第32話 王国の変革1

 ライは王都ではいろいろな活動をしている結果抜けられなくなり、滞在がすでに30日に達っしてしまった。ジュブラン領出発以来では40日を越えている。その間で、様々なことをやって来た。


 まず王国政府に対しては、国軍兵士及び官僚とその補助要員に魔法の処方を施したのが挙げられるだろう。その結果として、そのすべてが身体強化をできるようになり、魔法もその15%程度が使えるようになった。


 更にはその中でも魔法を使えるような魔力の強いものは、その半分ほどは他の者にライが教えた方法で処方を施せるようになった。この結果、ライが居なくてもねずみ算式に処方を受けるものが増えている。


 ライは、宰相を通じてできるだけ早く全国民に処方を施すように提言しており、宰相もその意義を認めて合意している。彼は、内務卿に命じて、処方が可能な者のリストアップと処方対象者の優先順位を決めさせている。


 その一方で見切り発車として、現状で動かせる他に処方が可能な兵士や国に雇用されている者に、処方の優先順位の高い職人などの技能者の処方を進めている。その結果、とりわけ王都及びその周辺では続々と処方を受けたものが増えている。


 王都学園の生徒に対してライが処方をした結果は、学園の生徒によって王都中の王立・私立を問わず学校の教師・生徒に処方が広がり、これらの人々にはほとんど処方が終わった状態になっている。


 そして、国軍5千の内の処方ができると認められた350人余の内の200人が、王国が王国軍を結成する場合に、兵力を供出する貴族の領兵の処方のために全国に散らばっている。


 こうして国軍兵士から処方を受けた貴族領の兵士と貴族一族及びその従者は、その中から現れる処方ができる者が領内の者に処方を広げていくわけである。

 また、ライは軍に対しては、隣国の脅威が迫る中で、その兵に処方を施すとともに、鉄が不足していたためにお粗末であった兵の武装を一新し、新戦法と新兵器を供給している。


 ちなみに、装備を更新するためにはなにより鉄が必要なので、ライはまず鉄を精錬した。鉄鉱石はその質の良否はあるが、割に普遍的にみられる資源であり、王都の周辺にも2か所小規模な鉱山があって、野焼き式の製鉄が行われている。


 この鉄は温度管理もされておらず、混ざりものも多いため極めて質が低く、鍛冶師がそれを使えるようにするための苦労・労力は半端なものではない。それが故に、国軍ですら比較的質の低い鉄の武器を、それも不十分な量しか供給できないことになっていたのだ。


 だから、ライがマジックバックから取り出して供給した5トンの鉄は、国軍お抱えの鍛冶師を狂喜させた。それは幅5cmで厚さ10mm、長さ1.2mの平鋼であり、炭素含有量が少ない軟鉄であるが、鍛冶によって整形して浸炭させることで容易に必要な堅さ性質に加工できる。


 それから最高級の剣を作ることは極めて容易であり、従来の鉄を使ったものの1/3の時間でずっと質の良いものができる。軍務大臣はライの出したその平板を鍛冶師長に示し、全軍に新しい剣と投げ槍を更新することさらに、防具の鉄による補強を指示した。


 その時点では、軍の鍛冶師27名はすでに処方を受けており、身体強化によって鍛冶の能率が3倍以上向上している。さらに、4人は火魔法によって、鍛冶の効率を大きく高めることが出来ている。


 鍛冶師長は、その要求に対し王都の鍛冶師の動員とその処方を要求したので、軍務大臣もそれを飲み、直ちに王都にいるそれなりに認められている鍛冶師及びその見習い50人を集めて来た。無理に集められた鍛冶師たちは不機嫌であったが、身体強化をした軍の鍛冶師のパフォーマンスを見て驚嘆した。


 さらに、その能力を自分たちもすぐさま身に着けられると聞いて、すぐさま協力することを約束した。その上に、ライが提供した鉄を打ってみて尚更喜んだ。鍛冶師としても粗悪な鉄を、手間をかけて精錬していく作業が望ましいものではないのだ。


 むろんそれよりは目的のものを形作り、鍛えるのに時間と体力を費やしたい。こうして多くの鍛冶師の増援も得て、かつ最初から高度に精錬された鉄を使った国軍の軍備は順調にでき上っていき、わずか30日で国軍全員の質のよい剣と各員3本の投げ槍が揃ったほかに、皮鎧と盾の鉄による補強も終了した。


 このためにはライの提供した当初の5トンの鉄では不足であり、ライは王都付近の鉄鉱山から50トンの鉄を魔法で精錬して国軍に渡している。もちろん、その料金はきちんと国からもらっているので、55万ダインを受け取っている。


 さらには、ライの提案で新兵器である爆裂弾、手榴弾を配備することになっている。この手榴弾は重量が0.4kgであり、身体強化した兵であれば、100mは楽に投げられるが、処方の結果として50名ほど現れた、飛行魔法を使えるものであれば、数kmでも運んで投げ落とせる。


 手榴弾はカーリクにも手伝わせて1000発を軍に納入したが、中の炸薬であるTNT火薬と着火のための雷管の作り方はカーリクにも教えていない。ちなみに手榴弾は、1発1000ダインで売ったので百万ダインを受け取っているが、無論組み立てを手伝ったカーリクにも分け前は渡している。彼も内緒のこずかいは欲しいのだ。


