第27話 王都、孤児たちの奮闘2
ミリンダは、声をかけられて振り返り、それがたしかカーミラという子だと思い出して驚いた。前に見たときは、ぼろを着て、いかにも飢えた顔をしていたが、今はそこらのちゃんとした家の娘さんのような服を着て、きちんとした靴も履いている。
また、髪もくしけずってつやつやしているし、顔色もよく明るく笑っている。『こうして見ると綺麗な子だな』と、ミランダはいかつい自分と比べて、胸がチクリと刺されたような感じをおぼえた。
カーミラに比べると、裸足で所々穴の開いた男物の服を着た自分が少し恥ずかしく、声をかけられたことを怪訝に思いながらも、無理をして陽気に声をかける。
「ああ、カーミラだったかな。随分変わったね」
「ええ、いろいろあってね。ちょっと話をしたいけれどいいかな?」
カーミラが再度声をかけるが、『なんだろう』ミリンダは不思議に思った。
カーミラの話は、仲間になれということで家もあると言う。倉庫の隅で暮らしているミランダのグループ4人は、そこを出るように言われていて困っていたところだから、もってこいの話だった。
早速、ミランダがカーミラについて行ってみると、そこは新築の建物で、ここに住めるという広い部屋があって2段ベッドも人数分あるし、台所、トイレ、シャワー、そして風呂!何もかもそろっている。
「いいのかい、こんな立派なところで。ここで住んでいいと言うのなら、勿怪の幸いだけど」
半信半疑で来て、そのような立派な家を見せられ、驚いてカーミラと一緒に案内してくれたクララに言う。
そういえば、ミリンダとしてはクララを数年前から知っているが、沢山の小さい子を抱えて大丈夫かなと心配していたものの、死病にかかって長くないと聞いていた。とはいえ、自分が食うので精一杯で、心配しながらもミリンダとしてはどうしてやりようもなかったのだ。
「クララ、元気そうじゃないか。心配していたのだけど。こちらも一杯一杯でね」
元気そうなクララに本当にびっくりして、そう言うミリンダに、彼女は持ち前の優しい笑顔で言葉を返す。
「ええ、ありがとう。ライ様という貴族のおぼっちゃまが魔法で治してくれたのよ。おかげでもうすっかりいいわ。あなた達4人よね?私たちも、あなたたちがここに来てくれると安心だわ」
続いてカーミラが言う。
「そうよ、ちょっと私たちも全体に幼すぎて、不安だったからミリンダたちのような少し年上の人も一緒に住んで欲しいの。だけど条件があります。
それは、ここで読み書きと計算を教えてくれるお爺さんがいるのだけど、一緒に勉強すること。それと、ここに住まわせてくれているのは、さっきクララも言ったライ様なのだけど、ライ様が言うように、ちゃんとした服を着て清潔にするということです。服を買うお金はそのライ様からもらったお金があるから、あとで買いに行きましょう」
ミリンダはそれを聞いて本当にびっくりした。読み書きと計算は何とか覚えたいと思っていたのだが、なかなか孤児の自分たちに教えてくれる人はいない。それに服を買ってくれる?とても信じられない。さらにカーミラが言う。
「私たちは、皆ある程度の魔力が使えるのよ。クララも含めて皆が身体強化ができるし、私ともう一人ジーラは魔法が使えます。なにより私はミリンダと仲間に魔力を使えるように処方が出来るわ。ミリンダはかなり魔力が強いから魔法も使えるでしょう」
「魔法!魔法使いがいるのは知っているけど、私が使えるようになる?信じられない」
ミリンダが驚いて言うのに、カーミラが自信ありげに応じる。
「大丈夫よ、処方をすればわかるわ。皆が揃ったら処方をするから。それとね、私たちは今魔法を使ってある商売をしているの。だからミリンダたちが来ても、食べるのは心配ないわ。
それに、ミリンダたちにやってもらいたいことがあるの。それもうまくいけば、もっと人を増やしてどんどん商売を大きくして、王都に住む私たちのような孤児が困らないようにしたい!」
目を輝かせて言うカーミラに、圧倒される思いだったが、ミリンダは言いにくそうに頼む。
「あのね。私たちは知っていると思うけど、野菜マーケットの近くの倉庫に住まわせてもらっているのよ。だけど、そこにはまだグループが住んでいてね。小さい男の子4人のグループなのよ。彼らも一緒にすぐに追い出されるのよ。それと、やっぱり彼らもろくに食っていなくて。何とかならないかな?」
「うん、いいわ。とりあえず下に住めるから。倉庫は当分使わないそうだからね。土地はまだ余っているから、魔法で家を建てれば大丈夫」
カーミラの言葉にミリンダは笑顔で安心したように感謝する。
「ああ、ありがとう。近くで見ているとどうしても気にかかってね」
「それとね。大きい男の子が仲間に欲しいわね。女の子ばかりだと、不良グループに目を付けられる可能性があるわ。さっき言った魔力の処方をすれば、成人(15歳)前の子でも十分不良グループに対抗できるわ。でも、乱暴な子はだめよ」
