第29話 王都、孤児たちの奮闘4

 ライは、カーミラから連絡を受けて早速動いた。遅かれ早かれ、王都の犯罪組織的なものから目をつけられるだろうとは思っていたので、意外感はない。それよりも、彼としては、カーミラがこれらの組織と自分たちだけで戦うのは危ないと見て、ライに連絡をきちんとしたことに満足だった。


 仲間にした子は処方をするだろうから、その結果体力強化が行えること、さらに年上の男の子を仲間に引き込んだことで、自分たちだけで対処しようと考えがちだが、彼女はそれが危険であることをちゃんと認識している。


 この場合は、将来の安全のために是非王都の官憲を引き込むべきである。その意味では、ライが現在行っている軍への協力が生きてくる。彼は、今は軍と警察関係の力関係を掴んでおり、それが軍務卿の指揮下にあることも解っている。


 本来警察は軍とは独立した組織であるべきであるが、結局警察力を貴族と有力者の安全を保つのみという現在の考えでは、軍の下に王都警務隊を置く今のやり方でも不都合はないだろう。


 ライは軍務卿ライサンダ伯爵の部屋で、軍務卿立会いの下で王都警務隊の隊長のミーマル男爵、及び副隊長のラッセル騎士爵と話していた。ちなみに、王国軍についてはすでに魔法の処方は終わっており、当然軍の組織の一部である警務隊も処方が済んでいるので、その隊長と副隊長はライの事は知っている。


「そういうことで、私は王都の孤児たちの生活が立つようにして、将来は王国の立派な国民になれるようにしてやりたいと思っています。孤児たちは、今のようにあちこちのぼろ屋に住み着いて、半端な仕事をして半ば飢えている限り、飢え死にするか、男の子は犯罪者、女の子は娼婦くらいにしかなれないでしょう。


 それを聡い子をリーダーにして、食べる術を教えて、住むところを与え、かつ教育をさせれば、将来はこの国の将来を担える大人になります。当然その場合には、魔法の処方は済んでいますし、普通の子とは覚悟が違いますからね。しかし、そこで障害になるのが、王都に巣食う少年不良グループとその上に立つ犯罪組織です。

 警務隊の手が足りないことは承知していますが、情報は孤児グループから届けさせますから、彼らを庇護するように動いてほしいのです」


「うむ、ミーマル男爵それとラッセル騎士爵。ライ君は君たちも知っての通り、わが軍に多大な貢献をしてくれている。処方を受けた君たちも解っているだろう?

 またその貢献は、処方と軍への協力のみでなく、自分のジュブンラン領で様々な産業を興しており、それを我が国全体に広げるように提案してくれているのだ。


 宰相が言うには、このライ君の提言を生かせば、我が国は2年も経たず今の2倍ほども豊かになって、また大いに便利になるだろうということだ。今は君たちの組織は予算もなく、部下も少なくて碌なことが出来ないのは解っておる。

 しかし、私も君たちの組織は本来軍の下に置くべきでなく、もっと規模を大きくして、王都の住民の治安を守る独立した警察組織にするべきと思っている。それも、さっき言ったように我が国全体が豊かになるわけだから当然実現できる。


 また、孤児と言えども、飢えるか生き延びても将来犯罪者が娼婦かということでは困るのだ。また、見方を変えれば、王都を知り抜いている孤児たちというのは、鍛えれば君たちの手先と、いうより将来の隊員として使えるのでないかな。その孤児たちが悪さをすることなく、食べ、住み、そして勉強までさせてくれるというのだから、有難いことではないか」


 しかし、老齢で、腹がでっぷり出て頭が禿げ上がったミーマル隊長はあまりはっきりした反応を見せない。彼は、不摂生による体調のためか、処方によってもあまり効果はなかったのだ。


一方で、黒ひげを蓄えた、鍛え上げてがっちりした中背のラッセル副隊長は身を乗り出している。実際のところ、ミーマルはお飾りの存在で、実質的には平民上がりのラッセルが正隊員100名、見習い・臨時隊員250人の警務隊を動かしている。


「おお、我が警務隊が将来警察組織に。それは有難いことですな。それに、孤児たちは街を良く知っておりますから、信用できるものが手助けしてくれるのは有難いですな。実際のところは、すでに10人ほどで使っております。それで、具体的にはどのようなことをすればよろしいのでしょうか?」


 ラッセルは隊長を差し置いて言うが、それが普通なのでミーマルもは半ば諦めて何も言わない。ラッセルにとって、この上司は無能でやる気もないが、少なくとも彼がやることを追認してくれるので有難い存在だ。


 ラッセルにしてみれば、警務隊という組織は、今の状態では、貴族と有力商人の御用聞き的な存在で、平民はほとんど相手にしていない。というより、約50万の人口の大半をしめる平民の相手などしていられないというのが正直なところである。

 だから、当然平民の生き血を吸う存在である犯罪組織がはびこっており、泣かされるものも数多いが、残念ながら野放しである。


 しかし、今や正隊員は少ないが、350人の人員すべてが身体強化をできるようになったのだ。しかも魔法使いが自身を含めて37人生まれた。おそらく実質的な戦力としては以前の3倍では利かないだろう。