 軍については、当面必要な手当ては出来たと判断しているライの後の課題は、ラママール王国の国全体の今後の産業開発計画である。このことは、宰相であるジンガカン侯爵の主導の下で、財務卿、農務卿、建築卿、外務卿、内務卿を巻き込んで着々と方向が決まりつつあって成文化も進んでいる。


 中世の文明に近いラママール国では、まだ産業としては圧倒的に農業が主流であり、手工業がある程度見られる程度であるため、手工業はインフラ担当に属する建築卿の責任範囲に入っている。


 むろんこれらの動きは、国王イリカムラン・ジスド・ラママール3世も承知しており、16歳になるルムネルス王太子も目を輝かせて賛同し積極的に計画策定に加わっている。ラママール王国の国王は、温厚で頭は良いが中庸な判断をする人であり、部下に過大な要求はせずよく人の話を聞く人である。


 また王太子はやはり頭は良いが、良すぎるほうであり、若いこともあってやや自信過剰な面がある。とは言え、育ちが良い事、さらに母である王妃のベアトリーゼの薫陶よろしく、下には優しく他に意地悪なところはない。


 今は魔法の処方によって、魔力が多いことから魔法が使えるようになって、その能力を伸ばすのと、ライの知識から生み出される様々なことを学ぶのに夢中だ。


 ライは、当然既に王には謁見しており、王太子とはカーリクを交えて深く交流している。しかし、ライは生まれ変わりのしかも地球人の経験と知識を持っているが、カーリクは賢いと言っても8歳で王太子の半分の歳であるため、3人でいるときは遠慮がちであることはやむを得ない。


 今日は、王と王太子出席の上で、ようやく取りまとめられたラママール興産計画の骨子の説明がされている。場所は王宮の1室であり、20人ほどの出席者の前に演壇があり、その横に大きな図面が張られており、各出席者には紙の資料が配られている。


 その張られた大きな紙及び配られた資料そのものが、王国では極めて新しいものであり、しかも印刷されている文字は魔法で動くワード・プロセッサーで印刷されたものである点も画期的である。しかし、この席にいる者達の多くはその点に今更驚かない。


 演壇に立っているのは、35歳の若手興産卿候補セイダール・ジラームであり、彼がライの指導の下に今日の試料をまとめたのだ。

 演壇に向かって少し横に一つだけ立派なカバーのかかった長机にひと際立派な椅子に座っている王と普通の椅子の王太子がいる。その他の人々は演壇に向かった長机を前に座っているが、ライのみはジラームの横で聴衆に向かっている。


「ご出席の皆さん、とりわけ国王陛下。本日はこのラママール王国第1次興産計画案の説明会にご出席いただいてありがとうございます。本日の内容の骨子はあらかじめ皆さんにもご案内しておりますが、細かい話は致しておりません。

 この内容は無論『案』でありますので、この席あるいは後の皆さんのご意見によって変わりえるものであることをご承知おきください」


 ジラームが口火を切るが、切れ者という評判に違わずそつのない口上である。

「さて、お手元の資料1ページ目をご覧ください。ここは目次でありまして、まず、1に計画の骨子とポリシーです。さらに、2は現在考えられている興産計画のメニューです。

 3からは当面具体化すべき事項について述べておりますが、まず国民への魔法の処方であります。4には国民への教育、5には農業の改革、6には交通手段として鉄道と道路改良、7には工業として製鉄業と鉄製品製造業、製紙及び木工、ガラスや窯業などになります」


 ジラームが一旦言葉を切ると、1人の有力貴族が手を挙げて怪訝そうにいう。

「処方はまあ解かるが、教育が2番目に来るのはどうしてかな。また国民というのはなんだ?」


 これに対してジラームが平静に答える。

「はい、まず今後我が国が目指すのは、農業もずっと高い技術を使った生産性の高いものであり、かつ製鉄や様々な工業を興し、それに伴ってそれらの取引し売るための商業も高度なものになりことです。

 そのような状態では、貴族のみならず平民も等しく、少なくとも読み書きができて読んだことを理解してかつそれなりの計算もできる必要があります。そのための手段が教育です。

 また、国民というのは貴族であれ、平民であれこのラママール王国の構成員であることは一緒であるわけです。従って、国の民という意味で今後は国民という言葉を使っていこうと思っています」


 しかし、老貴族は反論する。

「しかし、平民の教育などをすると、知恵がついて扱いにくくなるぞ。それに、魔法の処方にしても貴族のみで良いではないか」


「いえ、はっきり申しますが、わがラママール王国は小さく貧しい国でありまして、この大陸で力もありません。従って、他の国に征服されることもありうる存在です。その状態を打破するためには、国全体すなわち平民も含めて豊かにそして強くなるしかありません。


 それに、平民が豊かになる過程またその結果として貴族はより豊かになり、しかも様々な食べ物や便利なものが手に入り使えるようになります。この案はそういう将来の王国を作ろうとしているのです」

 ジラームは、真剣にその貴族の目を見ながら言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る