続けて言うカーミラに、少し首をかしげてミリンダは応じる。
「ええ、リーダーのジョセアは15歳かな。彼が、しっかり6人をまとめているグループがいるわ。乱暴でもないし、礼儀正しい子達よ。彼らも住むところが狭いということで、どこか住むところを探していると言っていたわ。
でも、大丈夫なの、そんなに集めて?」
実際、ジョセアは2年ほど前に現れて、男の子の孤児たちのグループに入り、すぐにリーダーに収まった子で、自分でいろんな働き口を探してきて、自分のグループを食べさせ、こざっぱりしたそれなりの服装をさせている。
なにより、彼は読み書き・計算ができ礼儀正しく、グループにそれを教えている。ミリンダは、彼が多分貴族の出身ではないかと思っており、彼女にとっては、自分では到底似合わないとは思っても密かな憧れの人である。
「うん、そのくらいの人数が食べられるくらいは十分稼いでいるのよ。また、人が集まれば別に考えていることがあるから。それに、住むところは十分あるし、魔法で建て増しもできるし。狭くなればまたどこか買うわ」
カーミラが真顔で答える。
クララはそれを目の前で聞いていて、舌を巻く思いだった。カーミラはまだ11歳で小さいが、自分が考えもつかないことを、成人に近くそれも姉御肌のミリンダに堂々と確信ありげに言っている。
確かに、カーミラは今の商売であるマット販売のみでなく、魔法を使って作るものを売る計画があるとは言っている。
ジーラとカーミラは、その魔法でいろんなものを作ることができ、子供たちを集めてそれを売って稼げば、王都に沢山いる飢えた孤児たちが、住めてきちんとした服装で飢えることなく食べることも可能だろう。
困っている子を見ると、黙っていられなくて、自分の身を売ってまで世話をしてきた彼女にとって、それはこの上ない喜びだった。『自分も精いっぱい世話をしよう』、そう思うクララだった。
それからは早かった。たちまちその夕刻には、先に住んでいた、カーミラたち女の子の6人のグループに、ミリンダをリーダーとする4人の同じく女子グループ、さらにその隣に住んでいたという男子グループの4人が加わった。
10歳のラビンをリーダーとする男の子のグループは、1階の倉庫の土魔法で固めた床に、在庫のシートに包まれたマットに毛布を掛けて寝ることになった。しかし、ニューカマー8人が真っ先に要求されたのは、風呂に入って垢を落とし、着ていたぼろを脱いで、市場で買ってきた古着に着かえることである。
彼らは、クララの監視の下で、石鹸を与えられて布で体をこすって、いくらでも出てくる垢をこすりおとす。それから、男女4人ずつ風呂桶に使って寛ぐが、彼らにはまだ始めて入る風呂の気持ちよさより、落ち着かなさが勝る。
しかし、そこから上がって、古着とは言え清潔な下着、服を着る気持ちよさは判る。しかし、本当に自分がこのような状態にあるのか、信じにくく落ち着かないことは事実である。
それから、夜も遅くなったが、12人が揃っての夕食である。それは、台所のわきのスペースでは狭いので、勉強部屋で長机に座っての食事であった。
クララが、一生懸命作ったスープと煮物に、買ってきたパンと果物の夕食は、せいぜい黒パンに得体のしれない屋台の串くらいしか食べたことのない、ミリンダとラビンのグループは夢のようなものだった。
「クララ、これはあんたがつくったのかい?」
夢中でスープと煮物を食べ終わって、お代わりも十分して、ひとしきりパンもかじってから、ひとごこちがついたミリンダが聞く。
「そうよ。どうだった?ああ、その果物も食べてね。栄養のバランスが大事だから」
満足げにクララが応じると、今度はラビンが応じる。
「すっげえ、美味い!お前ら、いつもこんな飯を食っているのか?」
その声に8人のニューカマーはうんうんと頷くが、カーミラがわざとらしく顔をしかめて言う。
「この日の出荘の住民は、言葉使いに気をつけてね。もちろん、この位の食事は普通です。今後は、商売でいろんなお客さんと話をしてもらいますから、言葉使いは大事ですよ。
さっそく明日の朝には、勉強を教えてくれるお爺さんが来るから、言葉使いも習ってください」
「ええ!言葉使い?なにを気取ってるんだよ!」
男の子の一人が馬鹿にしたように言うと、ミリンダが叱りつける。
「言うことを聞かないのだったら、元のところに戻りなさい!また、汚い服を着て食べ物もろくに食べられない生活に戻りたいのだったら、言葉使いはそのままでいいよ!」
「そうだ。ジミール、お前は元に戻りたいのか?俺たちは、ここの子達の言うことを聞くと誓ったんだ。俺は言葉を直すし、勉強もするぞ!」
今度はラビンが同調する。
ジミールはくしゅんとして、下を向いて謝る。
「ごめんなさい。俺も言葉を直すよ。また勉強もする」
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