第15話 王都への旅3

 ライにとって、この盗賊の見張りを殺したのが、最初の殺人になる。ライの中の8歳と22歳の人格はもともと同一人であることもあって、すでに融合しかけているが、最初の殺人に対してははっきりと違った反応を示した。


 22歳のライはその過酷な経験から、今回使った魔法が相手を殺すことを承知して積極的に進めたし、結果を検知してもほとんど感じるところはなかった。一方で、8歳のライはむろんわんぱくな子供らしく、野生動物を殺すなどの経験はあった。


 だが、自分の放った魔法で人が死んだということに対しては、怖れと嫌悪感がわくのを抑えきれなかった。しかし、その経験を急速に消化しつつもあった。最も大きなショックを受けたのは、平和な日本で一生を過ごしたヒロトの人格であった。


 70年以上の人生を過ごした彼にとっても、殺人は身近なものではなく、自分が係わることでもなかった。ためらいなく、相手の死を招く魔法を使ったライの人格に対して、その行為を理性では理解しても、感情が受け入れなかった。


 しかし、彼は老練な人格らしく、自分が消化できるまで時間をおいて、特にライの人格に苦情を言うこともなかった。ただ、彼は今回の殺した者たちも、公爵領の悪政の犠牲者であろうと思う。


 したがって、今回はやむを得ないとしても、盗賊であっても、改心させて可能なものは、できるだけ生かして、更正させよう。これらが、ライの心に走ったのはわずか1分足らずであったろう。ライは氷の槍が飛んでいったのをみてはいたが、結果についてはまだ何も気づいていない侯爵に告げる。


「閣下、見張は片付けました。待ち伏せ地点まであと1㎞足らずです。しかし、500mも進めば待ち伏せしている連中が我々に気が付くでしょう。しかし、弓兵の弓の射程はせいぜい100m程度ですから、護衛の10人が弓の連中から150mほどに近づいたら、この連中を片付けます。


 まず、光を放って目をくらませますので、合図をしたら目を閉じてください。その後すぐ僕が合図をしたら、目を開けて結構です。またその後、盗賊どもが街道に出てくると思いますから、僕が敵の部隊に散弾、といっても、石ころを投げ込みます。


 これは、弓兵部隊を先に、次に騎馬部隊に投げ込みますから、弓兵は少なくとも無力化されますし、騎兵も大混乱するでしょう。その時点で、カール隊長を始め護衛隊は突っ込んで、騎馬隊をせん滅してもらいます。弓兵で弓を引けるものが残っても、僕が処理しますから安心してください」


 ライは同じことを、念話で護衛隊長のカールに伝えると、カールは一旦隊を止めてこのことを部下に説明している。数分後、護衛隊は再度出発し、それにライの乗った馬車が続き、さらに職人の乗った荷車が続く。やがて、見通しの悪い道路になって、護衛にも待ち伏せの気配がうかがえるようになってきた。


『30秒前!5秒前から数えるので0で目を閉じよ!』

 護衛隊と2台の馬車の皆にライの念話が響き、やがて「5,4,3,2,1,O!」の念話が伝わる。

 ゼロで目を閉じても、爆発音の後に放たれた弓兵隊の正面での強烈な閃光は、瞼を通してくっきりと見えた。


 護衛隊と馬車2台を待ち構えていた盗賊の弓兵隊は、閃光に先立つ爆発音に目が引き付けられた。このため、その閃光が目に入らざるをえず、虹彩が適応するまでの間、約10秒間は全く目が見えなくなった。


 一方で地上も騎馬隊も、爆発音に目を引き付けられたが、半数ほどは隠れている樹木の枝や葉で閃光が隠され、あまり影響がなかった。しかし、全員で100名の半数以上の目が暫く見えなくなって、大声で叫び始める。


 騎馬隊を率いる、盗賊団の頭目であるガンジスは、この閃光の影響をほとんど受けなかった幸運な一人であった。彼は。この声もあって隠れているのが発見されたとみて、「野郎ども!見つかった、街道に出て待ち構えろ!」と傍らにいる馬に飛び乗る。


