第31話 王都、孤児たちの奮闘6

 間髪、ライはスバラの顔が割れて血が吹きこぼれる前に、その体を空間移動させる。場所は王立軍の訓練場だ。何人かの子供が、向かいの少年が切られたのを見て、「ヒッ」と叫ぶが、途端に姿が見えなくなって怪訝そうにあたりを見渡している。


 ボロスも目を見開いているが、何があったのか良く解かっていないようで、とっさに叫ぼうとしたが、ヒラジクルから目の前に剣を突き付けられて、息を飲み何も言えない。その剣からは血が垂れて、ボロスの白っぽいズボンに赤いシミをつくる。ボロスはその赤さと目の前のギラギラ光る剣を見比べてますます怯える。


 しかし、後ろのチンピラたちが騒ぎ始め、「な、なにをやってるんだ。卑怯だぞ、そんな刃物を出して!」「スバラさんはどこにやった。何をやったんだ?」精々すごみながら叫ぶ。


 しかし、ヒラジクルが彼らに剣を向けて「お前らも、死にたいか?」静かに言うと、そのギラリと光を反射する剣を見て黙り込む。この剣は、ライがジュブンラン領から持ってきた、兄への贈り物である。


 自分で精錬した鉄を、領の鍛冶師のベンザが打った長剣であり、形は双刃の直剣であるが、元の鉄が良質であるためもあって稀に見る業物になっている。受け取ったヒラジクルは狂喜して、毎日素振りに励んで、今や腕の一部になりつつある。


 ヒラジクルは無論、今晩の殺人は初めてである。しかし、命の軽いこの世で殺人もいつかは通る道と割り切っており、それに殺した相手についてその心理はライの念話を通して感じているため、気持ち良くはないが後悔はなかった。


 また、頭蓋骨に食い込む刃先の手ごたえ、その瞬間は無心であったが、後に思わず身に震えがきた。今はこの大男に剣先を突き付けているが、震え上がったこいつを切る必要がないのは見えていた。しかし、先ほどはいきなり切った相手が消えたのは驚いた。


 魔法で人一人をどこかに飛ばしてしまうとは。念話で自分に連絡してくるのもそうだが、ライの魔法は自分とはレベルが違うようだ。実際にライが学園で魔法の処方をしてから、学園内では身体強化により訓練も盛んにおこなわれている。


 実際に魔法を使えるほどの魔力の無いものは、とりわけ熱心である。これは、通常時の腕力や剣とか槍の腕が劣る者がより強くなったりする面があり、それもあって熱狂的に武芸に励むものが多い。


 一方で、魔力が多くて魔法が使えるものは、ヒラジクルを含めて全体の2割ほどであったが、全員がその訓練に夢中になった。その方法は、ライがある程度教えた魔法を様々に工夫しながら練習しているが、それでは物足りなくなって、ライは何度か学園に呼ばれて彼らに魔法の使い方を教えるようになった。


 とは言え、魔法を戦闘に使おうとすると、普通の生徒の使うその威力は大したものではなく、例えばファイア・ボールを撃っても、相手を驚かせることはあっても致死性のものではなかった。


 水魔法も同じく致死性を持たせるほどの威力はなく、水の無いところ、あるいは汲みあげるのに便利な魔法という程度である。水は凍らせることが出来れば、とがらせるように整形して相手に投げつければ威力は出るが、氷を作り出せるものは少ない。


 風魔法の風の刃は有用だが、敵の首を撥ねるほどの者は学園には出ていないが、念動力で相手をぐらつかせる程度のことは可能である。このような試行錯誤の中で、学園の生徒たちは、魔法と身体強化した上での剣や槍の武芸を組み合わせることを思いつき練習している。


 しかし、身体強化したうえで魔法を使えるものは、ヒラジクルを始め数人であり、結果として魔法が使えるものも身体強化のみできるものと戦闘力という意味で比べると大差はない。


 しかし、魔法を使える者の半数程度は他に処方が施せるので、この意味で価値の高い人材になっている。また、王都学園がこのような騒ぎになっているのが、他の学園の騎士学校に知られない訳はなく、国からの指導もあって騎士学校にも処方が進行中である。


 結果的に言えば、ヒラジクルはライの兄弟だけのことはあって、魔力では最上級であるためその剣の才能と合わせて学園と騎士学校を合わせても最強の一人になっている。


 その彼から言えば、体は大きいが碌に鍛えられていない目の前のボロスなどはチンピラもいいところであり、先ほど切り殺したスバラの方がよほど物騒であった。

 やがて、外が騒しくなり、外のドアがバタンと開いて少年が叫ぶ。


「警務隊だ。皆片端から捕まっている。おい、逃げよう」

 それに対して、ボロスが立ち上がり狼狽えて叫ぶ。

「なに!馬鹿な、警務隊には話がついていると言っていたのに」


 結局、ライが話をつけた通り、ラッセル副隊長自ら出張って20人ほどの隊員を連れて来ている。身体強化ができる彼らが、いくら素早くても不良少年達を逃がすわけもなくすでに外にいた30人以上が一網打尽になっている。


