第28話 王都、孤児たちの奮闘3

 子供たちの教師役のイ―ガルは、日の出荘に着いた時、カーミラが子供たちに魔力の処方をしているのを見た。彼自身もその処方を受けたが、残念ながら彼の魔力はごく少なく多少身体強化が使える程度であった。


それでも、痛かった体の節々が殆ど痛みを感じなくなった点は有難く思っている。また、最近は前に比べると、物事に積極的になった気がするのも処方の効果かも知れないと思うのだ。


 子供たちへの処方の効果は高いようで、彼らが身体強化をして跳ぶのをみても、イ―ガルよりはるかにレベルが高い。また、新しくきた一番年上の女の子、ミリンダが魔法を使えるようで、指先に明かりを灯したり、風魔法で物を動かしたりしている。


 今朝は、一度に増えた人数に驚いたが、増えた子もこのように身体強化も出来て、また魔法を使えるものがいるということは、日の出荘の子たちの力が増す事だと好ましく思える。


 また、イ―ガルにとって、教える子たちが倍以上に増えたわけだが、前から教えていた子たちを指導役にすることで、それほど手間は変わらない。人に教えることは、深く学べる早道というように、前から教えていた子はより深く理解が進む。


 これは、イ―ガルが商売で人を使っていた経験から来ている。新たに来た子たちも、やはり熱心に学んではいるが、カーミラほど熱心で能力の高い子はいないようだが、やはり、魔法が使えるようになったミリンダが頭一つ抜けている。


 『魔法が使えるようになる子は、はやりリーダーになる子のようだな』イ―ガルがそう思う。その日、勉強を終えて、カーミラと商売の事を話し終えて、イ―ガルが帰って行った後、外に出て行ったミリンダが成年になった年頃の男の子と、もう一人少し若い子を連れて来た。


 金髪で色白、年にしては長身で、ほっそりしているジョセアと、拳一つ背が低く浅黒いグループのサブリーダー格のカランである。

「いらっしゃい、どう日の出荘は?」

 出迎えたカーミラが声をかける。彼女はジョセアに比べると頭一つ背が低い。


「うん、いいね。立派なものだ。用地も広いので、小屋も作れるよな」

 ジョセアが整った顔をほころばせて返す。


「とりあえず住んでもらう所はその1階で、倉庫として作っているので、仕切りもないし、住み心地は悪いと思うけど、人数が決まったらもう少し何とかします」


「いやあ、今に比べると立派なものだって、十分だよ。ところで、身体強化と魔法を使えるようにしてくれるのだってね?」

 ジョセアの問いにカーミラが頷く。


「ええ、仲間は全部で6人でしょう?皆揃ったらその処方をするわ」

「うん、すぐに仲間を連れてくる。身体強化ができるということなので急いだほうがいいな。どうも、ここは狼グループに目をつけられているぞ。君らもだいぶ派手に金を使っているので、目をつけられたのだな」


 真面目な顔になったジョセアが言うと、半数ほどの顔が恐怖に歪む。狼グループは王都の最大と言って良い不良グループで、ボスはボロスという名の巨人と言っていい体格の狂暴な男で、構成員は40人に達するという。


 かれらは、皆武器として少なくともナイフは持っており、貧しい孤児たちから金や物を巻き上げたり、商店を脅してみかじめ料を取り上げたりといったところが主な収入源のようだ。


 中でもクララが最も怯え、怒って言う。

「私も、何度も彼らからお金を脅し取られたし、何度もその……乱暴されたわ。本当にあいつらは人間の屑よ!」


「ふーん、それは問題ね。彼らの人数は40人だったかしら。私たちの孤児の問題には騎士団も動いてくれないのね?」

 カーミラが考えながら言うと、クララが頷く。


「ええ、私の場合はちょっと逆に騎士団には言えなかったけど、何人もの人が彼らから乱暴されたり、それこそ殺されて、また金をむしり取られて訴えたようだけど、無駄だったようね」


「分かった。多分ジョセアたちを処方すれば大丈夫だけど、まだ暫くは身体強化の状態に慣れないと闘いは無理だよね。また、中途半端なことをすると、子供がたくさんいるこっちが弱いことになります。

 だから、ライ様にお願いします。何かあったら連絡するように言われているから。何も言わずにこちらが被害を受けたら、ライ様が悲しまれると思います」


 カーミラが腹を決めて、皆に向かって言うと、クララが心配そうに応じる。

「でも、いいのかしら。そんなことに巻き込んで。それにどうやって連絡するの?」


「ええ、大丈夫だと思います。ライ様は幼い外見だけど大人に精神が宿っています。それに、私はライ様と念話で連絡ができるので、ここの状態は逐次伝えているの」


 その後、ジュセアが仲間を連れてきて、薄暗くなる中で、彼ら6人に処方を施し、身体強化の状態で体を動かす訓練を行う。それを指導している、ミリンダとジーラの傍ら、カーミラはジョセアを別にして話しかける。


「ジョセア、あなたは魔法が使えますね。魔力は相当大きいから、かなりいろんなことが出来るわ。実際、私とジーラにミリンダそれにあなたがいれば、10人や20人の不良連中は蹴散らせます。

 でも、あとくされ無しとはいかないわ。じゃあ、魔法の使い方の初歩を教えますね。身体強化の方は仲間から習ってください」


 カーミラはジュセアに魔力の巡らし方や、念話で魔法を使う場合の魔力でマナを操る方法を教える。半刻(1時間)ほどの訓練でジョセアは基本的な魔法が使えるようになった。


 こうして、まだ身体強化・魔法を使えることができるようになったことで、興奮冷めやらぬ皆に手早く夕食を摂らせる。クララの作った、美味しく十分な量の食事をとって満足した皆に、カーミラが話しかける。