 目が見える半数ほどの強盗が、とり乱しながらも馬に飛び乗り、街道に出ると「何だ!あれは」何人かが上空を指さして騒ぐ。それは上空に浮かぶ直径1mほどもある何かの塊で、それを見たガンジスはとっさに叫ぶ。


「見るな、はじけるぞ!」しかし、叫んだその瞬間、その塊、石ころの塊がドッカーンという大音響をたててはじけた。その粒のそれぞれは、爆発によって強烈な初速度を与えられて飛び散る。

 弓兵は、その役割から上空はオープンのところにおり、全員がその石つぶてを全身に受けて、多くが体に食い込むほどの傷を受けて瀕死の重傷となった。


 騎兵のうち、目をやられた者たちは、樹木の間に隠れた状態であったために、その半数がある程度の石つぶてで傷を負ったのみであったが、開けた位置のものは弓兵と同様に重傷を負った。


 首領のガンジスは、とっさに馬を飛び下り、馬の腹の下に隠れて難を逃れている。自分の感に従った結果であるが、これは彼の今まで生き延びてきた能力の一つでもある。馬も街道に出てきた35頭ほどはひどいことになったが、騎手がいなくなったガンジスの馬はとりわけ多くの石を浴びてひどかった。


 そこへ、護衛であるシラムカラ家の領兵が、手槍をかざして突っ込んできて、次々に各々10本もっていた手槍を放つ。身体強化による人間離れした領兵の護衛が、全力で投げた全鋼製の槍は、盗賊の革製の鎧を簡単に貫き、さらに体も貫いて地面に斜めに突き刺さる。


 馬に当たった場合は、流石に槍は抜けることはなかったが、1m近く体に食い込んでいる。ガンジスは、胴体をめがけて飛んでくる1本目の手槍を、さすがに身をかわしながら剣で軌道をそらして躱す。しかし、ガンジスは彼が槍を躱すのをみた護衛兵3人から、集中攻撃を食らった。


 強盗ではあるが、身体強化ができ、一時は公爵領に鳴り響いた剣の達人であるガンジスも、時速150㎞で飛んでくる重さ2㎏の、3本の槍を全部躱すことはできず、1本が腕を引き裂いて飛んでいった。


 その結果よろけた彼を、槍を構えたカールが襲い掛かり、全力で突く。足元が怪しくなったガンジスは、もはや躱すことはできず、剣で払おうとする。

 だが、体重と身体強化の力が乗った槍を払いのけることは叶わず、胴体を槍に貫かれて血を吐いて倒れる。


 カールが、横たわった体格の良い首領らしき強盗の体から槍を抜いて、辺りを見渡すと、もはや戦闘は終わっていた。数人ずつの強盗が、部下から槍を突き付けられて、ひざまづき、手を挙げている。


 そのように生き残っている強盗は、全部で10人ほどか、と見ると藪から騎馬が飛び出し、街道を領都ミカエルの方向に向けて逃げようとする。しかし、護衛の一人が騎馬の手槍を取り出してその背に投げつける。それは、見事に背中に深く突き立ち、騎乗の強盗は馬から滑り落ちる。


 そこには、累々と死体が転がっている。多くの弓兵が、体中に石を食い込ませて、その射撃の足場であった岩や樹木の上から転げ落ちてもはや死体となっており、騎兵も同じく石によって殺されたもの、さらに手槍に貫かれたものが転がっている。


 10人ほどの降伏した者たちの、半数ほどは、石によって手ひどくケガをしているが比較的元気だ。馬車の侯爵とライそれに、カーリクが馬車を降りて、捕虜の尋問を始めたカール隊長に歩み寄る。


 リアーナとリシャーナの母娘は、流石に多くの人が死んだことにショックを受けて顔色を悪くしているので、馬車に残っている。一方、カーリクは将来侯爵家を継ぐ身として、この程度の修羅場は見ておく必要があるとの侯爵の言葉で、一緒に来ている。


