第33話 王国の変革2

興産卿候補のセイダール・ジラームの言葉に、老貴族が言い返そうとしたが、ルムネルス王太子が口を挟んだ。


「サライーム・ミズラヌ侯爵。もう一度王族・貴族の、国及び治める平民に対する責務を思い出してほしい。私は、王太子として将来この国を率いて行くものとして、それなりに自分の立場に満足してきた。いや満足せざるを得ないと考えてきた。

 それは、我が国の貧しい現状、少しの不作があれば飢えて死ぬものがおり、国民の大半の平民はぼろを着て、あばら家に住んいる。そして、パンもまともに食べることのできない生活、そして多くの幼児が育つことなく死んでいくことも多い。


 これは周りの国を見渡しても、普通のことでやむを得ないことであって、どうすることもできないと思ってきたからだ。だから、我々王族もそのような民が飢えている時は贅沢をせずに慎ましい生活をすることで、十分良い統治者になれると思っていた。しかし、残念ながらというか、幸いにしてというかそれは誤りであった。


 いま我が国は、さっき言ったような人民、いや国民の貧しさを救う方法を握ったのだ。私は、シラムカラ侯爵に無理を言って、シラクカラ侯爵家とその寄子団で起きている様々な改革をこの目で見てきた。

 まず、そこでは10歳以上の殆どの人、これは平民も含まれるが、魔法の処方を受けており、すでに少なくとも身体強化はできるようになっている。さらに10人に1人は魔法を使えるものがいる。農民、職人、樵、あるいは兵士のすべてが身体強化が使えれば、どれほど仕事の効率が違うか想像してみて欲しい。


 また、今そこでは普通の3倍の収量が得られる小麦が育っている。このためには、肥料というものを畑に撒くことでこれを実現できる。この肥料を使うことで、小麦だけではなくあらゆる作物の収量を大きく増やすことができる。

 この肥料を作るためには魔法使いが必要だが、これも処方によって現れた魔法を使える者が作ることができる。また、農作物を作るためには水が必要であり、いままではそのための施設があるいは水源が十分ではなかったために、しばしば不作を招いてきた。

 これも、魔法が使えるものが地下の水を汲みだし、また身体強化できるものが灌漑設備を作ることで解決しつつある。


 また、これまでにない規模で、なおかつ良質な鉄ができる設備がすでに動いており、さらに多くの鉄を作る大きな設備が建設されつつある。

 シラムカラ領には大きな鉄鉱山があって、そこで当分の間我が国がどんなに鉄を使っても、有り余るほどの良質の鉄が作られるようになる。鉄というものは丈夫ではあるが、高価なので余り沢山は使えないというのが常識であった」


 王太子は、聴衆を見ながら一旦口を閉じ再度話し始める。

「しかし、シラムカラ領で作られる鉄は、今の5分の1の値段で売ることができるという。しかも、その鉄の質は国内で売られている鉄と違って、質を改善するための鍛冶作業が必要なく、そのまま加工できるほどのものだ」


 半数ほどの者は、このシラムカラ領周辺で起きていることの話は始めて聞くことであるので、驚く。

「おお!」

「なんと!」

 そのような感嘆の声を上げている。


「そしてその鉄を使って、様々な新しいものが作られている。知っての通り、シラム カラ領はこの王都から250リール(500km)と遠く、騎馬でも急いで5日はかかる。

 馬車だと10日だ。だが、いまシラムカラ領では先ほども話のあった鉄道が作られており、私はその上を走る機関車というものに乗ってみた。


 これは燃える石、石炭を焚いて走るもので、なんと半日で王都に来ることができるということだ。シラムカラ領では肉牛やミルクを特産品にしようとしているが、今の状態では生肉やミルクは腐ってしまうのでとても運べない。

 しかし、この鉄道というものが出来れば、十分シラムカラ領でできたそうした産物を王都でも味わうことができるのだ。しかも、この鉄道を走る機関車というものは極めて強力なので、荷車を20両ほども繋いで走ることもでき、さらにそれぞれの荷車は馬車の荷車の3倍から5倍も積める。 

 このような鉄道が我が王国の端から端までつながり、なおも縦横に繋がった時にどのようなことが起きるか、貴卿らも想像出来るであろう」


 王太子は、輝く目で聴衆を見渡すと、多くのものが身を乗り出して聞いている。

「さきほどジラームがその項目だけ上げたものは、このようなものを含んでいる。そして、それらを実現していくために、確かに教育は絶対に必要だ。私も父上も、ジラームの発表する内容を全力で支援するつもりでいる。

 そのことで、まず飢えを無くし、美味しいものも食べることもでき。ちゃんとした家に住み、幼児が死ぬこともない国を作ることができる。そして、その段階では当然君たち貴族もより豊かな生活も送ることができる。


 私は、5年後には周辺の国々、いやジルコニア帝国相手でさえ、我が国の貴族のみならず平民を含めた国民の豊かさとその教育の充実を自慢できるものと信じている」


 王太子の話に出席者が惜しみない拍手が送られた。その中にはミズラヌ侯爵の拍手も含まれていた。この偏屈なところのある老貴族は利発な王太子を愛しており、その王子が情熱を傾けてこの興産策に賭けているのを見て、また人々の前で立派に語ったのを嬉しく思ったのである。


