第22話 王国政府への訪問

 子供たちの家を整えて、屋敷に帰ったライにシラムカラ侯爵から呼び出しがあった。

「ライ、カーリク、面白いことをしていたようだな」


 居間のソファに座った侯爵が、対面に座ったライとカーリクに向かって口を開く。

「ええ、ご存じだったのですか。なかなか、面白かったです。それにしても、もうすこし、身寄りのない子供を育てる孤児院なりのシステムが必要ですね。田舎だと、どこかの家が引き取るのですが」


 ライが応じるが、公爵はまじめな顔で答える。

「うむ、確かにな。この世は人にやさしくはない。大人も簡単に死ぬ。だから、当然孤児の数も多い。しかし、それらの食い詰めたものを養うほどの税を、国は取っておらぬ。結局運が良ければ、何とか生き延びて育つということになる。

 しかし、ライ、お前の言う経済改革が進めば、これらの子供にも学ばせながら、仕事をさせることもできるだろう」


「ええ、期待しています。今日一緒にいた女の子6人のうち、2人はなかなか優秀な

魔法使いになります。ああいう子たちが育たず、死んでいくのは、いかにももったいないことです」


「ほお、それほどか。ああ、ところで明日宰相と面会の約束が取れた。鉄道と領の開発計画を説明する時間をもらったぞ。ライは当然一緒に出てくれ。またカーリクも出席しろ。良い経験だ」


 ライと侯爵及びカーリクが、王国政府に向かったのは、翌朝、日も高く上がってからであった。行政府事務所は壮麗な王宮の隣にある、4階建ての大きな建物であり、宰相府、財務府、内務府、軍務府等が入っているらしい。


 しかし、ヒロトの日本の知識からすると、日本のどこかの省の本省ビルほどもなく、人口が5百万人強の国で、行政の及ぶ範囲も知れているとすればこんなものかと思う。


 行政府の入口はゲートがあって、中に入ろうとする人々は、証明書やカードらしきものを検められている。侯爵が懐から金属のカードらしきものを示すと、門番が態度を改めたところを見ると、身分を示すものだろう。


 門番は侯爵に一緒についてくる2人の幼い子供を怪訝な顔で見るが、妨げることはない。建物の中は、要所ごとに剣を持った警備兵が立っており、羊皮紙の束を持った役人らしき男女が行きかってなかなか忙しい様子であったが、外来者らしき者は殆ど見られない。


 侯爵が一つのドアのノッカーを鳴らすと、ドアが半ば開き、中から若い男が顔を覗かせて侯爵に尋ねる。

「お約束のシラムカラ侯爵閣下でございますか?」


「そうだ。この時間の面会の約束になっている」

 若者はドアを大きく開いて言う。


「どうぞお入りください。私は、ジンガカン宰相閣下の秘書のミスラムと申します」


 そこは前室になっており、ミスラムの机があって、長椅子が2つ置かれて、奥にもう一つドアがある。やはり、ミスラムも2人の子供には怪訝な顔をするが、何も言わない。

 

「宰相閣下はお待ちのはずです」

 ミスラムはそう言って、ドアをノックする。


「入れ」声がして、ミスラムがドアを半ば開けて「シラムカラ侯爵閣下です」そう言うと返事があり、ドアが開かれ侯爵と2人の子供は中に入る。


「久しいの、ジンガカン殿、2年ぶりか」

 侯爵が机の後ろに立ち上がった、壮年の白髪交じりの茶色の髪とひげの男性に向かって歩み寄り、その差し出した手を握る。


「おお、シラムカラ侯爵殿、お元気そうですな」

 宰相も手を握って応じる。外務卿の地位にあった侯爵はジンガカン宰相の先輩にあたるわけだ。


「それにしても、シラムカラ殿から頂いたこの書類には驚かされました。まず、この書類そのものですな」

 宰相は、机の上に置いていたその書類を持ち上げて言う。侯爵は1昨日寄子を含むシラムカラ侯爵領の開発計画と、王都まで延長する鉄道計画の目論見書を、面会の取り付けの要請と共に送っておいたのだ。


 それは、ジュブンラン領で作られた紙に、ライが作ったワード・プロセッサーで打ち込んだ内容をコピーしたものだ。図面も何枚か入っているが、それは、ドラフターで書いたもので、現状で出回っている単に定規で書いたものと一線を画している。


 実際に、この行政府で使われているのは羊皮紙であり、これは今のところ紙の質が行政に使われるレベルに達していないことによる。また、その書かれている字も当然全て手書きであり、コピー機は存在しない。