「ライ様に連絡を取りました。たぶん間もなく来ていただけるはずです。今回は中途半端なことをするのは危険だと、私も思いましたがライ様もそう言われました。

 ライ様は、今は軍の関係の仕事をしていて、軍・騎士団に顔が利くそうです。ですから、今回の件は、とりあえず相手の嫌がらせか襲撃がわかりませんが、それをさせて反撃します。彼らの襲撃などを実際にやってくる連中は、徹底的にやっつけて構わないということです。


 中でもボスのボロスはじめ質の悪い幹部連中は殺しても構わないそうで、あとは騎士団があとくされがないように始末してくれるそうです。とりあえず、ライ様と侯爵家の嫡孫のカーリク様とその護衛2人、それにライ様のお兄様が加勢に来てくれるそうです。たぶん、その5人で狼グループ程度は余裕を持って片付けられるそうです」


 小さい子が多い子供たちはあからさまにほっとしたような顔になるが、ジョセアは心配げにカーミラに問う。

「しかし、ここの家はそのライ様のものだろう?俺たちもだけど、こんなに数が増えていいのか?大体、1階は倉庫なんだろう?」


「大丈夫よ。ライ様から、ちゃんと働く気がある子供達だったら、どんどん増やして良いと言われています。ここが一杯になったら、また土地と建物は用意するそうです。ただ、その子たちは、ライ様が今度やっていくいろんな事業に使えるように、勉強をする必要はあるということです」

 そのように、カーミラが答えジョセアが安心した顔をする。


 さて、ライの兄のヒラジクルだが、ライによる学園生の処方以来、全く立場が変わっていた。まず、侯爵家のマサール・ジル・ジーザラムとその一派については、完全に牙を抜いてしまった。


 最初、学園の教職員・学生を入れて約1500人に対し、ヒラジクルと教師のリッチェンドが中心になって、順次処方をしている。しかし、中途半端な身体強化ができるということで、学園で我が物顔に振舞っていたジーザラム侯爵家とその一党については、当分は処方する気はない。


 ライによって処方されて使えるようになった身体強化は、その原理を完全に理解した上になされたもので、ジーザラム侯爵家が秘密に受けついできたものとそのレベルが違っていた。その発揮される筋力そのものに大差はないが、素早さにおいて倍と半分程度の差があって、闘いにおいては大きな違いが現れた。


 ヒラジクルは処方後、早速マサールに剣の闘いの試合を申し込んだ。マサールは、折角の仕掛けが受け入れられなかったことを悔しがっていた。だが、ヒラジクルの申し入れに、飛んで火に入るなんとやらと思ったのであろう、にやにやして喜んで受け入れた。


 ヒラジクルが申し込んだのは5人での試合であり、そのメンバーは彼の仲の良い仲間で、剣術の腕としては中級以上のものを選んでいる。

 当然、彼らは仲間内で身体強化の状態で訓練しており、剣の腕としては天才級で、しかも魔力が強く身体強化の効果も高いヒラジクルがもっとも強いことは確かめられている。


 彼自身は、同じく処方を受けた剣術の教官と闘いでは互角でもあったが、これは身体強化の効果が高いお陰である。また、選んだ5人の最弱のものでも、ジーザラム侯爵家関連の者から選ばれた選手よりは強いであろうことは確かめている。


 ヒラジクルの申し込みは、大きな関心を呼んで学園中に広まり、その試合は多くの学生が身守る中で行われた。しかし、結果は極めてあっけなかった。

 試合は刃に当たる部分が90cmほどの木剣を使い、双方皮の鎧と腕・足の防護付きの防具をつけた上で行われた。試合は、剣術教官の審判の「はじめ!」の合図で始まったが、ヒラジクル側(ヒ側)の中背でがっちりした選手が受けにまわった。


それに対して、ジーザラム側(ジ側)の細身の選手が、いつもようににやついて全力で打ち込んでくるのを、ヒ側の選手は簡単に払って胴を抜く。ジ側の選手はいつも勝っているので、あきらかに調子に乗っている。


 バシリ!と木刀が皮鎧を払った音に、ジ側の選手は何が起こったのか分からないようで、茫然としている。身体強化をしているので、たいして痛くはないようだが、自分が撃たれたのは十分感じたようで、茫然としながら引っ込む。


「ザーラム、何をやっているんだ。この間抜け。そんな奴に負けるとは!」

 マサールが口汚くののしるが、『こいつの目は節穴だな、あの速さの差が判らんとは』ヒラジクルは思う。そ


 の後出てくる3人は殆ど同じ結果である。精々一合、あるいは剣同士を打ち合わせることなくヒ側の選手が勝っていく。速さが明らかに違う。

 とうとう、最後の大将戦で、ヒラジクルとマサールとの戦いになったが、もはやヒラジクルはこの試合に意味を見いだせなくなっているが、マサールも、ようやく彼我の差が判って既に怯え始めている。


「始め!」審判の合図で既に逃げ腰の相手に、ヒラジクルは木剣を中段に構えて、無造作に歩み寄り、最後の一歩で瞬間に相手のみぞおちを突く。

 マサールは、流石に払いのけようとはしたが、全く追いつかず、そのまま剣先を鳩尾に食らって後ろにすっ飛び、無様に後頭部を打って気絶する。


 こうしてヒラジクルは、学内でも問題になっていたジーザラム侯爵家の横暴を、この上ない形で押さえ込むことが出来た。

 さらに、処方を学園に持ち込んだ功績もあって、教師にも一目置かれるようになって、弟のライのために一晩校外に出てシラムカラ侯爵家に泊まることも簡単に認められた。


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