第30話 王都、孤児たちの奮闘5

 ライは自分も饅頭を取って子供たちに言う。

「じゃあ、皆食べながら聞いてくれ」

 ライとカーリクはテーブルについて、兵士2人は後ろの椅子に座る。大きなテーブルだが、さすがに14人の子供がその周りに座ると狭くなっている。大きな子供たちも、ライが食べ物を取ったのを見て自分達も食べ始める。


「聞いていると思うが、狼グループを調べてきた。今晩、来るようだな。念のために兄を呼んでいるので、ここで待ち構えよう。兄も13歳だから、君たちと一緒にいても違和感はないだろう」

 ライの平静な声の話す内容に、小さい子供は怯えるが、大きい子供たちは覚悟を決めた様子を見せる。


 ライは、昼間にジョセアのグループのサブリーダーのカランを連れて、街を歩き回って狼グループの幹部という少年を捕まえて吐かせたのだ。その捕まえた少年は、ジザルームと言う名の15歳位の大柄で逞しいものであったが、カランが近づいて日の出荘についての話があると話しかけると、のこのこついてきたのだ。


 そこは大きな倉庫のような建物の裏であり、そこで待っていたライがジザルームにニコニコして話しかける。

「やあ、ジザルームさん。ようこそ」


「なんだ、ちびめ。てめえか、情報があるというのは?」

 警戒せずに近づいてくるジザルームの盆の窪を、後ろからカランが身体強化した状態で慎重に軽くたたく。


「あ!」

 ジザルームは目を剥いて倒れたのに、ライがしゃがみこんで思念の中に入り込む。彼は狼グループのNO.5であり、日の出荘の事は知っていて、なんと今晩暗くなったら押し込むことにしていることが判った。


 彼らの情報ではクララ達6人と、ミリンダ達の8人については掴んでいるが、ジョセアのグループが仲間に加わったことは把握していない。だからこそ、カランの誘いに乗ったわけだ。


 彼らはクララが孤児を集めて養っているのは知っており、時々クララから稼いだ金を取り上げ、彼女で欲望を満たしていた。しかし、クララが病気になって長くないと知って、彼女のグループは皆飢えて死ぬだろうと思っていた。


 ところが、何と彼女たちの住んでいた廃墟のような家が、新築の家になってクララも治ってしまい、さらには、今や彼らのグループはちゃんとした服を着て、市場であれこれ買い物をしている。どうも、何やら寝具を売ってだいぶ稼いでいるらしい。


 これは、家は頂いて金は全部取り上げ、子供たちは自分たちの奴隷にして働かせようということになったのだ。女の子が多いので、もう少し大きくなったら自分たちの性奴隷にできる。


 これは美味しい話だということらしい。押し込むのは今夕暗くなってから、という計画のようだ。ライは、必要なことを読み取ると、ジザルームを放っておいて、そのままカランを連れてそこを離れ、彼は日の出荘に返す。ジザルームは何があったか判らないだろう。


「今夕明るいうちに行くよ。今日のことは心配するな。カランも今は腕っぷしには自身があるだろう?」

 カランは頷きながらも、ここ数日の自分に起きた不思議なことを思い出す。


 あの日、グループ全員で自分たちの汚いねぐらから、たいしたものはないが、必要なものを持って日の出荘に行った。そこで、カーミラとジーラから魔法の処方をされて、皆身体強化ができるようになったし、ジョセアなどは魔法が使えるようになった。


 それから、“風呂”に入るように言われ、石鹸を渡されて言われたように体を洗ったのだ。皆初めての経験でこんないい思いをしていいのだろうかと思ってしまった。しかし、そこから出てきてミランダとカーミラに、上半身裸の状態でじろじろ見られた。


 そして、「洗い直し!こことここがちゃんと洗えていないわ」そのように、駄目だしされて風呂に逆戻りだった。それから、途中で買ってきた古着に着かえてようやく、夕食にありついたのだ。