 毎日そうした羊皮紙の文章に接している宰相であるだけに、余計に侯爵から送られたその書類が、どれだけ画期的なものであるかが良く解かる。

「まず、この紙です。これであれば十分この行政府で使われている書類に使えるが、この耐久性はどうなのだろう?」


 宰相の問いに侯爵はライを見る。

「あ、始めまして、宰相閣下。私はライ・マス・ジュブンラン、シラムカラ侯爵閣下の寄子のジュブラン男爵家の2男です。その問いですが、その紙は暗いところに置いておけば50年は大丈夫です」


 宰相は、ライたち子供に、始めて気が付いたように驚いた表情で注意を向け応じる。

「お、おう。これは小さなお客さんだ。ライ君、それとそちらはシラムカラ殿のお孫さんかな?」


「そう、こちらは私の孫のカーリク8歳だ。ライも同じ8歳だが、いささか彼は普通の子供とは違っておるがな」

 侯爵の答えに、宰相は同意して言う。


「たしかに、この子は普通ではないようだ。して、この書類だが、紙もそうだが字そのものが違うし、図も普通のものと大いに異なる。さらには、最大の問題は書類の内容だ。冗談ではないと思うが、内容はどう考えても信じがたい」


「これらほぼすべての源が、この子ライだ。ライは、人に魔法の処方を行うことができ、その結果少なくとも身体強化はすべての者ができるようになる。また、10人に一人程度のものは魔法が使えるようになる。わしも実は魔法が使えるようになったし、孫のカーリクもなかなかよく使えるようになった。


 それだけではないぞ。その紙の生産もそうだが、魔法を使った印字技術、それの印刷技術もライだ。計画書にある、肥料の生産とそれを使った作物の増産、鉄の大量生産、鉄道、鉄を使った様々な産物、酒の製造、石鹸も製造、ガラスの製造すべてライの頭から出てきたものだ」


 侯爵がそういうと、宰相はそうは言っても信じられないという顔をして、肩をすくめる。それを見て、侯爵が魔法を披露する。

「まあ、信じられんよな。しかし、その書類は今までと明らかに違うことはわかるな。それから、わしが使えなかった魔法だ。いいかな?」


 侯爵は指先に光を灯す。さらにそれを消すと、宰相の机の上にあった陶器の湯飲みを取り上げて、宰相が見えるように水で満たす。さらに、身体強化をかけて軽く跳んで見せるが、それは若者でも無理な跳躍だ。


「どうだ、光魔法、水魔法、身体強化だ。わが国には、この程度でも出来るものはめったにいない。この身体強化は誰でもできるようになるぞ。これで、その計画書に書いていることが少なくとも一部は事実であることが確認できたわけだ」


 侯爵のパフォーマンスを目を丸くして見ていた宰相は、終わってからの侯爵の言葉に思わず頷く。

「う、うむ。しかし、この書いていることが事実で、そういうことが可能であり、国全体に広げられるとすると、わがララマール王国はすさまじく発展するな。そして、大陸の中では、あまり大国と見られていないわが国が大陸を征服することも可能だろう」


 そう言う宰相に、侯爵が言いかえす。

「うむ、計画書の内容を国全体で実行することで、人々が豊かになり、領主たる我々さらに王国全体も、今とは比べものにならないほど豊かになることは確かだ。

 中でも平民は豊かになる結果、食うものに不自由なくまた美味しいものも手に入り、着るもの住むところも見苦しくなくなる。


 それも、幼い子供を労働に使わずにな。その場合、計画のような産業や商売が盛んになって、この場合には仕事も読み書き、算数を始めいろんな知恵が必要になる。だから、幼いころから働かせる必要のない子供には貴族同様にこうした読み書き、算数をはじめとして学校でいろんなことを学ばせるのだ


 そうして、豊かになった平民に対して、我々貴族及び貴殿のような政府の官僚はもっと上をいかなくてはならん。それは、計画をできるだけ早く効率よく進めることと、さらにその得た利益及び、集めた税をどうやって効率よく使って、自分たち及び平民を豊かに幸福にするかということだ。


 一部の貴族は、豊かで遊び暮らすことを権利と思っているものが多い。むろん、貴族がその地位にふさわしい豊かな生活をするのは良いが、貴族の身分にあるものは、それなりの貴族という地位にふさわしい行動、つまり仕事をする必要があると思っている。


 そして、平民がさっき言ったように教育を受けて物が判ってくると、貴族は当然彼らからその振る舞いを見られるようになる。だから、いまのように自堕落なものが多い、貴族社会というものは成り立っていかないと思う。


 いずれにせよ、その計画書を実行していくということは、わが国が一段二段と高い水準に登ることであり、そのためには、国の仕組みそのものを全く作り変える必要があり、このためには、行政府、貴族も平民も全力を挙げる必要がある。


 無論、豊かになったわが国を守るための自衛戦力は必要があるが、隣国の侵略など無駄なことをする余裕はない。大口舌を叩いたが、まあ、これはライの受け売りだがな。ハッハハハハハ」

 侯爵は長い話を終えて、最後に笑う。

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