第16話 王都への旅4

 シラムカラ侯爵一行は、アーラナ公爵領の領都ミカエルについて、公爵邸を訪ねている。さすがに王族に準ずる公爵家と言いたいが、途中の村々や街の貧しい佇まいとあまりの落差にあきれるしかない。


 領都ミカエルも貧しい。シラムカラ市と比べても、大きな建物は多いが長年手入れがされていないような草臥れた雰囲気であり、街ゆく人々も元気がない。


「これは、よほど領主の治世の能力が低いですね」

 ライが侯爵に言うと侯爵も顔をしかめて答える。


「うむ、国王陛下も心を痛めておられるということだが、アーラナ公爵家は王室に連なる家であるため、よほどの理由がないと改易はできんということだ。リットンはどうしようもないが、嫡男のミゼールはなかなかの者というがな。

 しかし、どうも次男のろくでなし、キリガイを世継ぎにしようという風潮があるらしい。どうせ汚職役人どもが操りやすいキリガイを担ぎ上げているのだろう」

 ミカエルの街を通る時の会話である。


 公爵家に入ると大広間に案内されるが、そこは王宮の謁見室のようになっており、一段高い段には豪華な椅子が据えられている。案内された、侯爵一家とライにカール隊長は立たされたままだが、カールが一緒にいる侯爵家の家臣に強く言う。


「無礼であろう!こちらの侯爵閣下は侯爵家のご当主であるぞ。公爵閣下といえど国王陛下ではない。おなじ貴族として、わが御前は同格だ。このような扱いを受ける筋合いはない」


「え、いや、その……」

 そこにいた家臣はへどもどするが、そこへ中年の貴族がやってくると、「あ、ナムラー閣下」ほっとしたように言う。


「これは、シラムカラ侯爵閣下、お待たせしております。間もなく公爵閣下が来られますのでもうしばしお待ちください」

 厭味ったらしく浅黒い顔をゆがめて言う。


「ふむ、ナムラ―子爵、アーラナ公爵家の慣習は随分変わっておるようだの。ここは公爵家の謁見室か?」

 侯爵が厳しい顔で尋ねる。


「いえ、決してそうではありません。公爵閣下にご挨拶のみ頂ければ、別室でお話をされることになっております」

 ナムラ―が言うが、侯爵はなおも追及する。


「確たる規則はないが、同じ貴族をこのように立たせて、己はこのような椅子であいさつさせようとするのは、明らかに増上慢と言われても仕方がないの。貴殿も当公爵が国王陛下のご不興を買っていることは存じておろう。このことは、陛下にご報告せざるを得ないな」


「な、いや、それは。わかり申した。それでは、別室へ。さ、ささ。これ、イアンご案内せんか!」

 子爵は部下を怒鳴りつける。


一行が、重厚な机の周りの豪華な椅子に落ち着いて、しばらくするとノックの音と共に扉が開いた。そこには、ブクブクに太った髭の豪華な服を着た男が、若い2人の男とナムラ―子爵を従えて入ってくる。若い男の年かさに見える方は、中背色白の締まった顔であるが、もう一人は公爵に似て太っている。


「リットン・マズラ・アーラナ公爵閣下、さらにご嫡男のミゼール子爵閣下及びご次男のキリガイ様です」

 ナムラ―が紹介するが、公爵はブスッとしたぶっちょう顔で不機嫌をあらわにしている。


「リットン殿久しぶりだの」

 侯爵が言うが、「何だ、そのため口は、たかが侯爵が」公爵が相変わらず不機嫌に返す。


「ほう、たかが侯爵か、しかし、国王陛下から言わすと、貴殿もたかが公爵だの」

 侯爵がにやりと笑って返す。それにリットン公爵は怒鳴り返そうとしたが、思い直して言う。


「お前の送ってきた目論見書を見た。本当にその鉄道というものはできるのか?」


「ああ、できる。すでに、我が領ではレールという鉄の敷物の工事を行っている。シラムカラ領から王都までは250リール(500km)を3年で結ぶ予定です。ただ、ルート上アーナラ領は王都までの主要街道沿いの南端を通ることになりますな」

 侯爵が淡々と言うと、リットン公爵が返す。


「ああ、それはこのミカエルを通るようにせよ。それから、その株式会社とやらの代表はお前といっておるが、当然それは公爵たるわしだ」


 それを聞いて、公爵はライを振り返って見て「ふむ?」と言い、ライが頷くのを確認して言う。


「そういうことであれば、リットン殿。アーナラ領は迂回しよう。このアーナラ領は王都まで、明るいうちにつくルートから取り残されるわけだの。そういうことで、無論出資受け入れも断る。鉄道の件は、王家からは内諾はもらっておるからの、別段に貴殿の参加は必要ない」


 言ったのち、侯爵が一行を促して立ち上がると、アーナラ家の次男のリットンが怒鳴ろうとするのは手で制して、長男のミゼール子爵がしゃべり始める。


「お待ちください、スブラン閣下。父の暴言お許しください。我が家は閣下の目論見を受け入れますので、どうか当初の予定通りお願いいたします」


「何を言う、勝手なことを。許さん、王家に連なるアーナラ家に対して、スブランめ。先ほどの暴言、生きてこの領を出れると思うな」


「ハハハ!絵に描いたようなバカ殿だな。この領を通ってきたが、まず100人もの盗賊団、それも領の役人から見逃されている盗賊団に襲われ、途中の村、街の人々はすべて飢えた人であふれ、領都も活気ない。