 それは、殆ど残飯を集めたものしか食っていない自分達には随分ご馳走だったが、すでにいる子たちは普通の食事だったようですまして食べている。

 その後、俺たちはカーミラの指導で、身体強化の状態で体を動かす練習を汗が出ない程度にした。俺たちは自分の体が信じられない力と素早さが出せるに夢中になったが、カーミラがパンパンと手を叩いて言う言葉に、寝る部屋に案内された。


「さあ、今日はこの位、折角体を綺麗にしたのに、また汗をかいたら元通りになっちゃうよ」


 2階は台所と食堂及び女の子の部屋に占領されているので、1階が寝る部屋だったがもともと倉庫として作った部屋ということで細長い大きな部屋だった。しかし、そこはちゃんと窓とドアもあって床は土魔法で固められているし、土魔法で作った寝台もあった。


 しかもその上には、売り物のマットが敷かれており、さらにシートが掛けられて、掛け布団も用意されている。シート、掛け布団は新品ではないが、マットは新品だ。

 俺は未だかって、こんな柔らかく寝心地のいい寝台に寝たことはない。わらも柔らかいがチクチクして寝やすいものではない。その夜は腹もいい具合に満ちて、寝心地もよく本当にぐっすり寝てしまった。


 翌日は、なんと朝から勉強だ。60歳位の、元この土地の持ち主だったというイ―ガルというお爺さんが来て皆に勉強を教えてくれる。教室は食堂に使っている2階の部屋だけど、窓にはまっている透明のガラスというもののお陰で中は明るい。


 実は俺たちは、元貴族の関係者だったらしいジョセアのお陰で、一応の読み書きと算数はできる。だから、それを知ったお爺さんは、カーミラやクララ達を教えている中に入れてくれて、少し難しい書き取りを教えてもらった。


 その後はカーミラとジーラがマットを作るのを見たり、ジョセアとミランダが塀のなかの隅にある廃材から木材を選び出すのを手伝い、それを魔法で木くずにするのを見たりしていた。


 カーミラとジーラは、その木くずを魔法で更に細かくすりつぶして、さらに溶かしたような状態にして、それを柔らい板に変えるのだ。それを、1階の俺たちの寝台から離れたスペースで、魔法で作った滑らかな台の上でカバーを掛けるのだ。


 前はカーミラ達だけだと、10枚のマットを作って売っていたらしいが、ミランダが来てから12枚になったらしい。ジョセアが来たから15枚以上はできると、カーミラが言っている。俺はこのマットの値段を聞いて余りに高いので引いてしまった。


 ところが、カーミラはこれだけでなく、別のものを考えているらしい。それがどれだけの値段のものか知らないが、このマットに近い収入が得られるなら、確かに、仲間を100人に増やしても楽々やって行けるだろう。

 また大人になっても、これらの商売はちゃんとした職業になる。男は犯罪者、女は娼婦にならなくていいのだ。


 夕刻、薄暗くなるころ1人の子供がやってきた。その子は俺より1つ、2つ下だろうが、普通の服だが貴族や裕福な子供が着るような動きやすい服を着て、腰に剣を下げて木剣を束にして持っている。彼はライに頼まれたと言って、ライの兄のヒラジクルと名乗った。


 彼が、俺たちに剣を教えてくれたのだ。彼が木剣を握って、俺たちに向かって立つと力を入れているように見えないのだが美しくまた寒気がする。俺たちは木剣の握り方、構え方、振り方を教えてくれた。


「君たちが2〜3日位練習をしても、とてもものにはならない。それは解っているが、相手も素人同然の不良少年だ。身体強化のできる君たちの腕力と素早さだけで勝てる相手だ。

