第23話 王国政府に迫る戦雲

 侯爵の言葉を宰相は聞いていたが、真剣な顔で言う。

「なるほど、閣下は事実この内容を信じておられるのだな。この内容が真実であるなら、現在わが国の直面している問題にも、回答を出していただけるものと思う。

 特に人々に魔法をつかうようにできるということであれば、とりわけそうだ。少なくとも、この鉄の大量生産の話と、魔法の処方と言うのは事実なのですかな?」


 その言葉にライが答える。

「事実です。鉄については、魔法よってでもできますから、すぐにでもある程度用意できます。魔法の処方は、例えば私であれば、そうですね。5日も頂ければ1万人程度の処方ができる。その必要の事情を話していただけますか。そういえば、この時期には隣国のサダルカンド王国と小競り合いがあったような気がするな」


「ほおー、サダルカンドのことを存じているか。そうだ、サダルカンド王国が、わが国と長年の紛争の種のミーラル草原に出兵の構えなのだ。はっきり言って、わが国とサダルカンドではわが国の分が悪い。

 兵力は似たようなものだが、何しろ我が国は鉄が不足していて、国軍ですら剣はようやくそろえたが、盾はいまだ、木と皮製でしかなく、とても鎖帷子も揃えられん。

 しかも、新兵器をかれらが揃えているという話がある」


 宰相が言うが、そういえばライは父が、サダルカンド王国にミーラル草原を支配下に置かれたのを憤慨していたのを思い出した。ミーラル草原は湿地帯であり、現状では農地としては不適だが、豊かな水源になっており、後の知識では燃える水がでたという噂を聞いたことがあった。


「なるほど、ミーラル草原ね。あそこは貴重な水源ですよね。なるほど、その守備が第1優先になりますね。軍の武器にする鉄の用意と、軍の将兵への魔法の処方は可能です。それに加えて、なにか新兵器も考えましょう。

 でも、くれぐれも言っておきますが、サダルカンド王国の侵略を退けても、逆に侵略することはやめてくださいよ」


 口を挟んだライに、宰相はまだ子供の姿に違和感はあるようだが、彼に向かって話しを始める。

「うむ、では軍務卿を呼ぼう。いずれにせよ彼が、国防は仕切っているでな。ミスラム、ライサンダ卿をお呼びしてくれ。君も聞いていただろう、重要な話でお話ししたいとな」 

 宰相は、横に座っている秘書に命じ、彼はすぐさま頷いて立ち上がって出て行く。


 ライサンダ伯爵、軍務卿は同じ建物の中にオフィスがあるので、ものの5分程度でやってくる。彼は大柄で細身の締まった体つきで、肌が日に焼けて浅黒く、いかにも脳筋に見えるが、実際には手堅く冒険はしない知将である。


 それは、無駄な部下の損失を恐れるが故であり、これは一つには彼がライサンダ伯爵家の妾腹の生まれで、もともと貧しい生活をしていてことで、下層の者の生活をよく知っていることも理由である。



 彼は、王立学校と並ぶエリート校である王立軍学校で出身で、実技戦術・戦略で抜群の成績であったとして名が残っている。現在の王のサイージラル4世陛下の同世代であり、王が王立学校の学生である頃からの親しい仲であり、王の強い希望で、8年前から軍務卿の地位にある。


 その後、数度に渡るジブラルタル王国の侵略を、明らかに劣勢の軍事力で巧みに退けており、王からも民からも信頼も厚い。ただ、一部の貴族からはその生まれの故にさげすまれている面がある。


「おお、シラムカラ閣下、おひさしぶりです。お一人はお孫さんですね。もう一人は?」

 軍務卿は入ってくるなりライとカーリクに目を止めて侯爵に話しかける。流石に聡い人らしく、自分が呼ばれたところに、子供が2人居る異常さに気がついている。


「ライサンダ軍務卿、始めてお目にかかります。私は、ライ・マス・ジュブラン、シラムカラ侯爵家の頼子のジュブラン男爵家の2男です。今後とも余路側お願いいたします」軍務卿は、立ち上がって挨拶するライを見つめる。


「ほお、実はジュブラン領の話は我が軍務府で放っている諜報員から聞いております。なかなか面白いことが領全体で進んでいるとか。なにより、鉄が大量に出回り始めたと言いますね。

 さらに、住民の皆が身体強化を出来るとか、魔法使いが多く生まれたとかの話もありますな。さらに、それらを持ち込んだのが、幼い子供だという話もありますね」


 その軍務卿の話に、侯爵とライが頷き、侯爵が言う。

「これは、頼もしい。軍だけではないが、情報こそが的確な行動のための一歩ですからな」

 その言葉の後、軍務卿も座りその説明が始まる。


「状況を申しますと、サダルカンド王国が、国軍1万と辺境伯などの貴族軍1万と合わせて、2万の軍の動員を準備していることは確かです。そのうち、騎士団が国軍が3千で貴族軍が2千ですが、全体の1万は農民兵ですな。

 わが方は、国軍は5千、北方辺境伯を始め周辺の貴族からの領兵が1万で、全体の1万5千の動員が限度になりますが、騎士団は3千、農民兵が8千でかなり劣勢と言えます。

 ただ、この程度兵力の差であれば、地の利もあるしどうにでもなるのですが、どうも彼らに新しい兵器が入ったようなのです。それは兵が持った鉄の筒から轟音をたてて火を吐き、鉄のような何かを打ち出すものです」


