第24話 ライ王立学園にて処方を施す

 ヒラジクルは、王立学園の門の前で、弟のライを待っている。教師が1人、中等部の同学年の生徒が8人、上級生が5人、下級生が5人一緒だ。


 彼はライとは5歳違いの13歳であり、12歳で入学した学園の2年生である。王立学園は中等科と高等科に分かれ、12歳から15歳の3年間の基礎学問を積む中等科、その後18歳までの3年間の高等科に分かれている。


 中等科は1学年が300人であり、厳しい入学試験を経て入学するが、貴族枠200人、平民枠100人となって、貴族枠の場合の志願者はおおむね年間250人足らず、平民枠は500人に達する。


 従って、当然平民の場合は極めて狭き門であるため、その中では優秀なものが集まるが、貴族の場合には幼いころから家庭教師をつけて、勉強と武道に励んでいるため、そうした機会に恵まれない平民とでは実質的に入学時の成績はむしろ勝る。


 しかし、入学後はどちらかというと、素質としては優秀で、必死で頑張る平民の方が、平均的には成績が上に行く傾向がある。しかし、やはりトップクラスは優秀な遺伝子に恵まれ、プライドにかけて頑張る上級貴族が占めることになる。


 中等部を卒業した後の高等部は、定員は200人になっており、貴族枠150人、平民枠は50人になるが、平民にとって王立学園中等部卒は十分なエリートである。

 ヒラジクルは、貧しい自分の家から無理をして王都の王立学園に入学させてもらったことをよく自覚しており、まじめに学業に励んだ結果、学業成績は上の下というところであるが、剣術については天才的で、教師からもその才能を認められている。


 しかし、一部の武闘派貴族一族については身体強化が可能であり、その貴族家とその寄子でその技術を独占してその強さを誇る傾向がある。ジーザラム侯爵家とミサマールル伯爵家にその寄子連がそれにあたり、学園にも12人が属しており、中等科2組のヒラジクルの同級生にも3人いる。


 とりわけ、そのグループの統領の家のマサール・ジル・ジーザラムはお山の大将で、剣術そのものではヒラジクルに敵わないことへ嫉妬から、身体強化出来るもの全員が、彼に様々な意地悪をしてくる。

 所詮、中学生の年頃なので意地悪といってもそれほど陰湿なものではないが、同じ少年である受ける方からすれば、深刻な問題になりうる。


 実際にヒラジクルにとって、マサール自身及び支配下にあるもの達の、彼へのいじめは深刻なレベルになっている。彼の持ち物を壊す、陰に隠れて暴力を振るう、友人に暴力を振るう、しかも昨日にいたっては盗みの濡れ衣をかぶせてきた。よほど、彼を学園から追い出したいらしい。


 それは、彼のバッグにジーザラム家の紋章入りの財布を入れて、盗んだと騒ぎたてたのだ。それことは、ヒラジクルにとって見え見えの濡れ衣であったが、教員を巻き込んで大騒ぎになった。


 彼のバッグから財布が見つかったという事実はあっても、それを探し出したのがマサールの子分であるミズウム男爵家のジザールであり、見え見えの猿芝居であった。ヒラジクルが盗んだ目撃者もおらず、彼が部屋を留守にした間に、誰かが彼のバッグにその財布を入れることは可能である。


 告発を受けてその場に来た、算数教師リーサル・ダイ・リッチェンドは、双方の言い分を聞いて言った。

「これは、判断できんね。ヒラジクル君が盗ったというが、それを目撃したものはいない。これは、状況的には誰かがマサール君のバッグから、ヒラジクル君のバッグに盗まれたという財布を入れることも可能だ」


「リッチェンド先生。ヒラジクルのバックから僕の財布が出た以上、彼が盗んだに決まっています。侯爵家の私の言うことを信じられないのですか?」

 マサールが言い返す。


「しかし、君はヒラジクル君が盗って、自分のバックに入れるところを見たわけではないだろう。まあ、妖精がそうしたと考えるのだな」

 教師はうんざりするように言った。


 どっちにしろ、証拠はないし、彼にしてみれば、ヒラジクルとマサール及びその取り巻きの表情・態度を見れば、この件はマサールが仕組んだことは見え見えだった。

  彼にしてみれば、侯爵家とは言え、たかがその2男が、身体強化ができるということのみで、ほかにとりえもないのに、取り巻きを指揮して我がもの顔に振舞っているのにうんざりしていた。