「カール、それから皆の者、10倍もの戦力に対してよくやった。わしは、お前たちを誇りに思うぞ」

 侯爵の言葉に、カールを始め、皆がさっと侯爵に対して敬礼しカールが応じる。


「御前、有難くお言葉を賜ります。しかし、この度はライ君の援護なくば、損害なしの戦いはあり得ませんでした。部下が、10倍の敵に怖じけず戦ったことは事実ですが、戦功の半分以上はライ君のものです」


「うむ、それは承知しておる、しかし、お前たちも、身につけたばかりの身体強化と、新たな装備である手槍を非常にうまく使った。これで、身体強化ができる兵による、一つの闘いのパターンができたと言えるな。何にせよ、よくやった。褒美は考えておくので楽しみにするがよい」


 侯爵の言葉に全員が頬を、緩めながら敬礼をする。

「は!有難く思います」


 数呼吸おいて、ライがカール隊長に尋ねる。

「それで、この強盗達からはどんなことが聞けましたか?」


「うむ。この公爵領の施政は相当にひどいらしいですね。現在、年貢率はあれこれ入れると7割を超えており、さらには多くの役人が中抜きをしているものだから、農民の多くが食うや食わずになっていると言います。

 さらに、商人も職人も、わいろを出すものを優遇するものだから、多くのものが密かに領外に逃げ出しているそうです。この強盗団がここまで規模が大きいのは、役人の目こぼしがあるためのようで、領から逃げ出すものを捕まえることで、報酬をもらっているようですね。

 なにしろ、公爵本人がぼんくらで、遊び暮らすことしか考えておらず、宰領のナムラー子爵にすべて領の采配を任せていますが、このナムラーが私腹を肥やすことしか考えていないという存在のようです」


 カールの答えに侯爵が応じる。

「よく強盗の一味に聞いた程度で、それほどのことがわかったな」


「はい、領内では有名な話のようです。この者たちも農民や職人、あるいはその見習いだったもの達です」

 カールが答えると、ライが侯爵を見て言う。


「侯爵閣下、運良く生き残ったこの者たちは、公爵領の役人に渡すとまず死刑でしょう。どうですか、この旅の雑用につかったら。私がみたところ、本当の強盗で悪はこの2人だけですね」

 そう言って、ライは10人の中でもひときわ人相の悪い2人を指す。


「なに、このガキが!」

 膝をついていた、その指された2人は、さっと立ち上がり、一人がライを抱きあげる。さらに、懐から取り出した、ナイフをその首筋に突き付け、一人は同様にライの顔にキリのようなものを突き付ける。


 ライを抱いている男が薄汚く笑って言う。

「へん、このガキを助けてほしければ、そうだな。金貨を100枚もってこい」


 しかし、周りのものは平気な顔であり、その中の侯爵が笑って言う。

「なんと、金貨百枚!たった百枚か。安すぎるだろう?」


「そうだよ。僕の値打ちがたった金貨百枚ということはないよ。せめて、金貨1万枚だよね。ねえ侯爵?」

 抱かれているライが言う。


「な、なにを、言っている。このガキなめやがって!」

 男は、ナイフをライの首に食い込ませようとするが、腕に力が入らないのに気がつく。さらには、今度は足に力がなくなり、膝をつく。


「な、なにをした!こ、このガキ」 

 男は叫ぶが、ライは力の無くなった男の腕から抜け出す。その時にはもう一人の男も、手をだらりと下げて膝をついている。


「お前たちの腱を切ったのだ。もう動けんだろう」

 ライは言って侯爵を見ると、公爵は了解して言う。

「カール、もうよい」

 その声にカールは部下の一人に「やれ!」と言う。


「はい!」視線を受けた部下が答えて、膝をついて並んだ形になった、2人強盗の後ろに立って、「は!」と気合を入れて、剣を水平に振るう。


 2人の首に銀色の光がとおり過ぎ、赤い筋が現れて、頭がズルリ、スルリと傾いて血をまき散らしながら落ちた。やがて、頭のなくなった2つの胴体も硬直から覚めて倒れた。


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