第17話 王都への旅5

 リットン・マズラ・アーラナ公爵は、一度も目を覚ますことなくその夜半死亡した。跡継ぎは、2男のキリガイが死んだ今は疑問の余地なく、長男のミゼール・マズラ・アーラナである。彼は次期公爵として、翌朝シラムカラ侯爵と協議をした。


 ミゼールにとって、アーラナ公爵家は愚かなリットンのため、国王の不興を買っていることもあり王国政府とは疎遠であって、自身もすんなり世襲を認められるか怪しいと思っている。そのため、現政府とも太いパイプのあるシラムカラ侯爵との協議は極めて重要であるとの思いがある。


「父上が亡くなられたことにはお悔やみ申し上げる。しかし、ご存知とは思うが、わしも今回この領の半ばを横切ってきたが、この領の治世状況は極めて悪い。これは当公爵家としては非常に悪い条件だ」

 侯爵は話の皮切りに厳しい顔で言う。


「はい、承知しております。私も父には随分諫言をしたのですが、結局それがゆえに危うく廃嫡になるところでした。まずは、やるべきことは、税を普通の水準に戻すことと、さらに頭の黒いネズミどもの一掃です。

 昨夜確認しましたが、父は守銭奴の部分もあって、結構現金をため込んでいますから、当面の改革の原資はあります」

 ミゼールも厳しい顔で応じ、侯爵が話を続ける。


「うむ、それが解っているなら良い。それで、改革をしようにも人材がおらんとどうにもならんが、その点はどうかな?」


「はい、一つには、まともなことを言って、実務から遠ざけられた者一定の数が、私を頼んで集まっており、十分とは言えませんが、当面の領の運営には十分だと思います。さらに、実務に携わっていた者でもまともな者も当然おりますから。

 それで、そのライ君の指導で始まったという、肥料による農作物の増産をはじめとする、様々な産業について、ぜひお知恵を拝借したいのですが、その点はいかがでしょうか?」

 このミゼールの要望については、ライが答える。


「物の生産については、需要を上回る量を生産すると値崩れして、社会全体として損失になります。この点は、食糧なんかはそうですね。例として、まず農作物として小麦については、主食として現状ではパンは十分行きわたっておらず、雑穀を食べている人々が多いの状態です。


 ですから、まだ現状の生産量の2倍程度までは、増産しても売れるでしょう。また、小麦の別の用途としてアルコール、つまり酒がありますし、菓子類もあり、これは全く需要に追いついていません。だから、酒も菓子も高いのですね。

 ですから、小麦は3倍程度までは需要があります。この点は、他の作物であるイモ類や野菜などもそれぞれに重要を調査の上国全体で生産をコントロールする必要があります」


 ライの話が、えらく根本的なことになったが、数回同じようなことを聞いている侯爵も改めて興味深く聞いている。さらに、初めて聞くミゼールは、に驚いてはいる。だが、大学時代の恩師が言っていて、自分でも考えてきたことを、見かけが8歳児から言われ大いに驚いている。


「さて、一方で必要なものではあるが、生産量が不足して高価すぎてあまり使えないものがあります。これの典型例は鉄です。鉄は丈夫であるため、様々なものに使いたいのですが、現状のところ高価すぎて限られた用途にしか使えません。

 しかし、この点はシラムカラ領で大量生産の体制を整えたので、今後大量かつ安価に使えるようになります。例えば、農機具などには刃先などにしか使えなかったのものが、柄以外は鉄で作って誰もが買えるものになります。


 鉄道もこの大量生産ができるようになったため建設できるのです。武器にしても、剣なども高価なものでしたが、今後汎用品は大幅に安くなります。

 こちらの領は、山から取れる岩塩の産地でしたね。塩は様々な用途に使えますが、まずは食塩として品質をあげて安く手軽に使えるように大量に供給し、それからガラスを作りましょう。 

 ガラスは、今でもごく小規模に食器などに使われていますが、極めて質が悪いものです。ガラスの作り方は私が知っていますから、魔法を使えば簡単にかつ品質の良いものになります。ですから、この領の主要生産物はとりあえずガラスがよいと思いますよ」


 ライの説明にミゼールが返す。

「ガラス、それは興味深いが、食器のみの需要では量が知れていると思うが?」

「ガラスの主たる用途は、透明の窓です。建物の窓に無色透明のガラスが嵌れば室内が明るくなります。皆がこぞって買うと思いませんか?」


 ライの返しに、ミゼールも侯爵もその情景を思い浮かべて、頷いて侯爵が口を挟む。

「うむ、確かに透明の板があればこぞって買うな。さらに、食器としての用途もあるし、それは確かに量が必要だな。確かに、公爵領と言えども、主要産業になりうる」


「そうです、この場合ガラス産業が成り立てば、新しい需要を作り出すことになるのです。今は、強度が低く、不透明で、重くて不便でも、手に入るものがそれしかありませんから、なんでも木を使っています。