 マサールとその取り巻きは、教師の断固たる態度にそれ以上押せず、膨れっ面をしながらもその場は収まった。しかし、ヒラジクルも今までのことに加えて、今回のことは腹に据えかねている。


 しかし、10日ほど前と昨日届いた手紙のことを思い出して、近くすべてが解決する望みがあると胸をさすった我慢した。父から来た10日ほど前の手紙には、ジュブラン領で進んでいる驚くべき変化が今までの手紙に比べより具体的に述べられている。


 さらに弟のライが王都に来ること、また領は進んでいる開発のために資金にゆとりが出来たので、ライから金を受け取れると述べていた。

 昨日朝、受け取った手紙は、弟のライからのもので、王都のシラムカラ侯爵家に滞在していること、明日の休日(学校も休み)の朝の2の鐘の時刻(午前8時)に学校の正門前に行くと書いてある。


 さらには、父の手紙にもあった魔法の処方をヒラジクルにするので、時間を空けておいて欲しいこと、また一緒に処方を受けたい人がいれば連れてきて構わないことが書いてあった。


 ヒラジクルは、その手紙を受け取った時は迷っていたが、濡れ衣事件もあって腹を決めた。父の手紙の内容のうち、魔法の処方については前に受け取った手紙にも書いていたので、そうしたものがあって、ライが出来ることは信じていた。


 そして、ライによって少なくとも身体強化を使えるようになれば、剣についてはジーザラム家一党に負けることはないので、暴力によるいじめはなくなる。

 さらに、比較的親しくしている同郷のシラムカラ侯爵家の寄子の何人かと、近隣の諸領の数人も一緒に処方をすれば、ジーザラム家一党が学園内で我がもの顔に振舞うのも止めることが可能だろう。


 そして、できればこの処方は学園の皆に広げるべきだと思う。彼は、まず教員室にリッチェンド教師を訪ねて、父と弟の手紙を見せて、明日一緒に弟に会って欲しいと頼みこんだ。


 さらに、その同意を得た後目星をつけた皆にも明日弟に会うことを同意させた。リッチェンド教師は、実際のところ2信8疑程度であったが、今日気の毒な目にあった生徒が一生懸命頼むので応じたという面が大きかった。


 また、目星を付けたもの達の多くは、すでにジュブラン領の数々の変革のうわさを知っており、むしろ積極的に応じ、彼ら自身の知り合い・友人に話を広げた結果、冒頭の大人数になったのだ。結局、大きな要因はジーザラム家一党が、学園内でいかに憎まれていたかという現れであったのだ。


2 つめの鐘が鳴るとほぼ同時に、角を曲がって、2人の大人、2人の子供が走って現れる。待っていた大人1人、生徒19人はその速さに驚かずにはいられなかった。大人がほぼ全力で走る速さで、皆走ってくるが、到底身長130cm足らずの小さな子供には不可能な速さだ。


 しかし、着いたところを見た感じでは、息も切らしておらず汗もかかず余裕の表情だ。何かがあふれ出ている感じの彼ら4人は、待っている一行の前に立ち止まると、その体の雰囲気がしぼむ感じになる。身体強化が解かれたのだ。


 子供の一人が、一行の前に出ていたヒラジクルに片手を上げて声をかける。

「やあ、ヒラジクル兄さん。久しぶりだね、背が伸びたね」


 確かにそれは弟のライであるが、雰囲気が変わってしまっている。身長は、半年ほど帰省した時に見た時より伸びてはいるが、標準の伸び方だろう。しかし、目と表情が違う。前は年相応の無邪気さがあったが、今は身長に全く似合わない大人の目と表情だ。