 その後、一刻(2時間)以上をかけてジラームは興産策を説明していき、人々の感嘆と賛同の中で計画は認められた。それはそうであろう。その計画の中でラママール国の現在の総生産高を、金額として10億ダランと見積もり、5年後の目標として30億ダランの3倍としている。


 過去10年程度の間、ラママール国の経済は全く改善の兆しはなく、進歩と呼べるものはなかった。その意味で言えば、年間に1.25倍に経済が膨らむその計画が実現すれば、平民も貴族も豊かになっていることが実感出来るであろう。


 その意味では、また軍備を充実することの必要さも、話を聞いている軍務卿も実感している。通常、こうした急激な経済成長を果たすために必要なものは資金であるが、この場合に必要な資材を他国から輸入できるわけでなく、国内で自作するしかないのである。


 つまり、材料は国内にあるものを使い、労働力は国内の人々によるため、少なくとも国外に資金を借りるという必要はなく、結局国内の人件費と土地を含めた資源の費用等による貸し借りに集束できる。


 そこで、この日の会議の決定によって、5年の時限立法として臨時興産法なるものを国王権限で成立させた。すなわち興産卿ひきいる興産省が認めた場合には、すべての土地を含めた資源を強制徴用できるものである。


 ただし、人については『要請』という形をとることになっており、強制ではないということにしていたが、実質は強制に近いものであった。ただし、資源にせよ人にせよ、強制であれ要請であれ、興産計画に協力したものは後に必ず補償の形で清算することになっている。


 この補償についてはお手盛りにならないように、学識経験者及び補償を受ける側も含んだできるだけ公平な形で委員会を作って、その基準を決めるものとしている。

 実際には、この興産計画によって国全体が大幅に豊かになって、強制的な徴用で不利益を受けた者も、結局は大きな見返りを受けて、懸念されたほどの問題にはならなかった。


 この日の会議の結果、王は王太子の熱心な主導も合わせて、この計画に大いに満足した。その結果、興産卿候補の『候補』が外れて、ジラームは正式に興産卿に任命された。この辺りの決定の速さは独裁である王政の良さである。


 とはいえ、現在の王は自分で勝手に決めることはせずに、各担当卿に十分に意見を聞いて決めているので、独裁とは言うのは当たらないであろう。しかし、王の名のもとにほとんどのことが決定することが出来る点は、今の王のごとく賢明な王の場合は良いが、改めるべき点であろうとライは思っていた。


 こうして、『ラママール国の狂乱の5年間』と呼ばれたラママール国の興産計画がスタートすることが正式に決した。


 まず、王国政府内の優秀な若手は殆どすべてが、興産省に移籍して直ちにシラムカラ領、なかでもジュブラン領に視察のために送られた。さらに、並行して国軍及びすでに処方を受けていた貴族の領兵の内で処方を施せるものが、全国に散っていってあらゆる者達の処方を行っている。


 次に重要であるのは肥料の製造である。興産計画においては、国民をこき使うので食料の確保が極めて重要であるが、肥料は来年の作付け前に十分な量を確保しておかなくてはならない。肥料の合成ができるものは、ライも処方をする都度探してきたが、それほど多くはない。


 現状のところでは妹のミーシャの努力もあって、シラムカラ・ジュブラン領周辺で12名見つけている。彼らは、すでに毎日生産を行っていて、すでにシラムカラ侯爵家とその寄子の来年必要な量の3倍以上を確保している。


 ライは王都周辺で22名を見つけており、すでに彼らには最大限の生産を頼んで実際に生産を開始している。この生産は当面軍の施設で行われており、必要な経費も軍から支給されている。だが、これは肥料を合成できる人員の半分は軍人であることも理由になっている。予算面の裏付けは宰相が王に了解を取って行っている。


 こうした努力の結果、現状で確保している人員のみで、来年作付け前に国中で必要な肥料の量の半分は確保できる見込みである。

 シラムカラ侯爵家と、ジュブンラン家を始めとするその寄子団の領の開発計画は、順調にスタートを切っており、様々な活動が並行して進められている。これは何と言っても、すでにほぼ領民すべてが処方を受けた結果、その増大した身体能力に加え、活力が増した結果、全ての者が生き生きと取り組んできたおかげである。


 農業に関して、穀物は作付け前から肥料を施したのはジュブラン領のみであるが、他も追肥の形で施肥を行って、すでに成長にはっきり差が生じているので相当な増産が望めるだろう。


畜産に関しては、まだ牛や豚を集めている段階で時間を要するが、王都に鉄道が繋がる3年後でないと販途が十分でないので、それまでに生産体制を整えるということである。アルコール等の醸造業も、小麦などが収穫できないと生産にはかかれないのでそれまでに工場を立ち上げるべく進んでいる。


 製鉄は、100トン炉の基礎にかかっているが、建設に1年近くの時間を要するので、それまでに需要を満たすために、ライの残した図面から暫定の10トン炉を作って生産を開始している。


 この暫定炉は燃費が悪く、耐久性も2年程度と中途半端だが、レールなど増大する需要に応えるために、追加でもう1基が完成したところである。

 また、鉄道についてはやはり、身体強化ができかつ魔力の使える者、さらにドワーフを含む工員で構成されたレールの敷設部隊の進捗が極めて早く、すでにシラムカラ領周辺の敷設は終わって王都に向けての敷設も始まっている。


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