 室内に入って来て、そこにいた少年を尚も捕縛する隊員をかき分けて、ラッセルがライに軽く手を挙げて言う。

「やあ、ライ君、大漁だな。それで、こいつは君たちを脅したんだね?」


「ええ、ここを開けわたせと。そして、ここにいる僕たちは彼らの奴隷だそうです」

 ライが、答えるが、ボロスが必死に言い返す。

「ただ脅しただけだ。そんなことで、何で皆が捕まらなくてはならないんだ!」

 しかし、その言葉にラッセルは笑って言う。


「十分だよ。お前ら普段何をしているか自分でわかっているのか?お前らが居なくなるのだったら、街のどれだけの人が証言してくれるか。つべこべ言わずに来い!」

 そう言って、ラッセルに率いられた警務隊はその不良少年達合計36人を縛って、警務隊の拘置所に連れて行ってしまった。


「ライ様、警務隊のあの方は?」

 カーミラがおずおず聞く。


「ああ、副隊長のラッセルさんだ。ここで、あいつらを撃退してもまたちょっかいは出される心配があるから、根本的な解決を頼んだんだ。狼グループで本当に質の悪いのは兄さんに切られたあいつだけだ。リーダーのボロスもあいつにそそのかされて悪さをしていたのさ。

 今日捕まったあいつらは、警務隊にしごかれて、暫く見習いだけどそのうちにまともな警務隊員になるはずだ。いずれにせよ、もう悪さはしないさ。今後、あんな連中が居たら警務隊に言っていけば解決してくれるよ」


 ジーラは今夕の騒ぎを見たあと、ライの話を聞いていて思った。彼女は半エルフであるためか、魔法がある程度使えたけれど、自分たちのグループが飢えているのを解決できるようなものではなかった。


 でも、ライに『処方』をしてもらってさらに、魔法の使い方を教えてもらってから、身体強化も驚くほど出来るし魔法も段違いになった。多分、今日来た不良共だったら負けないだろうけど、5人も10人もの彼らに攻撃されたらやっぱり敵わないだろう。


 それに、ああいう不良グループの嫌なところはしつこいことで、逆らうといつまでも付きまとわれる、そういう意味ではいざという時に警務隊に庇ってもらえるというのは助かる。


 とは言え、警務隊も少し前までは自分たち孤児が何を頼んでも、何もしてくれなかった。それをライ様が変えてしまったのだから、どうやったのか見当もつかない。

 それにしても、自分たちもそうだけど、ここに集まった子供たちの生活は少し前のことを考えれば夢のようだ。ジーラはこの世は不公平なものだと思っていた。


 自分と仲間は飢えてぼろを着て這いずり回る一方で、平民でも金持ちの子は綺麗な服を着て、栄養も足りて働くこともなく生き生きとしている。そして、親のいない自分たちに比べて両親に守られている。


 でも、ライ様に助けてもらってから何もかも変わった。食べさせてくれ、服を買ってくれ、更には家まで建ててくれた。それもほとんどの家にない風呂まで付いた家だ。そして、なにより自分たちが十分暮らしていける収入を得る方法を与えてくれたのだ。


 今のマットだけだともっと仲間の人数が増えると苦しいけれど、カーミラと話をして新しく作るものも考えている。マットもだけど、予定しているものを作るのに私の魔法は随分役にたつ。


 いままでは将来のことなどは考えられなかったし、考え始めると暗い気持ちになるので、考えないようにしていた。でも、今は将来自分が立派に生活していけると確信できる。たぶん、結婚して子供を作ってちゃんと育てることができる。

 仲間の皆もそのように思えればいいなと思う。苦しみながら生きている孤児仲間をもっと集めて、私のように将来を明るく考えられるようにできればいいなと思う。


 その後、日の出荘には、沢山の家が建って100以上人もの孤児が集まった。ライとしてはこの場所はジュブラン領の産物の倉庫にしようと思っていたが、子供たちが生き生きと住んで働いているのを見ると、まあいいかと思ってしまう。


 それに、倉庫はいずれにせよ、王都に作られる鉄道の駅のそばに作るつもりなのだ。普通は孤児がそんなにも多く住んだら、周辺の住民が嫌がりそうなものだが、イ―ガルの係りの下にリーダーのカーミラとジョセアの指導もあって、きちんとした清潔な服装で礼儀正しい子供たちに苦情を言う者はいなかった。


 むしろ、近所の人々は自分の悪ガキに「日の出荘の子供たちを見習いなさい」と言い聞かせるようになった。収入面では、マットの生産のみでは足りないので、ライの指導で様々なガラス製品、木工製品を作って売るほかに、商売をしていたイ―ガルの紹介で様々なものを仕入れて屋台で売っている。


 こうした生産と商売で子供たちの衣食住には十分な利益が出ており、そのお金で別に土地を買って小さな工場を建てて、生産はそこで行っている。

 イ―ガルも老後の楽しみのつもりで始めた日の出荘の手伝いの、規模が大きくなったために手が回らなくなってきた。


 そこで、昔の伝手で同じように隠居している老人を3人引き込んで一緒に子供の面倒をみている。それなりに忙しい思いはしているが、一緒に働く茶飲み友達もできて、それが生きがいになっていることに気が付くのだ。


 さらには、子供たちの勉強に関しても、ヒラジクルの紹介で近所に住んでいる王都学園の学生数人に教えてもらっている。報酬は払っているので、平民の生徒にとっては良いアルバイトになっているし、何より人に教えるほど勉強のためになることはないのだ。

 実際に彼らは、子供たちに教え始めてから成績が急上昇している。


 彼らのこの活動は数が多いだけに目立った。しかし、通常だったらこうした後ろ盾がいないグループには不良グループや犯罪組織が目を付けそうなものだが、最大の狼グループがあっさり潰されたのを見て、誰も手を出さない。


 「日の出荘」の名は、少なくとも孤児の間では急速に広まっており、まだ毎日のように仲間に入れてもらおうと一人であるいはグループで訪れている。




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