 しかし、そうした木材の活用は、一部は鉄に、一部はガラスに、あるいは石材に入れ替わっていきます。鉄、ガラス、石材などは木のように、どこででも原料が得られませんので一部の地域でしか生産ができません。そのためには、大量に安く運べる輸送システムが必要なのですが、それが鉄道です。


 鉄道は、従来唯一の大量輸送機関である馬車に比べて、3倍以上の早さと、10倍以上の能力と、1/10のコストでの輸送が可能です。ですから、鉄道さえあれば、シラムカラ領で取れた野菜や肉の農産物が半日で王都につきますし、そこで作られた鉄が、大量に安く王都に運べます。

 だから、例えば傷みやすい肉や野菜も十分王都へ運べるのです。さらに、シラムカラ領及びこの領で作られた、大きく重いものも容易に王都へもまた、鉄道が繋がっているどこへも容易かつ安価に運べます。

 どう言っても、国内最大の消費地は王都とその周辺です。わが国の人口の4割が集まっていますからね。また、鉄道は港町のキシジマ伯爵領まで繋ぐつもりですから、この領で作られたガラスは船で他の国まで運ばれていくでしょう」


 ライが言うのに、目を輝かせてミゼールが応じる。

「それは、ぜひ実現したい。しかし、そのためにはライ君が教えてくれることが前提になるが、いつどのようにすることになるであろうか」


「はい、この度は王都での予定が決まっているので、その帰りに10日ほど滞在します。その際には、魔法の処方もしますので、そうですねその間には5千人くらいは処方できますので、処方をする人を選んでください。ええと、帰って来る日は、15日後にしましょう」


 ライは答えるが、その日の内にミゼールの強い願いで、彼自身を含め、自身が選んだ300人余について、魔法の処方を施した。さらに、ライはガラスの製造については、自身が絶対にほしいという思いから、すでにどこかで始めることは規定のことであった。


 したがって、すでにその製造システム、必要な原料、容器、魔法での加工等の絵を用いての説明、さらに工場のレイアウトの図を準備していた。ライはミゼールが工場立ち上げの責任者にすると決めた、若手の家臣リーサル・ドラ・カジンを始め数人にその説明をした。


 さらに、自分が帰って来るまでにできるだけの準備をするように依頼した。ミゼールは流石に次期公爵として、相続や葬儀の準備等で忙しく、魔法の処方のみは参加したが、ガラス関連の話には家臣に任せるしかなかった。


 ライと侯爵一家は、イーガラ子爵領及び、リアーナの実家であるミーザル侯爵領に向けて翌日出発した。さすがに、2日後に行われる、前公爵と2男の葬儀には付き合えなかったのだ。


 なお、ミゼールは5日ほど後には公爵の世襲の承認のため、王都に行くことになっており、その際にはシラムカラ侯爵とともに担当の王国官僚に回ることになっている。現在ではアーラナ公爵家の王国政府内の印象は甚だ悪い。


 キリガイが仮に公爵家を世襲することになった場合には、王が認めない恐れもあったとシラムカラ侯爵は思っていた。今の政府内では、昔のような賄賂でどうにかなるという雰囲気ではないのだ。


 イーガラ子爵領と、ミーザル侯爵領では、各々の当主と友好裏に話をして、鉄道の領内通過の快諾と会社への出資が了解された。また、その日の内に、その各々の領でライは数百人の魔法の処方と、数日の処方のための滞在を依頼されることになった。


 リアーナは、予定通りにリシャーナと共に実家である、ミーザル侯爵家に残った。カーリクは祖父母から引き留められたものの、シラムカラ侯爵とライと共に王都に行くことになった。カーリクは、ライと共に王都をぜひ探索してみたかったのだ。


 遂に着いた王都の正門は、幅が8mの両開きで、分厚い硬木に鉄の帯で補強された高さ8mのもので、その上には壮麗な上屋が設けられている。その門には列が3つできていて、1列は貴族用であり、3台の馬車が待っており、2列は馬車と歩きの人が混じって200mを超える長い列ができている。


 カーリクとライは、窓から外を覗いているが、彼らの馬車は大いに人目を引いた。その、他の馬車と違ってほとんど音をたてずにスムーズに走る様に、多くの人が目を見張っている。


 商人らしい人々が、ことさら熱心に見つめているが、さすがに侯爵家の紋章入りの馬車には声をかけられないが、後ろに従う荷車には何人かが駆け寄り話しかけている。

 なお、アーラナ領で領都まで荷車で連れてきた、野盗であった者たちは、体制が一新されたということで、命の危険はなくなったので領都に置いてきている。

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