 それに、処方を受けた小回りの利く孤児の助けがあれば、手をつけられなかった、少年不良グループ及び犯罪組織を切り崩すことはできるだろう。

 当面、このジュブラン男爵家のライ君の頼みに出てきた、狼グループというのは不良少年グループでは最大の一つで質の悪さも最高である。まあ、様々な後ろ盾を持っている大人の犯罪グループに比べれば可愛いものだが。


「それで、ラッセル副隊長。子供たちの経験のためにも、狼連中の退治は基本的には彼らにやらせます。無論、私やシラムカラ侯爵家の領兵で、子供たちがまずいことにならないように監視します。

 ですから、その後をお願いしたいのです。まあ、質の悪い子供たちといっても、殆どは矯正可能だと思いますから、警務隊で揉んで頂きたいと思います」


 ライが言うのにラッセルは『相変わらず子供らしくない子だな』そう思いながら返事をする。

「うむ、それは良いが、若くても矯正不可能なものもいるぞ。それに、当分は無給でいいとしても人員を増やすにはそれなりの予算が要るが」

 そう言って彼は軍務卿を見る。


 ライサンダ軍務卿は苦笑いをして答える。

「まあ、いいだろう。臨時予算を認めるよ。いくら欲しいか書類を出してくれ」


 実際に、軍については、現在サダルカンド王国の対策として、大幅な臨時予算を組んでいるところだ。国が亡んだり征服されることを考えたら、如何に無理をしても、必要な予算は調達することが当然で必要である。


 その点で、支出を決済する宰相としては、ある程度の支出の増加については気が楽だ。それは、ライの話を聞いてそれを取り入れるつもりであるので、近い将来、国の大幅な収入の増加が確実と見込んでいる。


 国という存在は、個人と違って滅びない限り寿命はないので、その時点で現金がなくても信用で運用していけるのだ。

 軍務卿としても、ラッセルの求める追加予算は、軍が求めているものと桁がいくつも違うことは解かっているので、簡単に認めることができる。そういうやり取りをよそに、ライが先ほどのラッセルの言葉に応じる。


「私は、具体的ではないですが人のある程度の考えは解るのです。ですから、矯正不可能と思ったものは排除します。それは承知おきください」

「排除?」

 ラッセルはライの顔を見てしばし沈黙して続ける。


「うむ、わかった。戦闘で死者が出ることは普通だからな。避けられんこともある」

 ラッセルは多くの不良少年・少女、犯罪者を見てきて、どうにもならない者も多くいることは承知している。そして、彼自身そうした者は“適切”に処理してきた。


 人が簡単に死ぬ、この厳しい世界で、世の害にしかならないものを牢で長く養う余裕はこの国にはないのだ。事実、人を殺した盗賊グループの一員は奴隷落ちか死刑だ。


 その夕刻、ライは屋敷を抜け出し、カーリクといつもの護衛2人が一緒に日の出荘に行く。それをジーラが感じとって、全員に呼びかけてライを待ち受ける。

 今や日の出荘には、元からいるクララ達女の子6人、ミリンダの仲間女4人に連れて来た男4人、さらに最後に来たジョセアの男の子のグループ6人で、すでに合計20人の孤児が住んでいる。


 皆が勢ぞろいして迎えるのを、ライはニコニコして新参の者達に声をかける。

「やあ、僕はライだ。よろしくね」

「僕はカーリク、僕もライと一緒にちょくちょく来るよ」

 こちらの2人はミザルとサーマル、僕の護衛だ」カーリクはそのように護衛の2人を紹介する。


「クララ、食事はまだだろう?」

 ライがクララに聞く。

「ええ、用意はできていますが、まだです。ちょっとライ様たちのものは用意していませんが……」


「ああ、いいんだよ。僕も皆に食べてもらおうと持ってきたものがあるから。食堂に行こう。2階だろう?」

「ええ、2階の台所の隣の部屋にしました。どうぞ上がってください」

 今度はカーミラが言って、皆でぞろぞろと階段をあがって食堂にしている勉強用だった部屋に入る。


 そこには、大きなテーブルと長椅子が並べられているが、テーブルの周りは20人の子供が座るとライたちの座るスペースはなさそうだ。しかし、その後ろのスペースに長椅子があるので、そこに座れるだろう。


 ライはテーブルにつかつかと歩み寄ると、空間収納から大量の串に刺した焼肉、饅頭、様々な種類の果物、パンを出す。それらはバナナのような大きな葉に包まれている。串焼きや饅頭は湯気を立てており、子供たちは思わず歓声をあげる。


「どうぞ、食べてくれ。でも、その前に手は洗ったかな?」

 ライが言うと子供たちは急いで外に部屋を出て、隣の部屋の流しで手を洗っている。その間に、クララや大きな子が皿をテーブルに並べ、クララの作ったスープを器に注いでいる。小さい子も感心に他の子が手を洗って席に着くのを待っているが、目は食べ物に釘付けだ。


 ライが目で合図をすると、クララが言う。

「まず、ライ様に食べ物のお礼を言いましょう。はい!」


「「ライ様、ありがとうございます」」

 皆が一斉に言って、小さい子は饅頭か串焼きを取って食べ始めるが、大きい子はライを見ている。

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