「あ、ライ。半年ぶりだね。父上の手紙で見たが、随分な活躍だったようだね。ところで、そちらも皆さんは?」

 気おされながらも、ヒラジクルが応じるのに対して、ライは同行者を紹介する。


「ああ、こちらはカーリク・ドラ・シラムカラ君、シラムカラ侯爵お孫さんだよ。こちらのお二人は、その護衛の方でミザルとサーマルだよ。皆身体強化は使えるし、カーリク君とミザルさんは魔法も使えるから、今日は皆さんの処方を手伝ってもらう。 そちらの皆さんが今日処方を受けたい方々ですか?」


 ライは、最後にヒラジクルの後ろで様子を見ている皆に話しかける。

「そう、魔法の処方と聞いているが、君がヒラジクル君の弟のライ君かな。私はこの学園の算数教師のリッチェンドと言います」

 教師が出てきて、ライに手を差しだす。


「はい、ライです。リッチェンド先生、兄がお世話になっております」教師の手を握りながら、ライは大人のようなことを言っているが、その表情を見る限り違和感がない。

 その後、彼らは広い場所があった方がよいということで、学園の体練場に場を移す。その段階で、シラムカラ侯爵家の寄子の子弟たちが、カーリクに挨拶にするが、ライに対しては寄子の立場でカーリクを友達扱いするのに、不快感を持ったようだ。


 しかし、カーリクにしてみれば、ライは特別なのであり、他の寄子の子弟とは全く感覚が異なっているし、友達としての付き合いには抵抗がなく、シラムカラ侯爵自身もそれを認めている。これは、シラムカラ侯爵家の人々に選民意識が強くないことも一因になっている。


 体練場での処方は、いつものように、ものの1時間ほどで終わり、身体強化の状態で体の動きを確かめ徐々に負荷を上げていく。一通りのコースを終わったところで、再度皆に集まってもらう。


「皆さんは、これで身体強化はできるようになりました。どうも聞くと、この学園には身体強化ができる人がいるようですが、今日の処方は魔力の在り処、その働きを知った上でのものですから、たぶんこれ以上のものはないはずです。

 また知っておいてもらいたいのは、身体強化は基礎の身体能力にほぼ比例しますから、身体強化をしない状態で鍛えることは非常に重要です」


 ライの言葉に、すでにその状態を経験した皆深く頷く。

「さて、次は魔法です。魔法はある程度以上の魔力を持つ人は基本的に使えるようになります。例えばこのように」


 ライは、そう言って指先に朝の光の中でも十分まばゆい光を灯す。さらに、頭上3mほどに直径が50㎝程の炎の塊を出して、かすかにゴウゴウ鳴っているそれを斜め上方に目で追えない速さで打ち出してしまう。すでにその時には、体練場の周りには50人ほどの生徒と教師らしき人々が集まり、ライのパフォーマンスの都度どよめきが起きる。


 加えて、彼は両手のひらを内側に向けて、その中に水玉を創出する。そしてそれを、バシャリとグラウンドに投げ捨てて皆を向いて再度口を開く。


「どうです。これが魔法です。そうですね、この中の6人は使えるようになりますよ。普通は10人に一人程度ですから、この学園の方は非常に優秀です。また、今日の段階で魔法が使えなくても、皆さんの歳だとさっき教えた魔力を練って、毎日魔力の消費を続けていくと使えるようになる可能性はあります。

 それに、少なくとも身体強化のレベルは上がります」


 魔法が使えるようになった6人の中には、ヒラジクルも、教師であるリッチェンドも入っており、ライがまとめて魔法の訓練をする。一方で、周囲で見ているもの達が黙って見ているわけもなく、教師も含めて全員が処方を希望したため、ライは魔法の訓練、カーリクが処方を行った。


 このライの訓練には、他に対する処方の訓練も含まれていた。この日、王立学園では結局学校に残っていた230人が処方を受け、62人が魔法の訓練を受けたことになり、身体強化の状態を経験したそれらの生徒と教師は夢中になってトレーニングを行うことになった。


 また、魔法を使えるようになった生徒や教師もそれ以上の情熱をもって魔法の練習に励んだ。それを見ていた、他の生徒教師が収まるわけはなく、熱烈に処方を望んだ。そのため、リッチェンド教師の斡旋の元で、すでに他に対する処方を身に着けていた、魔法を使えるもの達が、他の生徒へ処方を行ったため、5日も経過せずして、王立学園の全生徒と教師が処方を受けることになった。


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