隊の皆と毎日やっている。これは、魔力は若いうちは使えば使うほど大きくなるということで、そのためにいくらあっても困らない肥料つくりが一番いいらしい。


 ところで、ライが作ったジュブラン遊撃隊は、13〜15歳以下の子供の半分以上が入っていて、軍事訓練めいたことをする。さらに、肥料、パイプを始め様々な樹脂製品、寝具としてもマットなどを魔法が使えないものは材料集め、魔法を使えるものはその製造と金稼ぎもしっかりしている。


 稼いだ金の半分は子供に還元しているので、まだ収穫による収入のない家によっては子供の稼いでくる現金が一番大きい場合もある。

 息子のアラムは魔法を使えないが、身体強化はなかなか優秀らしく、将来は故郷を守る兵士になると言って張り切ってジュブラン遊撃隊で訓練に励んでいるようだ。


 アラムも遊撃隊の売り上げからいくらか割り前をもらってくるが、サーララの作る肥料の量は多いらしく、その報酬が馬鹿にならない。どうかすると最近で一家の大黒柱の大工仕事の収入と大差がなくなっている。


 稼ぎが7歳の子供に負けるようでは、面目が立たないので、ライジものんびりはしていられないと最近は焦り気味だ。しかし、こうして一家の稼ぎが大幅に増えると、妻からの“家を何とかしろ攻勢”が強くなる。


 そこで、集落に川から引いた水槽ができたのを機に、売り出されるようになったパイプを使って水を家に引き、妻の魔法で水を揚げられるので高架水槽を作り、台所も直して水栓と石炭コンロを備えつけた。


 さらにトイレと浄化槽は新設して、土魔法を使える近所の人に謝礼を払って家の床を固めてもらった。家の壁についてはおいおい直すとして、雨漏りする屋根だけは、魔法で作られたシートを買ってきて、漏らないようにした。


 こうして、家の見かけはそんなに変わらないが、ずっと住み心地が良くなった家に村人は住むようになった。さらに、最近では、懐具合が良くなった領民をあてこんで、行商人が領に沢山来るようになった。


だから、服もそれなりに買い込んで、家族皆こざっぱりした服装をするようになった。これは家族皆が共同風呂に殆ど毎日入るようになって、清潔になったことも影響しているだろう。


 ライジは妻のムーシャが毎日風呂に入って、いい匂いになって少し華やいだ服を着るようになったことで、夜のお勤めがまた楽しみになっている。この調子では、子供たちに弟か妹ができるのもそんなに先ではないだろうし、育てるにも暮らしに心配がない。


 また、食べるものも、肥料のお陰か、いろんなものが領内でも出来て売られているし、大森林の猟、ザーシラ湖の漁も順調なようで、肉や魚も含めて様々なものが手に入るようになったし、またそれを無理なく買えるようになった。


 なにより、領内でエールと焼酎が作られるようになったことで、安くこれらが買えるようになったため、ライジもそうだが、多くの亭主が晩酌をするようになった。思えば、ライ様のお陰で随分暮らしは良くなったし、もっと良くなるという確かな思いがある。


 道を歩いていても、出会う皆の表情も明るいし、子供も前にもまして元気だ。こうした、ジュブンラン領で起きた様々なことは今後、王国全体に広がっていくらしい。

 また、今作っている鉄道というものが、いずれは王国全体に張り巡らされるらしい。そうして豊かになった王国を、いずれはその鉄道を走るという汽車に乗って、妻のムーシャと一緒に巡ってみたいものだ。

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