 しかし、相手を殺さないように、ある程度余裕の持って戦えるために僕が教えているのだ。まあ、当日は僕も一緒にいるから心配はないよ」


 ヒラジクル様はそう言って皆に丁寧に教えてくれた。結局ヒラジクル様が教えてくれたのは2日だったけれど、その後教えてくれた素振りを繰り返して、またシラムカラ侯爵家の領兵の人々も来て教えてくれたので、俺たちも1年が過ぎるころにはそれなりになったと思う。


 また、当然その夜の狼グループとの戦いでは、そうして教えてもらったことは、大いに役にたった。しかし、本当に役にたったのは俺たち一人一人の前で真剣を構えて、殺気というのだろうか、本当に殺す勢いで俺達の目の前をブンという音を立てて刀を振り降ろしたことだった。

 あれを経験した俺たちは、狼グループの振り回す半端な刃物は怖くなかった、


 ライたちが早めの食事を終えたころ、ヒラジクル様がやって来た。もう暗くなり始めているので、領兵の2人は隣の寝室に引っ込む。

 それから、暫くの時間があった。子供たちは緊張に話も途絶えがちだが、ライは全く平静で皆にここでの生活の様子を聞いている。ちなみに、室内はライが与えた明かりの魔法具で十分明るい。魔力を込めればコストゼロだ。


「来た!狼グループだ」

 カーテンを少し引いて窓から見張っていたカランが小さく叫ぶ。皆の顔がこわばるが、ライが平静に言う。


「緊張はするだろうが、しょせん身体強化ができない連中だ。刃物さえ気をつければ問題ない。いいか、僕が『いいぞ』と言ったら身体強化をかけてくれ」


 やがて、階段を大勢が昇る音がして、ドアを蹴って開け、台所の間を通って食堂に入ってくる。先頭にいるのは見上げるような大男であり、その後に5人ほどが続いている。


 すでに子供たちは、テーブルを挟んで反対側に立っている。

「おお、なかなかこの部屋もいいな。お前ら有難く思え。ここは俺たちが貰ってやる」


 大男、ボスのボロスが横柄に言って、そこの長椅子にどっかと腰を下ろす。横にいる、目つきが鋭くいかにも性格の悪そうな少年、スバラが話を続ける。

「お前らは、今日から俺たち狼グループの奴隷だ。まずもっている金を出せ」


 それを聞いていたカーリクがプッと噴き出して言う。

「お前ら、絵に書いたような馬鹿だな。そんなことを言って誰が聞くか」


 ボロスがその言葉に顔を真っ赤にして、テーブルに手を力いっぱいたたきつける。 

 その木製に見えるテーブルであれば壊れそうな勢いだが、彼の腕はペチンという音を立ててテーブルを強くたたいたがテーブルはびくともしない。ライがそのテーブルを『強化』しておいたのだ。


 しかもボロスは叩いた手を抱え込んで「いたた!」と悲鳴をあげる。それは岩を力一杯叩いたようなもので、手が痛くなるであろうが、その姿は間抜けとしか言いようがない。


「こいつ!」

 スバラがとっさに腰からナイフを抜いて、カーリクに向かって投げつけるが、カーリクが咄嗟に小刀を引き抜き払いのける。それも、人に当たらないように床にたたきつける余裕ぶりだ。


「おまえ彼を殺そうとしたな。この人が誰か判ってやっているのか?彼は、シラムカラ侯爵家の嫡孫のカーリク君だ」

 ライのその声に狼の連中は顔色を変えたが、スバラも同様に顔色を変えたものの気を取り直して言う。


「ふん、そんなものはここにいる段階で関係ない。要はお前らが帰らなければいいのだ!」

 その声にライは念話でヒラジクルに合図する。


 ヒラジクルは頷き、軽く膝を曲げてテーブルに向かって軽やかに跳びあがりながら、腰の短めの刀を抜き、テーブルの端に音もなくしゃがんだ状態で着地する。


 同時に、腰を落としながらスバラの頭頂からズバリと切り下げる。頭骨を割るジャリという音を立てて、刀身は首まで切り下げた後跳ね上がる


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