第25話 王国軍の進化

 ラママール王国軍の司令官は、サイマル・ダム・ミーズラン伯爵54歳である。彼は、軍務卿であるライサンダ伯爵からライを紹介されて戸惑っていた。

 確かにその表情及び眼光は8歳の幼児ではないが、彼が並ぶもののない魔法の知識と能力の持ち主で、他の者に魔法を使えるように処方できるというのは、いくら何でも信じがたい。


 とはいえ、軍務卿の求めに応じて、首都周辺で活動していて招集しやすい将兵2700名を教練場に集めている。

「ミーズラン司令官、まず身体強化の状態を見てもらいましょうか。子供の僕らでは説得力がないので、シラムカラ侯爵家の領兵である、大人のミザルとサーマルにやってもらいましょう。じゃあ、ミザルさん、サーマルさん、お願いします」


 広大な教練場のなかに、軍務卿、ミーズラン司令官及びライとカーリク、さらに今から身体強化によるパフォーマンスを見せる2人がその中心に立ち、2700名の将兵が彼らを取り囲んで状態になっている。


「では、今からこの2人が身体強化をしたときどれほどのことが出来るか、皆さんの目の間で見せます。まず、我々の周りをもっと広く細長く開けてください!」


 ライが声を張り上げ、かつ念話で自分の意志を確実に伝える。兵士が動き始め、広場の真ん中が広く空いて、周りから兵士たちがそこを見ることの出来る状態になった。その中に、シラムカラ家の領兵2人が構える。


「じゃあ、始めてください。まずジャンプです」

 その声に、2人は頷き、まずその場で3mほども3度跳びあがる。完全に足が人の背を遥かに超えて跳びあがり、周りの将兵はどよめきと共に驚嘆の目で見る。


 さらに、2人は、その細長く開いたスペースのお互い反対に走って行き、「それ!」の声と共に全力で走り始める。見ている兵士たちは日常的に体を動かしており、さらに身体強化もできるものもいる。従って、兵士としての運動能力に関しては、彼らなりの常識があるのである。


 だが、2人が見せたジャンプと疾走は完全に彼らの常識の域を越えていた。

「彼らは、魔法の処方を行う前は普通の人たちです。今から行う処方を受ければ、皆さんも似た成果を上げられますよ!」


 ライは念話を合わせて大きな声で言うと、3千人に近い喉から発せられる地鳴りのような歓声が響く。見ていた兵士達からすれば、目の前で見た運動能力を自分が身に付ければ、どれ程の自分の戦闘能力が上がるかと思って、心から期待と喜びの声であった。


 このように、将兵ともに熱烈に処方を望んだので、それから3回に分けての処方と、身体強化状態での動作訓練、魔力の強いものに対しての魔法の訓練は、他への処方の訓練を極めて順調に1日かけて終わることができた。


 無論、これら訓練の指導に関しては、カーリクとミザルとサーマルもこき使われ、すっかり訓練される側の将兵と打ち解けた。ただし、現状のところライとしても、数千規模の軍の身体強化ができる将兵と、結果的に15%程度の魔法が使えるものによる、戦うための戦術は考えていなかった。


 従って、最初の処方から5日後に、その間も将兵を訓練させつつ、ライサンダ軍務卿及びミーズラン国軍司令官に、ヤーラヌ騎兵団長、ザムラン第1歩兵団長、オーマン第2歩兵団長が集まって、基本的な戦略を策定するための会議を開いている。ライも参加しているが、カーリクも将来のためにということで参加している。


「まず、わが軍の兵士の現状について整理しておきたい。我が王国軍は、騎兵が2021人、第1・第2歩兵団が合計3035人であり、すでに他の処方ができるようになった兵を派遣して、全員の処方を完了している。

 その結果、全員の将兵が身体強化をできるようになった。この身体強化は、以前からできた50名ばかりの者の強化とは次元が違って、本当の意味で2倍程度の力と鋭敏性が増している。


 何回か、身体強化していないものと模擬試合をさせたが、強化ができるもの1名は、していない者5人以上に匹敵することが分かった。ただ、問題は騎馬兵であり、騎馬兵が騎馬の早さと重量を、その強さのよりどころにしているところから、歩兵との差が小さくなった点である」

 まず、このようにミーズラン司令官が口火を切ると、ヤーラヌ騎兵隊指揮官が応じる。


「そうです。確かに、人の運動能力と鋭敏さが2倍になると、騎馬の利点は大きく損なわれます。人間の方が馬より早く走れ、馬を受け止められるほどになりますとね。

 しかし、身体強化にも欠点があり、それは持久力です。通常の兵の魔力では身体強化の状態は長く保てず、最大の速度で走ると走破距離は1リール(2㎞)が限度でしょう。また、駆け足状態に落としても10リール(20㎞)です。そういう意味では、移動に馬を使うというのは、今後も大きな意味を持つと思う」


 それに対して、ザムラン第1歩兵団長が真面目な顔で言う。

「たしかに、前は騎兵の突撃は恐怖だったが、身体強化すれば馬の突撃くらい簡単に避けられるのであまり脅威ではなくなったな。それと、歩兵の移動は遅いが、騎兵は無理をすれば1日30リール(60㎞)の移動も可能だ。

 それに、身体強化ができる兵は、確かに足を止めて戦えば1人が5人に匹敵する程度だが、その移動の早さを利用すれば、一人が10人、20人にも匹敵する。それが例えば2千人が馬に乗って移動すれば、これは凄い戦力だぞ」