 沈痛な顔で言う軍務卿の話に、ライが言う。

「それは、鉄砲というものですね。音が大きくて特に馬が驚き怯えますが、まだそれほど威力のあるものではないでしょう。どの程度の距離で撃っていたのでしょうか?」


「おお、ライ君、君は知っているのか?距離は30ミリ―ル(60m)程度であったらしいが、木の的を砕いたらしいから、弓とはかなり威力が違う」


「そうですか、まだ初歩的なものですね。問題は数ですが、数千丁もあれば問題ですが、結構高価なもののはずですから、彼らが持っている数は知れているでしょう」


「なに、初歩的、初歩的とは?」


 軍務卿は不思議そうに聞く。

「はい、それは鉄の筒に火薬と言う爆発するものを詰めて、その爆発の勢いで、鉛や鉄の弾を飛ばすものです。今は、たぶん火縄で火薬に火を点けているでしょうし、実質的に当てるにはせいぜい50ミリ―ル(100m)の距離までですから、弓と変わりません。また、撃つ速度も、10呼吸以上かかりますから弓より遅いでしょう。


 しかし、これらは工夫していけば、連発で打てますし、100ミリ―ル(200m)程度の距離の的には楽々当たるようになります。さらには、たぶん間もなく大砲といって、大きな鉄の弾を打ち出せるものが出来るでしょう。

 ですから、今のところは戦いの趨勢を変えるものではありませんが、もともと劣勢なところで、それが加わったのでは困りますね。では、武装については、私はこのように提案します」


 ライは言って一旦言葉を切ると、軍務卿のみならず、宰相・侯爵も期待に満ちてライを見ている。

「まず、どうもわが国は鉄の武器や防具がそろっていないようなので、必要な鉄を供給します。大至急の王都の鍛冶師を集めてください。それから、軍の将兵に対して大至急魔法の処方をします。

 そうすれば、将兵とも全員が身体強化をできるようになりますから、剣や槍の闘いなら3人分くらいの働きは十分できます。さらに、10人に一人くらいは魔法が使えるようになりますから、彼らをうまく使えば、それこそ10人分くらいの働きはします。

 それから、爆裂弾を供給します。これが爆発すると、半径5m程度の範囲の者は、死ぬか大けがをして戦いには使えません。問題は、この爆裂弾をどのように相手に投げつけるかですね」


 ライの言葉に、軍務卿はやや不満そうに応じる。

「う、うむ、それは極めて有効だと思う。しかし、その鉄砲と言うものはできないのか?」


「できますが、短期に数を揃えるのは難しいですし、さっきも言ったように数がないとあまり意味がありません。それに、別に鉄砲が無くても爆裂弾のほうが効力は大きいですよ。

 魔法やカタパルトなどうまく使えば、距離も半リール(1㎞)ほども飛ばせますから、後方の司令部を狙うことも可能です。それから、農民兵の徴兵をやめましょう。どうせ、大した戦力にはなりませんし、今後国を豊かにするためには彼らは必要で、無駄に死なせては困ります」


「し、しかし、戦には数も必要だ。なにより数が大きく劣っていると兵が不安になる」

 軍務卿が抗議するが、たしかにこの時代での普通の闘いは格闘戦に近いので、数がものをいうのが一面では真実である。しかし、ライはそのような犠牲も多い方法は取りたくはないので尚も言う。


「農民兵を除いても7千人の職業兵士が残るわけです。彼らで、まず騎兵に対する対策を完全にして、さらに敵兵を追い散らす方法を考えるのです。騎兵は確かに強力ですし、移動速度が速いという利点はありますが、その強さは戦う地形によっては全く消えてしまいます。


 その意味で、戦場を選ぶためには、どれだけ相手の位置、勢力、武装を正確に知るかです。この点で、私は魔法で空を飛ぶことを考えています。魔法の処方をしていけば、軍の中から魔法で空を飛ぶものは出てくると思いますよ。

 私は飛行魔法を使えますから、軍の中から飛行魔法が出来るものが出なかった場合には、私がその偵察をやりますよ。また、魔法を使うものは、大体1/3程度のものはお互いに念話ができますから、離れた部隊同士の連絡には支障はありません。

 どうです、これだけの有利な点があれば、農民兵などいなくても支障はないと思いませんか」

 ライの言葉に軍務卿は考え込んだ。


 有能な軍人として、彼は偵察についてはライが言ったことが正しいのを知っていた。相手の位置、勢力、武装をきちんと掴み、それが司令部に伝わり、さらにその結果を直ちに各々の部隊に反映できれば、兵数は1/3でも十分戦える。

 なぜなら、万を超えるような兵力をまとめて運用することは普通は無理なのだから、各個撃破していけばよいのだ。


 その点で、ライまたは他の者が上空から相手の動きを掴み、魔法で連絡することが出来れば、互いの戦力に大きな差があっても勝てるだろう。

それに、身体強化!彼は、数は少ないが自軍にいる身体強化ができるものの能力を思い、それを兵の全員が使えるようになることを思って身震いした。さらに、彼は騎兵の強み弱みも十分知っていた。


 そもそも、湿地であるミーラル草原周辺に、騎兵が活躍するような場所はあまりないのだから、その数の劣勢を帳消しにするような戦場を選べばよいのだ。


 その上に、自軍のお粗末な武装が、鉄を入手することで改善できるのは大きい、彼は常々自軍の兵に与えられている、お粗末な剣、槍、防具を嘆いていた。加えてライの言う爆裂弾だ。それが十分入手できれば、確かにそれをカタパルトで飛ばすことで、相手を大混乱させることができる。

『うむ、この子の言う通り確かに勝てるだろう』

 軍務卿は深く頷いた。


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