 一体この公爵領はどんな統治をしているのだ。領主館は豪華絢爛、汚職役人がはびこり、領民は飢えている。鉄道をこんな領に通して、何の得があろうか。それを見のほど知らずにも、この活気のない領都に鉄道を通せとは、何を考えているのか。

 いや何も考えてないのでしょうな」


 ライの子供の声で言われて、アーナラ家側はぎょっとして彼を見る。そこにかぶせてライはさらに言う。

「また、生かしては返さないとね。公爵でなく強盗だな」


 リットン公爵は顔を真っ赤にして立ち上がって、ライに向かって怒鳴りあげようとしたが、「う!」と目を剥き、顔が赤黒くなってばったり倒れる。

「御前!」

「おやじ!」

 叫んでナムラー子爵と、次男のキリガイが駆け寄るが、長男のミゼールは冷ややかに見ている。


「脳溢血だの、もう無理だろうな」

 仰向けになって、ごうごうと、いびきをかきだした公爵を冷ややかに見て、侯爵が言う。キリガイが、ライを見て顔を真っ赤にして叫ぶ。


「こいつだ、こいつのせいでおやじは脳溢血を起こしたのだ」


 そして、ライに駆け寄ろうとしたが、ミゼールが冷ややかに怒鳴りつける。

「やめよ!キリガイ。その前の父上の言葉の方がよほど常軌を逸している。その子のせいではあるかもしれんが、非難はできん」


 しかし、キリガイは収まらない。

「何を言う。兄貴は家が継げればいいだろうが、俺は許さん!このガキは俺が殺してやる」

 その言葉に、8歳のライが応じる。

「お望みならお相手しましょうか。ただ、言っておきますが、私は魔法使いで身体強化もできますよ。あなたは私に到底敵いません、しかし容赦はしません」


「この口の減らないガキめ!もう許さん、表に出ろ!」


 身長が190cmほど、体重が100kgを越えるキリガイからすれば、120㎝ほどの身長にすぎないライなどに負ける要素はないのであろう。長い刀身の剣を持った巨体の若者が先導し、小刀は持った小児が続いて、外の庭に出る。


 リアーナは心配そうに義父を見て何か言おうとするが、侯爵は首を振って黙らせる。芝生の植わった庭に向かい合って、キリガイは刀身のみで100cmほどの剣を抜き放ち片手に構えると、ライもその半分ほどの小刀を抜いて、だらりと下げる。


 どう見ても、刀の差のみならず、その身長差、体格の差を見ても相手になるとは思えない。アーナラ家の家臣、使用人はいつもながら乱暴な次男坊の乱暴な行動に眉を顰めているが、キリガイは改めて相手の貧弱さを見てせせら笑って言う。


「このガキ、その若さで死んでいくのも哀れなものだな。恨むなら自分の口を恨め!」


「キリガイさんでしたっけ。闘いは体格でするものではありませんよ。私も手加減はできませんので承知おきください。シラムカラ侯爵閣下、ミゼール子爵閣下、この戦いは貴族としての闘いとしてお認め頂けますか?」


「ああ、認める」

 シラムカラ侯爵がきっぱり言い、ミゼールは侯爵に続いてためらいがちに言う。「あ、ああ、私も認める」


 キリガイは、そのやり取りにさらに激高する。

 自分の両手剣を固く握り、「やあ!」と叫び、ライに向かって真っ向から切り込む。見ていた人は、小さな子供が無残に切り殺されるのを想像して、思わず目を瞑るが、一瞬後に目を開くと、キリガイは切り込んだ態勢で頭を下げ、子供はその背後で、小刀を振りあげた状態で止まっている。


 シラムカラ侯爵とミゼール子爵は、きちんと軍事訓練を受けたものらしく、目を見開いて始終を見届けている。キリガイの切込みに、ライは一瞬ぶれたような速度で斜めに飛び出して、キリガイの切込みを躱す。


 さらにその速度で、キリガイの横で踏み込んで、刀を切り上げて大男の首筋を切り裂いて、キリガイに背を向けて刀を切り上げた状態で止まる。

 まさに一瞬の勝負であった。シラムカラ侯爵は戦慄した。


 確かに、アーナラ公爵家は今後の国内の開発には重要な立場にあり、この家が味方になるか敵になるかで、今後の進展が大きく変わる可能性があることは事実である。

 その意味では、無能かつ自分勝手なリットン公爵は邪魔な存在であり、その次男のキリガイも、まともそうな長男のミゼールの今後の障害になることは明らかである。


 そうとしても、リットンを挑発して脳溢血に追い込み、次男も挑発して自ら手にかけている。リットンの脳溢血も魔法で何らかの操作を加えているのかも知れない。彼の国を富ませ、サンダカン帝国の侵略を防ぐという執念は本物だ!

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