「移動という意味では、ライ君のおかげで魔法を使えるようになった、わが軍の770人中で、飛行魔法を使えるものも80人いる。彼らは一度に飛べるのは10リール程度だが、その距離をわずか300呼吸(30分)で跳べる。

 身体強化で走ってもその2倍の時間がかかるがな。また飛行魔法はその距離を一日に5回程度は飛べるから、一日に50リ―ル移動できる。ああこれは騎馬と大差はないな」


 次いでオーマン第2歩兵団長言うが、軍司令官が反論する。

「飛行魔法を使える兵を飛行兵と今後呼ぶが、彼らは極めて貴重だ。貴君らも、飛行兵が上空から敵の配置をすべて偵察して、念話で報告してくることが、どれほど有利か想像はつくであろう。しかも、ライ君が提供してくれたこの爆裂弾がある。これを、各兵が10発ずつ持って上空から落としたらどういうことが起こる?」


 司令官はそう言って、ライが提供した丸い爆裂弾(要するに手りゅう弾)を見せる。今日集まっている人々は、すでにその爆裂弾の試験結果を見てその威力に戦慄している。


 だから、それを敵兵が集まっているところに落とすと、どのような被害が出るか容易に想像できる。ライはそれを鋳鉄のケーシングにTNT(トリニトロトルエン)を合成して詰めたものを、サンプルとして100発、さらに、火薬は詰めていないが同じ形状と重量のものを、投擲の練習用に100発提供している。


「そう、その通り、飛行兵は極めて重要だ。それと、確かに騎馬兵はヤーラヌ騎兵団長には申し訳ないが、全ての兵の身体強化が可能になった今、馬の身体強化ができない以上、戦力としての有用性はほぼ失われた。

 従って、馬については今後、移動手段として用いたい。さらに、弓であるが、従来投射兵器として極めて有用であったが、一方で適性と長い訓練期間を要する兵器でもあった。しかし、この爆裂弾が必要数提供されるということになると、弓も過去のものになったと言えるだろう。


 すなわち、これを飛行兵によって敵の奥深くまで届かせることが出来るし、さらに兵の投擲によって、100ミリ―ル(200m)程度届かせることができる。

 結局戦術としては、まず爆裂弾を散々に敵陣に投げ込んで、大被害を与えて混乱させることが前段だ。その後、身体強化した兵が敵陣になだれ込んで、その速さを生かしながら、敵に極力近づかないように、槍で敵を串刺しにして回るということだな。


 剣は結局最後の守りというか、やむを得ない事態の備えであるということだ。従って、訓練は爆裂弾の投擲の距離を伸ばし、かつ正確に投げること、及び槍を素早く正確に振るうことを主眼に置けばよいな。

 なお、武器については、今のわが軍の一般兵の剣と槍はあまりにお粗末だ。製作はすでに初めているが、大至急ライ君から提供される鉄で作り直して支給したい」

 最後にライサンダ軍務卿が言って、会議は終了した。


 ちなみに、国軍といっても、その装備も大変お粗末である。

流石に刃渡り90㎝程の双刃の剣は支給されているが、元の鉄の質が悪いためか、刃金がついていないものが多く切れ味は悪く、曲がりやすい。他の標準武器は長さ2.5m程度の木の柄に鉄の槍頭が取り付けられた槍であるが、これも槍頭の質は劣り、簡単に曲がる。


 皮の鎧は軽い点は良いが、防御力は低く、歩兵が持つ円形の盾は硬木に皮で割れ防止をしたもので防御力は低い。これらは、量が極めて限らた供給される鉄が、野焼きで得られた極めて質が悪いものである。


このため、鍛冶の手間が大きくかつその難度が極めて高く、結果的に名人級の者しかまともな刃物を作れないことによる。従って、将校についてはそこそこの質の剣と槍を持っているが、一般兵の武器については、極めて質が悪い。


 そこで、ライが軍のお抱えの鍛冶師に、マジックバック(空間収納)に収めていた自分で作った鉄材を供給したら、彼らはそれを受け取り、叩いてみて狂喜した。それは、元々剣などを作るために、長さ1.2mほどの平鋼にしたものである。

 炭素含有率0.4~0.6%程度のやや硬めの均質な普通鋼にしているので、今までの硫黄やケイ素の混ざり物が多い低品質なものに比べると、大幅に加工をしやすい。


 当面、マジックバックに入っていた10トンほどを供給しておいたが、必要に応じて供給すると言っておいた。無論、有料ではあるが、質の悪い鉄と同じ価格なので大変お得であろう。

 こうして、素材を得た軍はお抱えの鍛冶師に加え、王都及び周辺の鍛冶師を洗いざらい集めて、軍の剣、槍、盾、鎖帷子等の生産に励んだ。


 ライは、近場の鉄の鉱脈の場所に行って、魔法で鉄を生み出し、何度かこれらの鍛冶師に鉄を供給している。さらに、軍に供給する爆裂弾は5千発、模擬弾は千発を目標としている。


 従って、手りゅう弾のケーシングは、カーリクに魔力を伸ばす訓練を兼ねて延々と作らせており、TNT火薬、さらに雷管についてはライが合成している。模擬弾は、投擲訓練に必要なものなので、火薬の代わりに砂を適量詰めて重量を調整している。


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